第5話 恋路を嗜む午前十時
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雲一つ無い空を見上げる午前十時。
思わず笑顔が見えて来そうな陽気な太陽が私の頬を照らしています。
本日は絶好の紅茶日和。甘いお菓子と一緒にいただく楽しいひとときです。
ワルツ家、というより私は週に一度お屋敷のテラスでお茶会をするのが習慣になっています。
曜日感覚を保つためとかワルツ家の娘として紅茶の嗜みを身につけるとか色々な理由を並べていますが、結局はマリアンの美味しい紅茶とお菓子が食べたいという目的で開催しています。
そして本日はお茶会の当日。私は一足早くテラスの椅子に座りマリアンが現れるのを待っていたのですが。
「お、おはようございます! お嬢様!」
「おはよう、ショーラ」
テラスに現れたのはマリアンではなく、同じ侍女であるショーラなのでした。
ショーラは緊張からか子鹿のようにプルプルと身体を震わせています。
「マリアンはどうしたの?」
「マ、マリアンさんは用事がありお出かけに行っています。なので私が代わりにお嬢様のお茶会を頼まれました!」
「そうだったの。じゃあ任せても良い?」
「はい! 少々お待ちください!」
そうしてショーラは慣れた手付きでお茶会の準備を始めてくれました。
緊張していると言ってもさすが長年この屋敷に仕えているだけあり、その動きは洗練されています。
三種類のお菓子を皿に盛り付け、温かいお湯を空気に触れさせながらカップに注ぐ。そしてソーサーに乗せたカップを音を立てることなく私の目の前に。全てがまさに熟練の技というものでしょう。
「終わりました」
「ありがとう。ショーラ、せっかくだし一緒に飲みましょう」
「あ、はい。では失礼します!」
こうして私とショーラは同じテーブルに座り、同じお湯で淹れた紅茶を分ち合うのでした。
本日の一杯は酸味の効いた柑橘系の紅茶。今日のような爽やかな日にぴったりの味です。
ショーラも紅茶を飲んで少し緊張が解けたのか、頭にある耳をしゅんと垂れ下げながら頬を赤く染めています。
ほっこりとした顔色からはどこか喜びにも似た様子が浮き出ています。
その姿はまるで騎士小説に出て来る乙女。それも恋する乙女の姿です。
「何か良いことがあった?」
「え?」
「ショーラの顔、とっても嬉しそうにしてる」
「あっ…………、バレてしまいましたね」
お互い朗らかな笑みが溢れます。
ショーラとは産まれてからずっと同じ屋敷で過ごしてきたこともあり、お互いのことが少しだけ分かり合うのです。
それぞれの役目が異なる故に会う機会は少ないのですが、会った時にはこうして色々な話をしてました。
屋敷のことだったり、最近流行りのお菓子のことだったり、…………マリアンへの愚痴だったり。
同年代と接する機会の少ない私にとって彼女とのお話しは唯一友達との触れ合いになっていたのです。
そして私の秘密もショーラは知っています。
マリアン伝てから聞かされたらしく私の部屋に真意を確かめに来た時のことを今でも覚えています。
そして事情を知ったショーラは「お嬢様はもっとのびのびと生きるべきなのです」と言って私を応援してくれました。
マリアンにショーラ。
鎖に縛られた頃には気付けませんでしたが、私は本当に恵まれていたという事に今になって気付いたのです。
そんなこともあり彼女とはワルツ家の娘とか侍女とか関係無く一人の友人として対等な関係で話すことができるのです。
「それで、どんなことがあったの? 聞かせて欲しいな」
「じ、実は、クレイング様と会ってお話したのです! 私の作ったお菓子が美味しかったって褒めてくれたんですよ!」
「へ〜、ブルー…………クレイング様が」
「どうしたのですか?」
言葉の詰まった私を見てショーラは心配そうに声をかけてくれました。
危ない危ない。流石にここであの名前は出せません。
あくまで彼はただのブルース様。決してクライング・ラーブルという名前では無いのですから。
「だ、大丈夫よ。それにしてもショーラ、もしかして騎士様と…………?」
「で、でも! 私なんてただの侍女だし、クレイング様は騎士だし、そんな恋愛小説みたいな展開なんてあるわけぇ」
言葉では否定してても態度と顔色は誤魔化せません。
ショーラは明らかにクライング様と一歩進めた関係を狙っています。その右上を見ながら漏れ出ている「にへへ」と言うようなとろけた笑みと、りんごの様な真っ赤に染まった顔がその証拠です。
ああ、ついにショーラにも春が訪れそうになっているのですね。友人として素直に嬉しいことです、今は秋ですけど。
「ショーラ」
「は、はい!」
「お父様の言い付けでクレイング様とは会えないけど、私にできることがあるならなんでも協力するわ」
「あ、あ、あ、ありがとうございます!!」
顔を真っ赤にさせ振り子のように身体を揺らして喜ぶショーラに微笑みながら、紅茶を一口傾けます。すると柑橘系の中に以前ヴォリス様達と食べた蜜に包まれた焼き菓子のようなむせ返る甘味が舌を通り過ぎて行きました。
この感覚、以前にベルリン様がおっしゃってました。これが『砂糖を吐く』というヤツですね。
この味はまさしく甘露。これが恋の甘酸っぱさということなのでしょう。他者の恋路ですけど。
とりあえずショーラの恋の行方は続報を待ちましょう。今はこのひと時を思いっきり楽しみます。
「ショーラ、お代わりいいかしら」
「は、はい、すぐにお淹れします!」
こうしてワルツ家の午前はゆっくりと過ぎていくのでした。




