第三話・緊急会談
【新生歴1946年 6月24日 深夜|フリト帝政国より南東500km地点 洋上】
アドレヌ大陸の東部海岸に位置する帝政国海軍の中で最も規模の大きい海軍基地、それが "オール・シャンロス海軍基地" だ。
この基地から出港した訓練艦隊は今、日本国本土の捜索のために当初の訓練計画から大幅に変更された航路を進んでいる。しかし艦隊の編成に関しては当初の予定のまま変更されておらず、その内訳は小型空母1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦が4隻である。
そんな艦隊の旗艦である "クワ級小型航空母艦3番艦クワ・アルミス" では、甲板には夜間発着艦・夜間飛行訓練と題した艦載機、"Ds−29艦載戦闘機" や "PA−2艦載偵察機" たちがエンジンを回し待機している。艦橋では艦長や艦隊長官といった高官らがその様子を眺めながら、日本という国について考えていた。
「艦長、もうすぐで日本国のEEZ境界線と目される地点です」
オール・シャンロス海軍基地を出港して8時間が経過し、艦隊はこの世界の基準で日本国の排他的経済水域の境界線と目される地点まで来ていた。
「すでにこちらは哨戒網の中であろう。艦長、警戒を厳に」
「はい長官」
一部例外があるものの、排他的経済水域は基本的には各国共に沿岸から410kmまで、そこに含まれる領海も沿岸から40kmと定められている。
「了解。艦載機発艦よろし」
後ろの方で有線の艦内電話の受話器を耳に当てる下士官の言葉が耳に入る。するとそれを聞いた艦長席に座る艦隊長官と、そばに立っている艦長は窓の外に広がる甲板へと視線を落とす。
まず最初に上がったのは単発エンジンを搭載した小型機、"PA−2艦載偵察機" だ。旧式の艦載戦闘機を改良し、武装を減らして航続距離と巡航速度の向上させた。レーダーや大型の無線機類を搭載した、戦闘には不向きだが名前にある通り偵察や索敵に特化した機種だった。
続け様にPA−2よりも一回り程度大きい同じく単発機、"Ds−29艦載戦闘機" も甲板を飛び立ち、夜の空へと溶け込んでいく。
「長官、我々が探している国が海軍の戦爆を墜したというのは本当なんでしょうか?」
「不安かね?」
「いえそんなことは。ただ最近はニュースもあまり良いものを聞きませんし、日本という国が覇権主義を謳うなら、それだけでも辛うじて保っている表面的な平和が崩れかねません。」
「君の弟は陸さんだったな?」
「はい。コス平野に進駐した部隊にいます。」
コス平野とは、フリト帝政国が長年エルトラード皇国と領有権を主張し合っていた係争地である。エルトラード皇国内でクーデターが発生した際、その隙をついて帝政国陸軍が進駐し実効支配を果たした土地だ。
「コス平野か、確か29旅団だったかな?」
「はい、第29旅団隷下の309歩連です」
コス平野に進駐した第29旅団は二個歩兵連隊と一個砲兵大隊を基幹とした部隊であり、ここに属する第309歩兵連隊に艦長の弟が着任していた。
「まぁ、例え奇襲に遭おうともそう易々と壊滅するような部隊でもあるまいて」
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【西暦2040年 6月25日 昼前|日本国石川県 国防空軍小松航空基地】
この日の未明、国防省富士裾野統合基地にて国防宇宙作戦隊第四宇宙作戦団第2軌道衛星試験大隊が、打ち上げたばかりの小型衛星でフリト帝政国海軍籍と思われる艦隊を発見した。
とは言いつつも軌道上に乗せることが出来ず、すぐに燃え尽きると計算されている。
航空無線では周波数帯が判明し、フリト帝政国とやりとりができる。しかし未だ船舶無線の方はフリト帝政国とのやりとりが可能な周波数帯がわからないでいた。
当初はその艦隊と、洋上監視命令を受けて出航した国防海軍第二地方支援艦隊第4海防隊との間で意思疎通が図れないでいた。しかし洋上監視を続けていると、その艦隊の航空母艦らしき大型艦艇から艦載機が発艦したのだ。
航空無線を通してその艦隊との無線通信を行うことができた、そして数時間後の現在。
「お取次、感謝します。帝政国外務省のマルティン・フィードラーです」
「初めまして、日本国外務省の森本 直樹です。それで今回はどのような要件でいらしたのでしょうか?」
「はい。今回きたのは、貴国の軍隊に攻撃された我が国海軍の航空機について、その賠償及び謝罪、そして捕虜引き渡し等の要求に関するものです」
「なるほど、そうでしたか。まず最初に、我が国は未だ貴国と国交を有しておりません。また我が国は公正な手順に従って領空侵犯に対する対策を講じた結果である事をご留意いただきたい」
「我が国に対する日本からの賠償と謝罪はあり得ないと?」
「意思決定の最中ですが、できる限りの補填を考えております」
「では捕虜の引き渡しに関してはどのようなお考えをお持ちか、教えていただきたい」
「現在我が国の医療施設にて、貴国の生存者一名を治療しています」
「一人、そうですか。彼の名前を教えていただきたい」
森本 外交官は、手元に置いていたタブレットを持ちあげ、PDF形式の報告書を開く。正面に座るフィードラー 外交官は、見たことのないその板を眺めていた。
「フリト帝政国海軍航空隊の第209戦術航空団所属、カール・ローゼンさん、階級は大尉、29歳男性。彼で間違いないですか?」
そういうと、森本 直樹外交官はカール・ローゼン海軍大尉の顔写真が映ったタブレットの画面を見せる。
「間違いありません。では他の兵士の遺体はありますか?」
「残念ながら御遺体は発見できておりません」
「わかりました。ローゼン大尉の身柄に関しては、貴国の外交団が来国する際、同時に引き取りをしたいと考えています」
「我々も同じ意見です」
どうやら最初の障害は乗り越えることができたようだ。
「では次に、国交樹立に向けた外交会談の日程に関してよろしいですか?」
その後、国交樹立に向けた外交会談の日程調整や、無線通信の周波数の共有などを行い、この日は対立も無く無事に終わった。
この日、沿岸から目視可能な距離にまで近づいたフリト帝政国籍の艦艇群は、インターネットを通し全国へ広まった。そして同日の夜、内閣官房長官による記者会見によって、フリト帝政国と言う国家の存在と、国交樹立に向けた動きがあることが発表された。
ちなみに、当然であるが先日のフリト帝政国海軍籍の航空機による領空侵犯とそれに伴う撃墜措置に関しては公表されることはなかった。