俺の骸に誰か、ひまわりの花束を添えてくれ
心臓は無事だったようだ。
バルトロメオの爪は俺の胸を貫いたが、心臓を抉られることはなかったようで、その証拠に俺は意識を取り戻した。
目を開けると石造りの部屋に置かれたベッドの上に寝かされていた。
窓からはロマネスク様式のアーチの上に尖塔が見えている。
「気づかれましたか?」
柔らかい女性の声に振り向くと、肌の浅黒い、緑と黄色のワンピースに身を包んだ、淑やかなレディーが歩み寄ってくるのを見た。
誰だ? 俺は何者も信用しない。暗殺者として育て上げられた手が、近づいてくる女の首を掻き切ろうと身構える。しかし自分のものではないように動かすことが出来なかった。
「動かないで」
女の手が俺の胸に触れる。
「あなたは崖から落ちて、大怪我をなさってらしたのよ」
不思議な力を感じた。
女の触れた胸の穴が、少しずつだが閉じていく。
近くで見ると美しい女だった。碧い目が忘れたはずの母を思い出させる。
「あなたは?」
「喋らないで」
彼女の嫋やかな人差し指に唇を塞がれた。
「私の名はジラソーレ。ただの修道女でございます」
すっかり傷はよくなった。
しかし俺の心はまるで傷でも負ったかのように痛んでいた。
彼女のやわらかな手当を受けるたび、じんじんと、狂しい熱のような痛みが胸を覆い尽くすように広がった。
「もう明日は希望に満ち溢れてらっしゃいます?」
そう言って微笑む彼女が眩しすぎる。
あかるい方向ばかり見ているような彼女は逆光に照らされて、暗殺者だった俺の影を優しい黄色に染めてくれる。
俺は決心した。
一生を添い遂げるならこの女性しかいない。
結婚してほしいと口にした。
彼女のあかるい顔に翳りが差した。
「私は修道女。誰か一人を愛してしまっては、世界中の人を愛することができません」
拒まれたが、真に受けはしなかった。
彼女の俺に向ける微笑みには、確かに愛を感じていた。
彼女も俺を、愛している!
そう信じて、無理やりベッドに圧し倒し、力尽くで、奪ったのだった。
事が終わった時、彼女は虚空を見つめて黙っていた。
その心に何があったのか、俺にはわかりようもなかった。
俺は人を殺すことは覚えたが、人を愛することは初めてだった。
それから暫くの後、俺が眠りから覚めると彼女はいなくなっていた。
窓から見下ろすと、遠い眼下の石畳の上に、血の花弁を広げてその骸があった。
レディー・ジラソーレ。ひまわりの名を持つ君よ。
俺の闇があなたを枯れさせたのか。
俺の骸に誰か、ひまわりの花束を──