映る画を瞳に
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふんふん、やっぱ同じ映画を観ての感想会はいろいろな意見を聞けて面白いな。
自分の感性だけだと、気にしていなかった点をいろいろ知ることができていい。自分の評価に絶対の自信や正しさを感じる人なら、必ずしも心地よいとは限らないが。
コミュニケーションのツールとして、共通するものって大事だよな。時間ももちろんだが、こういったエンタメも内容の共有から、話の糸口へ持っていきやすい。
いい意味でも悪い意味でも、話題作はどこかで誰かの話のタネに貢献しているかもしれないな。それがついには、心や命を救う一助になったりと……。
――バタフライエフェクトだかを、信じすぎだって?
ま、神様目線から見ない限り、ちゃんちゃらおかしい妄想の域かもな。
でも、ひょっとしたらと俺が思うようになったきっかけがあるんだ。映像関連でな。
その時の話、聞いてみないか?
学生時代の俺は、時間があるのに任せて映画をよく見ていたっけな。
けっこう割引が大きいし、映画そのものも今に比べると安値だったのもある。そして、よく行く地元の映画館は、映画と映画の間で入れ替えがなかったのよ。
いったん、チケットを買えばずっと館内にいられるんだ。だがその間で掃除をしないから、ポップコーンとか普通に床に落ちているし、なんだかタバコの臭いも漂うしで、現在の映画館に慣れた人は、長くとどまりたいと思える空間じゃないかもな。
小さいうちから刷り込まれていたせいもあるのか、映画館はそういうものだと思って、俺は嫌な感じはしなかった。
一度入ったら、時間の許す限りで2つでも3つでも映画を観ていく日もあるんだが、その俺に並ぶか、それ以上の常連客がいた。
近所に住む、自称ハーフだという一人暮らしのお兄さんだ。
金髪かつ青と緑のオッドアイといういで立ちは、当時だと相当に目立つ存在。しかし小さいころからずっと日本にいるとのことで、言語や風俗へのなじみは俺たちとほとんど変わらない。
俺が映画を観に行くとき、しばしば居合わせるのを見たよ。利用客も多いわけじゃない、小さめのスクリーンだから、よく来る人の顔もそのうち把握できてしまう。
「熱心なんだなあ」と、当初は思っていたんだが、そのうち俺はお兄さんの奇妙な鑑賞方法に気づいてしまう。
この入れ替えをしないシステム、上映の途中から入ってきて鑑賞し、他の映画の上映途中で出ていくことも、別段珍しくはない。
通して見ることもあるお兄さんだが、たいていはこの途中入退場をすることが多かった。
特に、ある一時期は毎日のように姿を見かけるほど、頻度があがってさ。俺もちょっと気にかけるようになったのさ。
長くいることもあれば、ものの数分だけ席に座って出ていくことも。そのまま終日、やってこないこともあれば、数時間後にひょいと顔を見せるケースもあった。暇を持て余して、居座っていなかったら、とうてい気づかなかっただろう。
くわえて、もう一点。お兄さんの入退室には特徴があった。
犬だ。犬の登場シーンになると、お兄さんはあまさず姿を見せる。
お兄さんがずっと居座る映画は、決まって犬が主役級の扱いを受けて、スクリーンに出ずっぱりのような作品だけだ。
それ以外の映画では、実写とアニメーションを問わず、犬が現れるシーンのみに集中して入場し、それが終われば出て行ってしまう。
たまたまその時期は、長短を問わなければ、上映している映画のほとんどで犬の姿を見ることができたラインナップ。やたら姿を見かけるのも、得心がいく。
だが、お兄さんはそれほどまでに犬が好きだっただろうか。
お兄さんの具体的な年齢は知らないが、少なくとも5年は同じ場所で暮らしているはず。つい最近までは犬に興味のあるそぶりを見せたことはない。
個人的な犬ブームでも来たのだろうか。目にする回数が増えるたび、気になっていく俺は、ついに映画からお兄さんへターゲットを移す。
お兄さんが席を立つのに合わせ、俺も後へついていくことにしたんだ。その日はもう、犬の出てくる映画はやらなかったはずだったからな。
お兄さんは、俺が帰るのと同じ方向。件の、一人暮らしをしているアパートへ向かっている。
普通に帰るだけかと思っていた俺だが、お兄さんの足はいったん、アパートの敷地前を通り過ぎてしまった。
隣の駐車場。しかも、その隅にある茂みへ一直線。そのそばでかがみ込んでしまう。
なんだ? と近づいてみる俺は、お兄さんの背中越しに子犬たちの顔をいくつか見る。
種類はまちまちだが、いずれも茂みの中へ半身を隠し、顔のみを出してお兄さんと向き合っていた。
こちらに背を向けているお兄さんは、しばらく俺に気づかずにいたらしい。あらためて事情を尋ねようと近づいていくと、ようやく顔をあげて振り返る。
その手は右眼を抑えている。緑色の瞳をたたえている方だが、つい視線を下へやって俺は腰を抜かしそうになったよ。
おさまっているべき右眼が、地面に転がっているんだから。犬たちはそちらへ顔を寄せていたんだ。
「見られちゃったか」とお兄さんは、開いた口がふさがらない俺に肩こそすくめはしたが、それ以上の追及はしてこず。ゆっくりと犬たちへ向き直り、背中を見せた格好で話す。
「こいつらもさ、映画を観たがるんだよ。内容ばかりじゃなく、演者たちとかに関心があるんだとよ。
だから、こいつらのメガネにかなう犬たちを片っ端から映してんのさ」
お兄さんは、地面に転がる眼を拾い上げてみせる。
ぐっと強く握っても、いささかも形を崩す気配はなかった。精巧につくられた義眼だったのさ。
お兄さんの言が、どこまで本当なのか分からない。
だが犬ブームが去り、お兄さんがしばらく映画館へ姿を見せなくなった時期があってな。
やがて猫ものが増加したおりに、また毎日のように現れるようになったんだ。
あのときは猫たちを相手にしていたのかな。