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『日常』の見えぬ空へようこそ、

作者: 北峰希

吊革の揺れと一緒に揺られると、何故だか毎度眠くなる。何故唐突にそんなことを冒頭に話すのかというと、現にいま僕がその状況にいるからだ。


「本日の天気予報は曇りのち晴れ。最高気温は、」

意識が覚醒して最初に聞こえてきたのはどの局かも分からないアナウンサーの声だった。仕事から帰ってきて寝落ちしていたと気づくのに少しだけ時間がかかって、それからレンジで温めていたご飯を食べ損ねたということにも気づく。長い大学の冬休みも最終日だというのに、なんだか損した気分だった。

ぼさぼさになった髪を撫でながらテレビのチャンネルを変えてみると馴染みないバラエティー番組がでた。旅ロケなのか、顔をみたことあるような俳優がふらふらと街中を歩いている。「空が近い街、是非一度来てみてください」そんなことを言ってその番組は締め括られた。

そらがちかいまちーーー実際には低い建物がなく見晴らしがいいとのことだったが、惹かれる自分がいた。




そんなこんなで弾丸旅行を始めたのだ。といっても、日帰りで行けるようななんてことない街であったけれどそれでも興味があった僕は向かうことにした。

改札を降りると少しだけ磯の匂いがして、建物の雰囲気が少し独特であった。

「しょーねん、ちょっとお暇?」

何も考えることなく突っ立っていると唐突に声をかけられる。知らない人に声をかけられるなんて面倒だなと思っていると、話しかけてきた男性はにかっと笑った。

「ちょっとめんどーな人に話しかけられたと思ってるでしょう?そこらの街のキャッチみたいなもんだから軽くあしらってくれても構わないんだけどぉ」

そういって綺麗な景観のリーフレットを差し出してくる。

「興味ない?」




知らない人に着いていかない、が常識であるだろうに無知な景観に感動したことと電車での眠気が相まって、また磯の匂いとともに吹く北風から逃げるために、その紙を受け取ったのである。

男性はふらふらと街奥の商店街を紹介しながら、ひとつの建物に連れていった。

「ここだよここ、ほらどーぞ」

その建物は窓が多くもカーテンで仕切られていて中がよくみえなかった。入口付近には枯れかけた植物が並び、重そうな扉の雰囲気に良く合っている。

ゆっくりとそれを開けると、古めかしい喫茶店であった。

「ほら好きなとこ座って」

先ほど手渡した青空の眩しい景観はどこへやら、陰湿な店に誘われ少し残念に思う。

「今だけ500円ぽっきりでケーキと紅茶がいただけますがいかがかしら」

男性はエプロンに袖を通しながらふざけ口調でそう言った。

「お願い、します」


数少ない休みの日を、たかが一杯の紅茶とケーキに費やすなんてと反省する。もったいないとすら思ったが自分が手をとってしまったのだから仕方がないとたかをくくったのであった。

カウンターの隅に座って店の様子を探る。窓がすべてカーテンで遮られ真っ暗とした室内と、様々な国の食器が全体に飾られた壁。ガーランドのように吊るされた電球だけが明かりを灯し、お湯を炊くケトルひとつが古めかしい印象を与えていた。


「青い空が見たかった?」

男性はにやりとして笑う。静かに頷くと男性は余計にやりとして、そしてポットにお湯を注いだ。

「しょーねん、気が早いよ。そのうち空がみえるからさ。風避けと思ってもう少し居てみてよ」

そう言って華やかな香りの紅茶とタルトケーキをカウンターにのせる。皮肉なのかなんなのかタルトに乗るフルーツは青々としたブルーベリーでつやつやとしていた。

「いただきます」

ぼそっと呟いて口にすると酸味の強い果実に思わず目を細める。下のカスタード生地とあわせて口にすると甘味が後を追って美味しかった。


ぼーん。


紅茶とケーキに気を取られていると鐘が鳴った。スマホを見ると15時きっかりで、もうそんな時間かと思ったと同時にがたがたと天井が鳴り始めた。

「お、おにいさん。急に変なおとが」

びっくりして、機嫌が悪いのも忘れて男性に話しかけるとまたにやりとする。

「気が早いから。もう少し嗜んで」

そう言いながら男性も紅茶を口にする。僕は怯えながらも紅茶を口にしていると眩しい一筋の光が目に入って、思わず目をつむった。


上を見上げると閉じられていた天井がゲートのように開きだし、白みがかった青空がふんわりと広がった。

「ほら、紅茶とケーキで体が満たされた頃合いでしょ?ひひひ」

奇妙に笑う男性はいざ知らず、その美しい空に思わず息を飲んだ。


「体が満たされて、心も空で満たされればほら。陰湿な暗い日々から抜け出せるよ。ここはそんなおまじないがあるお店」









今日もまた電車に乗る。あの街とは逆方向に乗らなければいけないけれど、あの空の美しさと店主の気紛れさに心が現れながら『日常』に戻るのであった。

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