第六話・避航
【西暦2042年 8月20日 朝−−−日本国東京都小笠原諸島 沖ノ鳥島より東4km地点 西太平洋上】
「目標駆逐艦、まっすぐ向かってくる。」
一号型無人防空艇を2艇撃沈されたが、目標の巡洋艦の針路を変更させることに成功した。サルベージ船も停船している。
しかし前方を晒されたサルベージ船を放置するはずもない。今度は後方の駆逐艦と思しき艦艇が、停船したサルベージ船を追い抜いて巡洋艦かすがに向かってくる。
「目標巡洋艦、速力上げて転舵。本艦後方の占位を企図しているものと思われる。」
「目標駆逐艦さらに近接。」
先ごろ進路を変えたレンツ海軍の巡洋艦は、巡洋艦かすがの舷側を通り過ぎた後に速力をさらに上げて、大回りで面舵をとった。
そして、サルベージ船の左から現れた、駆逐艦と思しき艦艇はまっすぐ向かってくる。
「挟まれるな。」
しかし、ここで引くわけにはいかない。
フリト帝政国とは、ユト緊張やロブロセン内戦、ナマール海の海洋秩序に関してを2国間で協議した。
これは地球時代にアメリカ合衆国をはじめとして、アジア太平洋地域の秩序維持において多大な影響を与えかつ志を同じくする西側の国々と頻繁に行われた、いわゆる2+2の形態であった。
ここで確認された、レンツ帝国に共同して対抗する意思は、すぐさま実務者間での情報分析という形で現実となった。参加したのはフリト帝政国の軍務省憲兵隊情報本部、そして日本国の国防省国防情報局、外務省国際情報分析研究所であった。
この日本国フリト帝政国環西ナマール海協議にて、協議会は双方国政府に対してレンツ帝国には戦争を実施する経済的余裕は無いとの結論に至り、その旨を報告した。
「針路そのまま。−−−」
これらを鑑み、巡洋艦かすが艦長が考えた対応は、沖ノ鳥島への上陸を企図する敵性勢力に対して現状行える最大限の牽制を目的とした示威行為であった。
国防海軍が主として装備する敵性勢力に対する攻撃手段とは、この惑星の国々に対して有効な抑止力足りえない。
誘導弾の1発でも撃てれば状況は変わるのだろうが、たとえ命中させずとも直接的な手段を用いて緊張を激化させることは望んでいない。
「−−−接近する。」
__________
「針路そのまま。速力30ノットに増速。」
巡洋艦ダウムは避けてしまった。それは接近する自動推進無人船に対する攻撃を要したためであるが、相手はそれを前例として、次もこちら側が避けると考えていることも想定される。
「30ノット増速よーそろ」
「距離1000!」
駆逐艦アーセリアは針路を妨害する日本海軍の軍艦に対して強硬な姿勢を崩さずにいた。
「直前になれば針路を変えるはずだ。限界まで近づけ!」
駆逐艦アーセリア艦長の予想は的中しており、巡洋艦かすが艦長はそのつもりであった。
「距離500!」
相対距離は500m、互いに速力は30ktnほど出ている。相対距離が200mまで迫れば、いくらなんでも安全のために針路を変えるはずだ。
「距離300!」
艦橋の左側に置かれた艦長席で、緊張感を隠しきれない顔で汗を滲ませる男は、目前に迫る日本艦を睨む。
ここで一つ疑問を呈そう。
なぜ艦長席は左側にあるのか。
それは左側通行の原則という操船における国際慣習法というべき常識が存在するからである。ではこれはどういったものなのか。
左側通行の原則とはその名の通り、船舶がすれ違う際に、互いに舵を左に切って相手船を右手に見ながら回避するというものである。無論、軍民問わず適応され、座学においては操船の基本として序盤に学ばされる行為だ。
この原則に伴って、船舶はより迅速に前方の状況を把握するために、民間船舶であれば船長席が、軍艦であれば艦長席が、軍艦の艦隊行動であれば艦長が右側の席に移り、空いた左側の席には艦隊の司令長官や船体指揮官が腰を下ろすのだ。
「距離200!、、、180、、、150!」
「取り舵いっぱーい!回避する!」
駆逐艦アーセリア艦長は、溜まっていたものを一気に吐き出すかのように指示を飛ばす。緊張で強張った声は艦橋内によく響いた。
__________
「面舵いっぱーい!」
「おーもかーじいっぱーい」
ミサイル巡洋艦かすがでは時を全く同じくして。
戦闘指揮所から居場所を移した巡洋艦かすが艦長が、艦橋での自分の席、つまり艦橋右側に設置された艦長席から指示を出す。
「取り舵いっぱーい!」
ミサイル巡洋艦かすがは、右へ舵を切りレンツ海軍の駆逐艦と思しき艦艇の進行方向上から急いで避航するように動いた。
しかし。
「レンツ艦転舵!衝突コース!」
駆逐艦と思しき艦艇が、なんと面舵ではなく取舵をして目の前に迫ってくる。
「なっ!総員衝撃に備え!!!」
__________
【西暦2042年 8月20日 朝−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地 政令指定特別区域 首相官邸南棟2階 特別応接室】
首相官邸の地上構造物は、1階の共通部分の上に北棟と南棟が伸びる連棟構造の建築物である。
南棟は1階分、共通部の地上1階から数えて2階分の高さまでしかない。この棟には、宴会や食事会などに使用される大小二つのホールや特別応接室といった部屋があり、いわばもてなしのための棟である。
「−−−このような状況では、捜査も難しい。それに国連議会は日本の国内保護政策には非常に強い懸念を抱いている。みな自国民の権利が侵されることを恐れているのです。」
日本国転移等一連の特異的不明事案の後、日本国内に在する各国の大使館は、正統政府を名乗り臨時政府を樹立していた。
フランス共和国や英国、ドイツ連邦共和国など、各国の外交大使は臨時政府の首長を名乗り、無論それはアメリカ合衆国においても例外ではなかった。
「−−−これは地球人類の存続をかけた重要な問題です。旧来の国境という垣根を超越した新たな枠組である“地球人”として、共に手を取り合うことは非常に重要であると、これが一致した意見であるとお伝えしたい。」
そして、彼らは寄り集まって国際連合評議会という組織を立ち上げた。各国の外交館とその母国のように、地球での国際連合を正統に継承する組織とされている。
「合衆国や国連議会の協力には感謝してます。しかし、状況は依然として芳しくはありません。食糧やエネルギーの問題は増大するばかりで、治安も悪化し、外的な危機にも対処しなければならない。そんな中で人権を抑圧することになってでも、命を守るための必要な措置であると、この理解を是非ともお願いしたい。−−−」
無数に樹立された各国の臨時政府が最優先としたのが、日本国に在留していた自国民の保護である。これを保障するためには日本国との交渉において外交館、外交大使ではなく臨時の政府、臨時の首長としての立場で臨むことが望ましかった。
しかしそれは叶わず、北方政策が強行され、旧首都圏政府直轄開発地を中心とした国内における治安維持でも取り締まりがより厳しくなっている。
今年の9月に施行される秩序保全法(遷怜九年法律第六十八号)などは特に、外交人を中心として、他にも人権団体や国際連合評議会からの反対運動が激しい。
「−−−日本政府、日本人としてもこれ以上地球人の間で溝が深まることは望んでいません。」
日本人、そして残留外国人と在日米軍。この2者間の溝が大変に深く、時代錯誤の攘夷運動までもがその機運を見せようとしているのだ。
このような状況で、日本国内ではさらに旧首都圏政府直轄開発地の立入制限区域を拠点とする共産主義者、社会主義者、無政府主義者も活動を活発化させていた。
まさに、内外に核爆弾を抱えた国だ。
「えぇ。地球人として団結するには、何か共通の崇高な目的を据えなくてはならないのでしょうな。」
石橋 内閣総理大臣とジェバスィー 大統領の間にしばらくの沈黙が生まれる。
先に口を開いたのは石橋 内閣総理大臣の方であった。空気に耐えかねたわけではない。ジェバスィー 大統領が踏み込みきれずに黙っていただけだ。
「例えば、敵などですね」
石橋 内閣総理大臣が、ジェバスィー 大統領を見つめてそう発言した直後であった。ただやればいいとでも言わんばかりの返答を待たないノックと同時に、扉が開く。
何事かと不安を露わにするジェバスィー 大統領を尻目に、輿水 内閣総理大臣補佐官は石橋内閣総理大臣の耳元まで口を運ぶ。
入ってきたのは輿水 内閣総理大臣補佐官だけではなかった。輿水 内閣総理大臣補佐官に続いてゾロゾロと、黒いスーツに身を包んで、耳にインカムをかけたものたちがやってくる。
ジェバスィー 大統領と、壁際に立っていた護衛の国務省外交保安局の外交保安官は、その者たちが何者かをすぐに察した。
日本警備・安全保障局。祖国のシークレット・サービスに似た組織であり、内閣府の外局だ。
違法物品として銃火器が流通し始めた令和改革後、銃火器で武装した敵性勢力を想定しての合同要人警護訓練で、双方国の調整に勤しんだ記憶が蘇る。
輿水 内閣総理大臣補佐官が耳打ちを済ませると、石橋 内閣総理大臣を立ち上がらせて追い出すように、日警安保の職員は連れ去られるように、室外へと誘導した。
「ジェバスィー大統領。大変申し訳ありませんが、急を要する事案が発生したために面談を中止させていただきます。ロイド秘書官殿にはすでにお伝えしています、ロータリで車を用意してお待ちだそうです。わざわざ足をお運びいただいた上での非礼、申し訳ありません。」
「元々無理を言ってこの場を用意してもらったのは我々です。こちらこそ貴重なお時間を割いていただき感謝します。急を要する事案とはつまり、沖ノ鳥島の件では?」
無論、若干の報道管制が敷かれているもののレンツ帝国との沖ノ鳥島における緊張状態は報道されている。
この件を第三者として初めて知ったのは、報道ではなくアメリカ合衆国をはじめとする国際連合評議会である。
「我が軍にも手伝えることがあるのであれば、地球人として共に戦いましょう」
「ありがとうございます、ジェバスィー大統領」
ジェバスィー 大統領は、事情を知らされた自身の護衛に誘導されながら、見送る輿水 内閣総理大臣補佐官を後に退室する。
廊下を歩きながら考えていたのは、国際連合評議会の議長として今後どう日本国と手を取り合うべきか。
「捜査は権限がNLCに移管される。日本のDIAも捜索に参加するそうだ。CIDは協力という形で参加することになる、」
「わかりました大統領。」
こんばんは、投稿がすごい久しぶりです。[虎石_こせき]です。
海外からの投稿です。予約投稿は予告通り14日00時ですが、時差とかどうなんでしょうか。
飛行機と夜のホテルでかなり進みました、久しぶりに4000文字を超えてます。行き詰まったら環境を変えてみるのも手ですね。




