第一話・日砺(日本レンツ)戦争開戦
【西暦2042年 8月20日 夕方‐‐‐西太平洋上】
沖ノ鳥島から離脱して最大戦速で北西へ、沖縄県へ向かう国防海軍の第二即応起動艦隊隷下、第104即応戦隊所属の5隻。すでに70kmは離れ、もう十分にその射程から離れたことだろう。
おそらく沖ノ鳥島にいるレンツ海軍の戦艦は、その能力が地球史における合衆国海軍のアリゾナ級戦艦に相当するものと思われる。
最大射程という話になればそれ以上であるが、有視界戦闘において理想的な敵との相対距離は、良好な視界状況でもせいぜい20km前後だ。これ以上ともなると偏差射撃が難しく、その射撃の意味が牽制を目的としたものへ変化する。
「指令、DSがレンツ軍を捕捉しました。」
「まだ動こうとしてないみたいだな」
既に、日本国は沖ノ鳥島沖に展開するレンツ海軍を敵性勢力と断定し、石橋 内閣総理大臣がこの勢力に対する攻撃行為を許可した。
直ちに国防省が下したのは、その撃滅である。
「おがさわらも退避した頃だろう。始めるか、」
後世で語られる日砺戦争。その最初の戦いは、日本以外の誰もが夢にも思わなかった結果となる。
列強国の、それも列強海軍である帝国海軍。相対するのは成り上がりの、新興列強国の属国が擁する海軍組織。レンツが負けるはずがない。またレンツがその版図を広げるのかと、誰もがこう思った事だろう。
「FFM3隻は対空、対潜警戒。いなづま、きぬを対象に、艦隊、対水上戦闘用意。」
ミサイル護衛艦きぬの戦闘指揮所で発せられた指示は、アラーム音を伴ってすぐさま5隻を駆け巡る。
「対水上戦闘用意よし!」
対水上戦闘に要する火器、システム。その準備が即座に完了する。
「対水上戦闘、目標敵巡洋艦、発射弾数49SSM2発。F6、U6Tポイント設定、」
火器と目標を設定が済めば、後は発射ボタンを押すだけだ。
「49SSM2発、Tポイント F6、U6、発射用意よし」
「49SSM、攻撃はじめ!」
まず攻撃を行ったのは、ミサイル護衛艦きぬだ。
艦中部、煙突のそばにおかれた筒。長方形の細長い4本の筒をひとまとめにして斜めに置かれたそれは、17式SSM4連装発射筒。
収められた49式艦対艦誘導弾は、白煙を噴き出して轟轟と北東の空へと飛び出していく。
10分後には、後を追うようにミサイル駆逐艦いなづまからも同じものが飛び出して行く。それは10分前とは違い、南東の空へ消えていった。
__________
【新生歴1948年 8月20日 夕方−−−西ナマール海 洋上】
「潜水艦は見つかったか?」
放棄された日本艦が轟沈した直後、沖ノ鳥島に展開するレンツ海軍は、それが擁す駆逐艦2隻をかけて潜水艦を捜索していた。
「やはり魚雷ではなく自爆だったのではないでしょうか?」
「いいや、あれはきっと魚雷だ。主砲はあんなに小口径だ、載せてる弾薬を誘爆させただけであの規模の爆発はそうそう起きまい。」
戦艦エッシュの艦橋ではそのような会話が繰り広げられていた。
日本の環礁島に座礁した友軍の巡洋艦ベリモー。このサルベージ作業が今まさに始められようとしていたその時だった。
サルベージ船第3コードル号が環礁島に接近して、サルベージ作業に必要な環境、主に水深を調べている最中である。
「敵航空戦力を視認!」
誰がそう叫んだのだろうか、この報告はすぐさま旗艦戦艦エッシュに届いたが、その時にはもう遅かった。
第3コードル号の付近で警戒に当たる巡洋艦ダウムにそれは襲い掛かる。
北の空から猛スピードで飛来する2本の白煙が、速度をそのままに突っ込んだ。
「なんだ!」
日本艦の時の比では無い爆発は、即座に巡洋艦ダウムを黒煙に包み、その船体を炎が蝕む。
「ダメコンっ、間に合いません!轟沈です!」
「対空戦闘用意!対空警戒を厳にっ!敵は‐‐‐」
北から来るぞ。そう言った直後であった。
艦橋の窓を通して、3本目、4本目が、不快な音を響かせて飛来する。それは西の空からやってきた。
「囲まれてるのか!?」
巡洋艦ダウムの後を追ったのは、駆逐艦アーセリアと駆逐艦ノースであった。
「アーセリア、ノース轟沈です!」
日本の環礁島に展開する自軍は、民間船舶であるサルベージ船コードル号と自艦、戦艦エッシュを、そして成すすべなく無残に敗れ去った3隻の残骸を残して消滅した。
この間、10分にも満たない。
「日本海軍より入電!『貴艦隊の行動に対して、我々は持ちうる手段の一端を持ってこれを排除した。次の目標は戦艦である。直ちに当海域より離脱せよ。これが最後の警告である。‐‐‐』」
「発信元の特定は?!」
「判断できません!」
レンツ海軍が使用している方向探知装置の仕組みはこのようなものだ。一定間隔で並べた受信装置のデータを照らし合わせ、同一の電波において、どの場所に置かれた受信装置が最も早く受信したか、最も強く受信したか。これによって電波の方向を測定する。
だがこの時受信した電波は、すべての受信装置において、電波の受信時間と強度が同一であった。
「‐‐‐続きます、『撤退の意思の有無は、我々が攻撃した貴艦隊の艦船乗員の人命救助後の行動でもって判断する。』」
__________
【西暦2042年 8月20日 夕方‐‐‐西太平洋上】
「2発もいらなかったかもしれないな。」
「それにしても、DSの電波を傍受できないとは助かりました。」
DSとは勿論ゲーム機などではない。DS−01/SS警戒偵察機という国防海軍の無人機の一つだ。
今ミサイル護衛艦きぬの戦闘指揮所で、彼らが見ている上空からの映像はこれがもたらすものだ。
その後は粛々と事態は収束へ向かい、レンツ海軍の戦艦は人命救助を夜まで続け、サルベージ船とともに的針をヨルド諸島方面へ定め去っていった。
小笠原危機から発展した沖ノ鳥島沖海戦。それはここ惑星ナダムにおいて大陸戦争以来初めてとなる、列強海軍の敗北で幕を閉じた。
列強軍が、それも列強国の軍事組織が敗北を喫したという事実は、世界に驚きを持って伝えられた。
「列強軍敗れり 日本艦隊レンツを討つ」
日本国が世界に名を馳せる一報目の紙面は、このような題で世界中に報道された。
__________
【新生歴1948年 8月21日 未明−−−レンツ帝国帝都パルメッツ 大統領官邸】
昨日の深夜から続く、ユト政策に関する討議。これはたった今、日付を超えてまとまりつつあった。
それはユト大陸での政策におけるものである。
「ロブロセンの帝国軍は現在ビーアを包囲し、制圧も時間の問題です。ただ、反乱軍は首都をビーアから800km後方のムンヘへ遷都したとの情報もあります。」
「一体いつになったらキルガーとドルガンを殺せるんだ?」
大統領は、カムラ国際会議のボルボ橋事件の首謀であるキルガー革命隊と、その支援組織であるロブロセン共和国。それぞれの首長の名を上げて、軍事大臣に尋ねる。
ボルボ橋事件からは半年以上、レンツ帝国のロブロセン王国駐留軍が反乱軍に攻撃を開始してから一か月弱が過ぎた。
当初の予定ではロブロセンの反乱軍支配地域に対する進攻
しかし実際に越境してみたらどうだろうか。3週間がたった今でもまだ、敵の首都を占領出来てはいない。
「列強の影があります。フリトやペンゴ、もしかしたらセリトリムもいるかもしれません。後方は盤石なようで兵站線は綿密で段列も厚く、対する我々は短期決戦を想定した作戦で兵站が限界に近づいています。東進航路が使えない以上はナマール海からの輸送となりますが、‐‐‐」
西側にナマール海が面するレンツ帝国は、ガランティルス大陸の西部地域に位置している。
ユト大陸に向かうのに、より早く行き来が可能なペント・ゴール帝国やセリトリム聖悠連合皇国の下を東進する航路は、情勢を鑑みて大々的には使用できない。
だから反対にヨルド諸島を経由してナマール海を渡る航路を通るというわけだ。しかし、ここでさらにその兵站線を脅かす存在が現れたのだ。
ロベルト・ルイスの後任が切り込んだ提言を行う。
「こうなった以上、日本を早く潰してしまったほうが得策です。巡洋艦の返還にも応じませんでしたし、宣戦布告を行って侵攻してもいいではないでしょうか。」
日本国はフリト帝政国に対する前哨基地、緩衝地帯として、そしてユト大陸とヨルド諸島の間の中継地点として、実に理想的な戦略的要所といえる。
フリト帝政国に対する宣戦の布告が決まっている今、その衛星国に対する武力攻撃などもはや足踏みする理由などない。
「そうだな。‐‐‐」
日本国に対する宣戦の布告を宣言しよう。そう言いかけた時、新たな報告が上がる。
「大統領、報告があります。‐‐‐」
若干の焦燥感を漂わせながら、軍事大臣は耳打ちされながら渡された紙切れの内容を報告する。部下からの報告に、本人も困惑している様子だ。
「‐‐‐日本の環礁島に展開していた海軍部隊が、たった今、日本側と交戦状態に入ったようなのですが、その、わが方の3隻が撃沈されたと、」
「なに?」
軍事大臣の焦燥感は、大統領と外務大臣にも伝播する。
戦艦を中核とした3隻の巡洋艦、駆逐艦、そしてサルベージ船が構成する日本派遣艦隊が日本に敗れた。
レンツ帝国の海軍は列強軍だ。同じ列強軍でなくとも、列強国の軍事組織が相手ならまだ理解出来よう。しかし相手は新興国の軍隊だ。
「本当に言っているのか?」
列強国の、しかも列強軍が、新興国と戦い敗れる。これは信じられない事であり、そしてそれ以上に認めてはならない事である。
「敵は?戦艦か?」
「いえ、それが交戦状態に入る前に、日本海軍の部隊は海域から離脱しており、恐らく潜水艦による攻撃を受けたものと思われます。」
「フリトめ、予想以上に日本に肩入れしているらしいな。」
怒り心頭といった様子で独り言を発する大統領は、すぐに指示を飛ばす。
「日本に対する宣戦布告を、皇帝陛下に上申する。」
日本国とは国交が無く、フリト帝政国の衛星国であるため、レンツ帝国は日本を国として認めているわけではない。よって宣戦の布告をせずともさして問題にはならない。
だがフリト帝政国が潜水艦を用いて攻撃に参加したのだから、もう配慮など必要ない。
お久しぶりです、[虎石_こせき]です。
早速ですが、新生歴1948年、、、?
元々は地球とは別の惑星であることを、そして地球史よりも技術発展が早かったことを強調するために1358年~始めた物語でした。ですが年数に引っ張られて技術力のイメージが冷戦初期からより過去に引っ張られてしまいますよね。書いていてもそうなります(笑)
ですので理解しやすいように、今までの新生歴に+588年してこの年数に変更しました。一応既存話のすべても変更しております。漏れがあれば、申し訳ありません。指摘していただければ修正いたします。
新生歴1946=これまでの新生歴1358年。新生歴1948年=西暦2042年=遷怜10年です。
それからネタバレ注意のプロローグは、NHKの「映像の世紀」をモデルにしてます。パリ廃墟命令のBGMと共にどうぞ。ちょっと書きたくなっただけですので、今後も章のプロローグをあの形式で書くかどうかはわかりません。




