第八話・撃墜
【西暦2042年 8月20日 昼前−−−日本国東京都小笠原諸島 沖ノ鳥島より東3km地点 西太平洋上】
艦首から向かって艦橋下部までが削り取られたミサイル巡洋艦。周囲に残骸を漂わせるその艦には、オレンジ色の救命胴衣を着た隊員たちが忙しなく動き回り、応急処置に励んでいた。
ミサイル巡洋艦かすがの操縦室。応急指揮所を兼ねた、計器類がびっしりと埋め尽くすこの部屋には、自艦を模した断面図のパネルがある。
そのパネルは、艦首から全体の1/3程が真っ赤に光っていた。異常箇所があれば、対応した場所が発光してそれを示す応急監視制御盤と呼ばれる設備である。
そんな赤く発光している応急監視制御盤の中で、みなが最も警戒しているのが前甲板直下の区画である。主砲として装備された54口径127mm単装速射砲の弾薬室が置かれた場所だ。
「VTが1発、落下しました。それと弾薬室の空調が動かないと。破口から外気が入ってきているそうです。」
初動のダメージコントロールを済ませ、今は艦内の状況整理が行われている。艦長は艦橋の艦長席で報告を受けていた。
「今、気温と湿度、どうだったか?」
「はい。気温30度、湿度は75パーセントです。」
「湿度が怖いな」
弾薬、というよりは火薬であるが、その保存状態は高温多湿を避けなければならない。国防海軍では、具体的に38℃以下で湿度は80%以下を保たねばならないという基準がある。
そのため20世紀の初頭、戦間期の大型艦艇から始まり現在に至るまで、軍艦の弾薬庫、弾薬室には冷却設備や除湿機が設置されている。
「幸い雨が降る予報はありません」
「だが、戻ったらほとんど返納になるだろうな。曳航の準備は?」
艦首が抉り取られたミサイル巡洋艦かすがは、最低限のダメージコントロールを済ませ、総員退艦することとなった。
ミサイル護衛艦きぬが乗員の収容を行って曳航し、沖縄県のホワイト・ビーチ地区へ向かうことになっている。
そこからは不確かだが、佐世保基地か横須賀基地に向かい、ドッグ入りを待って沖に係留されるといった流れだろうか。
「艦長、艦内各部、点検完了しました。」
「よし、航行試してみるか。」
今回のような船体の一部喪失でなくても、破口があればその時点で満足な航行は不可能だ。出せる速力は良くて本来の強速程度だろうか、やってみないことにはわからない。
普通の応急であれば木材で破口を補強するが、今回の場合は破口ではなくそもそも船体が一部消失している。そのため応急は水密扉の閉鎖が主であった。
よって前部では多くの区画で浸水が発生し、心なしか艦が傾斜しているようにも思える。
それほどまでの被害にもかかわらず、幸いに火災が発生することはなかった。しかし電気系統の多くに障害が発生している。
「舵輪と液晶は動きません」
国防海軍が運用する艦艇には、艦橋での操舵は舵輪とボタン式の2種類がある。そしてより新しい艦艇であれば、このボタンが物理的なものではなく液晶画面での操作となる。
両方とも、その操作を艦尾の舵機室を通して舵に伝えるのは電気信号だ。
「切れてるか、、、直接操舵しかないがマイクは?」
「艦内電話もノイズ不通があって、まともに使えるかどうかわかりません。」
「なんでも機械化省人化すればいいってものじゃないな。」
とにかく、一触即発の緊張状態にあるこの海域から少しでも離れたい。
現在は国防海軍の4隻が、ミサイル護衛艦きぬ、ミサイル駆逐艦いなづま、多用途護衛艦なるせ、多用途護衛艦こよし、多用途護衛艦おんがの5隻は停船中のミサイル巡洋艦5隻を守るような動きをとっている。
相対するレンツ海軍には、これは脅威たり得ないだろうが非武装のサルベージ船、2隻の駆逐艦、1隻の巡洋艦と戦艦がいる。
「3分隊が電気線張り終えるまで待つしかないか。」
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【新生歴1948年 8月20日 昼前−−−西ナマール海 洋上】
「あんなに脆いのか?」
「高速性能を優先した結果でしょうか、」
事態を離れて俯瞰していたトウファー級戦艦4番艦エッシュ。ここで下される判断が、状況を大きく左右させる。
「ダウムの被害は?」
日本海軍の軍艦と衝突し、大破させたのだ。巡洋艦ダウムも無傷ではないだろう。
「艦首が少し変形しましたが、航行に支障はないとのことです。」
先日、レンツ海軍の駆逐艦がフリト海軍の軍艦と衝突した事件があったが、あの時はレンツ海軍の駆逐艦にも小さくない被害が出た。
それを考えれば今回の衝突は、とても看過できるものではないが結果論として一定の評価をして然るべきだろう。
実際、海上警察機構の艦船では船体をぶつける戦術を取ることは一般的だ。
「ダウムとアーセリアは環礁島付近で日本海軍に圧力をかけ続けろ。コードル号は一旦、当艦の後方まで下がってもらう。ノースで先導しろ」
戦艦エッシュと共に事態を見守っていた駆逐艦ノースは、指示通りに戦艦エッシュから離れて、緊張状態の中心で停船するサルベージ船第3コードル号へと向かう。
「コードルが引いたら、こうなっては致し方ない。攻撃も考える。ただし、私の言無しに撃つなと伝えろ。それから日本艦隊に打電だ」
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【西暦2042年 8月20日 昼前−−−日本国東京都小笠原諸島 沖ノ鳥島より東3km地点 西太平洋上】
ミサイル巡洋艦かすがが大破して一刻、レンツ海軍はそれまでの配置を転換し、停船していたサルベージ船がレンツ海軍の戦艦と合流した。
残るは駆逐艦と巡洋艦のみだ。
「艦長、エスエッチを上げて警告しましょう」
これまで散々と無線にて警告を行ってきたが、全く応答しないばかりか、向こうがこちらに向かって警告文を発してきた。
衝突は明瞭な攻撃の意思であり、我が軍の作戦行動に対する妨害を止め、拿捕状態にある座礁した巡洋艦を返還しろ。
とのことである。
「そうだな。近接してる2隻に警告させる、」
航空機即時待機命令は継続して発令されているため、いますぐに発艦が可能な状態だ。指示はすぐさま伝わり、搭載された哨戒ヘリSH−24Sはレンツ海軍の巡洋艦と駆逐艦へ接近する。
『This is japan navy. These waters belong to our sovereign territory. The actions of your fleet are in violation of the principle of innocent passage. Depart this area immediately.』
わずか300mの相対距離で眼下に2隻を捉えている。これほどまで接近することは普段ありえないが、度重なる越境や居座りに痺れを切らしているのだろうか。
『キヌLSO、当該艦艇からの応答無し−−−』
今回もこれまでと同様に、応答が無いまま20分ほど警告を繰り返してから着艦する。そうなるだろうと考えていた。
そんな甘い考えが、この後の惨事を招いた。
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『あFC受けてる!FC出てますえぇっと、、、Lバンです Lバンド!』
『えっ、Lバン?』
ただの対空用レーダーで発せられる電磁波などではない。その電磁波はFCS、火器管制レーダーから発せられる特徴を持ったもので、その中でも低周波の電磁波であった。
『あぁやばいね。一旦離れよ、一旦離れよて』
機首をミサイル駆逐艦きぬの方向へ向けようとする。と隊員の一人が叫んだ。
『砲指向!砲動いてます!』
もう遅かった。
火器管制レーダーからのレーダー照射。
この2年間なかった事であったために驚きはしたが、それ以前にはグレーゾン事態において何度も経験したことだ。
その経験が楽観を招き対応が遅れた。
即座に対応できていたならば、また違った結果となったのだろうか。いや、300mの距離にまで接近していては、どれだけ早く察知していても回避は難しかっただろう。
伸びてくる射線は、機体右側を、下部をと流れ、なんとか回避しているが時間の問題だろう。
機内には、煩わしい警告音に加わって、金属がぶつかるような音が連続して響き渡った。
『制御不能です!』
外の景色がぐるぐると目まぐるしく流れている。
テイルローターが破損して、メインローターによる回転を制御できなくなる。
ぐるぐると周りながら、哨戒ヘリSH−24Sは海へと落ちた。




