第11話 そして別れは唐突に
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精肉店の店主であるギリー・ブッチャー様からのご厚意を存分に堪能した私とソルちゃんは現在、精肉店の店内にて悠々とした時間を満喫していました。
「ふーんふふんふん。まいっどおおきに、ご来店〜、今日のご飯はなんやろか〜…………っと」
「ブッチャー様はアシュバルトの出身なんですか?」
「ん? せやで、産まれも育ちもアシュバルトや。やっぱ喋り方でわかるんか?」
「ええ、私の知り合いにも変わった喋り方をするお方がおりますので」
「ほえー、世の中には色んな人がいるもんやな」
小さな丸テーブルにて振舞われたお水を嗜みつつ、ブッチャー様の口遊む陽気な歌を聴きながら作業を静かに眺めています。少々変わった午後ですがこれもまた乙なものと言えるでしょう。
ソルちゃんも普段はあまり見かけないであろう興味深い風景に耳をぴょこぴょこ動かしながら見つめていました。
「ソルちゃん。どうですか?」
「すごいふしぎ。あんな真っ赤なお肉から美味しいソーセージができるんだね」
「そうですね。この国にはまだまだ不思議なことが沢山あります」
ソーセージの作り方はわからないけど、今日それが美味しいというのを私達は知ることができました。このようなこと、お屋敷の中に居たままではおそらく気付くことができなかったでしょう。
ああ、やはり自由というのは、未知との出会いというのはとても面白いものなのだと改めて実感します。
そうして感動に浸っていると、ブッチャー様の作業がひと段落付いたようで、溜水で包丁を洗い棚へ戻し、血の付いたエプロンを脱いでそれを店の奥へ放り込みます。
そして最後の仕上げとして、容器に入った緑色の液体を店内に振り撒くのでした。
「明日の仕込みもこれで終わりや。待たせて悪かったわ」
「いえ、とても興味深いものが見れました」
「うん、すごかった」
「そか? まあ楽しかったらええわ。…………そんで、なんでソーセージ食ったのに嬢ちゃんらはまだ店におるんや、なんか買いたい物でもあるんかい?」
「いえ、少し休憩していただけです。そろそろ日も沈むのでこれで失礼するつもりですよ」
外を見てみると既にオレンジ色の光が辺りを照らしていました。
そろそろベルリン様のファンによる嵐も治っているでしょうし、何よりソルちゃんのじいや様を見つけなければなりません。
「まあ気い付けてえな。最近は物騒な連中もぎょうさんおるみたいやし」
「はい、そうします。ソルちゃん、行きましょうか」
「うん」
「おおきにー、次のご来店お待ちしておるでー」
小気味の良いアシュバルト訛りの声と店内に漂う爽やかなミントの香りに見送られながら、私達は精肉店を後にするのでした。
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このロンド家の領地である『エリア・キャン・ディーズ』の特徴は何度も紹介した通り『演劇』でしょう。
そして演劇というのはこのダリアンで二番目に栄えている芸術と言っても過言ではありません。
では何故この演劇というのがここまで栄えているのか。それはひとえに『演劇とは庶民にとっての芸術』とされているからでしょう。
このエリアに限らず、劇をするための劇場が国のあちこちに点在し、毎日格安で素晴らしい舞台を目にすることができ、そして時には路上という舞台の上で自分自身でその思いの丈を劇にして表現する。
そうです。『演劇』というのは絵画や小説などとは違い、誰でも手軽に、そしてわかりやすく己の気持ちを表現することができるのです。それ故にこのダリアンという膨大な芸術の中で栄えることができているのです。
「ああ、塔に閉じ込められたかわいそうなわたし。このままずうっと塔の中で寂しく過ごすことになるのね」
「お、おお、お嬢ちゃん。お困りごとかな? わ、わらわがた、助けてやろう」
そして現在私達はその大変栄えている芸術の最先端の舞台に立っていました。
何故こんなことになってしまったのか、それはほんの少し前に遡ります。
「さあソルちゃん。そろそろじいや様を見つけないと」
「うん、わかってる」
ブッチャー様の店を後にした私とソルちゃんは、大劇場前の通りを歩いていました。
夕方の時間もあり人通りも少なくなり始めましたが、未だに見目麗しい方達の姿が見受けられます。
ソルちゃんのじいや様は一体どこにいるのやら。そんな考えのまま、当てもなく夕陽に照らされる通りをぽつぽつと進んでいるのでした。
「そういえばじいや様の特徴とかはわからないのです? どんな服装をしているとか、髪型はどんな形なのかとか」
「うーん…………なんか黒い服を着てた。髪型はなんかくるくるしてる」
「黒い服にくるくるした髪型ですか…………」
ソルちゃんはまだまだ小さな子供。説明が不得手なのは仕方のないことでしょう。とはいえ黒い服を着た人もくるくるした髪型の人もこの辺りには沢山います。やはり見つけるのは困難を極めそうです。
「とりあえず色々な場所を探してみましょう。もしかしたらじいや様が私達を見つけて…………」
「皆様、路上劇はどうでしょうか!! 楽しい演劇に身も心を委ねてみませんか!!」
ふと、大きな声が私達の耳を過ぎりました。
声のした方を見てみると、小さな劇場の前に何やら人集りが出来ていました。
「おねえちゃん」
「…………まあ気になりますし、行ってみましょうか」
そうして導かれるようにして私達は人集りのある方向へ向かうのでした。
「魔王よ! 我の剣によって貴様を打ち倒す!」
「貴様のそんな小賢しい棒切れなど、我の敵ではないわ!」
大きな声による謳い文句からある程度予想は付いていましたが、この集まりは路上劇の観劇客達で、小さなお立ち台の上で繰り広げられる一幕を皆楽しそうに眺めていました。
「喰らえ! この一撃を!」
「グワァっ!!」
舞台で演じる役者は当然ながら衣装も無ければ台本もありません。ただその場で組み上げた即興のシナリオを自分の感性のままに演じるのです。
この一幕には個々の演技の力がモロに出てくるでしょう。
しかし演技に掛ける情熱だけは皆同じなのです。
その情熱は他者を動かせる力を有しています。
その証拠に目の前で繰り広げられる拙い演技に私の心の内が『私もやってみたい』と願って熱く燃えているのです。
そして同じ情熱に心を打たれた者がもう一人いました。
「おねえちゃん。わたしも演劇やってみたい」
私の服の袖を引っ張りながらソルちゃんは熱い瞳を向けていたのです。
ええ、ええ。わかりますとも。じいや様を探すのも大事ですが、この直向く衝動に身を委ねるのも重要な事なのです。
「申し訳ありません! 私達も参加させてください!」
このような経緯があり、私とソルちゃんは初めての舞台に立つ事になったのでした。
そうして始まった路上劇。その一幕は子供に聞かせるよくある御伽噺でした。
「さ、さあ! あ、あ、貴女の背中には自由の翼がある! 今こそ広大な大空に、と、飛び立つ時だ!」
「ああ、わたしは空を飛ぶのね。ありがとう優しいおばあさま。このご恩は一生忘れないわ」
物語は塔に幽閉されたお姫様がある老婆から翼を授かり空は羽ばたくというお話です。
この国ではポピュラーな寝物語で、子供は皆母親からこの話を聞いて夢の世界へ旅立っているのです。私も昔マリアンによく聞かせれているのを覚えています。
「こ、こうしてお姫様は自由の翼を胸に、あ、新たな世界へ旅立つ、のでした」
締めの言葉と同時に、観客達から温かい視線と慰めるような拍手が送られました。
ええ、皆様の言いたい事はわかっています。
舞台の上というのはまるで気高い崖の上に立つのと同じぐらい緊張しました。私の精神力ではセリフを伝えるだけで精一杯。上手な演技など夢のまた夢でしょう。
軽率な私!
しかし私は諦めません。この一幕を糧にロンド演劇祭では素晴らしい演技を皆様に届けてやろうではありませんか!
「ーーーーーッ!!」
「おねえちゃん。楽しかったよ」
そうして恥ずかしさいっぱいで顔を真っ赤にした私の下に素晴らしい演技を見せたソルちゃんが声を掛けてくれたのでした。
ああ、今はこの優しさが身に染みます。
私の方がおねえちゃんなのに、思わず甘えてしまいそうです。
しかしそんなひと時も突然と終わりを告げるのでした。
「お嬢様」
観客達の中からふと、低いバリトンボイスがこの舞台に響きわたりました。
声の方を向いてみると、くるりを髪を丸めている真っ黒な紳士服を身に纏った猫族の執事がそこにいました。
「じいや…………」
「お迎えに上がりました。さ、旦那様に見つかる前に戻りましょう」
じいやと呼ばれた執事は割れ物を扱うような丁寧な所作でソルちゃんの手を取り、舞台から降ろすのでした。
そして私の方へ身体を向けると、ぺこりと一礼をしたのです。
「お嬢様がお世話になったようですね。誠にありがとうございました」
「い、いえ」
「それではお嬢様。戻りましょう」
「う、うん。おねえちゃん、またね」
こうしてソルちゃんはじいやと呼ばれた男性と共に、夕陽の奥へと消えて行くのでした。
彼女との出会いは唐突で、そして別れも唐突に訪れるのでした。まるで一瞬で全てを飲み込む嵐のように。
ポツンと舞台の上に立つ私は、この刹那の出会いを楽しくもあり、同時に寂しいと思ってしまいました。
しかし悲しいとは思いません。何故なら彼女は約束してくれたのですから。
またね、と。
「…………戻りましょうか」




