第十八話:前編・小笠原沖海戦‐2
【新生歴1948年 9月13日 夕方|西ナマール海上】
ナマール海艦隊の本隊は1時間弱が経って、陸地と目される影を確認した地点から230kmにまで近づいていた。
駆逐艦8隻、巡洋艦5隻、空母1、戦艦2隻からなる艦隊では、輪形陣の中心で基幹となる艦艇3隻が一列に並ぶ。
戦艦ロンブルム、航空母艦コルフォースェア、戦艦バルファロムの順である。中心の航空母艦コルフォースェアでは、天候不良の中での発着艦作業が行われていた。
不規則にうねる海上に浮かぶ巨艦は、風も相まってかなり煽られている。
艦橋の窓は、打ちつけ滴る水滴に遮られて、着艦誘導員すらも満足に見えない。
「アプローチ4分前」
雨に打たれる薄暗い甲板では今頃、着艦誘導員を中心に、アレスティングワイヤーやバリアネットの最終確認が行われている頃だろう。
「今の風と波は?」
聞こえてくる着艦作業の報告が、艦内の緊張感を着実に張りつめさせていく。無論、艦長もそれに中てられ、表に出さない不安が募る。
「風17ノット、波の高さ6フィートです。4機の収容は15分以内に終わります。即時待機中の隊は上げますか?」
返答と一緒にその後の指示を仰ぐが、艦長も決め切れていない。
「悪くなる前にさっさと発艦させたいが、読めんからな、、、上げるつもりだが、状況次第では取りやめる。風と波は逐次報告しろ」
「はい。」
先行した偵察隊がレーダー上で陸地と思われる影を確認したが、燃料も少なく、視界も悪かったため目視には至っていない。
次に発艦する隊で、陸地の存在とその大きさを明確にしたかった。
「アプローチ2分前、第一機がアプローチに入ります」
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中央構造物の上部、艦橋の一階層上にある航空管制室。ここは第二艦橋とも呼ばれている。
着艦誘導員が無線を通じて、着艦する機に指示を出す。
「一機進入を許可する。100フィートまで降下、速度85ノットを維持」
不良な天候下での着艦誘導で、航空管制室には緊張が張り詰めていた。
「風、東から16ノット」
天候観測員が言った。
「コルフォースェア管制より一番機。風速が下がって16ノットだ。」
『一番機了解。降下安定、速度保持、進入続ける』
『LSOより一番機、右に逸れてる。舵を切れ』
『一番機了解』
航空管制室からは視界が悪く目視できないため、直前からの微調整は甲板から着艦信号士官が行う。
不足の事態を想像しながら無線に耳を傾けるが、雨に打たれる甲板を進む機体が現れ、安堵が漏れる。
『一番機着艦。』
二番機の場所を開けるため、甲板作業員が駆け寄って手押しする。
「二番機、進入を許可する。高度100フィート、速度90ノットを維持して200フィートまで接近しろ。」
『二番機了解』
二番機も問題なく着艦し、三番機も滑らかに着艦を完了させた。しかし、雨と風が次第に激しさを増していく。
このままでは後続の発艦は取り止めかもしれない。しかし、最後の一機の着艦だけは行わなくてはいけない。
「風速18ノットに上がった!」
「管制より四番機。18ノットだ、風が強い。一度高度を上げて再度アプローチを、」
『いや目前だ。このまま着艦する!』
「だめだ機首を上げろ!」
『LSOより四番機、機首が横向いてるぞ!』
航空管制室の着艦誘導員も、甲板の着艦信号士官も、一斉に指示を出すが、四番機は着艦を断行する。
『四番機!海に落ちるぞ右に切れ!』
この時四番機は、方向を保つため吹き荒れる風を相殺しようと、左に向けて舵をあてて、何とか直進を保っていた。
甲板の着艦信号士官から右に舵を切れとの指示で、さらに右へ舵を切る。
『踏ん張れ、あと30フィートだ!』
もう甲板まで10メートルを切っていた。
甲板が真下に来たら、すぐに機首を下げて早く車輪を接地させよう。そう考えていた。
しかし直後、四番機をこれまでとは逆向きの突風が襲った。
右から左に向かって吹く風を相殺しようと右に舵を切っていたわけであるから、左からの突風には乗る形となり大きく煽られる。
機首が大きく逸れる。
『だめだ!』
機体が大きく揺れ、右の車輪だけが甲板に接地する。するとコントロールを失った四番機は、右の車輪を軸に回転し、甲板の軸線上から逸れて滑り出す。
まだ速度を殺せていない。
『ブレーキ!!!』
『だめだ落ちる!』
着艦信号士官の怒号と四番機から悲鳴が、無線に木霊する。
「LSO、四番機は?!」
『海に落ちた!一機ダウン!』
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「おい落ちたぞっ、」
「一機ダウンです!」
発艦は無理か、と判断し指示を出そうとした時、後ろからの不穏な声々が思考を遮った。
「艦長!着艦四番機が右舷にドロップアウトです!」
「両舷強速取り舵いっぱい!」
「両舷強速、取り舵いっぱいよーそろ!」
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「艦隊司令、コルフォースェアが転進、守備位置を離れます。」
「なぜだ?陣を解けとは言ってないぞ」
「緊急回避行動です。一機、着艦に失敗したそうです。」
「なんだと?」
戦艦ロンブルムの艦橋にも、動揺が波及する。
艦隊司令は席を立ち、艦橋の後ろ側に回ってコルフォースェアを見ようとする。
「どうぞ」
渡された双眼鏡を覗くと、確かにコルフォースェアが進行方向を左に逸らしていた。
すると、コルフォースェアに隠れていた後ろの戦艦バルファロムも舵を右に切ったようで、コルフォースェアと同じように左にそれていく。
「はぁ、陣がめちゃくちゃだ。」
しかし仕方がなかった。空母コルフォースェアと戦艦バルファロムの行動は、脱落した艦上機に接触しないための措置で、これは陣形の守備位置から無断で離れることになろうとも、優先すべき行動だった。
「全艦、速度落とせ。両舷強速。」
「艦長、救助はどうなさいますか?この悪天候だとコルフォースェアでは危険ですよ。」
波が荒れている現状で、小回りの利かない大型艦艇で救助対象に近づけば、押しつぶしてしまいかねない。搭載する内火艇ではこの波には耐えられない。
「駆逐艦か巡洋艦で救助しろ」
「一番近いのはレイモンとプエリスです。」
「その二隻をすぐに向かわせろ。残骸の回収は、、、状況次第か。人命が最優先だ、急いで捜索しろ」
輪形陣の中で、脱落地点から守備位置が近い駆逐艦レイモンと巡洋艦プエリスが救助に向かう。
陣形は大きく乱れていた。




