第3話 絵画と夢は盛られてこそ①
誠に勝手ながら、今回の話を二つに分けさせていただきます。
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「いや〜最近の服ってこんな感じでふわふわしたのが多いよね〜。踊りの舞台でも結構流行って来てさ〜、他の娘も着てるし私もこういうのに挑戦してみようかな?」
そう言ってベルリン様が一枚の絵を見せてくれました。
そこには現在の流行であるお洒落な服を着た女性の全体像が描かれていました。
落ち着いた色合いの服でスカート部分には大きなウェーブが施されており、まるで空に浮かぶ雲のような浮遊感を与えてくれる仕上がりになっています。
「大変素晴らしいですね。これを着れば空を飛べそうなほどに開放感のある服です」
「ふん、最近の服というのはチャラチャラしすぎだ。本来服というのは寒暑から身を守るためのもの。こんなものは服とは呼べぬわ」
「服は結構良いですが、やっぱり値段がお高いですね…………」
服の感想は三者三様。
私は良いものだと思いますが、ヴォリス様とブルース様にとってはあまり良いものでは無いようでした。
というかヴォリス様の着ている軍服もかなり華美な印象を受けますがちゃらちゃらはしてないのでしょうかね。
「ね〜ね〜、ラギアン君はこの服どう思う?」
と、ベルリン様がテーブルから離れた場所へ声をかけました。
声の先にはラギアン様が丸い椅子に座っており、真剣そうな面持ちで大きなキャンパスと向かい合っていました。
その集中はかなりのもので、ベルリン様の声が耳に届いていないようです。
「構図はこれで良いとして、あとは背景と表情だよな…………」
小鳥の囀りのようにぶつぶつと喋る様はまるで木に止まり低い音色を奏でるフクロウのようです。
そんな彼の描く絵は一体どんなものなのでしょうか。
「うん、どうしたのレイちゃん?」
「ラギアン様がどんな絵を描いているのか気になって…………、少し失礼してもいいですか?」
「ああ、いいよいいよ。まだ下書きだけど何か意見があれば聴かせて欲しいな」
許可をもらい、帆布に描いてある絵を見てみます。
そこにはなんとも魅力的な女性の座っている姿が鉛筆で描かれていました。
真っ白なキャンパスに描かれた大人の女性。まさに麗しい光景そのものです。
しかし気になる部分もあります。
「描いてあるのは女性だけで背景や大まかな構図などはまだ決まってないのですね」
「そうなんだよ。彼女はある小説に出てきた人なんだけどね。しっくり来る背景が思いつかないんだよなぁ。一応それっぽい候補はあるんだけど…………」
そう言って近くに置いてあったスケッチブックをパラパラとめくり私に見せてくれました。
「え? これは……」
「候補を適当に描いてみたんだよ。結構描いたおかげで何にしようか迷っちゃってね」
はははと笑いを浮かべるラギアン様とスケッチブックに描かれた絵を拝見した私は思わず戦慄すると同時に鳥肌が立ってしまいました。
風に草木が揺れる草原にスッキリと広がる青空の風景。
あまねき輝く星々と澄み渡るほどに透明な湖の風景。
暗い心情と今にも水滴がこちらにまで跳んで来そうなほどの雨景色。
彼曰く『適当』に描いた背景とやらは、その一枚一枚が事細かに描写されており、いくらなんでも適当とは程遠い仕上がりでした。
先程美術館で見た風景画なんて目じゃありません。それこそこの背景だけで、今のダリアンの『流行り』なんて簡単に掴み取れそうなほどに素晴らしい風景の数々です。
「ラギアン様にこのような才能があるとは思いませんでした…………」
「ハハハ、俺の師匠がそのあたりに結構うるさい人でさ、背景はこうしろー、描き方はあーしろーって言われて鍛えられたんだよね」
「こんな素晴らしい絵を描けるのになぜ売れないのか、とても不思議です」
そうなんです。
以前よりラギアン様の才能と努力の込められた絵にはある種の人を惹きつける力というものが感じ取れました。
しかし実際の結果は散々なもの。流行りから外れているというのを抜きにしても彼の絵が売れないが不思議でなりません。
「ふん、こやつの描く絵は女性、それも胸やら足やらが非現実的なほどにデカい女性が主だからな。そんな絵を手に取るのは憚れるだろうさ」
お酒を飲んでいたヴォリス様が茶化すような口振りで絵が売れない理由を語りました。
しかしそんなことを言われてはラギアン様は黙っていません。
「じいさんは黙っとけ! 俺は俺の描きたい絵を貫くんだよ」
「ほお? それならブルースよ。お前はこやつの絵を街中で見かけたら買うか?」
「え、私に振るんですか?」
唐突に話を振られたブルース様は、少々困ったような面持ちで今描かれている絵を一瞥しました。
そしてぽつりと一言。
「…………ちょっとその絵を手に取るのは躊躇ってしまいますね。少し女性の…………その…………小さくしては…………」
「ブルース、お前もか? もはや俺の絵はここまでなのか!」
ああ! ブルース様の純粋な意見にラギアン様が膝から崩れ落ちてしまいました。まるで舞台劇で親友と息子に裏切られた王様のように落ち込んでしまってます。
気の毒なラギアン様!
しかしそんなラギアン様を私は見捨てはしません。
「だ、大丈夫ですよ。いつかラギアン様の絵を評価してくれる方が現れるはずです」
「そ、そうだよな。………………でもブルースの言う通り少しだけ絵を修正してみるよ」
「おい、わしも同じことを言ったはずだぞ。おい」
「アハハ〜、やっぱりここは退屈しないよね〜」
こうしてうちのめされたラギアン様の泣き言とベルリン様の笑い声を両耳に感じながら、黄昏の家の夕方が過ぎて行くのでした。
「…………もうお時間ですね」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。
本日の黄昏の家での日常も終わりの時間。お屋敷へ帰る頃になりました。
「私はこれで失礼しますね」
「お、もうこんな時間か〜。もう暗くなって来たからな〜」
名残惜しそうに私を見つめるベルリン様の姿に少し後ろ髪を引かれますが、私はあくまで貴族の娘。もしこのまま帰らなかったら大きな騒ぎになってしまうのです。
そうして扉に手をかけて外に出ようとした時、背後からカタンという音が聞こえて来ました。
「レイさん、待ってください」
「…………ブルース様?」
ブルース様が慌てたように立ち上がって私の方へ駆け寄って来たのです。
その表情は巣立つ子を心配する親の様であり、まさしく騎士のようでもありました。
「貴女一人で貧民街の暗い夜道は危ないでしょう。人通りの多いところまで送って行きますよ」
「そんな……申し訳ないです」
「お気になさらずに。騎士としてレディを守るのは当然のことですので」
「…………フフッ」
はにかみながら笑うブルース様。
その小説のような語り口に私も思わず微笑みが溢れてしまいました。
それ故にでしょうか。私は少しだけ調子に乗ってしまい思わず小説のようなセリフを口走ってしまいました。
「わかりました。では大通りまでお送りをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。喜んで」




