第7話 みんな集まりモンジュの知恵!
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『絵を売りましょう! そして証明しましょう『ラギアン様こそダリアンで一番の画家』なのだということを!』
私のこの言葉によって始まったラギアン様の絵を売るための計画。
その最初の第一歩は『お話し』からでした。
「で、若造の絵を売りたい?」
「はい、ヴォリス様にも協力をお願いしたいのです」
影も傾く夕方の頃。黄昏の家に訪れたヴォリス様に先程のラギアン様から聞いた話の内容を赤裸々とお伝えました。
ヴォリス様はかつてのダリアン文学界にて有名なお方。その実力は分野こそ違えど大きな助けになると私は確信していました。
なのですが。
「断る。何故作家であるわしが若造の絵を売るのに付き合わなければならないのだ」
「そこをなんとか! 私達だけでは知識に限界があります。そこでヴォリス様の知恵をお貸しして欲しいのです!」
「断る。そもそもそれに協力したとしてわしになんの得がある? 若造の身の上は理解したが、それに同情して協力することはできない。正当な報酬を持ってこい」
「………………」
まさしく正論です。
ヴォリス様にとって私やラギアン様はあくまで同じ酒場で酒を飲み交わすだけの関係。そこにあるのは他愛も無い雑談と愚痴だけ。
しかしこのお願いは言ってしまえば仕事の依頼。依頼する私達には報酬を用意する義務があり、同情や仲間意識は報酬に相応しくありません。
「ち、ちなみに報酬の額は…………」
「払うのか? そうだな………」
苦し紛れにヴォリス様に問いました。
全盛は既に去ったと言えど彼はダリアン文学界の豪傑。その報酬は私の想像も及ばないはずです。
それこそ金貨を要求されても不思議ではありません。
「…………以前言っていたマフィンでどうだ?」
「……………………え、マフィン?」
その言葉を思わずオウムのように反復してしまいました。
「なに、わしは甘味に目がなくてな。以前自慢していた『知り合いに作ってもらったマフィン』がどうしても食べたかったのだ」
「そ、それが報酬で良いのですか?」
「当然だ。わしは身に余る金銭には興味が無いからな、それよりまだ見ぬ甘味に心惹かれる。不満か?」
「あ、ありがとうございます! 彼女に頼んで沢山作ってもらいます!」
心優しきヴォリス様!
今この瞬間。ダリアンで真の紳士は誰かと問われた時、私は迷いなくヴォリス様と答えるでしょう。
彼の懐の深さとユーモアの溢れる報酬には思わず私の頬と下唇が吊り上がってしまいます。
「…………悪いな、じいさん」
「ふん、礼は絵が売れた時までとっておけ」
「いや〜、ヴォリス君も粋な男だね〜。お姉さんも負けられないぞ〜」
こうしてヴォリス様という素晴らしいお方を味方にし、私達の『ラギアン様の絵を売ろう計画』が始まりました。
「それで、肝心の絵は? それが無ければ売れる物も売れないぞ」
「…………まだ下書きの段階だよ。どうにもイメージが掴めなくてさ」
そうでした。
ラギアン様はつい昨日、女性の絵の下書きを描いていました。その時もどのような背景にするかなどを迷われていたのを記憶しています。
「それならまずは絵を完成させるところからだ」
「でも本当に何を描くか迷っているんだよ…………!」
憂いを帯びた表情で絞り出すように話すラギアン様。
絵のイメージが決まらないという絵を描く者の悩み。私はまだ理解することができませんが、少しだけ助けることはできます。
「ならどのような絵を描くか私達で考えましょう、一人で悩むよりかは有意義だと思います!」
「…………だな、うだうだ悩むより行動する方がいいよな」
私の提案をラギアン様は快く承諾してくれました。
やはり彼の強みはどのような窮地からでも這い上がれる心なのでしょう。
気合いを入れて筆を握るその姿はまさに小説に登場する勇者そのもの。剣を持つ者でなくもと勇者にはなれるのです。
「拙者の故郷にも『三人寄れば文殊の知恵』という言葉もあるでござる。意見の言い合いは大事でござるよ」
「モンジュ…………? まあいいや、とりあえず絵のイメージを固めるために色々言ってくれ!」
こうしてラギアン様の絵の題材を決める話し合いが始まりました。
「構図としてはこの女性を中心に描きたいんだ。だけど背景とかをどうしようか迷ってるんだ」
最初にキャンパスを広げ、黒い線で描かれた女性の絵を見せてくれました。
相変わらず胸がとても大きく、女性として少し羨ましく感じてしまいます。
「最近流行りの風景画を取り入れるのはどうだ? お前の風景の絵は無駄に上手かっただろう」
「無駄には余計だ。でもどんな風景が良いのか…………」
「主に流行しているのは平原や牧歌的な村ですね。青々とした景色が好評らしいです」
「でもそれだと他の絵と変わらないよね〜。あ! 街の風景とかどう?」
「街の風景か、確かにアリかも」
こうして話は大きな盛り上がりを見せました。
やはり栄えある芸術堂が一番だ。
スポットライトの照らされた劇場の舞台こそもっとも映えるよ〜。
夕暮れの貧民街はどうでしょうか。とても幻想的な景色です。
ディティールにこだわると時間が掛かるなぁ。
会話は途切れることなく、いつの間にか二時間の時が過ぎていました。
いつもの他愛もない話も良いですが、こうして酒場の皆様と真剣に芸術の議論を交わすのも大変心地の良いものです。
その人の芸術の向き合い方や、好み、何より底知れぬ情熱を間近に感じられて、思わず私も興奮してしまいました。
「はぁ、はぁ」
「ちょっと、休ませてくれ…………」
「うへ〜、話し疲れた〜」
そして激論を交わした私達はテーブルの上に身体を預けて突っ伏していました。
その姿はまさに身体を伸ばした猫そのもの。本気になれば身体をびよーんと伸ばしてテーブルの端から端へ届きそうな感覚です。まあ猫族はそのようなことはできませんが。
「はー、どうしよう。ここまで話しても決まらないとは…………」
「お前もかなり頑固だな、まさかここまでこだわりを持っているとは…………」
「じいさんに言われたくねぇ……」
話し合い自体は大きな進展を見せました。
しかし二時間の話し合いでも題材の決定には至りませんでした。
ラギアン様の考える最高の絵の道はやはり一筋縄では行かない、と言うことなのでしょう。
「こんばんは、って…………」
そんな時ブルース様が困惑した表情で店の扉を開いたのです。
立てかけてあるキャンパスと疲労困憊の私達。何があったかは一目瞭然です。その光景に彼は引き攣った笑みを浮かべています。
「あの…………何があったのです?」
「あぁ、ブルースか。ちょっと話し合いに白熱してさ…………」
ラギアン様の口からことの経緯が語られます。
路地にて二人の男に足蹴にされたこと。
自身の身の上と、この国における扱いについて。
私の言葉によって始まったラギアン様の絵を売るための計画。
そして絵の題材を決めるための話し合い。
全ての話を聴いたブルース様は暖かな眼差しと共に一言。
「大変だったのですね…………」
「まあな。でも久しぶりに楽しい時間を満喫してるよ」
「そうだ、ブルース様はラギアン様にはどのような絵を描くのが良いと思いますか?」
「え?」
私の投げかけた問いにブルース様はキャンパスに描かれた女性の姿を見た後。何かを考えるように指を口元に置いています。
薄緑色の髪を揺らしながらひとしきり考えると、ゆっくりと口を開きます。
「そうですね…………出来事を描いてみるのはどうでしょうか」
「出来事?」
「はい。小説にある挿絵のように、自分の思い出深い場面をキャンパスに描くのですよ。漠然としたものより鮮明に描けそうではありませんか?」
「思い出…………か」
思い出。
それは誰もが持っている記憶の底。
そこにある景色は自分だけの物。
その絵はまさしく自分だけの最高の一枚が出来上がるでしょう。
「確かにな。自分だけの思い出か…………」
その答えにラギアン様はキャンパスの奥にある景色を夢想して笑ったように見えました。
傷だらけの顔に傷だらけの夢。それでも折れたくない信念が彼の瞳から伺えます。
「ちょっと考えることができた。俺は先に帰るわ」
「何か良いのが浮かんだんだね。今のラギアンくん良い目をしてるよ〜」
「はぁ、わしはもうしばらく飲んでおこう。若造、絵が完成するのを待っておるぞ」
「おう。楽しみにしとけ」
ラギアン様はキャンパスを担ぎながら酒場を去って行きました。
「うへ〜。久しぶりに大声上げたよ〜」
「でもラギアン様はもう大丈夫そうですね」
「そうだね…………あ、マスター、いつものください」
「承ったでござる」
そしてラギアン様の去った黄昏の家はいつも通りの日常が戻ってきたのでした。
果たしてラギアン様は一体どのような絵を描くのか。
私は今日の話し合いのような濃い期待を胸に含ませながら、ミルクをちびちびと飲むのでした。




