幕間 貴族は優雅に紅茶を傾ける
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さて、皆様は『貴族』という単語を聞いてどのようなものを想像するのだろうか。
豪華絢爛なダンスホールでワインを啜りながらわけのわからない話をしている偉そうな奴ら?
もしくは身分の低い者に対して傲慢不遜な態度で鞭を打っているいかにもな悪人の姿か?
それとも『高貴な者の義務』という言葉に従う高潔な精神を持った厳格な貴人か?
もちろんこの問いに正解も無ければ間違いも無い。たただただ皆様の想像する『貴族』という存在のイメージがあるだけだろう。
話は変わるがダリアン十二貴族の序列第十一位ワルツ家の当主である『ブラノード・ドゥ・ワルツ』は貴騎相関の儀が終わった後の現在、自身の執務室である書斎にて自身の公務を粛々と執り行っていた。
机の上に積み重なる書類の山を前に彼は嘆くでもなく憂いるでもなく、書類を一枚一枚確認し、黙々とサインをし続けている。
「失礼します、旦那様」
もう八十枚目の書類にサインをしようとしたその時だ、コンコンと扉を叩く音が響き外から侍女長であるマリアンの声が聞こえてきた。
ブラノードが"入れ"と命令すればその扉が開かれ、マリアンがトレーを片手に入って来た。
「紅茶をお持ちしました」
「ああ、そこに置いておけ」
「はい」
マリアンはトレーに乗せたカップを彼の側に置いた。
この短いながらも手馴れたやりとりは二人の関係の長さを表しているのだろう。まるで長年連れ添った仲のようである。
「来週に鉱石商のリチャーと商談がある。クレイング殿に護衛をさせるよう手配しておいてくれ」
「かしこまりました、クレイング様にお伝えしておきます。それでお嬢様のことですが…………」
「ムーンレイの『いたずら』については放っておけ」
「やはりお気付きでしたか」
そう、彼は自身の娘の『行為』について既に知っていたのだ。
そのことについて彼は怒りも悲しみもない。ただ仕方ないと割り切ったように淡々としていた。
「貴族の責であいつを雁字搦めにしても良い結果になるわけでもない。それなら外で風を浴びせて見識を広めさせる方が今後の為だ。そして、お前はムーンレイとクレイングを引き合わせないよう注力しておけ」
「かしこまりました」
話すことはもう無いと言わんばかりに、ブラノードはマリアンに執務室に出ていくように促した。
しかしマリアンはその場を動かずにじいっと書類と向き合っているブラノードを見つめていた。
「…………どうした、まだ何かあるのか?」
「いえ、旦那様もお嬢様のように素直な方ではありませんね」
「ふん、お互い様だろう」
「ええ、それもそうでしたね」
このやりとりの真意はわからない。
ただわかるのはこのあからさまな二人の笑みに隠れた暗い雰囲気、まるで何か重大な選択を迫られているかのような焦りとも呼べる焦燥感のみだ。
「それでは失礼します」
マリアンは猫耳を揺らして一礼をすると、丁寧な所作で扉を開いて執務室から出て行った。
そうして一人になった時、ふとデスクに置いてあるカップがブラノードの目に留まる。それはマリアンの持って来た紅茶だった。
「………………」
彼は書類を書く手を止めてカップを手に取ると。
「んっ…………」
その中身を一気に飲み干したのだ。
なんということをしているのだろうか。
紅茶とは鼻で茶の香りを楽しみ、口の中で風味をゆっくりと楽しむ飲み物だ。ましてや高温の紅茶を一気に飲み干すなど危険極まりない行いだ。
このような行動には一切の風情があったものでは無く、ダリアンの貴族としても許しがたい行い。仮にこれが面子を重んじている他の貴族に露呈したのなら非難を受けるのは避けられないだろう。
「………………他者の意見など、気にするものか」
しかし『ブラノード・ドゥ・ワルツ』は理解していた。
冷えきった紅茶の味は筆舌に尽くしがたいほどに不味いのを。
そしてこのまま公務を続けていたら自分は冷め切った紅茶を飲む羽目になるということを。彼は確と理解していた。
「………………」
そうして紅茶を飲んだ彼は再び書類に黙々とサインを書き始めるのであった。
ではここでもう一度問おうか。
皆様は『貴族』という単語を聞いてどのようなものを想像しただろうか?




