第九話・ヨルド会談−1
【新生歴1948年 6月17日 昼過ぎ−−−レンツ帝国ヨルド諸島 ヨルド海軍基地】
ヨルド諸島にある帝国海軍の施設では、4週間後に控える日本との外交会談に向けて準備を行っている。
「今の所は帝政国の介入は確認できていませんが、日本側とどのようなやりとりをしてるのか不明です。」
「おそらく日本を通して何か仕掛けてくるでしょう。」
フリト帝政国とは西ナマール海で現在も緊張状態が続いている。初期のような艦隊同士の睨み合いは無いが、元々帝国海軍は少数の艦艇をロブロセン王国を基点にユト大陸の周辺へ配備していた。
カムラ国際会議の開催によって一時は撤退の準備に取り掛かろうとしていたが、取り決めの効力が失われたことで、その駐留は続いている。
また、ロブロセン王国に新たに陸軍戦力を駐留させたことによって、その緊張は増大している。
そのような状況で、日本という国に巡洋艦を座礁させてしまったのだ。はじめは性急に鹵獲にかかると考えられていたが、意外にもフリト帝政国は何もしてこなかった。
「それで、日本のことは何かわかったのか?」
フリト帝政国、マカルメニア民主国、ルロード共和国、セント人民共和国、ペント・ゴール帝国で流通する情報をまとめたものであるが、そう前置きして報告する。
「アドレヌ大陸から東にほど近いナマール海上の島に本国を置いていることはわかっていますが、詳しいことはわかりません。日本国に関する報道で最も古いものは、帝政国で58年の6月28日に放送された国営ラジオを確認しています。」
真偽に関わらず全ての情報を報告しろ。そう指示するより以前からすでに何度か報告された情報だ。
「軍から提供された情報なんですが、ラーグンのマカルメニア支部が刊行した雑誌に、日本に関する記述を発見しました。」
その雑誌と、その内容をまとめて、精査した結果が記された書類を出す。
[ラーグン マカルメニア版 2/28号 特集:開戦3ヶ月のエルテリーゼ内戦 帝政の行方は]
RGM、ラーグンといえばセリトリム聖悠連合皇国のラック=ジェラルディー財閥が展開する報道事業の一つだ。
どうやら3ヶ月前の週刊誌で、去年の12月20日から始まったエルテリーゼ大公国の内戦を特集したものらしい。
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・コンチネンツ/世界の動き
GURENTILS レンツ内相暗殺の爪痕 -3p
ADULEN 戦勝国フリトの負債 -8p
YATEロブロセンが辿る道 -14p
LITREN セリトリムは孤立主義を貫くのか -19p
・ピックアップ解説
ミュートル内海が秘める可能性 -23p
戦勝国なのに戦時国債の債務不履行? -25p
エレス島の悪夢は神の怒りか -27p
消えたスヴァローの今 -28p
ノーサバーションは大国の盤上遊戯 -31p
南極の大冒険! -33p
・特集:エルテリーゼ内戦
目指すは格差のない世界 -38p
帝国時代が残した負債 -40p
公王の死期は間近か -42p
人民の蜂起は妥当? -44p
暴力を是とする革命の正当性 -48p
ペンゴの兵器流出 -53p
戦線レポート -57p
・暮らしのスタイル
気をつけて!可愛いペットを蝕む害虫 -61p
タバコで効率的なダイエットを -62p
日焼けの健康美 -63p
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目次を開いて最初に目に入った見出しが、なんともいえない気分にさせる。
「この26ページ目です。」
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【フリトが建てた新興国の意味】
カムラ国際会議が開かれていた時のジピア港には、列強国の巨船が錨を下ろしていた。その中に見慣れない旗を掲げる船がある。それはフリトと共にやってきた新興国家のものであった。なぜ新興国日本はカムラ国際会議の席に座れたのか。「1958年に初めて、この惑星で旗を掲げた国だ。」日本の外交官はそう語った。建国から2年余りで大国が、それも列強国が集う国際行事に参加できたのはフリトの力あってこそだ。フリトはアドレヌ大陸東の島に地政学的な価値を見出して、ナマール海の物理的な防波堤を作ったのだ。エルトラードには勝利したが、今度はロブロセン情勢とレンツとの関係悪化でフリトは手を焼いており、ナカルメニア(ナルビ)やエルトラードに手を伸ばし過ぎた余り、今のフリトには余裕がすっかり無いように見える。国内の情勢不安も増大する今、30年前の大陸戦争を経たガランティルスの大国たちがそうであったように、自分の周りに緩衝材を置いて安全を確保したいと考えているらしい。今回の国際会議への参加とは日本を、自分の盾としての存在を周知することが目的だった。ただそれにしても、日本に対するフリトの支援施策は常軌を逸したものだと言える。フリトを列強国へ持ち上げたラウワーヘリン前執託主席大臣(首相に相当)と皇帝府の反対を押し切って続ける政策に、自国の経済を犠牲にしてまでも続ける意味は無い。皇帝が不在のまま続く現職ゴールディング執託主席大臣の政権の負債は、ナカルメニアとエルトラードでの勝利という功績さえもかき消そうとしている。
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フリト帝政国の経済について述べた25から26ページ、その2ページ目の左側におまけのような枠が置かれている。中にはフリト帝政国の政策を、その一環である日本国に関するものを通した解説があった。
「やはり閉鎖的な国だと何もわからないな」
今回ほどではないが、一昔前のセリトリム聖悠連合皇国を相手にしているような気分になる。
相手が何を求めているのか、提供できるものは何か、一切わからない外交は難しい。そしてレンツ帝国側が最も恐れているのが、フリト帝政国の介入だ。
フリト帝政国からすれば、自分の衛星国に敵対国の軍艦が座礁したのだ。そのため無理に撤去する必要もなく、その日本国を通して、あるいは直接的にいつでも鹵獲できることを意味する。
「日本の建国が1958年という情報は、信じても良さそうですね。」
以前から、日本国という名前が初めて登場したのが2年前の新生歴1958年という、複数の情報が確認されている。
今提示されたこの雑誌にも、そのようなことが書かれていた。しかもあのカムラ国際会議で日本国の外交官から直接聞いた事らしい。
真偽は不明であるが、この企業はセリトリム聖悠連合皇国のラック=ジェラルディー財閥資本だ。その一点だけで、少なくともある一定の信憑性は確約される。
無論、それだけでこの情報を信じ切ることはできない。だが以前から似た情報を複数確認している。この雑誌を決定打として断定してもいいかもしれない。
「情報を精査しましたが、日本の内政に余裕があるとは考えられませんね。資金拠出は望めないかもしれません。」
レンツ帝国が日本国に求めるものは、サルベージ作業にかかる費用の負担や周辺の情報提供などの後方支援的な役回りを要求する方針で進んでいた。
「あまり無理をいえば、フリトが出てくるかもしれません。これ以上の関係悪化は避けたいところです。」
レンツ帝国は巡洋艦ベリモーが座礁した後、在レンツ帝国フリト帝政国大使館を通してこの件に関しての外交接触を試みた。
するとその回答は、当事国同士で解決してもらいたい。という旨だった。もはや前提としていた日本国とフリト帝政国の関係すらも疑わしい。
日本国はどうやら、民間人の出入国も完全に制限しているようだ。日本国へ入国した人間とはフリト帝政国の政府が派遣した貿易関係者か、各国の外交官しかいない。
「フリトとの関係や日本の内政状況、いろんなケースを考慮して複数案を作成したほうがいいな。」
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【西暦2042年 6月30日 朝−−−日本国神奈川県横須賀市 国防海軍横須賀基地】
「出航よーい!」
沖ノ鳥島にレンツ帝国の巡洋艦が座礁して1ヶ月が経つ。問題の解決を最優先に、レンツ帝国との国交樹立を目指した外交のため、ヨルド諸島に向かおうと出航する艦隊がいた。
基幹部隊が第一国防艦隊隷下の第1護衛隊の、編成種別は2類等級は甲種二級である。
→第一国防艦隊隷下、第1護衛隊所属
[いずも型軽航空母艦−2番艦かが|LAC−0184]
[すずや型ミサイル巡洋艦−1番艦すずや|MCS−242]
[いつくしま型ミサイル巡洋艦−5番艦にっしん|MCS−216]
→第一地方支援艦隊隷下、第3海防隊所属
[もがみ型護衛艦−3番艦のしろ|FFM−3]
→輸送艦隊隷下、第4輸送隊所属
[あたけ型強襲揚陸艦−2番艦せき|LHA−4131]
→横須賀司令部直属補助艦艇群隷下、横須賀補給隊所属
[のま型補給艦−1番艦のま|AOE−427]
以上の6隻である。日本国はこの惑星におけるこれまでの外交会談で、その護送に大規模な艦隊を用いてきた。
もちろんこれが閣僚などとなれば話は変わるだろう。しかし、明日にも生命を左右するような急迫する危機が過ぎ去り、海洋情報がそれなりに収集できている今は、外交使節団の護送にそこまでの戦力を割く必要は無い。
2年も経てば当然だろうか、こういった運用で情報不足故に安全を優先して経費を度外視していたころと違い、情報収集ができているのだ。
だが比較的縮小されたこの編成でも過剰であると発言するものも多い。小笠原諸島でレンツ帝国との緊張状態が発生してからは特にだ。昨今の世界情勢を鑑みればいつ戦争に巻き込まれてもおかしくはないのだから、不安になるのも当然と言える。
国府田政権で破棄の意思を表明した日米安保こと[日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約]も、締約国に対する破棄の意思表示とその通知から数えて規定の1年が経ち、3ヶ月前の3月7日に正式にその効力を失ったことも影響しているのだろう。
ちなみに、この日米安保の廃棄によって、戦後から合衆国軍が占有していた地域、海域、空域、他にも無線周波数や新羽田空港の飛行計画策定時の優越などは、全て日本国に返還ないし放棄されている。
とはいっても新羽田空港については、そもそも民間機がほとんど飛んでいないので、この2年間で滑走路の割り振りの優越や横田空域によって、民間機が妨げられることはなかったのだが。
今回の会談を足がかりに、石橋内閣はロブロセン情勢に関する協議も進める方針を示している。具体的にはフリト帝政国とレンツ帝国の第三国という立ち位置を得るということだ。
しかし、レンツ帝国にある「日本はフリトの衛星国」という考えを払拭しない限りは不可能であろう。
そういった意味も含めて、今回の広義的な軽空母2隻を基本とした編成が決まったのである。
「目標艦のしろ、基準針路67度よーそろ」
艦隊は旗艦である軽航空母艦かがを基点として、その三方を囲むように前方に護衛艦のしろ、左右にミサイル巡洋艦が2隻、すずやとにっしんが位置についている。軽航空母艦かがの後ろには、単縦で強襲揚陸艦せきと補給艦のまが続いており、矢のような陣で8,000km強、往復で16,000kmの航海がはじまった。
四辺を揃えて地球の地図に当てはめると、ヨルド諸島はミッドウェイ諸島に近い位置にある。
どうも[虎石_こせき]です
今まで国防海軍の艦艇を贅沢に使い過ぎてたなぁ、と思いましたので以降は小出しにしていきます。
((一章四話の編成とか欲張り過ぎ、、、




