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ダリアン幻奏楽譚〜弦と剣にてワルツを奏でる〜  作者: ジョン・ヤマト
第四章 然して舞曲は奏でられる
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第33話 幕開けの予兆

   ○○○

 まるで産声を上げた赤子のような盛況。響く地団駄は大太鼓(ベースドラム)のように大きく、街々の建物を揺らしています。

 

 本日の大劇場前の通りは数多の人で埋め尽くされていました。

 祭りを思わせるような人の波はまるで竜巻。晴れ晴れとした冬の朝に訪れた台風そのもの。観光で栄えた街としては感無量の光景です。


「ロンドの野郎! ふざけるなよ!」

「被害者に謝れ!」

「何がダリアン一の舞台王だ! 顔を見せやがれ!」


 しかし方々の口から発せられる言葉が罵倒となればまた別の話でしょう。

 そしてその中心、人々によって作られた台風の目を闊歩するのは三台の馬車。

 凛々しくも重々しい足取りに使命感を漂わせ彼らは真っ直ぐに人波の中心を進んで行きます。

 そして三台の馬車が目的地の前に止まると、それぞれの扉から三人の貴族が出て来ました。


 ダリアン十二貴族・序列第一位エアルト家当主『フィロソフィ・ドゥ・エアルト』

 ダリアン十二貴族・序列第三位アルアンビー家当主『ヴィートブル・ドゥ・アルアンビー』

ダリアン十二貴族・序列第十一位ワルツ家当主『ブラノード・ドゥ・ワルツ』


 この国の根幹を担っていると言っても過言ではない彼らの歩みを阻む者もいなければ、その真剣な眼差しを向ける彼らに好奇の視線を送る者もいません。

 ただただ静かに歩みをひたすらに見つめ、視線で追いかけるのみ。まさに聖者の行進と言ったところでしょうか。


「………………御三方、お待ちしておりました」

「ご無沙汰しております、スカース様」


 そうして目的地の門前に立っていた真っ黒な法服に身を包んだ犬族(ワングス)の紳士が御三方を出迎えました。


 ダリアン十二貴族・序列第二位スカース家当主『サドロプコ・ドゥ・スカース』


 ダリアン司法の頂点であり、その厳格さは彼自身が一つの裁判所と例えられるほどの大人物と挨拶を交わすと、重い足取りのままにその建物……………ロンド家の権力の象徴である『大劇場』へと入って行きました。


 直後に大劇場の入口の扉は大きな咀嚼音と共に閉じ、四人を怪物の胃の中へと飲み込んだのです。


「………………やることはやりましたね」

「まったく、じいさんの計画は無茶苦茶だったぞ」

「でもなんやかんやで楽しかったね〜。久しぶりにのびのびとやれたよ〜」


 その光景を私とラギアン様とベルリン様は台風の外の影で眺めていました。

 思うことは沢山あるでしょう。言いたいことも沢山あるでしょう。ですが私はこの怪物の奥に鎮座する天才作家に向けて一言だけ言葉を贈ります。


「舞台は整いました。あとは頑張って下さい、ヴォリス様」




   ○○○

 時は遡ります。

 夜遅く、騎士フゥ・ボー様が去った黄昏の家で私たちはそれぞれ聞いた情報の交換を交わしていました。


「ブルースが捕まっただと…………!」

「ソルちゃんを拐ったのが父親であるロンド様だったとは…………!」


 私たちが手に入れた二つの情報はどちらも強烈な衝撃を与えました。

 例えるなら、道端で転んで立ち上がろうとした直後に頭上から植木鉢が落ちてきたようなもの。まさしく二重の衝撃が畳み掛けて来たのです。


「いやでもじいさんの孫を誘拐したロンドの野郎は名義上の父親なんだろ? なら心配いらないんじゃ…………」

「逆だ、奴はいざとなったら自分の娘であろうと利用する。たとえ傷を付けてでもな」

「そんな…………」


 陰謀というのは慈悲の無い鉄槌のようなものと断言するヴォリス様の瞳には明確な焦りが見えます。


「そこまでしてアルアンビー家を貶めるのはどうしてでしょうか? いくらおと…………ワルツ家の銀山の件があるにしてもやりすぎなのでは?」

「さあな、だがソリアには傷一つ付けさせん。何が何でも取り返させてもらう」


 しかし焦りの中に宿る決意の眼差し。その瞳は普段見るこだわりを持った老作家ではなく一人の強者の強さが宿っていました。


 その強さに心が当てられたのか、ベルリン様はふっと微笑みながら話始めます。


「それでどうするの〜、このままロンド家に殴り込みに行っちゃう?」

「いや、奴は長年ダリアンの社交界に蔓延っている猛獣。子犬であるわしらが猛獣を制するのならそれなりの準備をしなくてはならん」

「準備ってなんだよ?」

「まずは世相の空気を作る、ロンドの悪評が目立つようにな。少し骨が折れるがそれをしなければ腰の重い貴族共を舞台に引き摺り上げられない」


 そう言いながらヴォリス様は着ている服の襟を緩めて姿勢を整えました。

 悠長と思うでしょう。ですがこれはあくまでもヴォリス様が主役の舞台、私たちはあくまで親しき協力者…………脇役に過ぎません。

 …………しかし。


「ヴォリス様、今のうちに私たちに出来ることを教えて下さい! このまま木の上で眠るフクロウのように待つことなんてできません!」

「そうだな。俺もあの貴族様に一泡吹かせてえ!」

「私も協力するよ〜。あ、でも明日も仕事があるけどね〜」


 主役には主役にしかできない役割が、脇役には脇役にしかできない役割があるのです。

 そして一人一人の役割を果たせば、どのような猛獣でも打ち倒すことができるはずです。


「……………………ふん、そうだな。わしの身に万が一があるかもわからん。今のうちにわしの脚本(シナリオ)を伝えておこう」


 いつもと同じように不機嫌そうに応えるヴォリス様。しかしその口元はどこか嬉しそうな笑顔を作っていました。

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【連載版】星空を見上げれば 滅びゆく世界で戦い続ける女の子達の物語です。 近代ファンタジーがお好きな方はぜひお読みください。
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