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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ガチャなんてクソだよ

ガチャはクソだよ(異論は認めない)。

ついでに、急に時間が止まったり、効率の良い狩り場が無償で手に入ったり、ヒロインの知能指数を破壊する能力が手に入ったりするのもクソだよ。

 世にダンジョンという構造物が現れて10年。初めの頃の混沌もすっかり収まり、世界中で人同士の戦争が一時無くなったりもしたらしいけれど、それも今では。人類は既にダンジョンを文化の中に取り込んでいた。 

 今ではすっかりスーパーですらダンジョン製品にあふれ、あらゆる産業はスクラップアンドビルドされてしまっている。

 スイッチ1つで生えてくるビル。車より速く走る馬車。クソ不味い無限に沸く食料。そして身を守る巨大な壁。その他愉快な諸々が地上を満たしている。

 良くも悪くも、ダンジョン以前に発展途上国だった国々は、混沌としていて、聞くところによるとファンタジーな世界観が上書きされているとかなんとか。

 何にせよ、我が国日本は、古い常識を捨てられなかった企業が駆逐されているものの、新たな秩序が敷かれていた。

 現代、人は全て二種類に分類される。ダンジョンに潜れる人間と、潜れない人間だ。

 いわゆる、ダンジョン適正と言うヤツだ。ダンジョンが出来てからというもの、国や血統じゃない。スキルって奴が人間を支配している。

 スキル。

 怪力や、頭が良くなるような身体能力を上昇させるものから、超能力のようなものまで。あるいは魔法だろうか。ともかく、スキルは人の力を拡張する。

 分かりやすい所だと、剣の系統のスキルを手に入れれば、今まで触ったことの無い、それこそ赤子でも、剣の振り方を理解するとか。『生後2年のスーパーベイビー、ゴブリンを倒す』なんてニュースを見たのも記憶に新しい。尤も俺には全く関係の無い話である。

 スキルは1人1つ。あの日から、あるいは生まれた時から与えられている。この世界で最も重要な才能それがスキル。おおよそ今の人生はそのスキルによって左右されるといって違いなかった。

 その大きな流れをどうにかすることなんて出来るはずもなく。まだあやふやでいてそして履がえようのない、以前の世界よりもよほど分かりやすい。そんな差が生まれていたのだった。


「よしゃあ。SSR」


「おー、まじか。なに当たったよ」


「マジックブレード」


「まじかよ、大当たりじゃん。天才か。己等もそろそろレベル5ダンジョン行けちゃう」


「バーカ。俺がちょっと強くなっただけで行けるわけないだろ」


「それもそうか」


 近くの探索者達、全ての視線が名前も知らないラッキーボーイに突き刺さる。確か、マジックブレードをメインに使う、有名探索者がいるのだっただか。刺されこそはしないだろうけれど、彼はしばらく不幸が立て続きそうである。

 やはりガチャは悪い文明だ。

 ガチャ。人が唯一、後天的にスキルを獲得する方法。

 正式名称はもっと長ったらしく、もっと難しく、俺も覚えちゃいない。それに正体不明だったけれど、すぐさま有用性を示したダンジョンの機能は、誰しもが見たことのある実態で、日本では馴染みの名称で呼ばれている。

 ガチャ、つまりランダムにスキルが手に入るのである。

 ダンジョンにはびこる化物共は、死亡したときに一定確率で石を落とす。この石を魔石という。魔石は大小様々だけれど、大きさによって何か、ポイントのようなものが付与されているとされている。円だとか、ガチャポイントだとか好き勝手呼ばれているけれど、小粒なもので、おおよそ1点ほどの価値がある。これが200と少しで一度ガチャを引くことが出来る。

 魔石の落ちる確率が、10分の1程度。それを200集める為には単純に2000の化物、魔物を打ち倒さなければならないのである。

 探索は命がけ。素人には1時間ですらつらい、慣れてきても3時間以上の探索はミスが増える。日に50の魔物を倒せば良い方だ。2月に1、2度ガチャを引くことが出来る。

 ガチャからは必ずスキルが排出されるけれど、スキルは皆強力無比というわけでは無い。どんなスキルも、戦闘で不利になることはないそうだけれど、ハズレを100積み重ねるよりも1の大当たりが全てを覆す。それがガチャだった。

 ただ、大型の魔石は100や200個分に相当するので、上位の探索者は大物を狙うとか。当然、回転数は上がるようだけれど、それですらいわゆるSSR以上のスキル、レベル5オーバーのスキルを手に入れるのは稀だ。

 スキルには、政府が調査した有用性で分類レベルが指定されている。元々有志が集計したサイトがあって、それを後から政府コピーしたからか、レベルなんてゲーム的な言い回しがされている。

 未だに、新しいスキルが毎日見つかっていたり、スキルの隠された力がなんて話もよく聞く。だから絶対の指標になるものではないけれど、それでもダンジョン初心者にとってはありがたい。


「そういう危ない所にだってすぐに行けるのは、それこそ天才って奴らに決まってるだろ。ほら、あの女みたいな」


「ああ、あの外国人。あれだろ、先週から探索者を始めたとか言う。何だっけ」


「杏里・カタリナ・ミラー。レベル7スキルを手に入れた天才だってさ」

 

 レベルの判断基準は分かりやすい。ダンジョンにはその難易度の指標、レベルが初めから設定されている。

 ダンジョンの入り口は門の形をした黒い何かだ。黒い液体のような、空間そのもののような、正体無名、ダンジョンゲートをくぐる事でダンジョンの中に入ることが出来る。これも興味深くはあるけれど、そういった研究は知力向上系のスキルを獲得した研究者連中や、ダンジョン探索引退者以外には理解も出来ないとか。つまり我々探索者が見ているのはその額縁のような装飾品、門そのものの方である。

 門は様々な意匠の施された工芸品のようで、世界に何一つと同じ形は存在しないらしい。ただ共通点もある。色だ。レベル0は純白、1は水色、2は薄緑、3は橙。見たことは無いが現状世界最高峰、レベル6は褪せた赤らしい。

 日本ではそれを基準として、同じレベルのスキル3つ持っている事でダンジョンへの進入が許可される。ダンジョンに入ってもすぐに死なない最低基準ということらしい。ちなみに、レベルがひとつ上のスキルひとつで、ひとつ下の階層へ入ることが許可される。

 レベルがひとつ上になるだけで、3倍ほどの難易度なんて呼ばれるのはそのためだ。

 マジックブレードのレベルは5。つまり、このレベル0ダンジョンに通うラッキーボーイは、一瞬にして、レベル4ダンジョンに入ることが出来るだけの力を手にしたのである。


「ひえー、トンデモないなあ。けど普通、レベル7って収容されちまうんじゃなかったか」


「あいつは、親が外国の偉い探索者だかで、政府はてが出せないんだとよ」


「やっぱ天才って運がいいんだな。親ガチャ的な。俺なんてアル中と、ヤニカスだぜ。どっちも10年も前に死んじまったが」


「いいじゃねえか。せっかく良いスキルが手に入ったんだから。今度はその力で俺らのことを守ってくれよ」


「うるせえ、お前を守るぐらいだったら、彼女のために力を取っておくっつうの」


「お前、それだけは許されないぞ」


 あの女が、噂の天才か。杏里・カタリナ・ミラー。第2級危険指定。女神に愛された少女。

 きっと後一月もすれば、ダンジョン探索の最前線で活躍するだろう女。

 

「やっぱガチャってクソだわ」


 少し羨ましい。

 そう思わなくもない。

 ある日突然、天か地獄か。降って湧いてきた強大な力が、己の人生を押し上げてくれるのではないかと。

 俺には縁のない話だ。

 

「ステータス」


 天津仁慈(あまつじんじ) 年齢18


 レベル1 3974/4000


HP 34

MP 5

 

筋力 12

体力 10

俊敏 11

精神 17

魅力 9

幸運 2

 

 

 スキル レベルアップ



 なにせ俺は魔石を集めることすら出来ないのだから。

 俺が持っているスキル、レベルアップは体から1mの範囲で、魔石を吸収する。そしてそれをポイント、言わば経験値というヤツにしてしまうらしい。

 おかげで、この世界で俺だけはガチャを引くことが出来ない。魔石を売ることも出来ない。自他共に認める、最弱の探索者だった。

 さてこのレベルアップというスキル。最悪なのはレベルアップにかかる経験値が膨大な所である。もしこれが、サクサクとレベルが上がるのであれば、納得も出来ただろう。レベル1では言わばスキル無しも同然、一般人以下の身体能力。それで4000ポイントを集めなければならない。

 当然、1人で探索しなければならない。それをほぼぶっ通しで1年ほど。ダンジョンに潜っている時間だけなら、世界でも屈指であると言う自信があった。言っていて自分で虚しくなるが。

 だがその苦悩も今日でようやく終わるのだ。

 レベル2になるまで、残りの経験値は26。今日中に集めることは容易い数だ。

 事実上、スキルを持たなかった俺が、現代的な価値観で言うのなら、今日、やっと人になれる。

 黙々とダンジョンを進み、目的地まで半分も進んだときには誰もいない。

 

「今日もいい感じに、煮詰まってるね」


 現れたのは緑色の鬼。

 通称ゴブリンだ。


「ハズレだな」

 

 ダンジョンの強さは、レベルで分けることが出来る。だが、その広さはレベルに比例するわけでは無い。

 レベル0だろうが、レベル6だろうが、その全容は不明。同じレベルのダンジョンは中で繋がっているだとか言われているけれど、世界中の発見数数千を超えたダンジョンをして、確認できてないところ、事実上、広さも資源も無尽蔵だと言って差し違えない。

残存人類の80パーセントがダンジョン探索を経験しているにもかかわらず、そんな状態なのだから広大だ。

 何かの広告で聞いた「地球は空家」なんてコピーは今の状態をよく表している。もしかすると、人がダンジョンの中で暮らすようになるのもそう遠い未来ではないのかも。

 とにかくここは、長年のダンジョン攻略で見つけた穴場のひとつだ。


ゴブリンなどの小人サイズの敵が大量にスポーンする、モンスターハウスだ。

 レベル1以上のエリアではこういった場所は大抵、危険地帯としてマップに登録されている。内部には大量のモンスターが鮨詰めになっているか、強力な個体が一体血まみれで立っている。

 とても中に入る事が出来たものじゃないのだけれど、稀に魔石を手に入れるのに適した部屋もある。そういうば小夜は一部の探索者チームが独占してしまっているのだけれど。この部屋は俺しか知らない。まさに穴場だ。

 この穴場を最弱たる俺が独占できている訳は、何も難しいトリックじゃない。特別な才能や経験があるわけじゃない。そもそもここを見つけられてのは、他の穴場の分布からすると、俺の探索範囲から考えれば当たり前のことで、第一発見者とも限らない。とにかくここが入り口から遠いのである。

 レベル0ダンジョンには初心者しかいない。

 レベル1のスキルを残念ながら与えられた人類全体の、30パーセント。その内ダンジョン探索者を続けるのが全体の20パーセント。運良く高レベルスキルを手に入れられた者は2ヶ月ぐらいでレベル1ダンジョンに移り、運が悪い奴も半年もすればレベル1に行く。

 当然、レベル0ダンジョンで何日もキャンプするような人は俺の他に居なかった。

 もし、ここで手に入れた魔石やモンスタードロップを地上に持ち帰っていたら、俺に目をつけたならず者もいたかもしれない。俺は今頃、通路の隅で腐っていただろう。それが最弱という意味だ。だが、俺は魔石を持ち歩くことは、スキルの性質上出来ない。他のドロップも食料武器など消耗品ばかり。レベル0で有用な資源はほとんど見つからないのである。

 本来2年以上かかったレベル2への道のり、それが1年で終わりを迎えようとしている。感慨深く、今にもなみだが溢れそうだが、目元がにじんで殺されてはたまらない。

 レベル1最後の大仕事。

 ゴブリンの汚らしい叫び声で、始まりのゴングが鳴り響いた。

 ゴブリンの他規格は小さい。小鬼と書くぐらいで、それは上位の個体になっても変わらない。このモンスターハウスは。周囲をモンスターがは居ることが出来ないセーフゾーンに囲まれている。こうやって中にいるゴブリンを眺めていられるのも、モンスターがタイ居ることが出来ないセーフポイントの中だからこそ、よってこの中で増え続けたゴブリン達は共食いを始めるのだ。

 モンスターが共食いをすると、まず魔石が確実にドロップする。極端に運が悪い俺にとっては確率の壁を越えられるだけでも嬉しい。それに単純に魔石の保有ポイントが合算される。本来レベル0ダンジョンのゴブリンからは、ポイント1以上の魔石はドロップしないが、この部屋では平均3ポイントの魔石がドロップし、最大5ポイントまでは見たことがある。

 もしかすると、運が良いと平均3ぐらいドロップするのかもしれないが。もはやどうでも良い。

 それにゴブリンの強さも上がるがポイントのように倍々ではない。

 つまりレベル1に比べれば弱いが、レベル0にしては破格のガチャのポイントが、俺にしてみれば経験値が高いモンスターが複数体沸く、絶好の稼ぎポイントになる。


「問題は毎回命がけな所だけどな」


 俺は1人で、相手は複数。それだけでこちらが不利だっていうのに、こちらはスキルも無いただの一般人なんだから、1年前の俺じゃ勝てやしない戦力差だ。


「それじゃあ、行きますか」


 武装は、ゴブリン共がドロップした鈍曲刀3振り。その他、モンスタードロップのアイテムが少し。いつも通りだ。

 不可視の境界線を隔てて、確かにゴブリンと目が合う。両手に刃を携えて真っ直ぐと、確かにその中に踏み入った。


 ぬるりと、生暖かい液体のような膜をくぐり抜けた瞬間。ゴブリンにめがけて。曲刀を二つとも投げつけた。この曲刀、ゴブリン共からランダムでドロップするありふれた武器だが、その中でも、投擲と切れ味に補正がかかっているマジックアイテムを選んでいる。もちろん付属効果もランダムだ。幸運値の低さからか、目的のアイテムが出るまでに山が出来た。ガチャはクソ。異論は認めない。

 ちなみに金属なんかを持ち込む事で、鍛冶なり鋳造で武具を作る事もできるけれど、こちらも運が無い人にはお勧めしない。俺以外の人に運というステータスがある人なんぞ聞いたことがないけれど。

 金があるなら既製品を買うことをおすすめする。

 金を持っているということは、優秀なスキルを持っているということ。つまり運が高いということ。既製品は需要が低くなり価格は上がる。一般人には扱えやしねえ。

 ちなみにダンジョン産以外の金属製品はほとんど使い物にならないゴミだ。


「命中。これがもっと沢山あれば外から投げてるだけで殲滅できるんだけどなあ」


 この蠱毒部屋のゴブリン。面倒くさいから強化ゴブリンとでも呼ぼうか。これが丁度、投擲2本分でちょうど体力を削りきることが出来る。

 ダンジョンの敵は、人もそうだがHPが存在する。初めは俺にだけ設定されている数値だと思っていたけれど、どうやら違う。大体おかしいじゃないか、全く同じ形、材質、使い手が使う武器。これが全く同じ敵に全く同じ箇所に攻撃を与えているというのに、武器に何の補正が着いているかでまるでダメージが違う。

 頑強のスキルがある探索者は首を切られてもピンピンしていたと聞くではないか。ダンジョン発生以前の法則とよく似ていて、確かに違う法則が存在している。

 俺の筋力値で強化ゴブリンを確実に殺すためには、曲刀では投擲と切れ味にどちらもプラス1以上が付いている武器でなければならない。

 だが、切れ味と投擲に補正が入っていれば当たったのが例え手足だろうが強化ゴブリンは即死する。

 強化ゴブリンは残り10体。

 

「ま、11体よりはマシということで」


 スキルの中には剣術系と呼ばれる種類がある。これを手に入れると、剣の素人がその瞬間から人を幹竹割り出来るようななるらしい。羨ましい話だ。


「俺にはとてもそんな事はできないね」


 剣を振り回すゴブリン達。俺の腰丈ほどの小さな体で俺と同等の刃渡りの武器を振り回す。なかなか厄介だ。小さな体格、素手での戦いならこちらが有利だけれど、小さな体は切り込む所が少なくて面倒でもある。何より、足下を飛び交う刃というのはなんとも。避けるのも受けるのも難しい。

 小さな嵐、剣の出所を刮ぎ堕とす。

 緑の肉片が数本飛ぶ。


「それなりに剣を覚えるまで時間がかかったぜ、全く。それと剣を使うときは籠手を装備するべきだ。いかんな。1人で居ることが増えると、独り言が増えて」


 おや、適当に振り回しては勝てないと悟ったか。慎重になったところでそれならそれで

 無造作に、脳天から、脳管に向かって。真っ直ぐと頭蓋を砕く。

 幹竹割りなんて、HPを吹き飛ばすには不要だ。

 サクリと、剣2本分ほど簡単にめり込んで。刃を引けば顔がすっかり二つに裂けた。


「これはね、頑丈プラス3以上を吟味した曲刀で、丁度君たちの頭骨よりも硬いらしい。普通の剣と違って1体2体切ったぐらいでは鈍にならんのだよ」


 頑丈は一番付与されやすい効果らしく、プラス3ぐらいなら、いまどき一般家庭の包丁にすら付与されている。

 ちなみに俺はこの一振りしか、持っていない。おのれ、ランダムドロップ。

 動き回り、はぐれた個体から順に頭を割る。同じ種族とはいえ、軍のように統率が取れている訳じゃない。立ち止まらないようにさえすれば、確実に外から削れる。


「かっこよくスキルぶっぱしたいなー。必殺技みたいな。かけ声一つで、強化ゴブリンがバラバラになれば良いのに」


 実際、そういうスタイルの探索者も多い。どちらかといえば俺のように剣を振り回したりしている方が稀だ。

 ちなみに銃はダンジョンでは使い物にならない。レベル0ならともかく、レベル3より上のダンジョンでは顔に当たって弾が落ちるとか。スキルってやっぱスゲえよな。上位探索者も銃が効かないらしいし。


「後は1、2、3体か。気を引き締めにゃ」


 案外、数が減ってからのほうが、互いに動きを阻害しなくなる為か、強化ゴブリンの動きは厄介だったりする。戦闘の剣を受ける。前蹴りでゴブリンをドミノ倒しにする。背丈が低いのは、厄介でもあるが、戦いはデカイ方が有利なんだよ。レベル0なら、単純な体重差で圧倒できる。


「戦闘終了。今日は最高の戦果だ」


 素晴らしいリザルトだ。


 魔石ポイント 合計32


 ゴブリンの錆びた剣 3


 ゴブリンの曲刀 1 

 

 ぼろ布 16


 そして。


 天津仁慈(あまつじんじ) 年齢18


 レベル1 4006/4000 スタンバイ


HP 34

MP 5

 

筋力 12

体力 10

俊敏 11

精神 17

魅力 9

幸運 2

 

 

 スキル レベルアップ



 ついに、ついに、経験値が……超過してる。だがレベルが上がらない。

 スタンバイと言うことは、何か条件が必要なのだろうか。

 ステータスの表示に触れるわけでもないし。そもそも、俺の視界に表示されているだけで、ステータスボードが出て来ている訳ではない。脳内で念じてみるぐらいしか出来る事はないのだが、何も変わらなかった。


「あれ、天津さん。今回は早かったですね。たった3日で帰ってくるとは。いえ、3日でもレベル0では十分長い探索なんですけどね」


「ちょっとね。別にトラブルがあったわけじゃないけれど、一端引き上げることにしたんだ」

 

 レベルが上がらないというのに、これ以上戦っても致し方ない。

実際の所、期待していた分だけ、無力感というか、やるせなかったのだけれど、ダンジョンの中で呆けていることの危険性というものも、良く理解して居るつもりだった。

 この1年で培った、戦闘、探索、交渉の経験。どれもスキル1つで追い抜かれてしまうとてもくだらない経験。けれど俺が生き残っているのは、泥臭く、儚いゴミを寄せ集めたからだという、ネガティブな自信が俺を、地上まで突き動かしていた。

 そうして、行きは2日かけた道を、モンスターを無視して1日で引き返して来たのだった。


「それなら良いですけど。天津さんだっていつ死んでもおかしくないわけですし、気をつけてくださいね。けれど余計な心配ですか。あ、もしかして、妹さんに会いに行くんですか」


「そんな予定は。それも悪くないかもね。でもどうだろう、色々手続きが必要だから会えるかどうか」


「大変ですねえ。私だったら戦闘向きのスキルじゃなかった時点で諦めちゃいますよ。モンスターとかおっかないです。治せるといいですね、病気」


 本当は妹は病なんて患っていないのだけれど。本当のことを、彼女に教えるわけにはいかなかった。


「確かに、辛いことも多いですが、そういうわけにもいかないので。何せスキルには無限の可能性がありますから」


「そうだ、予定が空いているのなら、一緒に食事に行きませんか。この前いただいた、素材のお礼です。良いお店が」


「いえ、今日の所はホテルで休みますよ。申し訳ないですが。少し疲れてしまいました」


「そうですか、お疲れ様です。けど、時間があるときは教えてください。お礼、したいので。それでは、いつも通り、換金は口座に振り込みになりますのでご確認ください」


 現在日本で確認されているダンジョンには全て、探索で手に入れた資源を換金し、そのた様々なサポートをしてくれる機関、協会が設置されている。

 一部ではギルド、なんて呼ばれていたりもするけれど、探索者の雇用主のようなものだ。実際には取引先なのだけれど、国営の最重要機関だけあって、色々と手厚くやってくれる。ダンジョン関係で、何か困ったことがあれば、とりあえず協会に相談するのが良いだろう。一部の例外を除いて、悪いようにはならない。


「そうだ」


「何ですか」

 

「この数日で何かニュースはありましたか。ダンジョンに潜っていると俗世に疎くっていけない」


「なんだ。いえ、とくには。あえて言うなら、この間報道されてた刑務所襲撃事件の詳細が出ていました。何でもモンスターらしき大型の獣の姿が確認されたとかで、モンスターに襲われたのか、逃げたのか。何人か犯罪者が居なくなったみたいです」


「へえ、スタンピードの予兆じゃないと良いですけど。まあ無事に見つかることを祈っていますよ、刑務所の周りのモンスターに殺されでもしたら、犯罪者といえど可哀想ですし」


「そうですねえ。あそこに収容されていたって事は、レベル2以下のスキルが1つだけでしょうし、心配ですねえ」


 ダンジョン誕生以前の刑務所に居るのは、それ以前の受刑者のみ。思想はともかく、危険性では話にならない。俺が使えるスキル無しの人以下なら、ダンジョンに一度も潜った事のない彼らでは赤子も同然。頑張ればmおそらく俺でも制圧出来るだろう。何かだいそれたことが出来るとは思えなかった。


「それでは、お疲れ様です」

 

 毎日、何百何千人もの探索者が手に入れた資源を買取るだけあって、小さな町のシンボルほど大きな協会だが、周辺の建物も負けず劣らず、ダンジョン一色。周辺には、探索者向け商店やホテルなどの宿泊施設。飲食店酒場と、探索者を対象にしたサービスが幾つもある。

 つまり当日、予約無しでも、探索者であればダンジョン上がりに寝床に困る事はない。

 探索者としてはありがたい。命を賭ける対価としてふさわしいと考えるかは、人それぞれだろうけれど、死んだ側から増えていく膨大な利用者がその答えだろう。

 近場で一番安い部屋を借りて、すぐにベッドに身を投したのであった。


天津仁慈(あまつじんじ) 18歳

 

 レベル1→レベル2 6/4500


HP 145

MP 30

 

筋力 12→61

体力 10→32

俊敏 11→45

精神 17→20

魅力 9→47

幸運 2→8

 

 

 スキル 


 レベルアップ

 不屈の肉体

 

 早朝、陰鬱とした気持ちで、外を歩く。

 本当は今すぐにでも、レベルアップに必要な条件を検証するべきなのだろうけれど、少し気分を改めたいと言う思いが勝っていた。

 ところがカラオケなんかの娯楽施設、アルコールや女の匂いがする通りをふらふらと、どうしてか中に入るのも違う気がする。息が白む明朝、ギリギリ深夜か。無駄に時間が過ぎ去った。

 そうして約束の時間はやって来た。

 ダンジョンの周辺に建設されたのは何も、娯楽施設だけではない。例えば探索者を受け入れられる大型の病院。大抵ダンジョン内で重傷を負った探索者はそのままくたばってしまう。それもそうだろう。見た目では徒歩数分だとしても、内部では1日2日はかかる距離がある。そのラグで助かるのなら、そもそも病院が必要ない実力者が大半だ。

 ならなぜ病院が併設されているのか。それは地上戦。大地を埋め尽くすモンスターとの生存圏を賭けた戦い。つまりスタンピードの対策である。

 そんな対怪物施設の1つ、通称刑務所。別名タルタロス。その地下100m。まさしく冥界のような穴の底に。そこに俺の妹は居る。

 スキルは人に力を与えた。モンスターを打ち倒す力。奪い資源を持ち帰る力。文明を再建する。自らを守る力。

 世界は個人の力が支配するようになった。

 正確にはより多くの、力を束ねた組織がだろうか。

 そんな傘の下を俺たちはなんとか暮らしている。

 ならば傘から溢れるほどの大きな力を手に入れた人はどうなるのか。

 ダンジョン黎明。旧体制の国家から主権を奪った英雄。

 人類から手を離れた新たな国を築いた王。

 争いの末、大犯罪者と呼ばれるようになった敗者。

 そんなのはごく一部。

 ほとんどは傘その更に下。地下に埋め立てられる。

 妹は病などではない。

 第一級危険指定。レベル9スキルホルダー。

 それが俺の妹。天津姫百合(ひめゆり)である。


「通れ」


「いつも思うんですが。金属探知機なんかはともかくとして、身体検査は長いエレベーター下降中に済ませませんか。ただでさえ長い道のりで、こうも時間がかかるというのは何というか」


「無駄か。まあ間違いじゃない。それでも必要なんだろうさ。政府が人を支配している実感とやらの為には」


 ここには、真の意味で犯罪者は収容されていない。そもそも、悪意を持っている上位探索者をどこかに収容することなんて不可能だ。もしそんな事をするのなら、収容対象一人に対して、よりレベルが上位の探索者が3名は必要だろう。

 だからこの施設は。全てを生き埋めにする準備をしているとしても、施設が残っているのは、収容者達の善意によって成り立っているのに違いなかった。

 収容されているのは全て。良くも悪くも、スキルの女神に愛された、国をも脅かす力を手に入れた天才達だ。


「やあ、久しぶり、ユリ」


「ええ、本当に。私は毎日通ってくれてもいいのに。ここは退屈で仕方ないもの」


「そういうわけにもいかないさ」


「私の為ですか」


「ああ」


「私が望んでいなくてもですか」


「ああ」


「頑固な人ですね。何か光明は見えましたか。前に来たときは、もう少しでなんて言っていましたが」


 そういえば、そんな事もあったかもしれない。レベルを上げる方法ぐらい見つけてから来れば良かっただろうか。まあ、そんな小さなプライドの為に待たせてしまうのも申し訳なくなってしまう。だからこれでいい。小さな一歩を積み重ねているぐらいで、俺には丁度良い。


「外は大分落ち着いてきたみたいですけれど、あの2人について、何か分かりましたか」


「それは何も。死んでいるのか生きているのか。レベル7スキルを持つとはいえ、ダンジョンでは圧倒的強者じゃないんだ。死んでいてもおかしくない。犯罪者が堂々とメッセージを残すはずもないしね。何か大事件が起こっていないだけマシだと思っておくべきさ」


「それもそうですね」


「まだ、あれらに会いたいか」


「どうでしょう。分かりません。ただ、兄さんが会いに来てくれるのなら、私はそれだけで幸せですよ」


「そうか」


 なら。やはり俺がやるべきなのは1つだけだよ。


「それじゃあ、俺はそろそろ帰るよ。決意も固まったしね」


 俺はこの牢獄を打ち崩し。俺とお前の楽園を手に入れる。

 そのために俺はこの国すらも踏み潰し。

 お前のための王になる。

 

「天津さん。良かった無事だったんですね。良かった」

 

「どうかしましたか」


「実は、レベル0ダンジョン内で正体不明のモンスターが暴れているようなんです」


「それは大変ですけど、こう言っては何ですが、よくあることでは」


「それが、刑務所、普通の方の刑務所からの脱獄犯が、脱獄のときに使ったスキルに似ているんです。もしあれがモンスターじゃなくて、スキルなら外に、街に出てきて暴れる可能性があります」


「分かりました、俺も現地で様子を見てきますよ。これでもあのダンジョンではベテランですから」


「あ、ちょっと。天津さん」

 

 純白の門をくぐると。そこはダンジョン。命の危険のある異世界の中であり。そこはいつもと違う異世界だった。

 いつでも、血なまぐさい迷宮だけれど。それどころじゃない。

 涙の出そうなほどの鉄の匂い。それはダンジョンが現れた10年前の街のようで、戦場の匂いだった。

 本能が警鐘が鳴らす。戻れと。立ち去れと。お前はここでは分不相応。場違い。命を落とすと。


「マジックブレード。なんで、スキルが使えない。グフ」


 いつか見た男が、怪物の手によって挽き肉になる。

 マジックブレードは強力なスキルだ。魔法の刃を生み出し、射出するスキル。発動、命中させれば。レベル6のモンスターすら両断出来る。だが連続では発動できないと言う重大な弱点が存在していた。

 どこかの上位探索者は、飛び道具としてではなく何でも切れて、再出現可能な便利な剣として運用しているとか。

 だがその本来の用途とは異なる運用は、スキルに対する理解、経験、制御があってなせる技。当たれば必殺のスキルも、発動できなければ何の役にも立たない。

 一瞬にして絶頂を手に入れた青年は転落するのもまた早く。まさしく、運の無駄遣いだった。

 青年を挽き肉にした正体。それは、狼のような獣。体から煤のような煙をまき散らし猛るそのモンスターは、迷宮の壁すらも削り取り、煤煙を赤く染めていく。

 その姿はまさしく怪物だった。


「もう、出口すれすれじゃないか。こんなのが外に出たら、街が死ぬ」


 高レベルの探索者は近くにいない。このレベル0の周りは全てレベル2以下の低レベルダンジョン。政府のお抱え探索者が来る頃には、もう間に合わない。


 こちらに向かって迫り来る、血煙。その突撃を辛うじて避ける。煙の部分に触れた手が、刃物で細かく傷つけられたかのように、一瞬で削られる。

 そこで異変に気がついた。

 なぜ俺はこれが見えている。

 これだけの数の死体。スキルを複数持っているヤツも、未熟でも高レベルスキルがあるヤツだって居たはずだ。人以下の身体能力で避けられる攻撃で、皆殺し。あり得ないだろ。

 剣を抜く。

 分からん。分からないが、見えるなら。逃げるぐらいは俺にも出来るはずだ。

 そのとき、横から一陣の風が吹いた。

 現れたのは、一人の女。まだ少女と言っても差し支えない。俺よりも少し年下だろう。その頼りない細腕から放たれる、雷のような光の束が、怪物の煙を吹き飛ばした。


「杏里・カタリナ・ミラー」


 レベル7のスキルホルダー。あの収容所から逃れた女。


「あなた、逃げなさい。どうせレベル0に居るって事は碌なスキルも持っていないんでしょ、足手まといだわ」


「まさかアレを倒すつもりか」


 レベル7。スキルから考えれば不可能じゃないだろうが。

 姿を露わにした獣が、矢のようにこちらに突撃してくる。


「クソが」


 言った側から死にかけるヤツが居るか。

 ああもう。

 右手でならまだ振れるな。

 左は痛むが、死ぬほどじゃない。

 どうせ、左手が使えたってあの化物と力で勝負なんて出来やしなのだ。なら。

 あえて前に進む。


「フン」


 懐に潜り込めば隙間はある。あれだけの巨体でも四足獣。タイミングさえずらせば十分避けられる。

 けれど、このままでは背後のミラーが死ぬ。

 落ち着け、やって来ただろう。今までだって。剣は振れる。なら出来るはずだ。俺が格上以外と戦った事なんてあったかよ。

 後ろ足を失えば、その突進は軸を失う。


「今だ」


「ッ――。手の平大の雷神(アルグスミクロン)


 先の槍のような雷ではない。小さく、しかし希望の光が、地に伏せる獣の顔面に叩き付けられ、その巨体を遙か前方に吹き飛ばした。


「さすがレベル7、とんでもない破壊力」


「あんた何者」


「え、しがない探索者だよ。スキルは、ちょっと待って」


 天津仁慈(あまつじんじ) 18歳

 

 レベル1→レベル2 1248/4500


HP 145

MP 30

 

筋力 12→61

体力 10→32

俊敏 11→45

精神 17→20

魅力 9→47

幸運 2→8

 

 

 スキル 


 レベルアップ

 

 不屈の肉体

  損傷を徐々に回復する。

 

「スキルはレベルアップ」


「何そのスキル。聞いたことない」


 俺もビックリだよ。何の拍子にレベルが上がったんだか。けど、これで俺は戦える。


「私ですら目で追うのがギリギリなのに、どういうカラクリ。身体強化系にしても、速く、強く、目も良い。おまけにその剣の技。とてもレベル0に居るような探索者には」


「それに関しては俺もビックリしているところだよ。それより。あの雷槍まだ使えるか」


「ええ、私のスキルは火力がない代わりに、雷使い放題なのが良いところだから」


 あれで火力がないですかそうですか。一撃で煙を吹き飛ばしておいてですか。


「それじゃあ魔石は俺の取り分だ」


「何の話よ」


「魔石以外はあんたの取り分」


 このまま戦えば俺のスキルが露見する。別にこの女にばれるだけなら問題はない。だが、この女がもし俺のスキルに疑念を持ったらどうなる。レベル2の時点でレベル2スキル複数相当、つまりレベル3スキル認定を受ける強さを手に入れた。

 俺が戦えば十中八九、魔石を吸収してしまう。

 何時の間にかに増えた経験値。既に、地面に転がった死体が所持していた魔石を相当吸ってしまっている。

 出来る事なら、俺はここに居なかった事にしたいが。

 もし、魔石次第で無尽蔵に成長するスキルだとばれたら。成長しきる前に組合に露見すれば俺も危険指定を受ける可能性が出てきてしまう。それだけは不味い。

 

「どうだ。ついでにあの化物を倒した鉱石も全部あんたにやる。どうだ」

 

「ああ、もう分かったわよ。それで良い」


 こちらも一応話が付いた。

 獣も、俺たちを敵と認めたらしい。


「しかし、雷を使うスキルで、衝撃波みたいなのも打てるってのはどういうことだ。関係無いだろ。ふつうに」


 後ろ足は、両断出来ないものの削った。ダメージの蓄積と合わせて機動力は半分程度。

 本当にストレングスが5倍になっているのなら。

 

「切り結ぶぐらいいけるだろ」


 密着しての近接戦闘。

 馬鹿みたいな威力の突進を止めるには、助走を取らせなければ良い。

 まずは戦況を安定させる。

 噛みつきは。背後に回り。足蹴りは剣で凌ぐ。体当たりも煙も速度もなくなれば、恐れるに足らない。

 後は如何にして足を止めるか。

 あの雷槍はおそらく溜めがいる。そうじゃなきゃ、衝撃波の代わりに槍を放ってジエンドだ。連射は不可能。弾速も、俺に夢中の横っ腹じゃなければ、獣がよけられる程度だった。

 俺がきっかけを作らなければ。


「さすがに手が痺れるか」


 元より体格差が大きい相手。ゴブリンの時とは反対だ。上手く受け流してはいるが、いつまでも続けていれば、先に崩れるのは俺の方だ。

 おそらく獣もそれを理解している。

 俺を切ったのはこの獣の煙だ。獲物の負傷を忘れてくれるほど。愚かな獣じゃないだろう。だから。

 虚を突くような攻撃だった。


 グルラアァァァァ。

 体すらも震わせるような、音の爆撃。

 

「咆哮かっ」


 戦いを引き延ばせば確実に自分(けもの)が勝てるだろう。相手もそう考えていると理解しているからこその、先制攻撃。

 一瞬思考が、蹴りを受ける剣が遅れる。

 傷を受ける程ではない。だが、その致命的な遅れは、腕を大きく弾いてしまう。

 振り下ろされる、前足。その容赦なき致命の攻撃に、俺は。

 左で手にした剣で前足を切り落とした。


「不屈の肉体」


 俺が新たに手に入れたスキル。

 スキルが新たなスキルを生み出すだなんて聞いたことがない。回復魔法のようで、己しか回復出来ないあまりに、欠陥のあるスキル。だが、これがあれば俺は戦い続けられる。


「今だ」


雷槍(アルグスロンヒ)


 血煙の獣は。雷の槍に灼かれ。今、完全に沈黙した。


「いやあ。天津さんが飛び出したときはどうしたものかと思いましたよ。心臓が止まってしまうかと」


「大げさですね。人はいつか死ぬものです、探索者なら尚のこと。俺にそのつもりはありませんが。それに、街の人を思えばこそですよ」


 もし、あの獣が街に放たれていたのなら、間違いなく街は屍の山となっていただろう。もしかすれば、門を破壊し、中のゴブリンなんかもあふれていたかもしれない。そうなればスタンピードの再来だ。

 それ自体はどうでも良い。

 だが、街が死ねば。タルタロスはどうなる。地下100mだ。よほどの事がない限り安全かもしれない。だが、あそこの放棄を設定して、生き埋めにでもされたらどうなる。第1級危険指定。その力を持ってすれば助かるかもしれない。2級ですら人間発電所のような化物だ。俺が心配するのなんて烏滸がましい。

 だが、それが原因で妹が死んだりしたら。

 俺は俺を許すことが出来ない。


「まあ、ミラーさんに任せっきりで、俺は何も出来なかったんですけどね」


 どうやら、俺の意図を察してか、上手いこと組合に伝えてくれたらしい。

 俺の実力は、なんとかレベル1ダンジョンにいくことが出来るようになったひよっこだったと伝えてくれたらしい。ありがたいことだが。


「それではお世話になりました。これからはどこか別にダンジョンに潜ることになると思います」


「ここは、いくつか周辺のダンジョンの組合も兼ねていますから、そちらをご利用になるときは、またいらしてください。妹さんの病を治せるスキル。見つかると良いですね」


「ええ、それでは。さようなら」


 組合を後にする。一年通い続けた、この建物。俺の弱さと共にあった場所ではあるが、どこか寂しさも感じる。けれど、歩みに迷いは生じない。

 初めから、俺の望みは変わっていないのだから。


「良かったの。あんなあっさりで。あの娘。あんたに気があったんじゃないの」


「まさか、少し前まで俺はスキル無しも同然だぞ」


 彼女は杏里・カタリナ・ミラー。レベル7の第2級危険指定にして、探索者。そして戦友でもある。16歳の少女だ。


「しかし、俺と組まなくてもいくらでも、ラブコールがあったんじゃないか。俺はせいぜいレベル3相当だぜ」


「今はでしょ。危険指定と組みたがる人は案外少ないものなのよ。簡単に自分を殺せる酔うな人を心から信頼することは難しい。そして、探索者として最前線にいるような人たちは、新しく戦力を育てる為にニュービーを相手にしないわ」


 人それぞれ抱える事情は様々か。


「それこそ、育てるなら、どこかのタルタロスから、第一級を連れ出せばいいわけだしね。どうかした」


「いや、何でも無い。それじゃあいこうか、レベル2ダンジョンへ」

 

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