第二話・事情聴取
今回はミスに気づき投稿前に修正できましたが、アドレヌ大陸は初期案では「アルス大陸」という名前で、誤ってそのように表記してしまった場面がありました。可能な限り投稿前の確認修正等を行いますが、今後もこのような間違いがあるかと思います。混乱を防ぐためにも、ご留意いただけると幸いです。
【西暦2040年 6月22日 朝|日本国旧首都圏政府直轄開発地 東京地区 関東拘置所】
第二次関東大震災によって閉鎖された2つの拘置所、東京拘置所と立川拘置所。これに代わる新たな拘置所として建てられたのがここ、関東拘置所である。
所在地である旧首都圏政府直轄開発地は、第二次関東大震災の後に解体された12の旧東京特別区部と神奈川県の一部から成っている。
「ここでの会話は全て記録されること理解してもらいたい」
「はい」
「ではまず君の国籍と名前、職業を教えてくれ」
「フリト帝政国のカール・ローゼン、海軍大尉です」
「所属はどこだ?」
「海軍航空隊の第209戦術航空団です」
自分の乗っていた戦略爆撃機が撃墜され救出されてからというもの、墜落時の怪我と、度重なる事情聴取によって彼は心身ともに疲弊していた。
法的根拠も違反時の制裁も勿論あるはずがないのだが、日本国は戦争捕虜の取り扱いについて制定した国際法、赤十字条約ことジュネーヴ条約を遵守している。
その甲斐あってか、又は心身の疲労から流れに身を任せているだけなのか、警戒はしているものの日に日に協力的になっていった。今回の事情聴取はフリト帝政国や諸外国等、この世界の一般常識から世界情勢まで広く聞くものである。
「まずこの世界の略地図を書いてみてほしい」
事情聴取を担当する国防情報局の職員は、歪んだ線で描かれたその地図を、手持ちのタブレットに表示した写真を見比べている。
「話を聞く限り、君の国のある大陸はここだな?」
"国際法及び国内法に違反の恐れあり" との名目で拘束されているのだが、日本国が行いたいのはあくまで情報収集である。
そのため今後の外交のためにも、彼の心身に傷が残るような扱いは絶対に避けろと官邸から直接指示が下っていた。この事情聴取を取り調べと表現しないのもここからきている。
従って関東拘置所に移送されてからの事情聴取はほぼ全ての場合、情報収集を行う機関に対する監視を兼ねて、内閣直属の情報機関である内閣情報局の職員が立ち会っている。
「私の国はだいたいこのあたりを領土にしています」
彼が略地図に書き込んだ国境線は、世界で2番目に大きいとされている大陸の東部全域、割合にして大陸の4割強と言ったところか。
アドレヌ大陸には他に3つの国が存在しているそうであるが、もしこの地図が正しければ他の国は単純計算で2割ずつ。フリト帝政国が大陸で覇権を確立していることは十分に考えられる。
「君の国と、他の3カ国はどのような関係なのか教えてほしい」
「良いとはとても。噂ですが、戦争が始まるとも言われています」
話を聞いてみれば、数年前にフリト帝政国と領土問題を抱えていた国、エルトラード皇国という国でクーデターが発生し、フリト帝政国は隙をついて係争地帯に進駐した。現在はその影響で、関係はかなり悪化しているとのことだ。
「エルトラード皇国以外には、大陸に関係の悪い国はいないです」
他にも、他大陸との位置関係を聞くと、航海・航空路ともにアドレヌ大陸は国際的な貿易の重要な中間点となっているそうた。近年アドレヌ大陸の国々が経済的に力をつけた要因もここにあるそうだ。
「次に君の国は列強国と言われているそうだが、他の大陸の列強国とはどのような関係なのか教えてほしい」
「フリトが支援している新興国家のナカルメニア共和国は内戦中なのですが、戦っているのが大公国の植民地軍なんです」
ナカルメニア共和国は元々、ガランティルス大陸の列強国であるエルテリーゼ大公国という国の植民地であったらしい。
ナカルメニア共和国はフリト帝政国からの支援を受け、エルテリーゼ大公国と戦争をしている。そのためエルテリーゼ大公国から恨みを買うというのは、詳しく聞かずとも簡単に予想がつく。
「さっきから話に上がるガランティルス大陸にはどんな国がいるんだ?」
「列強国だと、エルテリーゼ大公国やペント・ゴール帝国とか、レンツ帝国だと思います」
「ガランティルス大陸の情勢を教えてほしい」
「ニュースではあまり良いことは聞きません。同僚が戦争になると話していたのを聞きました」
このあたりの話は非常に重要な情報ではあるものの、カール・ローゼン海軍大尉の記憶が少し曖昧だったため深くは聞かずに終わった。
「残り2つの大陸についても教えてほしい」
「ここがユトという大陸です」
カール・ローゼン海軍大尉がそう言って指差した場所は、ガランティルス大陸とはアドレヌ大陸を挟んだ南西の方向にある大陸だ。大きさはアドレヌ大陸よりも一回り小さいくらいか、ほぼ同等だ。
「ここは列強国の衛星国や植民地がたくさんあって、ロブロセン王国では内戦が起きていると聞いています。ロブロセン王国はさっき話したレンツ帝国の衛星国です。ほんの数ヶ月前に反王国体制派が軍の一部と武装蜂起し内戦に発展しました」
どうやらどこの大陸でも争いが起きているらしく、嫌な時代に飛び込んでしまったのだと、誰もが思った。
「では最後にこの大陸について教えてほしい」
国防情報局の職員がそう言って指さしたのは、ユト大陸よりさらに南に位置する、地図では最も小さい大陸だ。
「この大陸はリトラム大陸といって、セリトリムという列強国とその衛星国の2カ国しかない大陸です」
国防情報局の職員は、その列強国について詳しく説明を求めた。
「世界で一番の経済力を持っている国で、旧植民地国が世界中にあり影響力が強い列強国です。世界の国力ランキングというものがあって、それで毎年一位をとっている国です」
詳しく聞くとセリトリム国籍の民間企業が毎年出版する時事雑誌のものらしく、地球に例えれば "U.S. News and World Report" のようなものだろうか。
一通りこの世界に関して聞くと、次に国防情報局の職員はこの世界の技術力を測るための質問を投げかける。
「君の乗っていた戦略爆撃機、あれは新鋭機か?」
というのも、対領空侵犯措置をとった国防空軍機が規定に基づき撮影していたその写真は、普段であれば他の記録と共にまとめられ、資料として保存されるだけだ。
しかし今回に限っては前例のない原因不明の緊急事態であったため他の資料共々、国防省の施設等機関である国防戦略研究所に送られていたのだ。
そして国防戦略研究所による分析の結果、写真と記録による情報だけを基にしたものではあるが、地球であればあのレベルの爆撃機を開発製造配備するのに、少なくとも第二次世界大戦末期から直後にかけての技術力が必要だという結論に至っている。
つまりあれがフリト帝政国で開発製造されたものであれば、フリト帝政国は現状又は遠く無い未来において[B−29戦略爆撃機]を開発できる技術力を有する国ということが確定する。
「あれは2年前に配備されたばかりです」
「あれ以上に性能の良い爆撃機は帝政国にも、他の国にも無いということか?」
フリト帝政国は列強国であり、軍事力もそれ相応であると考えられる。しかし、フリト帝政国が航空機分野にだけ弱いということも十分に考えられるため、均一な基準でも聞いておかなければならない。
「どの列強国もあれくらいの機はあります。ですが我々のものよりも突飛して高性能というものは無いと思います」
この発言で、この世界の大まかな技術力が測れた。地球で例えれば低く見積もっても第二次世界大戦中頃、高く見積もって冷戦初期だろうか。
つまりこの世界の技術力は日本国よりも低いということが十分に考えられる。この手の漫画やアニメ、小説のように魔法などといった未知の技術も報告されてはいない。
地球でもいくつかの分野で最先端を誇った技術を持つ輸出大国日本が、この世界で生き延びる活路を見出した瞬間であった。