第二十話・小笠原沖海戦-5
【西暦2042年 9月13日 夜|西太平洋上 小笠原諸島より北北東390km地点】
“正規航空母艦すずか”の甲板では、即時待機中だった第501戦闘飛行隊が発艦しようとしていた。
国防海軍航空隊の編成は、戦闘機では3機で一個小隊、3個小隊で一個飛行隊。つまり9機が一個飛行隊の定数である。
同時にこれは、現在の第一国防艦隊が擁する航空戦力の全力であった。
「501戦、上がりました。コンタクトまで720秒」
発艦した“F-35Bステルス戦闘機”9機は、まっすぐに敵の航空戦力へ向かう。140対9では、どう考えてもまともな戦闘は不可能だ。
敵航空戦力の動向は、第一国防艦隊の位置にあたりを付けて、特定を目指していると思われる。そのため、140機が大挙してまっすぐ近接しているわけでは無く、放射状に広がって扇型を描いていた。だが、その扇は角度が狭く、密度の高い索敵網が形成されている。
第501戦闘飛行隊は敵の先鋒を攪乱し、位置の特定を遅らせ、可能な限りの撃破を目指すものであった。
『これよりF35が敵航空戦力の先鋒に対しEA攻撃を実施。攪乱、撃破を目指す。無論目標は残存するものがほとんどであるが、F35の離脱後、これを当隊がESSM及びSM6で撃破する。同時に、AWACSが補足する敵水上艦に対する攻撃も行う。』
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「対水上戦闘、FC指示の目標。弾種、49SSM5発!攻撃はじめ!」
対水上戦闘は第501戦闘飛行隊の接敵を待たずして始まった。
目標とした後方のレンツ艦隊は、“E-4早期警戒管制機”が9つのレーダー波を補足している。
この“ミサイル巡洋艦にっしん”から発射された49式艦対艦誘導弾は計5発。先に撃たれた4発と合わせて、計9発が指向されている。
「インターセプト600秒」
「すずやの49SSM、インターセプトまで60!」
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【新生歴1948年 9月13日 夜|西ナマール海上】
“空母サンミュール”は、ナマール海艦隊から分離した別動隊の旗艦を任されていた。分隊指揮官は同艦のシュルツ艦長であった。
「本隊は?」
「はい。当隊より南西178マイルにて北に転進、日本艦隊の捜索に当たるとのことです。」
「艦載機は上げてないのか?」
「通常の索敵行動だと思いますが、」
いつロケット弾が飛来するかわからない以上、艦載機は早めに上げておきたいところだ。しかし、それで日本艦隊を発見できなかった場合、大多数の機が一度に着艦を行うこととなる。これでは整備、補給に過多な態勢となる。
「いつまたロケット弾が飛んでくるかわからんからな。すぐ艦載機を上げるよう上申しよう。大方の場所は予想できてる。すぐに伝えて、」
艦長は途中で言葉を絶った。彼の眼には、前方の空に動く光が映っていた。オレンジ色の光が3つ。
「敵ロケット弾接近!まっすぐ突っ込んでくる!」
「対空戦闘落とせぇぇぇ!!!」
「艦長!ここに来ます!」
甲板を挟んで左右の舷側から上がる、高密度の対空砲火はいとも簡単に突破され、それはまっすぐに全通甲板へと落ちていった。
木製の上甲板を突き破り、第二甲板のビームをへし折り、艦深くに入り込んだそれは、内部に込める火薬を炸裂させた。
艦橋の窓下まで屈めた身を起こした艦長は、変わり果てた上甲板を目にする。真ん中に空いた巨大な開口部からは、火に追われる航空機格納庫と、さらに下へと続く開口部までもが丸見えだった。
「しょっ、消火しろ!引火するぞ!!!」
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“戦艦バルファロム”の艦橋は淡い光に照らされている。
“航空母艦サンミュール”と“航空母艦ダラップ”から上がる火炎は、これを眺める護衛艦艇の艦橋すらもオレンジ色に照らすほどの激しさを見せていた。
『前甲板第二砲塔付近に命中!消火作業中!第二砲塔損傷、ターンテーブルが歪みました!旋回不能!』
被害は空母2隻だけではなく、“戦艦タリュムレンツ”と“戦艦バルファロム”にも及んでいた。しかし、戦艦2隻は持ち前の重装甲で貫通をかろうじて防いでいた。
とりわけ、最も重厚に固められた主砲塔に命中した“戦艦バルファロム”は、被害が最小であった。
「空母と戦艦だけを、どうやってっ!」
男は戦艦バルファロムの艦橋で、固めた拳を怒りに任せて振りかざす。着弾地点は男が座る椅子の肘掛だった。
「艦長、空母と戦艦だけを狙ったもののようです!他艦に被害なし。サンミュールとダラップは第二甲板も貫通しているようで₋₋₋」
戦艦バルファロム艦長のシュバルゴは、自身の副官からの報告も全く耳に入らないほどに、絶望感とやり切れない怒りに頭を占拠されていた。
「最大戦速だ、ロケット弾が飛んできた方へ、最大戦速で突貫する!この艦なら10発でも持ちこたえる!」
「しかし!ダラップとサンミュールが沈みます!二艦合わせて4000名、救助を優先すべきです!」
「環礁島とロムア、日本は我々をさんざんコケにした!これ以上栄えある列強海軍の、帝国海軍の体裁に泥を塗るようなことが、あってたまるか!!!」
シュバルゴ艦長は怒り心頭で、感情をこれでもかというほどに露出する。上に立つ者として、あるまじき行為だ。
「タリュムレンツ艦長宛に!『これより我が艦とタリュムレンツ二艦をもって敵方へ突貫したい!増速し最大戦速で西に向かう。』」
艦隊内の指揮系統は、旗艦に座乗する艦隊司令を最上位に、旗艦の艦長を次席とした主力艦艇の艦長に序列がある。
本隊から分離したこの別動隊では、分隊司令を任されたサンミュール艦長、次いでダラップ艦長、バルファロム艦長、そしてタリュムレンツの艦長と続いた。
「しかし!分隊司令はサンミュールのシュルツ艦長です。まだ移譲がなされてない以上、シュルツ艦長の命無しの行動は軍規に反します、」
諫める副官に、シュバルゴ艦長は怒りをぶつける。
「なんのための序列だ!見ろサンミュールとダラップを、あれでは部隊指揮など執れん。先任は私だ!」
シュバルゴ艦長は振り返ると、今度はその矛先をたじろぐ士官に向ける。
「おい何を突っ立ている!早くタリュムレンツに送れ!」
艦橋がぴりついていたその時、灯火管制のなされた艦橋を照らす赤褐色が瞬間的に、ひと際光力を増した。
「さっ、サンミュールで二次爆発!弾薬に引火した模様です!」
「ダラップから、『船体に破口、浸水あり』と。かなり傾斜してます」
炎に照らされたシュバルゴ艦長の顔は、徐々に赤みを増していく。サンミュールの炎が焦燥と憤怒で彼を染めていた。
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同じころ、“戦艦タリュムレンツ”の艦橋でも焦燥が渦巻いていた。しかし、冷静であった。
「サンミュールとダラップの救助を急げ。シュルツ艦長の安否はまだわからんか?」
「はい、甲板中部に命中し貫かれています。内部で爆発し、おかげで甲板が艦橋を守ったようです。」
「急いで状況を本隊に伝えてくれ。残る空母は本隊にコルフォースェアの一隻だけ、失えば150機が不時着水だ。」
ロケット弾は艦載機が哨戒に進んだ西から飛来した。あたりをつけた日本艦地の位置予測は正しかったのだろう。であれば艦載機群の向こうから飛来したということになる。
「甘く見すぎていた。これ以上の戦闘は無理だ、残念だが。」
空母を2隻失い、自艦も前甲板の第一砲塔から第二砲塔の間を大きく損傷し、主砲2基が使用不能。主力艦艇がことごとく戦力を喪失した現状では、もはや日本艦隊を発見できても勝ち目はない。
優先すべきは人命救助と本隊、そして上がった艦載機との連絡だ。すぐにでも帰港すべきだと、タリュムレンツ艦長、シエルは確信していた。
そんなことを考えながら傾斜し燃え盛る“空母ダラップ”を見つめていると、副官が通信伝票を渡してきた。
目を走らせるや否や、口から悪態がこぼれ出る。
「まったく何を考えている。突貫だと?」
「どうなさるおつもりですか?」
「当たり前だろう。救助ののち反転、本隊と合流し帰投する。シュバルゴは何を考えているんだ全く。」
「確か、バルファロム艦長はご子息をロムアで失ったとか、」
「バルファロムに返信、『タリュムレンツは被弾した空母二艦を救助の後、反転し本隊と合流する。救助活動の援助を乞う』」
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“空母サンミュール”を発った偵察機は、西に向けて飛んでいた。もうすぐで発艦から1時間だが、まだ何も発見できていない。
この隊は他の艦載機よりも、最も先行して索敵行動をとっている3機だった。燃料を考えれば残り時間はあと1時間程だ。
『雲が厚くなってきた。高度を下げるぞ。6300につけ』
3機は高度を少しばかり下げ、雲の下に移動する。
『どうだ何か見つけたか?』
『いいや。海が続いてるだけだ』
『こっちも何も見えない。』
周りを見渡せば、終わりの見えない暗い海が続いているだけ。艦船は勿論、人工物はおろか島すらも見つからないただの大洋のど真ん中だ。
『敵のあれはロケット弾じゃなくて飛行機だって話だ。中に人が乗ってるらしいぜ』
どこから仕入れてきたのか、誰かが無線で冗談っぽく話す。
厚い雲がかかり始め、視界も悪くなりつつある中、何もない景色を永遠と見ていなければならないとなれば辟易する。表に零すのも無理はないだろう。
『人が乗れるくらいデカいロケット弾なのか?』
『日本の人種は小人なんだろ?』
『お前ら、まじめに探せ』
隊長の止めが入ると、一同は緩めた顎紐を締め直し、操縦桿を握る手に力を入れる。
『おい何か光ってる!』
気を入れなおした直後だった。向こうの方から、猛スピードで移動してくるオレンジ色の発光が複数。
『ロケット弾だ!ブレイク!』
視認してこそいないが、特徴からして日本軍のロケット弾だ。雲の中を動くそれらは、あっという間に頭上を通り過ぎる。
『巻いたか?!』
『いや隊長!狙いは俺たちじゃない、そのまま通り過ぎた!』
『まさか空母か!』
5つの発光は、ただまっすぐに東の方へ向かっていった。3機の偵察機などには目もくれず、雲の中を進む。
速度がどれくらいかはわからないが、恐らくこの偵察機よりもずっと早い。ここから“空母サンミュール”までは140㎞程だ。数分で到達してしまうだろう。
「いったん集まれ、隊列を整える。」
回避運動でバラバラになった隊を元に戻そうと、高度を6,300ftに上げ、針路を西に正す。
「ロメオ1より各機、応答せよ」
応答が無い。無線では聞き取れないほどにノイズが走っている。しかし、連絡が取れないわけではない。
隊長機が航路を正す姿を見た他2機はそれを追って、同じ高度速度をとって15メートル程度まで接近する。
左右の僚機を見てひとまず胸をなでおろす。
「ロメオ1より各機、応答せよ」
『ロメオ2...こ...メオ1』
『こ.......メオ3、感...は最...です』
これだけ近くであれば、ジャミングを受けていても最低限通じるかと思ったが、思いのほかノイズが大きい。
ロメオ1はハンドサインでの指示を試す。「隊列を正して、このまま偵察を続ける。我に続け」という旨を発するが、サムズアップは帰ってこない。
夜間にハンドサインを試みるのはそもそも無謀であるが、先ほどのロケット弾での動揺もあるのだろうか。
「無理か、」
隊長はもう一度無線機を手に取る。
「ロメオ1より各機、我に続け。繰り返す、我に続け」
反応を観察しようと僚機のコックピットへ顔を向けた時だった。
突然火が上がったのだ、今の一瞬までともに飛んでいた僚機が炎上し高度を下げていく。
「ブレイク!ブレイク!ブレイク!」
思いっきり操縦桿を倒す。
一瞬の出来事だった。どこから撃たれた、いつどうやって。
「ロメオ3、無事か?!」
「だ........ちる!...メ..オ1....墜」
旋回する中で、防風の外に一瞬映ったのは、落下していく2つの火球だった。
お久しぶりです。[虎石双葉_こせきふたば]です。名前を変えました。
一ヶ月ぶりの投稿ですね、お待たせしました。




