第16話 みんなでお祝い!
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「それじゃあ〜、ラギアン君の絵が売れたことを祝って…………」
「「「「乾杯!!」」」」
ベルリン様の音頭と共に私達は宴を告げる開演のベルのように手に持ったグラスを打ち鳴らしました。
「いや〜、みんなが帰って来た時はびっくりしたよね〜。目の前に金貨をドンッと見せられたんだから〜」
「ラギアンさんの絵がお上手というのは知っていましたが、ここまですごい結果になるとは思ってもいませんでした」
「自分でも驚いたよ。偶然ってあるんだなぁ…………」
手放しで讃えるベルリン様とブルース様の言葉にラギアン様は少々照れくさそうにしながら笑っています。
確かに今回絵が売れたのは幸運によるものが大きいのでしょう。
しかしダリアンには『幸運に偶然は無し』ということわざがあります。これもラギアン様の実力があったからこそ訪れた幸運なのだと私は確信しています。
「ふん、まだ絵が一枚売れただけだ。この結果に驕らず精進しておけ」
「言われなくてもわかってるって。色々大変な目にもあったんだしな…………」
「ラギアン様…………」
その言葉で思い起こさせるのはナブラルという男との一件。
あの出来事は絵が売れて喜んでいた私達の心に暗い影を産み落としていました。
差別というどうしようもない『違い』。その違いを私達はあの時にまざまざと見せつけられたのです。
「…………若造はおそらくこれからもあのような目に遭うだろう。この国には『芸術』だけではどうしようもない物があまりにも多い」
「…………でも俺はこの国でやっていきたい」
「…………それは苦難の道だぞ」
気まずい雰囲気が酒場を包み込みます。
苦難を乗り越えた先にあるのは苦難のみ。このどうしようもない事実は私達の顔を思わず俯かせてしまう力が宿っていました。
そんな私達へ向けて群青の手が差し伸べられたのです。
「ま〜ま〜。そんな辛気臭い話はヤメヤメ! 今は絵が売れたことを喜ぼう!」
そう言ってベルリン様は手に持ったお酒を勢いよく飲み干すのでした。
「確かにこれからラギアン君は色々大変だ。でもそんな時こそ私達に遠慮なく頼れば良いんだよ〜! 酒を飲み交わす仲間でしょ〜」
「そうです! 何か辛いことがあったら私やヴォリス様達がお助けいたします!」
「おい、自然とわしを巻き込むな」
「騎士として、いや飲み仲間として気軽に頼ってください」
「みんな…………」
私達の温かい気持ちが届いたのか、ラギアン様はその瞼を濡らしながら笑ってくれました。
日々は何気ない会話を繰り広げ、仲間の非常時にはみんなで助ける。
ああ、なんと素晴らしい、これぞまさしく本物の友情というものなのでしょう。
「そういえばレイ殿、あれは食べないのでござるか?」
そうして宴も終わりに近づいた頃。マスター様がバスケットを片手に私を呼んだのです。
「あ、忘れていました! 皆様、少々お待ちください!」
私はバスケットを受け取り、その中身を酒場にいる皆様に手渡しました。
「今回手伝っていただいたヴォリス様の報酬ですが。せっかくなので皆様で食べましょう!」
薄い肌色をしたふわふわのお菓子。そう、マリアンの手作りマフィンです。少々時間が経ってしまいましたが、その柔らかさと甘い香りは依然として変わりありません。
「おお、ようやくこれを食べれる時が来たわ」
「じいさん楽しみにしてたからな」
「へえ、これがマフィンか〜」
「美味しいそうですね」
「故郷の甘味とかなり変わっているでござるな」
「さあ、それでは…………」
いただきます。
甘い風味とふわふわの食感、そして今日の全ての苦労を吹き飛ばすかのような美味しさは自然とみんなを表情を笑顔にさせるのでした。
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「まずは反貴族連中の捕縛お疲れ様」
日も静まった夜の時間、暗い執務室にてニコロの高い声が反響する。
とても上機嫌なのかその声色はいつもより半音程高く、その表情にも薄く笑みが漏れていた。
「それで、その連中から何か情報は?」
今回の報告は当然騒ぎを起こし逮捕されたナブラル達についてだ。
ワルツ家の任務とは関係無いが、気になることが沢山あった。
しかし俺の問いかけにニコロの表情があからさまに硬くなる。
「そのことだけど。今回捕縛した連中は組織の末端も末端。使い捨て同然の連中でろくな情報を持っていなかった」
「そうでしたか…………」
連中の振る舞いを思い返せば、確かに軽率な行動が目立つ奴らで、反貴族の組織としては考えれば三下もいいところだった。
「ただナブラルという男が気になる事を言っていた」
「気になる事とは?」
「『今はまだ雌伏の時。近い未来に貴様達の守るもの全てが消え失せるだろう』。かなり興奮した様子だったがこんな感じの事を言っていた」
「雌伏の時…………」
いかにも意味深な言葉だ。
額面通りに受け取るなら『近いうちにダリアンで重大な事件を起こす』と予告しているようなものだ。
だがそれが反貴族に繋がる事なのか、それともまた別の何かなのかはまるでわからない。
「でもボクの知る限り反貴族の組織がここまで表立って騒ぎを起こしたのは初めてだ。もしかしたらただの戯言では無いのかもしれない。…………悲しいことにね」
「………………」
「まあ考え過ぎるのも良くない。連中の尻尾は必ず掴めるさ」
ニコロは少女然とした可愛らしい笑みを浮かべるとゆっくりと近づくとその小さな顔で俺の顔を見上げた。
炎のような真っ赤な髪と青い瞳が間近に迫る。
「来月には演劇祭もある。おそらくその関係でワルツ家も劇を観覧することになるだろう、良い機会だし劇でも見て気分展開でもどうだい?」
「…………そんな悠長に構えて良いのですか?」
「逆だよ。張り詰めるとロクなことにならない。クレンはもっと余裕を持つぐらいがちょうど良いさ」
青い暗闇の中で、彼女はニッコリと笑った。
その可愛いらしい笑みの意味は誰にもわからない。悲しいことにな。
「…………俺は俺の任務に集中しますよ」
「ああ、クレンはそれで良いよ」
ワルツ家のこと。反貴族組織のこと。黄昏の家のこと。
貴騎相関の儀が始まってから様々な出来事が起こり始まろうとしている。
だが俺のやることは変わらない。
ただ任務を遂行する、それだけだ。




