幕間 貴族会議
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このダリアンでは十二の貴族がこの国を取り仕切っている。
内政においては農業や鉱山の管理、街の治安維持にインフラ設備の整備、国内事業の運営。
外交においては輸出人品の精査に他国の重鎮との会談、さらには観光においても貴族の手が及んだいる。
当然これら全てを十二貴族の者が管理しているわけではないが、この国に関わる事柄には何かしらの形で彼らが関与している。それほどまでにこの国において『ダリアン十二貴族』という名は強大であり、民達から畏怖畏敬されている証でもあるのだ。
そしてこの国の中心にある都の行政区、中央広場から見える一番大きな建物が今回の話の舞台となる。
その建物、『アントルド中央院』の奥にある十七段の階段を登り、長い廊下を歩いた先に重厚な扉が見えてくる。
扉を開き中へ入ると、これでもかというほどの広さの講堂が姿を現した。
「九、十…………、これで全員集まりましたね」
その中心にある円卓を十人の獣人族が取り囲んでいる。
皆の面持ちは緊張に包まれており、ピリピリする空気がこれから始まることの重大さを物語っていた。
「それではこれより始めさせていただきます」
そんな十人の内の中の一人、赤茶色のドレスを見に纏った犬族の女性、『ダリアン十二貴族序列第一位フィラソフィ・ドゥ・エアルト』は静かな面持ちで開幕の宣言した。
しかしそんな彼女の宣言に対して水を差す者が一人。
「おい、見たところアルアンビーとストーンズの当主が見当たらないようだが?」
「アルアンビー家は親族の葬儀、ストーンズ家は領地の運営が忙しいということで欠席すると連絡を受けています」
「忙しいだと? まったくあいつはこの会議の重要性を理解していないのか?」
「ブランコ様。それ以上はお控えください」
エアルトの言葉にブランコと呼ばれた厳つい顔の男は渋々ながら口を閉ざし席へ着いた。
彼の様子を見てか、エアルトから右手に三席隣に座る若い女性がニヤニヤと笑い声を上げた。
「ラプソディ殿、何かおかしなことでも?」
「ぷっ…………いえ、なんでも…………ぷぷぷぷ」
女性の隣に座るワルツ卿が怪訝な表情と共に声をかけるが、ラプソディと呼ばれた女性は変わらず面白おかしく笑い続けていた。
エアルトはそんな彼女のことなど無視し「それでは」と言いながら資料を捲りながら本題へと入る。
「さて皆さん。この二ヶ月の間にこのダリアンには様々なことがありました」
これは二ヶ月に一度、ダリアンに君臨する十二の貴族が一同に会しその行末を決める会議、通称『貴族会議』。
物々の輸出入の規制や内政の動向、果ては軍事の介入など、この国の行末が決まると言っても過言ではない重要な話し合いがこれから始まるのである。
「まずワルツ家から報告がありました。アシュバルトが開発した新技術についてです」
その言葉と同時に視線がその人物に注がれると、それに呼応するかのようにガタリと音が立てられる。ワルツ卿だ。
「説明は私が、これは私が抱えている鉱石商からの情報です。新技術の名前は『魔術』と言われている。この魔術というもの、これはアシュバルトに所属するある人物が開発された新技術だそうで、何も無いところから火や水を生み出す摩訶不思議な技と聞いている」
ワルツ卿の説明に円卓ではどよめきが生まれた。
「ありえない、そんな技術あるはずが無い!」
「学園国家の陰険共がまた変なことをしているのか…………」
「そんなものがあるのなら実際に見てみたいものだ」
どよめきはすぐさま喧騒へと変わり疑問と呆れの言葉がワルツ卿に浴びせられた。
しかしワルツ卿は耳一つ動かすことなく言葉を続ける。
「ここに集まる貴殿達の言うことも理解できる。当然私も魔術などという与太話など信じていない。だが私は少しでも可能性があるものは知りたくなる性分なのだ」
「…………つまりどういうことでしょうか?」
「この魔術と呼ばれている新技術について調査をしたい。幸いなことにダリアンとアシュバルトの関係は非常に良好。この関係を利用しない手は無い」
淡々とした物言いに、場の空気が静まり返る。
「………………」
「………………」
「ぷぷぷ…………ぷぷ…………」
いや、正確には一人の女性の笑い声を除いて、だろうか。しかしその笑い声を気に留める者は一人もいない。
そんな貴族同士の無言のまま応酬でされる視線のみで行われる会話。その内容は至って単純。
『誰がこの調査の責任を取るのか』だ。
調査については賛成。だが責任の所在については不透明。
話の流れからワルツ家が担うのが筋ではあるが、序列の低いワルツ家ではもしアシュバルトとの関係が悪化した際の責任能力を持っていない。
そしてこの『魔術』というなんとも眉唾な話に首を突っ込むのも彼らの事を考えれば躊躇ってしまう。余計なやぶ蛇を突くのはごめんということだ。
故に皆が口を閉じてしまったのだ。不要な責任は取りたくない、と。
「………………」
「………………」
「ぷ…………ぷぷぷぷ…………」
鉛のような重い沈黙の中に響く笑い声、この珍妙な沈黙を最初に破ったのは厳格な女性の声だった。
「よろしい。ワルツ卿もこう言っているのです」
「エアルト殿…………」
「最近のダリアンは停滞していました。既に確立された芸術に執着し、新しい物を敬遠している節が見えます。私達もそろそろ新しい風を受け入れる必要があるでしょう」
エアルトの言葉に皆が頷く、責任の所在が決まった瞬間だ。
「ワルツ家には新技術の存在の有無及びその詳細の調査をお願いします」
「承った。必ずや吉報をお届けする」
「では次の議題です。騎士団から報告がありました反貴族組織について…………」
その後、貴族会議は筒がなく続けられ、終わりの時が迎えられた。
そうして円卓に座る者が一人また一人と席を立ち去って行き、最終的には三人の人間が残っていた。
「ワルツ卿」
「レゲ殿…………」
茶色い礼服を身に纏った紳士がワルツの方へ顔を向けた。
「何か私に用事でも?」
「いやなに、魔術についてどのような調査をするから気になってな。会議の時は話してくれなかったからな」
レゲのこの問いにワルツはチラリと視線を流した。その先にはでっぷりと腹を膨らませている犬族の男性の姿があった
「おや、お邪魔だったか?」
「ロンド殿、申し訳ない」
「心配する必要はない。では先に失礼する」
ロンドと呼ばれた男性はゆっくりとした足取りで講堂から出て行った。
そしてこの場に残ったのはワルツとレゲの二人となった。
「して、どのようなことを?」
「近くアシュバルトの首席へ向けて手紙を送る予定が控えているのです。そこで魔術の研究者を招聘しようと考えています」
「なるほど。『絵について知りたくば画家に聞け』ということか」
「ええ、そういうことです」
「相分かった。ワルツ卿の吉報を楽しみにしておる」
そうしてレゲも講堂から去った。
誰もいなくなった講堂の中心でワルツは目を瞑り自身の頭の中で思考する。
これからの動きについて、魔術について、そして娘について。
「………………」
まるで何か儀式のように、彼は思考の海の中に浸る。
その高尚な姿はまさしく貴族の姿そのもののように見えた。
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廊下を歩く茶色い礼服を着た紳士。
人の気配の薄いその道の先には大きくお腹を膨らませた男が立っていた。
「レゲ殿、少しよろしいか?」
「ロンド卿か、何か用か?」
「いやなに、先日貴公が一枚の絵を買ったと聞いてね。それを一目見たいので都合を付けて欲しいのですよ」
「良いだろう。美術館の者に伝えておく、好きな時に来るがいい」
「ご厚意に感謝しますよ。改めて私はこれで」
そう言いながらロンド卿と呼ばれた男は長い廊下の奥へと消えて行くのであった。
この物語が紡がれるのはまだまだ先、しかしその時は着実に近づいて来ている。




