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ダリアン幻奏楽譚〜弦と剣にてワルツを奏でる〜  作者: ジョン・ヤマト
第三章 道化は愉快な舞台を閑歩する
37/123

第1話 舞台の幕開けは喜劇のように

   ○○○

 ダリアンで最も栄えている芸術とは。

 その問いに多くの者は『絵画』と答えるでしょう。


 『音楽では?』と疑問に思う方もいると思いますが、ダリアンにおいて音楽とは、芸術という枠組みを超えた『象徴』のような存在として扱われており、芸術としてはあまり認識されておりません。

 簡単に言えば『身近にありすぎて逆に思い付かない』という存在なのでしょうね。


 では絵画の次に栄えている芸術とは何か。

 この問いが本当に難しい問題です。何せその答えが多すぎるのですから。

 『彫刻』と答える人もいれば、『工芸』と答える人もいます。珍しいものでは『武芸』こそ芸術だと答える人もいます。


 これはダリアンという国のありとあらゆる芸術が繁栄している証拠であり、ある意味ではこんな議論が交わされるぐらいこの国は平和だということでもあるのでしょう。


 そんな星の数ほど答えがありそうなこの問いに私は迷わずこう答えましょう。


 ダリアンで二番目に栄えている芸術は『舞台劇』である、と。









   ○○○

 肌寒い季節のなり始め、秋の太陽が落ちるのは本当に早い。

 ワルツ家での今日の仕事を終え、着替えてから大通りに出た時にはもう日が沈んで空も暗くなり始めていた。


 どの季節でも変わらない大通りの騒がしさに思わず耳を傾けてしまいそうになるが、逸る気持ちをグッと堪えて目的地へ向けて歩き続ける。


 そうして何日も通ったおかげでもはや見慣れてしまった道。貧民街の通りを歩き続けていたその時だ。歩いている道の先から聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「なあアニキィ、オデ達これからどうすんだ?」

「そうだなぁ、どうしよぉ?」

「……………………」


 狭い路地などすぐ埋めてしまいそうなほど巨漢な男と骨が浮きでそうなほどに痩せた小柄な男。


 最初にこの道を通った時に絡まれて返り討ちした、情けない現代芸術の凸凹コンビだ。そいつらが貧民街のど真ん中で座り込んでいた。


 以前の気迫はどこへ行ったのやら、二人は縮こまりながらひそひそと小さな声で何かを語り合っている。

 はっきり言って関わりたくない。だが彼らの座っている場所は黄昏の家への通り道。つまり避けては通れないということだ。


 仕方ないか。そう心に決めながら心の内でため息を吐きながら彼らの下まで歩み寄ることにした。


「………………こんな道端で何やってるんです?」

「うおっ!!」

「テ、テメェはこの前のホラ吹き緑野郎!!」


 驚いたように飛び上がる凸凹コンビ。

 二人の眼は明確な敵意の色で塗り固められてはいるが、なぜだか戦意は感じ取られなかった。


 そして震える足がジリジリと後ろに下がっており、今にも逃げたそうと準備を整えているようだ。


 その様子を見て思わず心中で笑ってしまった。

 以前絡まれた時とはまるで別人。手を付けられない荒くれ者がいつのまにか可愛らしい小動物に様変わりしたように見えたからだ。


「あー、大丈夫ですよ。別に喧嘩を売るために声をかけたわけじゃないから」


 両手を上げて敵意が無いことを示す。

 俺だって好き好んで喧嘩なんてしたくはない。ただ道を通りたいだけなんだから。


「ほ、本当だなぁ?」

「な、ならいいぞ」


 その気持ちが伝わったのか。凸凹コンビも警戒を解き落ち着いてくれた。

 いやはや、やはり話し合いは大事なことだね。


「で、何でテメェはまたこんなとこをうろついてるんだぁ? あれか、騎士をクビになったのかぁ?」


「ただ行きつけの酒場の通り道ってだけですよ。そういう君達は何でこんな場所に座ってたのですか」


「そ、それはぁ…………」

「ウゥ…………」


 何気ない問いなのに、二人はまた急に俯きながら縮こまってしまった。


 縮こまる二人をよく見てみると、最初に出会った時に比べてその服装は以前よりほつれや千切れた箇所がわかりやすく目立っており、何日も着っぱなしというのが見て取れる。


 そして彼らのお腹に住む虫の声が「腹が減ったぞ」と、これでもかという程の音量で訴えている。


 これの意味することは一つ。


「………………あんまり稼げていないそうで」


「最近はこの辺りを通る奴らがいなくなったんだぁ! おかげさまで俺らの稼ぎはゼロ! 働こうにも貧民街出身の俺達を雇うヤツなんていない! このままじゃ飢えて死んじまう!」

「アニキィ!」


 途端、凸凹コンビは熱い抱擁を交わしながら滝のような涙を流し始めた。まるで一昔前に流行った安い喜劇(コメディ)の一幕のようだ。


 まあ彼らにとっては深刻な問題なんだろうが、俺には関係の無い話。このままスルーして黄昏の家に行くのが吉だろう。


「おーいおいおいおい!」

「アニキィ! オデ達死ぬ時は一緒だぁ!」

「……………………」


 しかし男同士が抱きしめ合って泣く姿は聞くに耐えないし見るに耐えない。こんな光景を見た後に飲む酒は確実に不味くなることだろう。


「あぁー、ちょっと良いですか?」

「おーいおいおい…………どうしたぁ…………」


 そんな思いをするのは御免だ。故にこの凸凹コンビの問題を解決させて一刻も早く去ってもらわなければならない。


 幸いにも彼らの問題は『まともな食い扶持が無い』という至ってシンプルな内容。これなら解決の手立てはある。


「一つアドバイスなのですけど、どこかに用心棒として雇って貰うのはどうです?」


「ようじんぼー…………?」


「実力はともかく君達の厳つい見た目は用心棒にぴったりだと思う。そうだな、少し荒れた場所にある酒場とかちょうど良いんじゃないかな」


 半分以上口から出まかせだが、意外と的を射ている提案だろう。


 このダリアンの都の中に不安定な治安の場所は貧民街ほどではないにしろ存在する。そんな場所にある酒場に訪れる客は得てしてロクデナシな者が多い、そこでこの凸凹コンビの出番だ。


 巨漢な彼を見たらロクデナシな客でもビビってしまうだろうし、小柄な彼は口が達者なので交渉事に向いているだろう。


「ということでどうかな?」

「あ…………あ…………」

「お…………お…………」

「…………?」

「「お前頭良いなぁ!!」」


 途端、俺の左右の手が凸凹コンビによって掴まれてしまい、そのまま上下にブンブンと振り回されしまう。


 彼らが力任せに振り回されているおかげで肩が外れそうになるぐらい痛い。特に巨漢の彼が振り回している左腕が。


「お前は命の恩人だぁ! もうホラ吹き緑野郎なんて呼ばねぇからぁ!」

「あの…………」


「オデお前のこと忘れねえからなぁ!」

「離して…………」

 

 そうして約二分、この凸凹コンビは嬉し涙を流しながら俺の腕をこれでもかと言うぐらいに振り回したのだった。いつか痛い目に遭えばいいのに。


「はあ…………腕が痛い」

「悪いなぁ、ちょいとやりすぎたぁ」

「わるい」


 そんなこんなで彼らも落ち着きを取り戻した。

 肩が少々痛むが、まあ問題は無い。


「それでは俺はこれで。頑張ってください」

「おうよぉ!」

「おうよー!」


 そうして凸凹コンビは貧民街の影の奥へ消えて行くのであった。

 

 いつのまにか陽は既に地平線に沈み、肌寒い夜になっていた。

 言ってしまえばあの凸凹コンビにアドバイスしたのは完全にその場の気分だったが、たぶん良いことをしたのだろう。


 貧民街の住民も皆必死に生きているというのも知れたし、ただのチンピラだった彼らの友情も感じられた。あまり知りたくなかったことだが。


 何はともあれ良いことをすると気分が良い。

 さあ、安い酒を飲んでもっと気分を良くしよう。今日の酒は美味くなりそうだ。








   ○○○

「いらっしゃいでござる」

「お〜、来たね〜」

「ご機嫌よう、ブルース様」


 黄昏の家の扉を開くといつもの四人がテーブルを囲んで座っていた。

 みんなの様子を見るにどうやら俺が訪れるのを待っていたようで、扉を開いた俺に注目が注がれている。


「さ〜て、これで役者は揃ったね〜」

「ベルリン様、それで私達にお願いとは一体なんでしょうか?」


 ニヤニヤと笑うベルリンさんに今か今かと期待の眼差しでその時を待つレイさん、そして黙ったまま座している男二人。

 その様子をマスターは苦笑い混じりで眺めている。


「気になるよね〜、ならば見せてあげよう!」


 嫌な予感がする、そう思うがもう遅い。ベルリンさんは勢いよくテーブルの真ん中に一枚の紙を勢いよく叩きつけた。


 叩きつけられた紙にはファンシーで可愛らしい絵と共にこんなことが書かれていた。


『ロンド演劇祭まもなく開幕! コンテスト参加者大募集!』


「この演劇祭にみんなで出よう!」


 彼女のこの一言が新たな物語の始まりを告げるのだった。

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【連載版】星空を見上げれば 滅びゆく世界で戦い続ける女の子達の物語です。 近代ファンタジーがお好きな方はぜひお読みください。
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