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第二十四話・停戦に向けて

【新生歴1948年 9月15日 夕方|レンツ帝国帝都パルメッツ 大統領官邸】


事の発端は2日前の昼前だった。軍事省宛に、ヨルド海軍基地から緊急の連絡が入る。


その旨とは、『新設のナマール海艦隊、日本との戦闘により、大規模な被害を受け撤退。』であった。


「日本側の攻撃手段は、ロケット弾による射程外からの精密攻撃です。これにより、日本艦隊を捕捉するより前に、ナマール海艦隊は大半の艦艇を喪失していました…」


軍事大臣は恐る恐るの報告に、汗を滴らせる。


「それで、どれくらいの損害を与えたんだ?」


「大統領、それは…」


配布した紙に記載あることを、口頭で説明させるとは、、、怒り心頭といった様子で、刺すような視線を向ける大統領に怖気づく。


しかしこのままでは、一向に終わることはないだろう。咳払いをし、気を取り直す。


「えぇ、すでにお配りした報告にもある通りですが、えぇその、日本への損害は、そのぉ、確認されておりません…」


「弾丸一発すらも、あてられなかったと、そういう事だね?」


「はい、そのように、報告を受けています…」


怒鳴りつけるようなことはしてこない。決して怒りの矛先を自分に向けてくるわけではないが、背から漏れ出るその憤怒は、瘴気となって大統領執務室を満たしていた。


「さて、陛下に何と報告すればいいか…まさかフリトの属国に、ここまでの痛手を被るとは考えてもみなかった…」


閣僚らの存在を隅へ追いやり、頭を抱えて思案にふけようとする大統領はそうつぶやいた。


そんな最中、返事を待たぬノックの後、一人の男が部屋に入ってくる。険悪な状況も意に介さず、一直線に外務大臣のもとへ向かう。


その間にも、大統領は一人で空虚を見つめて、自分が座る回転いすを左右に揺らしていた。


えぇ、緊急で、今?、そうです。外務大臣と大臣補佐官による、小声でのやり取り。それは凍り付いた部屋によく響いた。


「大統領、ご報告があります」


外務大臣の挙手に反応し、大統領は意識をこの世界へ戻した。


「大使館経由で、セリトリムからの公電です。読み上げます。『セリトリム政府は、貴国と日本国との武力衝突が継続し、特にユト大陸および環ナマール海地域の情勢が急速に悪化していることを注視している。貴国政府も認識しているとおり、こうした状況の長期化は当事国のみならず、地域全体の安定にも影響を及ぼす恐れがある。セリトリム政府としては、公平かつ中立の立場から、貴国と日本国との間の停戦交渉を仲介する用意がある。』とのことです…」


その公電とは、題を ”日本国との停戦交渉に関する提案” とするものであった。


外務大臣は続ける。


「『すでに日本国政府とは予備的な協議を行い、同国がこれ以上の戦闘の拡大を望まず、停戦に向けた協議に応じる意思を有していることを確認した。また、日本国政府は、我が国が調停国として交渉の場を提供することを受け入れる旨を伝えている。貴国政府の見解を伺いたい。停戦交渉に関する貴国の立場について、早急な回答を求める。本件は慎重に取り扱われることを期待する。』と…」


「確定だな…」


大統領は、離散する点を線でつないだ。


「やはりセリトリムの差し金だ、奴らは」


「事態が性急すぎますし、そう考える他ありませんね」


外務大臣が同調する。


セリトリム聖悠連合皇国は、大陸戦争から今日に至るまで、対外情勢への非介入を公称している。しかし、何度邪魔をされた事だろうか。今回もその一環に過ぎないのだろう。


「そもそも、フリトの属国な時点で、そう考えておくべきでした。」


「して、フリトの内情はどうだったかな?」


大統領の発言に間髪入れずに、大統領補佐官は用意していた書類を手渡した。書類に目を走らせると、一呼吸おいて続ける。


「フリトの終わりも近いだろう。アドレヌが大きく動くぞ。」


「はい。すでに治安機構は深刻な機能不全に陥っています。エルトラードでも反体制派の運動が激化しているとの報告です。」


大統領補佐官の口頭による補足を皮切りに、話題がフリト帝政国の内情に移ったところで、軌道修正にかかったのは内務大臣であった。


「して大統領、セリトリムへの回答はいかがに?」


フリト帝政国をさげすんだものの、レンツ帝国自体も他列強との戦争は現実的に不可能であるという前提の元では、これ以上の戦線の拡大は望まない。


ロムアを失い、ユト大陸での影響力も失った。陸軍はタール・二・バエアとノーサバーション、海軍はアシュニスィ海峡に注力している。相手にするのはそれぞれ、列強(ペント・ゴール)(帝国)かそれに準ずる(ノールメル社会主義共)国家(和制諸邦国)だ。


「条件次第だ、だが前向きに検討するとしよう。」


セリトリム聖悠連合皇国からの公電では、回答ついて二つの要項が記載されていた。


・停戦協定に応じる意思の有無。

・セリトリムの介入を受け入れる意思の有無。


「基本的に停戦協議には応じる旨伝えておけ」


レンツ帝国は後日、セリトリム聖悠連合皇国に対する返答の中で、以下の条件の提示をした。


・セリトリムが日本と実施した予備的協議の内容、および交渉の経緯の詳細の開示を求める。

・日本の情報について、全般の開示を求める。

・停戦に向けた協議について、想定する形式の明確化。

・三国間の外交経路について、早急の確立。

・日本が提示する条件と、前提となる事項の明確化。

・セリトリムの本件における役割と関与の範囲については、日本側との二国間による場を設ける事。

・以上の点が回答され次第、停戦に向けた協議に応じるかを判断する。


「これでセリトリムは、フリトが崩壊しても我々が手出しできない状況を作ったわけだ。」


従来の勢力図では、レンツ帝国は四方を仮想敵国としていた。


だが状況は変わった。


エルテリーゼ大公国は崩壊し、その継承国は現状中立政策を取らざるを得ない。フリトが内部から崩壊すれば、ロムアとヨルドを抑えるレンツ帝国はユト大陸における圧倒的な優勢と、アドレヌ大陸の介入での優位を獲得できるはずだった。


しかし情勢は流動し続ける。ノールメルは現状、概ね想定と変わりない。だがロムアはフリトに奪取され、西ナマール海も日本国が制海権において優勢な状況となりつつある。


依然ユト大陸ではセリトリム陣営の優勢は変わりなし。


これはつまり、アドレヌ情勢でその介入における接続を完全に失ったに等しい。これではセリトリムの一人勝ちだ。ペント・ゴール帝国もそれに続くだろう。


フリト崩壊後のアドレヌ情勢において、セリトリムやペント・ゴールとは旧植民地地域の争奪戦を想定していたが、そんなことをできる状況ではなくなった。


「これ以上失うものを増やしてはなりません…」


外務大臣は悲痛な面持ちで投げかける。


この数年で失ったものには枚挙にいとまがない。直近のロムアや西ナマール海での優勢、ユト大陸での影響力。アシュニスィ海峡から始まるミュートル内海での優位、etc…


対して得た物とは、レンツ帝国寄りで安定したタール・二・バエア。他に特記すべきものがあるだろうか?


「本件は他言無用だ。ただ軍務相、決定があるまでは当初の通りに、軍事作戦を継続しろ。」


ベリモー奪還を大義名分に掲げた制海権確保の動きが完全に阻止された今、どうしろと言うのだろうか。こうなってはヨルド諸島の防衛を最優先と考え、警戒を強めるべきだ。


ただでさえアシュニスィ海峡係争がらみで海軍力をナマール海に割けないというのに、重ねてこの状況である。


大統領の言う当初の予定とはなんだ。まさか最初期の、西ナマール海の島嶼部を支配下に置き、同海での制海権確保とユト大陸での優位を目指すと、この期に及んでまだそんなことを言っているのだろうか。


「大統領、このような接触を見れば、セリトリムの直接介入は目に見えています。まずはヨルドの防衛、これが最優先です、大統領」


弱小国を相手にこれ以上の弱腰は評価に大傷を残すだろう。だが日本についてはわからないことがほとんどで、まずはそのベールを剝ぐ事が最優先だ。


セリトリム聖悠連合皇国の直接介入を引き合いにして、考え直してもらうほかない。事実、これは直接的な介入の兆候であると捉えることもできるだろう。


「ヨルドの再編には時間がかかります」


すると大統領は言う。


「各省で、日本に関する情報をもう一度調べなおせ。なんでもいい、これまで偽と判断したものも含め、全てをリストアップしろ。」


無理難題にも聞こえるが、日本が表舞台に登場したのは2年前と判断されている。不可能ではないだろう。


大統領は続けた。


「ヨルドだけは死守する。我々は相手を知らな過ぎた、まずは情報収集に徹することにしよう」


大統領は、日本に対する軍事力の展開は当面控える方針を決めた。

__________


【新生歴1948年 9月15日 深夜|セリトリム聖悠連合皇国首都ランディ郊外 シュバイカー国立研究所 所長室】


パルメッツにて、大統領他、閣僚たちがセリトリムからの公電に頭を悩ませている時である。


「君の気持もわかるがね、これは決定事項だ」


そう話す男は、少将の階級章を下げた軍服に身を包み、口には葉巻を咥えてふかす。


「予算削減の理由をお聞きしたい、ハリソン閣下。」


彼はいたって冷静に、事由の開示を求めている。しかし、それは現時点で機密事項であり、詳細に話すことは憚られる事柄だった。


所長室の壁際の本棚に置かれた、架空の大型爆撃機の模型を左手に取って遊ぶハリソン少将に、彼は問い詰める事を止めない。


「計画の進捗は?」


そんな彼に、ハリソン少将は質問で返した。


ここシュバイカー国立研究所の所長兼技術部最高顧問であるケンドリッジは、記憶している確かな情報を間髪入れずに返した。


「48%です」


「2年で48%だろ?」


研究で4年、製造にはもう少しかかるだろう。実戦配備まで短く見積もって5年弱といったところだろうか。そんなに待ってはいられないと、軽い諦念を漏らす。


「それは予算が減らされたためです。当初の予定ではあと1年9ヶ月で完成します。そしてそれは我々の仕事ぶりが理由ではありません」


「私は君たちの能力を疑ってはいないし、その話はもう終わっただろう。今は今回の予算減額について話している。」


「しかし今止めれば、じきレンツは手にします。あの国には有能な科学者が多いし、ウラン鉱床もある。これはあなたから伝えられた情報です」


経済不況の煽りを受けた予算縮小に続き、今回の予算減額。これではレンツ帝国に先を越されてしまう。ケンドリッジ所長は焦燥感からさらに詰め寄る。


「理由だけでも教えてもらわないと」


ここでハリソン少将は折れた。彼の一徹な性格は知っている。ここで逃れても国防省に面倒な手紙を送り続けてくるだろう。


「わかった、誰にも漏らすな。それにまだ減額は正式に決まったわけじゃない」


ケンドリッジ所長は軽い嘘であしらおうとしても無理な男だと、改めて認識したハリソン少将はしぶしぶと口にする。


「ある国からの理論供与に向けて上が動いてる、それ以上は私もわからん。」


どういうことだ。科学技術を先行する国は、レンツ帝国とセリトリム聖悠連合皇国が二大巨頭のはずだ。他に自分たちが知らない情報をもっていそうな国など、ケンドリッジの脳内には思い浮かばなかった。


「耐熱シートでも輸入するんですか?」


納得のいかない返答に冗談っぽく返す。しかし帰ってきた答えは、脳内の計算式を著しく乱すものだった。


「もっと根幹的なものだ。君たちが今つまずいているレンズとかな」


そう言い残して、爆撃機を棚に戻したハリソン少将はシュバイカー国立研究所を後にした。

__________


【新生歴1948年 9月16日 昼前|セリトリム聖悠連合皇国首都ランディ 連合議会庶民院 議院控室】


“日本国の国家承認並びに外交関係の樹立に係る決議”。これが今日午後からの本会議で目玉となる議題だった。


今月13日の朝、セリトリム聖悠連合皇国の首相官邸で、官邸報道官がある発表をした。曰く、『今月10日、マカルメニアを通じて、日本国を名乗る国家との外交的接触を行った。これを受け本日、同国を国家として承認し、外交関係を樹立することを決定した』。


この決定を受けて、連合議会の庶民院では、かねてより用意されていた議題の採決が行われる。


これは、日本国との外交関係樹立に関する内閣の判断の承認。そして、貿易及び、経済技術軍事等、多方面における相互協力について定めた枠組みについてと、これらに必須となる外交窓口の設置に関して、内閣が指名した全権大使の信任に関する決議だ。


聖悠連合皇国において、国家間の外交関係について決定するのは内閣だ。内閣によって指名された在外大使館の全権大使は、連合議会の庶民院の信任投票によって選出される。


「4ヶ月かかったな」


ジョニー・オーブリー・ローランド。彼はセリトリム連合議会の庶民院議員で、同院外交委員会の委員でもある。


ローランド議員は、4ヵ月前のユト大陸で見た光景を思い返していた。


日本の秘密部隊が見せてくれた、自分たちの何年も先を行く先端兵器の数々。その中でも最も記憶に残るものがあった。


「アルカディア、とか言いましたね、あれはとんでもないものでした」


嬉しそうに言ったローランド議員に呼応して同意を示す議員もまた、この4ヵ月間彼と同じ道を歩んできた者だった。


「あれがあれば、戦争を抑止できる。レンツなんて目じゃない。末恐ろしいよ、」


そう答えたジョナサン・K・バーンフィールドも同じく、庶民院議員である。彼は軍事委員会の委員長であった。


4ヵ月前にユト大陸へ赴いた6人の内の2人。後の4人は1人が外務省の外交官、もう2人はセリトリム陸軍、最後の一人は皇命海軍の人間であった。


この4人は着弾の様子を記録する事が目的だったため、2人よりも前にユトへ渡り、日本側と共に弾着観測の打ち合わせをしていた。何分、日本国側からは映像写真音声、いかなる媒体への記録が禁じられ、目で見た人間の手記のみが許されていた。


「しかしこうもトントン拍子に事が進むと、何か不安ですね」


ローランド議員はバーンフィールド議員に投げかける。日本が核兵器を実用化し、配備していた事が決定打となって、彼の国が言った異世界からの転移は現実味を帯びた。しかしそれを考慮しても、たった4ヶ月で国交が樹立され、重ねてこれと同時に、特に軍事と経済における相互協力の枠組みが構築されようとしている。


「あまりにも動きが性急過ぎる。」


これについても、バーンフィールド議員は同意らしい。


セリトリム聖悠連合皇国は()()、伝統的な中立国だ。ロブロセン内戦にも直接的な介入はしなかったし、アシュニスィ海峡係争でも同じだ。もっと遡れば、30年前の大陸戦争でも最低限の派兵しかしていない。


それが日本国に関しては行動が不可解なほどに迅速だった。日本の周りには何があるだろうか?ユト大陸北部(ロブロセン地域)アドレヌ大陸東部(フリト帝政国)だ。


「ロブロセンに派兵するのかもしれんな」


「ユトにはウルーセルやエカラがありますから、あり得るかもしれません」


ロブロセン情勢への介入において、日本の地理的立場は理想的だ。しかし、ユト大陸の西部は全てセリトリム聖悠連合皇国の植民地か衛星国である。これでは日本がおらずとも事足りる。


ではナマール海を経由したレンツ帝国からの防波堤だろうか。十分にあり得る。実際、今回の件と同時に、セリトリム聖悠連合皇国はレンツ帝国に対して仲介の提案を通知している。


「それかレンツの包囲ってとこか?。フリトは今頼りにならないからな。ロムアの奪取も、ありゃほぼ日本のおかげだ」


これまで他大陸の情勢には()()、直接的な介入は控えてきたというのに、今になって何を目指しているのだろうか。


レンツ帝国からのロムア奪取、日本レンツ間の停戦仲介、ロブロセン情勢への介入。


考えても答えは出なかった。


とにかく、今は喜ぼう。反対票など考えなくても良い程に根回しはした。“日本国の国家承認並びに外交関係の樹立に係る決議”が可決されれば、経歴には良いものとして記録されるだろう。


若手議員であったローランド議員にとって、本件の功績は非常に好ましいものだ。日本とは今後も関係を深めていくだろうし、その立役者ともなれば政界での人生で安泰への一歩を着実に踏むだろう。


「バーンフィールド委員長、そろそろ時間ですよ」


二人は議案の最終打ち合わせを済ませ、控室を後にする。とはいってもこれまで散々準備に時間を費やしたのだ、今更やることとは目を通す事だけだった。結果、この時間はほとんど談笑で終わっていた。

活動報告を使い始めました、よろしければ見てください。

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