第二十一話・小笠原沖海戦-6
【西暦2042年 9月13日 夜|西太平洋上 上空】
“正規航空母艦すずか”を発った9機のF-35Bは、第一国防艦隊へ着実に近接しつつある敵航空戦力へ向かう。
『シーイーグル1より各機、EA攻撃はじめ』
第501戦闘飛行隊は電子戦を開始した。敵の無線周波数に対するジャミングである。
『各機、FOX1にて敵航空戦力を打撃、後にFOX3にてできる限りを落とす!』
すでにF-35Bらは、自身の目で対空目標を複数捉えていた。
『シーイーグル1、FOX1,fire!』
この世界で二度目となる、航空戦力同士の交戦が始まる。
501空戦は各機に2発づつ、計18発の空対空誘導弾を擁していた。
シーイーグル1はまず、目の前の3機編隊を標的とする。
発射された短距離空対空誘導弾、“AIM−10V|アウル”が2発。F-35Bからのレーダー波に導かれ、2機のバンデットへまっすぐに突っ込んだ。
『シーイーグル2よりシーイーグル1、2機ヒットを確認』
『残りを叩く。シーイーグル1、FOX3,fire!』
ミサイルを打ち尽くしたシーイーグル1は、残る機関銃で撃破を目指す。
F-35シリーズの海軍仕様であるB型は、固定武装に機関銃は存在しない。そのため、必要時にはガンポットを搭載しての運用となる。
今回の501空戦は一機当たりに誘導弾が2発と極めて少ないが、代わりにガンポットをそれぞれ3基づつ搭載していた。
これまでガンポットの搭載は機体下部中央に一基を定数としていたが、日本特事後の改修によって主翼下部に左右1基づつ、計3基までの搭載を実現していた。
しかし、本来の1基搭載でさえ飛行中の負担が大きい。これは設計時に想定された点であるため、飛行中の影響を補正するシステムが設計時から組み込まれていた。
だが、改修後の3基には勿論対応できない。そのため命中精度や、振動による機体機器への負担が非常に大きいものであり、このような運用では継戦能力が大幅に低下していた。
それでも尚、機関銃の搭載に向けた改修を行ったのは、「継戦能力の低下は一世紀前の戦闘機に対してであれば許容範囲」という考えに拠るものだった。
『シーイーグル2よりシーイーグル1、3機の撃墜を確認。』
その後も、9機は一機当たり3~4機を単純作業のように撃墜していく。時間にして30分にも満たなかった交戦は、彼我の損失0対26で幕を下ろす。
『シーイーグル1よりオメガ3、残弾無し、帰投する。』
『こちらオメガ3、貴隊の健闘に感謝する。』
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第501戦闘飛行隊の戦闘は、“ミサイル巡洋艦にっしん”の戦闘指揮所がその終始を見守っていた。
「E-4警戒機より入電、『シーイーグル残弾無し。これより帰投する』以上です。」
合戦準備の条件が整った事が確認されると、にっしん艦長は待っていた対空戦闘を下令する。
「F35が敵航空戦力の26機を撃破し帰投する。ミサイル軸線上からの退避を確認後、速やかに残存する敵航空戦力に対する対空戦闘を実施する、対空戦闘用意!」
「対空戦闘用意!」
艦内にアラームが木霊する。
「対空戦闘用意良し!」
「シーイーグルの退避確認!」
「よしっ!対空戦闘、CIC指示の目標。弾種ESSMサルボ、攻撃はじめ!」
「対空戦闘、ESSMサルボー、攻撃はじめ」
「ってーーー!!!」
ボタンが力強く押し込まれると、けたたましいベルが発射を告げる。
“ミサイル巡洋艦にっしん”の前、後甲板に置かれた“MK.57 VLS/噴進弾垂直発射システムの計104セルから、最も脅威度の高い目標19機に対して19発が発射される。
飛び出した19発は、急上昇の後に割り当てられた各目標に対して飛翔する。
どす黒い空を割いて散り散りに広がる流星雨は、願われた日本の存亡を背負い、燃え尽きることなく空の彼方へ消えていった。
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【新生歴1948年 9月13日 夜|西ナマール海上】
日本艦隊の捜索に当たっていた、“空母ダラップ”と“空母サンミュール”の艦載機は未知の攻撃に晒されていた。
前方の空で火球が連続して発生し、これを見た機は次の火球となっていく。
見えない敵からの回避を繰り返し、燃料を消費した航空機たちには、帰投を余儀なくされる者も出る。
『何度も呼びかけてますが、マザーが応じません!』
『クッソ、ダラップめ何してやがる!』
正体不明の攻撃に晒され、回避運動の中母艦との連絡もつかない。状況は絶望的であった。そんな中、複数の周波数帯を試して回っていた機が声を上げた。
『ピクシー1へ、ICFの9番です!!!』
しかし差し込んだ一筋の光は、救いを差し伸べる手ではなく、それは差し迫る業火であった。
『繰り---す、タ---フォ---は壊滅!マザー---、ガサスは轟沈---た』
軍事行動中に、軍民共用の国際共通周波数が使われている状況に期待するべきではなかったのだ。普通ならありえない事だ。
『おいどういうことだ、沈んだのか?!』
衝撃的な断末魔を突きつけられて絶望の只中にあった。しかし無情な現実は、彼らをさらなる地獄へと導く。
『ロケット弾だ!』
『ブレイク!ブレイク!ブレイク!』
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この隊もまた、母艦との通信不能。そして飛翔するロケット弾の視認で緊張が走っていた。そんな時、
『11時方向!砲炎視認、距離えぇ、目算で60マイル!!!』
『間違いないぞ!日本だ!』
遠く離れた洋上で、連続した閃光が打ち上がる。それは後方の空へと進み消えていった。
『10発以上ある!早く知らせないと落とされるぞ、まだつながらないのか!』
『だめです、マザーが応答しません!』
不通の“空母ダラップ”に、先ほどから何度も試している無線での呼びかけ。それが急に回復する奇跡など起こるはずもなく、ただただ味方を一方的に嬲るであろうロケット弾の発射を、彼らは見届けるしかなかった。
試行錯誤の末、別の周波数帯で応答を求める無線をとらえる。
『テリッシュ隊---り各隊、---れか応---してくれ!』
『こちらターナー1、テリッシュ1へ。敵の砲炎を視認したが、マザーが応答しない』
『は---ずんだ!』
うまく聞き取れずに聞き返すと、返答はとても信じられないものだった。
『マザーは沈---だ--。ペガサスも---だ!本隊のバトラーはわからん!』
航空母艦の撃沈とは、すなわち上がっている艦載機の全機が不時着水を意味する。
せっかく日本艦隊らしきものを確認したのに、打つ手が無いとわかった途端全身に悪寒が走る。そんな彼の心情にも関係無く、地獄の業火は着々と迫る。
『おいロケット弾がこっちに来るぞ!ブレイク!』
編隊は一瞬にして散り散りになり、高速で向かってくる死からもがき足掻く。
『ターナー1へ、日本の艦隊の座標を送る。本隊に届けてくれ、北緯3-----』




