第9話 騎士は優雅な午後を満喫する
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以前にも語ったが、ダリアン十二貴族序列第十一位のワルツ家はこのダリアンの国の鉱山の30%を保有している。
ダリアンの鉱石は上質で人気が高く、石炭は燃料として、銅鉱や鉄鉱は装飾や武器などに利用されている。
「では鉄鉱を百二十、銅鉱を百、石炭五十に銀鉱二十を金貨三枚でよろしいですな」
「ああ、三日後に納品しよう」
当然ながら採れた鉱石は全て鉱山の所有者であるワルツ卿の資産になる。しかし一貴族が採れた鉱石の全てを管理するのは不可能だ。故に一部の鉱石は商人達に卸され世界各地に送られる。
「それでは商談成立、ということで」
「ああ」
そして現在、ワルツ家の屋敷にて鉱石商人とワルツ卿による商談が終わった。
俺はワルツ卿の護衛として彼の後ろで話を聴いていた。
「それにしても護衛の方が居るといつもの商談も空気が違いますな」
「仕事の一環でね。外部の者と会う際には護衛として控えさせている」
「ははは、それは心強い護衛ですな。さすが十二貴族と言ったところでしょうか」
そう言って笑顔で話す商人の眼はまったく笑っていなかった。
まったく、相変わらず商人やら貴族やらは笑顔を作るのがお上手で感心するね。まあ彼らなりの処世術なのだろうが。
(しかし取引に特に怪しい物は無かった。価格も相場通りだし賄賂を匂わす発言も無し)
まあ彼らも騎士の前で不正をやる度胸も無いだろう。
しかしこの商談においては『ダリアンを裏切る』というのを示唆する証拠は一切無かった。
騎士団長の言うダリアンの裏切りというのはもっと巧妙で規模が大きい内容なのかもしれない。
まあ良い、裏切りの証拠は気長に探すとするさ。
そう考えをまとめた直後だ、ワルツ卿が手元にある書類を見ながらぽつりと呟いた。
「ふと気になったのだが、今回は銀の買取量が多い。差し支えなければ何に使うか伺っても?」
「おや、ワルツ卿も目敏いですな。この銀はアシュバルトに売るのですよ」
「アシュバルト? あの教育国家か」
教育国家アシュバルト。
ダリアンから東へ遠く離れた場所に位置する大きな土地のある国だ。
その特徴は何と言っても『教育』。
国全体が一つの教育機関となっており、五十を超える学校には世界中から様々な分野において有能な人材が集まり、日々教育に励んでいる場所だ。
各国のお偉方も多数留学していることから国同士の繋がりも深く、政治的な意味でも無視できない国でもある。
「で、そのアシュバルトが何故銀を?」
「どうやら新技術の道具を作るのに使うようなのです。ワルツ卿は『魔術』というのをご存知ですか?」
「魔術…………?」
「最近ある人物によって開発された新技術です。なんでも何も無いところから火や水を生み出せる摩訶不思議な技らしいですよ」
「そんな馬鹿な」
ワルツ卿の言う通り馬鹿な話だ。何も無いところで火が生み出せるのなら石炭なんてものはいらなくなるし、ましてや水を生み出せば世界中の人間が喉の乾きから解放されるだろう。
そんな夢の技術があるのなら是非とも教えて欲しいものだ。
「まあ私も信じてはいませんよ。しかし私は商人、お客様が求めたのならどのような理由であれ売るのが仕事です」
「そうか。話を聞かせてくれたことを感謝する」
「いえいえ、では私はこれにて失礼致します」
そう言って商人は応接室を後にした。
そして部屋に残った俺とワルツ卿の間には少々気まずい空気が流れていた。どう考えても最後に聞いた『魔術』が原因だ。
「教育国家であるアシュバルトがまさかそんな与太話を信じているとは」
「…………お言葉ですが、少なくともアシュバルトは魔術とやらについて本気で取り組むつもりですよ」
「だろうな。まったく、とんだ新技術だ」
言葉の端から、侮蔑に似た感情が聴こえてくる。
ワルツ卿は言ってしまえば実績を積み上げて今の地位を得た人物だ。故に楽をするというのをあまり好まない傾向にあり、物事を地道にそして確実に進めるのを好む人だ。
そんな彼にとって、魔術というのはどうにも胡散臭く、そして卑怯なものに見えてしまうのかもしれない。
「まあいい、商談は終わった。部屋へ戻ろう」
「お送りします」
「うむ。送った後は休憩の後、普段の仕事へ戻れ」
そうして俺はワルツ卿を部屋まで送り、束の間の休憩時間を得るのだった。
(魔術ね…………、もしかしたら何かに使えるか?)
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ワルツ家のお屋敷は主に東西に分かれた二つの建物に分類される。
西館は主に執務室や資料室、応接室などがあり。
東館にはワルツ卿やお嬢様の自室に侍女達が寝泊まりする宿舎、館の奥には大きなピアノが置かれた講堂がある。
中庭には有数の花が一面に広がっており、風に揺れる花の姿には思わず目を奪われてしまうだろう。
さすが末端とはいえ十二貴族に名を連ねているだけあり、この広い屋敷からは確かな趣きと確かな威厳がひしひしと感じられた。
そしてこの屋敷をここまでしっかり管理することができる侍女に心から感服してしまう。
「間取りを覚えるのも一苦労するな…………」
商談も終わり束の間の休憩時間。
現在の俺は東館の廊下でたまたま開いていた窓から見える景色を眺めながら気分転換をしていた。
「あ、ク、クレイング様…………お、お疲れ様です!」
「どうも、お疲れ様です」
と、外から声をかけられ反射で返事をしてしまった。
見てみるとそこにはメイド服を見に纏った10歳ほどの幼い犬族の少女が洗濯物を干していた。
彼女はこの屋敷に仕える侍女の一人だ、名前は確か…………。
「ショーラさん、だったかな?」
「は、はいそうです! クレイング様に名前を覚えていただけるなんて光栄です!」
少し頬を赤く染めながら、ショーラは感激とも言える笑顔を浮かべた。
そのあからさまな態度の意味は流石の俺でも理解することができた。
だが俺はここまで幼い少女に興味はない。しかし彼女の好意に応えるのも任務のために必要なことだろう。
「そうだ、よかったら洗濯物を干すのを手伝うよ」
「え、休憩中だったのでは……」
「ちょうど良い気分転換だよ。それに二人でやれば早く終わるだろ?」
「あ、ありがとうございます…………!」
そうして俺はショーラと一緒に屋敷の仕事をするのだった。
俺はシーツやマットレスなど、体躯の小さな少女に干すのを難しい大きな物を中心に干していった。
「………………ぁぁ」
シーツを竿にかける際、背後から明らかに熱くなるような視線を感じた。
「えーと、どうしたの?」
「い、いえ! 早く干しましょうか!」
声をかけると彼女は慌てた様子で小物を素早く吊るしていった。
なんというか、騎士という身分故に女性からこうした視線を浴びるのは慣れてはいるが、こんな幼い少女からも感じることになるとは思いもよらなかった。
まあこれも任務のためだ。甘んじて受け入れよう。
「これで終わりだね」
「はい! 手伝ってくれてありがとうございました!」
そうして洗濯物を全て干し終わると、俺とショーラは屋敷の中へ戻った。
せっかくの機会だ、少し彼女と話をしてみようか。
「ショーラさんはこの屋敷に仕えて長いの?」
「仕えてからもう四年になります。いつも侍女長に怒られてばかりで大変ですよぉ」
「確かにマリアンさんは厳しそうだよね」
「そうなんです! この屋敷に仕えている侍女はあたしと侍女長だけなのもありますけど本当に厳しいんですよ。この前なんて料理で使う塩の量が少し多いって怒られちゃいましたよ。ほんのちょっぴり多く入れただけなのにですよ」
「ははは、それはすごいね…………」
まくし立てるように話す彼女に思わず苦笑いが漏れていまう。
それにしてもこの屋敷においてマリアンという侍女の存在はとても大きなものに感じる。それこそ彼女がいなければ屋敷の維持すら困難だと思うほどに。
…………少し踏み込んでみようか。
「マリアンさんってどのくらいからこの屋敷にいるか知ってる?」
「いつからか、うーん…………私が仕え始めてから既にいましたね」
「彼女以外にも侍女はいなかったの?」
「お嬢様が産まれる前に数人の人が仕えていたというのは聞いたことありますよ。でもある日、侍女長を除く全員がお暇を出されたらしいです」
「…………へえ、そうなんだ」
ワルツ家の裏切り。
その内容も証拠も、ましてや本当に裏切るのかまるでわからない。
だけどこの屋敷には怪しい存在が感じられる。小さく、だけども色濃い濁点が。
「お話しをしてくれてありがとね」
「い、いえいえ! 私もクレイング様とお話しできてとても嬉しかったです!」
「そう? なら時々こうしてお話ししようか」
「は、はい!!」
こうしてショーラと別れた俺は警備のために屋敷の門を開き外へ出た。
外は昨日の夕立なんてまるで無かったかのような晴れ空だ。
だが俺の心情は晴れとは言い難い。
「他者の心を利用してでも、任務は果たす。悪いな、ショーラさん」
やはりいつやっても他人を騙すというのは気分が良いものではない。
だがこんなのは慣れたこと。慣れてしまったことだ。悲しいことにな。
「まずは侍女長、マリアンさんから当たるか」
次の標的に狙いを絞り、騎士は一人静かに言葉の刃を研ぎ続けるのだった。




