第14話 輝く感動をこの手の中に!
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最高のフィナーレを迎えた舞台劇。あの日に聴いたバイオリンの音色。そして自由という風を初めて知ったあの時。
本物の感動を目撃した時、人は言葉を失うものです。
その感動を言葉にすることは、マリアンの作るマフィンの味をまったく同じに再現するぐらい難しいことなのです。
そしてここにも一人、本物の感動を真っ向から目撃したお方がおりました。
甘い蜜たっぷりの焼き菓子を手に広場に戻って来た私達が目撃したのは、絵の立て掛けられていない画架をじいっと見つめているラギアン様の姿でした。
「…………」
先程までまるで真っ白に燃え尽きそうなほどに落ち込んでいたラギアン様が言葉も出せずに呆然と立ち尽くしていたのです。
まさかと思いながら近づくと私達はいつものように声を掛けました。
「ただいま戻りました。…………ラギアン様、どうしたのですか?」
「ふん、そんな目を点にしおってからに。まさかあの絵が売れたとでもいうのか?」
「…………ああ、売れた」
震えながら発せられる掠れた小さな声。しかしその声色には大きな自信がはっきりと見て取れます。
噴水広場で遊ぶ子供達の元気な声も、露店に並ぶ甘い焼き菓子の匂いも、彼にとっては画架に飾る絵が売れた事の感動に比べれば些細なことなのでした。
そしてその手の中には、代価であろうきらりと金色の光を発する硬貨がしっかりと握られています。
そんな声に私とヴォリス様は思わず瞳を大きく見開き、互いに見合わせました。
「ほ、本当ですか…………?」
「まさか、あの絵が本当に…………?」
「…………本当に売れた、売れたんだよ!」
そう言いながらラギアン様は喜色満面の表情で手に持った硬貨を私達に見せました。
薔薇の装飾の施されたまるで太陽のように金色に光輝く硬貨。それは間違いなく絵が売れたことの証でした。
「き、きき、金貨だと! 絵は銀貨二枚で売ると言っておったではないか!」
「なんか買ってくれた人が取っておけって言ってくれたんだ! マジで夢見たいだ!」
「す、すごいです…………」
この世界で金貨は最も高い価値を誇ります。
これ一枚で半年は遊んで暮らせるほどであり、これ一枚で高級馬車一台を購入することができます。
絵一枚の値段としてはまさしく破格。その破格をラギアン様は見事手にしたのです。
まさにダリアン一の画家に相応しい代価とも言えるでしょう!
「え、え、これどうしようかな? みんなで高級レストランに行ってパッーと使っちゃう?」
「馬鹿者! わし達では一生掛かっても目にすることすらできない代物なんだぞ! こういうのは額に飾って大事に取っておけ!」
「で、でもまずはベルリン様達にご報告しましょう。金貨のことはその後に考えて…………」
言葉は吃り、何もないのにきょろきょろと周りを見渡してしまう。ああ、これが金貨という存在の魔力なのでしょう。
私達三人はこの金貨というモノを見て明らかに動揺しています。
貴族の娘である私ですら絵が売れた感動とお二人の様子に興奮しているのですから。
「よ、よし! なら黄昏の家に戻るか! ブルース達にもこのことを自慢しなくちゃ…………」
「おっ! こんなところに耳無しの泥棒野郎がいるじゃねえか」
その時でした。
広場の先にある通りから五人ほどの集団が現れたのです。
その集団の出現に先程まで賑やかだった広場が急に静かになったのです。
広場に集まる住人達の表情は恐怖を示しており、目の前の集団が如何に恐れられているかを証明していました。
「ガキにジジイか。へえ、お前みたいなヤツにも友達がいたんだねぇ?」
「可哀想になぁ、今から痛い目に遭うんだから!」
集団は私達を円で囲うと、リーダーらしき犬族の男性が下卑た笑みを浮かべながら話しかけて来ました。
「よお、耳無し、それとこの前俺の楽しみを邪魔してくれたクソガキ」
「………………」
他者を見下すその眼差しを私はハッキリと覚えています。
それは先日、ラギアン様を路地で足蹴にした者の一人、仲間からナブラルと呼ばれた男性でした。
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太陽も高く登り、強い光のおかげで少しだけ目に痛みを覚える時間帯になった。
俺はワルツ家の屋敷の警護の任をまっとうするため、屋敷の門の前に立っていた。
この屋敷は住宅街の中心にあるからか、大通りに比べると人通りは少なく、見る人と言えば買い物を終わらせた婦人達が屋敷の前を度々通りかかっているぐらいだ。
「お兄さん、今日も門番お疲れ様です」
「あ、どうも」
「相変わらずかっこいいねぇ」
と、まあこんな感じに、門の前に立っていると通りがかるご婦人からこうして挨拶を貰うことがよくあるのだ。
この屋敷は住宅街の中でもかなり目立つ。まあ末席だとしても十二貴族の屋敷だ、それはもうすごい目立つ。
そんな目立つ屋敷が住宅街のど真ん中にある。するとどうなるのかと言うと。
「先日大通りで大変素晴らしいチェロの音楽家が来たのですよ。素晴らしい演奏でしたわ」
「本当ですの? 私も聞きに行けばよかった」
「あれは聞いて損はありませんわ。次は見に行きましょう」
こんな感じに、俗に言う井戸端会議の会場になるのだ。
三人の婦人が一箇所に集まりあんなことがあった、こんなものを見つけた、と言った具合に話しを延々と繰り広げられているのだ。
この井戸端会議に関してワルツ家の人間は特に嫌がるどころか、むしろ屋敷から近い場所にベンチを設置して積極的に話をさせるようにしていた。
確かに彼女達の話は、近所のちょっとした話から、大通りで起こった騒ぎのような大きな話題もあり世間の情報を集めるのにかなり役に立っている。
おそらくワルツ卿もこれを見越して彼女達が話しやすい環境を作ったのだろう。まったく目敏い人だ。
「そういえば先程5、6人の男性が変なことを言いながらマシュウ・マロンに行ってましたわ」
「怖いですわね…………」
「…………?」
ふと聞こえてきたこの会話。
話だけ聞いてみればただ『怖い人を見かけた』程度の話題だろう。
しかし先日のラギアンの件もあったからなのか、俺の中の直感がこの話に聞き耳を立てようとしていた。
「その方達は一体どのようなことをおっしゃってたんですの?」
「たしか『貴族はダリアンの敵だ』とか『耳無しを排斥しろ』と言うようなことを大きな声で言っていましたわ」
「恐ろしいですわね…………騎士団になんとかして欲しいですわ」
「………………!」
貴族はダリアンの敵。耳無しを排斥しろ。
間違い無い。反貴族運動だ。
その時だ。俺の脳裏に過去の言葉が反芻させられた。
『…………差別という毒は誰かにとっては甘い蜜になる。…………悲しいことにね』
それは騎士団長の語った呟き。思い出しただけでも悪寒を覚えそうなほどに気持ちの悪い言葉だ。
差別という毒、そして甘い蜜。この言葉によってある人物の顔を思い出すと同時に一つの嫌な予感が頭の中をよぎった。
(………………ラギアン!)
俺は駆け出していた。
目的地は話にも出ていた『エリア・マシュウ・マロン』。反貴族の連中が向かった場所だ。
「あ、あれ、クレイング様どうかしたのですか!?」
「すみません、すぐに戻りますから!」
バスケットを持ったショーラさんに一言告げながら、俺は新たな友人を助けるために、脱兎のごとく急いで走って行くのだった。




