第8話 雨は思い出のリズムを響かせる
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さて、黄昏の家を後にしたラギアンは家路に着くために歩いていた。
彼の家は貧民街の中腹。黄昏の家から近く、比較的治安が安定した場所にある。
しかし昼間の出来事もあり彼の足取りは非常に重く、その心中は様々な要因で不安に駆られていた。
「さあて、まずは思い出だよな…………」
新しい友人であるブルースのアドバイス。『過去の思い出の記憶を描く』というのに勝機を見出した彼は必死になってその過去というのを掘り起こそうとしていた。
初めてダリアンの都を見た時の思い出。
故郷を飛び出した時の思い出。
修行時代の思い出。
「違う、もっと良いやつがあるはずだ」
どれもが彼の人生に於いて大切だった記憶だ。
しかし足りない。それらの記憶はキャンパスへぶつけるには力不足だ。
あれも違う、これも違うと道の真ん中で立ち止まりながら頭を悩ませていた。
「…………うん?」
そんな時だ。目に映る景色にある変化が訪れる。
貧民街の地面を小さな水が跳ねたのだ。
一つ、二つと肌を跳ねる水とぽつりという音が彼の五感を刺激した。
「夕立か、少し雨宿りするか」
彼は手近な建物の影に入ると、そのまま地べたへ腰を落ち着けた。
最初は少なかった雨音もその数を徐々に増やし、最終的にはざあざあと大きな音で地面を打ち鳴らしている。
そんな光景を彼は何か考えるでもなく雨降る空をぼーっとした表情で眺めていた。
「……………………」
打ち鳴らす雨音はまさに青色の打楽器。
彼はそのリズムに身体をゆっくりと揺すりながらその音に応えていた。
それは無意識の行動。しかしこの行動をきっかけに彼の頭の中である光景が蘇ろうとしていた。
『なんだいボウズ! そんなしょぼくれた顔しやがってよ!』
『………………』
『かーっ、可愛げが無えなぁ! あれか? 雨の中で静かな俺かっこいいってとか言うヤツかい!』
それは彼がまだ10歳にも満たない頃の記憶。
粗雑で荒い口調に耳をつんざくうるさい声。まるで舞台劇のような言葉回し。
そして今まで忘れていたその顔が映像として頭の中で流れていた。
「あ、見つけた…………」
見つけ出した。脳裏に焼き付いた最高の瞬間、俺だけの思い出を。
小さいようでとても大きかった過去の記憶を。
「これだぁ!!」
歯の奥に挟まった肉を取り出せたような最高の気分だ。
今の俺に止められる物はない。それを見つけたのならあとはあの光景をキャンパスにぶつけるだけだ。
「いやっしゃあ! やってやるぜぇ!」
俺は逸る気持ちのまま、雨降る貧民街を駆け抜け家へ帰って行くのだった。
走っている途中、頭の中にある言葉を思い出した。
「絵を売りましょう! そして証明しましょう『ラギアン様こそダリアンで一番の画家』なのだということを!」
最高だ。今がその最高の瞬間だ。
『今の俺こそダリアンで一番の画家なんだ』と、心から実感できていた。




