第2話 ロンド演劇祭
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「この演劇祭にみんなで出よう!」
ベルリンさんのこの言葉に、テーブルを囲う皆が言葉を失った。
ラギアンさんはまだ完全に癒えていない頬のカサブタを指で遊ばせながら苦笑いを浮かべ、ヴォリスさんは「また面倒なことが起きた」とでも言うようにテーブルに肘を付き頭を抱えた。
一方のレイさん、明らかに嬉しそうに帽子の中に隠れた耳をぴょこぴょこと跳ねさせている。
ダリアン十二貴族序列第四位であるロンド家は古くから『舞台劇』と言う芸術をこのダリアンで席巻しており、その盛り上がりは他の追随を許さない勢いだ。
領地である『エリア・キャン・ディーズ』には毎日のように路上劇が開催され、発展の象徴である大劇場には常に満員の観客で溢れ、見にくる者達の心を隆盛させている。
そんな『演劇』によって発展したロンド家によって年に一度開催される演劇の祭典が『ロンド演劇祭』だ。
「その演劇祭のコンテストにみんなで参加したい、と?」
その問いに今回の発起人であるベルリンさんは意気揚々と言った様子で頷いた。
「そのと〜り! みんな仲良くなってきたんだし、折角だからこういうのをやってみたいと思ったんだ〜」
「さすがベルリン様です! 私も皆様と一緒にやってみたいです!」
一番最初に賛成の意を見せたのはレイさんだ。
まあ普段の彼女を見ていると、こう言った祭や行事には大きな興味を持っているのはわかっていた。故にいきなりの提案に対しても好意的に捉えている。
「確かに面白そうですね。俺もやれる範囲でやってみたいです」
まあそれは俺もなんだけどな。
やはり普段と違うことを経験するというのは良い刺激になる。
この経験は視野の広がりに繋がり、最終的には騎士としての力量になり返って来る。つまりこれは己の研鑽というものだ。
「お〜、二人はノリが良いね〜」
仲間を迎え入れたことにベルリンさんは嬉しそうにしながら酒を呷るのだった。
だが問題は残りの二人だろう。
「断る。この前の若造の絵を売るのだって苦労したというのに何故わしらが劇をやらなくてはならないんだ」
「俺も演劇とかよくわからないからなぁ。観るのは大歓迎なんだけど…………」
と、まあ男性二人は理由は違えど演劇祭をあまり好意的には捉えていないようだ。
確かにこれは唐突な提案だ。断る気持ちも理解できるし、新しいことに挑戦するという困難もあるだろう。
しかし忘れてはいけない。この提案の発起人がベルリンさんだと言うことを。
「ふっふっふ…………ヴォリス君とラギアン君が断る事は最初から予想していたさ〜」
「だからなんだ。何を言われてもわしは参加せんぞ」
「実はね…………この演劇祭に参加することを踊りの舞台で大々的に宣伝しといたのさ」
「…………は?」
「…………は?」
素っ頓狂な声が重なった。
それと同時にマスターが二人に一枚の紙を手渡した。それは『クラブハウス』というダリアンでは由緒ある新聞社の新聞だった。
そこには『群青の踊り子、ロンド演劇祭を参加を表明! ファンからは期待の声!』と一面に大々的に、そして扇動的な文言で書かれていた。
その内容もかなり大々的で、『ロンドの舞台で送る最高の一幕を貴方に届けるだろう』とか『演劇コンテストの優勝候補筆頭』だの、ハードルを途轍もなく上げている文章がこれでもかと並べ立てられている。
「き、貴様まさか…………」
「いや〜困っちゃうな〜、もし参加できなかったらどうなっちゃうんだろうね〜」
ベルリンさんはまるでイタズラ好きの妖精のような可愛らしい笑みを浮かべ、ヴォリスさんとラギアンさんは石のように口を開けたまま表情が固まってしまった。
「それで〜、みんなで演劇祭に出よ〜」
「………………」
「………………」
この場にいるみんな、二人の男性陣はもちろんのこと俺やマスター、そしてレイさんですら絶句した。
酷い。流石にこれは酷すぎる。と。
ベルリンさんはこのダリアンにおいて、文句なしに有名な踊り子だ。それこそ一部ではダリアン十二貴族の名声を凌ぐほどに。
ファンの数はもちろん絶大。彼女の一言により新たな流行を生み出したという伝説すらあるとんでもない人物なのだ。
そんなベルリンさんがロンド演劇祭の参加を表明したのだ。それも新聞を使った大々的な宣伝を上乗せして。
これを見たファンや関係者などの期待は計り知れないことになるだろう。
そしてもし男二人がこれを断り、彼女が演劇祭に参加できなくなった時、どんな騒動が起こるのかは想像に難くない。
それほどの影響力を知った上で彼女はこんなとてつもない行動に打って出たのだ。
ただ二人の頑固者を巻き込みたいが為に。
「ぐ…………」
「マ、マジかよ…………」
「あっ! お二人共大丈夫ですか!?」
流石にこの一手は予想外だったのだろう。頑固者二人はどっと息を吐き出しながらイスにもたれ込んでしまった。
そんな二人を見て優しいレイさんは心配そうに駆け寄って背中を摩ったりしている。
哀愁漂うその顔に思わず同情してしまいそうだ。まさか有名人の影響力を全力で使われるとは思いもしないだろう。これは分が悪すぎる。
そうしてしばらく経った時、彼らの重い口がゆっくりと絞り出すかのように開かれる。
「…………良いだろう、協力してやる。ただし正当な報酬は必ず貰うからな!」
「さすがにここまでやられて断る度胸は無いよ…………」
「本当かい!? いや〜二人なら参加してくれると思ってたよ〜」
いくらなんでも白々しすぎる。最初からこうなることを予想してただろうに。というかそう仕向けただろうに。
とはいえ、何はともあれ全員が参加を表明した。
なら次にやることと言えば。
「それじゃあ、私達の劇団名を決めようか!」
こうしてベルリンさんのわがままによって、俺達の新たな活動が始まった。
恐ろしい人だよ。本当に。




