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第十話・武力攻撃事態と認む

【西暦2042年 8月20日 昼前−−−日本国東京都小笠原諸島 沖ノ鳥島より東4km地点 西太平洋上】


一方、時を同じくしてミサイル巡洋艦かすがでは、最後まで残った乗員らが、この艦での最後の任務を完遂すべく戦闘指揮所に詰めていた。


いつくしま型ミサイル巡洋艦6番艦−かすが/MCS−217、最後の任務はいたって単純である。


ただ一つのボタンを押すだけだ。他には何も無い。


ただそれだけの動作であるが、隊員たちは最後の時間を惜しむように、訓練通り、戦闘教義の通りに、この場では不必要な行動を忠実に実行に移した。


退艦までの限られた時間を少しでも伸ばそうと足掻いているようだった。


「対潜戦闘用意」


艦長の寂しい声が響く。


「対潜戦闘用意」


どこか心許ない復唱とともに、アラームが鳴り響く。しかし戦闘指揮所にいるもの以外で、配置に就くものはいない。


324mm 3連装短魚雷発射管も、MK.57 VLS/噴進弾垂直発射システムに収まる対潜ミサイルもそのままで、動くことは無い。


「対潜戦闘、用意よし!」


「アクティブ捜索はじめ」


攻撃指揮官の指示を復唱して、ついに最後の号令が発せられた。


「ASC、アクティブ捜索はじめ、」


これが与えられた最後の任務である。


「みんな、ご苦労だった。では、総員退艦!」

__________


【西暦2042年 8月20日 昼過ぎ‐‐‐日本国東京都小笠原諸島 沖ノ鳥島より南東8km地点 西太平洋 水深500m地点】


深い海の中で、じっとその身をひそめる鉄塊がいた。この場所で待機し始めてから29時間以上が経った今、ついに行動を起こそうと準備を始める。


水中では電波通信ができないと、このようにいわれる。だが実際には、減衰が激しいためにこれまで実用に向かなかったという話だ。よって電波通信自体は可能なのだ。


しかし前述の通り電波の減衰が激しいために範囲が限られる。


ではどうすればよいか。


国防海軍では無人潜水艇を用いた、このような運用が存在する。


水上艦艇をプラットフォームとして、有線やプログラムを用いた無人潜水艇を接近させて、至近距離で電波通信を行うものである。使用する無人艇によっては、電波ではなく超音波を用いる場合もある。


これによってミサイル護衛艦せきの無人潜水艇よりもたらされた情報は、驚くべきものであった。


「一番管魚雷戦よーい。」


「一番管、魚雷戦用意!一番管魚雷戦用意よし!」


指示に従い、魚雷戦を開始したのは国防海軍の潜水艦、[いず型原子力潜水艦4番艦‐おがさわら/SSN‐905]であった。


この潜水艦が目標とする水上艦艇。それは


「これより巡洋艦かすがの自沈措置を実施する。‐‐‐」


電波による通信はほとんどの場合が、隠密性を欠く限られた状況でしか不可能である。これは電波通信でも超音波通信でも同じことだ。


加えて現在、ミサイル巡洋艦かすがはエンジンを停止して海上に漂っている状態だ。そして周囲にはレンツ海軍の艦艇がおり、これを正確に判別しなければならない。


だがこの問題は解決している。


「‐‐‐かすがはアクティブソーナーを発信している。これを有線誘導で正確に判別して、命中させる。絶対にレンツ艦に命中させることが無いよう留意せよ」


「一番管発射はじめ」


日本国転移等一連の特異的不明事案の発生後、公式上二度目となる武力行使が始まった。


その目標は、いつくしま型ミサイル巡洋艦6番艦−かすが/MCS−217。日本国国防省 国防海軍に帰属する軍艦であった。

__________


【新生歴1948年 8月20日 昼過ぎ−−−西ナマール海 洋上】


「日本艦隊、撤退して行きます!」


戦艦エッシュの艦橋にどよめきが広がる。


これまで対峙していた日本艦隊が転進し撤退していく。さらに驚きなのが、艦首の抉り取られた、大破した軍艦一隻をそのままに姿を消そうとしている点だった。


「トラップかもしれません。鹵獲しますか?」


その可能性は十分にある。そのためむやみやたらと手をつけることはできない。


そうだ。当初の目的は座礁した巡洋艦ベリモーの回収である。ならば日本艦隊が去ったこの時点で、レンツ海軍側は目的を果たすことができる。これは戦略的な勝利に他ならない。


「日本の艦はベリモーの後だ。自爆するやもしれん。なるべく近づかないように伝えろ。」


まもなく任務が終わる。加えて謎の多い日本国の軍籍船舶、それも戦闘艦艇が手に入るかもしれない状況。あまりにも美酒にすぎる。


あれほどまでに粘着した日本艦隊があっさりと撤退したのも不自然だ。


とそんな疑問が過る思考を、下士官がさえぎった。


「日本艦隊より入電」


「読め」


「『貴艦隊は我が国の領域を侵し、再三の警告にも従う意思を見せない。わが軍の航空機に対しての武力攻撃と、わが軍の艦艇に対する意図的な衝突は、明瞭な侵略的行為であり、我が国はこれらの戦争行為に対して、武力行使を用いたあらゆる措置を講じる準備がある。


直ちに当海域より撤退せよ。日本国は、武力行使を含めた、あらゆる手段を持って必要な措置を講ずる準備がある。』」


日本国は未知の存在だ。フリト帝政国の属国というだけでは説明できないようなことがこれまでに何度もあった。


第一、このような状況で突然、それも軍艦一隻を明け渡す覚悟を持って撤退するなどありえないのだ。


考えたくはないが、何か大きなしっぺ返しをくらう予感が拭えない。そもそも、日本艦隊が置き去りにした軍艦から探信音が発せられているという時点で、何かあるはずだ。


ブラフだ。そう言いかけたとき、放棄された日本艦がふわりと浮いた。


「艦長!日本艦が爆発しました!」


10km弱先に佇む無人の軍艦。それは最後の時を迎えようとしていた。


日本艦が瞬間的に、1メートル程押し上げられたように浮き上がると、直後巨大な水柱と、水面の波紋が垂直に、水平に広がり、その衝撃を物語る。


爆発音が遅れて届くころには、日本艦の艦首と艦尾が両方とも、若干上を向いている。竜骨が折れたのだろう。


自爆か、それとも魚雷攻撃か、判断仕切れない。


「日本が潜水艦を持っているなんてありえんが、、、弾薬にでも誘爆させたのか?」


潜水艦を国軍で実用化している国は列強国の海軍組織、帝国海軍(レンツ帝国)帝国海軍(ペント・ゴール帝国)帝政国海軍(フリト帝政国)皇命(セリトリム)海軍(聖悠連合皇国)、そして帰属国家は列強国ではないが、列強軍に類されるルジェニスタ国防海軍(ルジェニスタ共和国)、他にはタール・ニ(タール・ニ)・バエア海軍(・バエア)の6ヵ国のみだ。


そのため日本国などが持っているとは考えにくかった。


「艦長、日本艦のソーナーが止まりました。」


日本艦が非常に強いソーナーを発していたことで、こちら側のソーナーが十分に使用できなかった。加えて、この地域の海洋地形については無知だ。ソーナーの音響とは、海の地形はもちろん、潮の流れや塩分濃度にも大きく左右される。


「よし、アクティブソーナーで潜水艦を探せ。」


日本海軍に潜水艦がなくとも、フリト海軍のものがいるかもしれない。そう思い至ったのは指示を出した後だった。


どうやらいろいろと考えていたせいで大事な部分を見落としていたらしい。


「日本艦が沈みきらないことには無理です、艦長」


ソーナーで妨害している隙に自沈させて、さらにその沈没音で音を乱す。重ねて、未だ潜水艦の存在に確証を持てていない。なんと巧妙なことか、


「はめられたな。」


黒煙をあげながら沈みゆく日本艦を眺める艦長は、しばらく考えてから指示を出す。


「こっちも対抗措置を取ろうじゃないか。」


元々、今回における日本国との戦闘は絶対的に制限されたものではない。


「砲撃戦の用意だ。」


「艦長、戦闘はなるべく避けろとの指示ですが?」


「あぁ。だが禁止されているわけじゃない。そうだな?それに、我々はすでに回転翼機を撃墜している。」


「わかりました。目標はどちらに?日本艦隊はもうすぐ射程外ですが」


「あれだ、」


人差し指の先には日本の環礁島があった。


「我々も鹵獲を防ぐためにベリモーを自沈させよう。()()()()()()、‐‐‐」


艦長は語気を強めて、付け加える。


「‐‐‐これは私の()()だがね、きっと誤射をするだろうな。不本意ながら弾はベリモーではなく、環礁島の構造物に着弾してしまうだろう。」


私の()()は当たるんだ。艦長がそう締めくくった発言の意図は、正確に汲み取られる。

__________


【西暦2042年 8月20日 昼過ぎ−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地 政令指定特別区域 首相官邸地階 第二会議室】


日本国東京都小笠原諸島沖ノ鳥島。ここには6つの人口構造物がある。


一つ、北小島。

二つ、東小島。

三つ、観測所基盤。

四つ、旧観測施設。

五つ、観測施設。

六つ、沖ノ鳥島港 複合海洋開発拠点


北小島と東小島は、露岩をコンクリートで固め守る、沖ノ鳥島の象徴的な構造物だ。観測所基盤も、似たような人工物であり特に何かがあるわけではない、コンクリートの塊だ。


観測施設とは、海から伸びる四本の柱に支えられた観測施設である。沖ノ鳥島灯台もここに設置されている。旧観測施設は観測施設の前身で、現在では支柱のみが残され撤去されている。


最後の沖ノ鳥島港 複合海洋開発拠点とは、当初の計画から遅れること2年。2029年に完成した港湾施設である。


ここには大型船舶の係留能力の他、観測施設を補完する環境観測設備などを有し、国防や海底資源開発の拠点としても活用されている。


そんな沖ノ鳥島の構造物群は今、危機にさらされている。


「レンツ戦艦が沖ノ鳥島に対する艦砲射撃を開始しました!」


国防省のリエゾン職員が避けんだのは、もはやどう足掻いても避けることのできない武力攻撃事態という非情な事実であった。


沖ノ鳥島における情勢を踏まえた今後の国防・外交指針について議論を交わしていた閣僚らの意識は、そんなものを放り出してモニターの一点に集中した。


映るのは国防省本庁舎を介した沖ノ鳥島を映す映像だ。


映像に映る沖ノ鳥島は、その南側が変貌を遂げていた。水没したサンゴ礁の影には、その地点だけに不自然に起こさた白波とともに、クレーターのような影が確認できる。


それも一つだけではない。数えれば7つ。


そして最も変化していたのは沖ノ鳥島港 複合海洋開発拠点である。海面を浮遊物と白波に囲まれたそれは、黒煙を上げながら支柱だけを残して崩壊していた。


工期、工費ともにかさみ続けて、18年の歳月をかけ794億円を投じた施設が、今その姿を漂流物へと変えつつある。


言葉が出なかった。まさかここまでされるとは予想していなかった。


「総理、承認をお願いします」


朝比奈 国防大臣は石橋 内閣総理大臣に訴える。もはや考える時間はない。今すぐに対応を取らなければ、手遅れになるものが増えることは明白だ。


これ以上後手に回ることは許されない。


「現時刻をもって我が国が武力攻撃事態にあることを認定し、必要な措置を講ずるものとします。これより国防レベルを2に引き上げ、防衛出動を発します。同時にレンツ軍に対する攻撃行為を許可し、国会の承認は事後とします」


安全保障に係る関係省庁の段階的な態勢に関する法律(遷怜元年法律第百八十九号)第八条のニ、そして国防軍設置法(昭和二十九年法律第百六十五号の改正)第六章 国防軍の行動 第九十条。これらに定められた措置とはつまり、正式に戦争状態を認めるものである。


日本国にとって二度目となる戦争が、その幕を開けた瞬間であった。


遷怜10年(西暦2042年)8月20日。その14時48分である。

こんにちは![虎石_こせき]です!!!第四章完結です!


第五章からはついに戦争です。ようやくです、長かった。。。

このジャンルで日本が戦争に至るまでに、21万文字使った作品が他にあるでしょうか(笑)


日本特事後、2度目となる国防軍の武力行使は潜水艦による魚雷攻撃でした。

2040年6月20日の国防空軍小松基地無人戦闘機暴走事故(間章・国内情勢 第九話 参照)に続いて、今回も友軍が目標とはなんと皮肉なことでしょうか。^^

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