第五話・沖ノ鳥島緊張−3
【新生歴1948年 5月22日 深夜−−−西ナマール海 海上】
レンツ帝国の帝国海軍。その南部防衛軍第5艦隊の隷下である、番数が第68と続く第69の計2個巡洋戦隊は西ナマール海を西進していた。
先行する潜水艦が国籍不明の水上艦艇を捉えたとのことで、フリト帝政国海軍のものである可能性が高いと、その艦艇を横陣で追跡していた。
「コンタクトは?」
「上空を旋回するだけで何もありません。」
この海域で遭遇するであろう航空機や船舶の在籍は全て、帝政国軍に寄るものであると予想されていた。したがってこの不明機に対しても
「多分フリトの新型機だろう。」
このような考えが出るのは当然であった。しかし艦隊に広まったこの共通認識は、そう時間が経たないうちに覆されることとなる。
「不明機から入電、ICFの8番から、−−−」
ICFとは、約30年前の各国代表らによる大陸戦争終結宣言書への署名、これと同時に締結された国際法に基づく無線周波数の事で、8番とは主に船舶で使用される海上におけるそれである。
「−−−『This is the Japan navy. Your fleet is currently navigating within our territorial waters. If you intend to exercise innocent passage rights, you must disclose your affiliation and the purpose of your navigation.』と、」
それを明言した国際法等は存在しないものの、国際慣習法に無害通航権というものは存在する。
そしてそれを行使する場合には、沿岸国が理解できる形での所属の明示は要される。というのが各国の共通認識となっている。
しかし軍艦における航行の目的の開示に関して、11年前のセリトリム=レンツ共同声明で軍艦は明示を必要としないと示した。
これは協定でも条約でもないが、大国、それも列強国間でこのような共通認識が築かれたということは、つまり不文律の国際法、新たな国際慣習法と言ってしかるべきものである。
「拙いモルトゥラ語だ、文法もめちゃくちゃだぞ。」
「日本といえば、フリトの衛星国だとか。数年前にできた新興国でしたね−−−」
1〜2年前から各所で聞くようになった新興国である。あのカムラ国際会議でもフリト帝政国らによる推薦で出席していた。
「−−−返答しますか?」
「いいや、無線封鎖中だ。無視しておけ」
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【新生歴1948年 5月22日 夜−−−西ナマール海 海上】
日本国国防海軍のP−1G哨戒機が帝国海軍の巡洋艦群に接触している頃、時を同じくして帝政国海軍と帝国海軍の緊張は最高潮に達していた。
「衝撃に備え!」
艦内各所でその言葉が発せられた直後、波によるものとはとても考えられないような揺れとともに、何か重いもの同士がぶつかり傷つけ合うような重厚な音が響く。
予想したよりも大きな揺れではなかったが、それでも不意打ちの揺れは何かに掴まっていなければ躓いただろう。
「被害報告!」
「ネリバートンの艦首が本艦左舷の前甲板に衝突、錨座が抉れました!」
帝政国海軍駆逐艦ロームマリアと、帝国海軍駆逐艦ネリバートンが衝突した。総トン数にして8千弱の鉄塊の衝突だ。
これは双方艦隊の旗艦艦橋からも当然見えていた。
「長官、ロームマリアにレンツ駆逐艦が衝突。艦首がロームマリアの全甲板をえぐってます。」
「中破といったところか?、、、ロームマリアを下がらせろ。レンツ艦隊に打電だ、−−−」
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【新生歴1948年 5月22日 深夜−−−西ナマール海 海上】
「おい当たってるぞ。攻撃するなと言っただろうに。」
「はっ!申し訳ありません!」
体当たりを行った帝国海軍側も、この事態はよく思っていないようだ。それもそうである。今回の任務は地上戦力の輸送とフリト帝政国への牽制だ。
攻撃などもってのほかであり、当の地上戦力も上陸を予定しているロブロセン王国から同共和国に攻撃を行うことを目的としていたわけではなく。こちらもあくまで牽制のつもりであった。
「司令、フリト艦隊からです。『貴艦隊の艦艇による我が軍駆逐艦への衝突行為は、明らかな故意に基づく攻撃である。即刻、当海域から離脱せよ。これは通告ではない。繰り返す、これは通告ではなく警告である。』」
今回の双方艦隊の構えは強硬なものである。
帝国帝国が差し向けた艦隊は明らかな過剰戦力であり、フリト帝政国をいたずらに刺激した。
帝政国海軍も、帝国海軍艦隊の公海上における軍事行動に対して、艦隊を展開し阻むというのは少々出過ぎた対応とも考えられる。
無論、フリト帝政国の勢力圏内にこれだけの大艦隊を率いて進入することは敵対行動と呼んでいいだろう。だが法的根拠に寄って考えた場合、帝国海軍の今回の行動は問題ないものであった。
しかし、もはや今の出来事によってそういうわけにもいかなくなった。これはどちらかが引かぬ限り、この緊張状態は地域紛争に発展するおそれもある。
「後方の輸送艦隊はどれくらいで到着する?」
「1時間以内には、」
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【西暦2042年 5月22日 深夜−−−日本国東京都小笠原諸島 沖ノ鳥島より東13km地点 西太平洋上】
P−1G哨戒機は補給のために数機でローテーションを組みながら継続的にレンツ帝国籍と思われる艦艇群を監視していた。
『依然、レンツ艦隊は西進。えぇ、コンタクトを試みるも、応答無し。』
帝国海軍の巡洋艦と思われる艦艇群10隻は1時間弱前に、進路を以前西に向けたまま24ktn、約45km/hに増速している。そしてここである懸念が日本側に浮かんでいた。
『これ沖ノ鳥島気付いてんのかな?』
この場所から沖ノ鳥島がある環礁までは約10kmだ。24ktnで進んだ場合30分もせずに沖ノ鳥島にたどり着くだろう。
知ってのとおり沖ノ鳥島はそのほとんどが水没している。構造物など約13km離れた場所からは、加えて現在の日照状況を併せれば見えるはずもない。
沖ノ鳥島への座礁を防ぐために沖ノ鳥島灯台というものがあるが、故障しているそうで現在は稼働していない。
環礁でできた沖ノ鳥島は潮の満ち引きによって水深に数cmから数十cmの変化がある。しかし、一度環礁から外に出れば急激に水深が深くなり、それは4,000mから7,000mにもなる。海中からは断崖絶壁のように見えるだろう。
沖ノ鳥島がある環礁は東西に4.5km、南北に1.7kmである。そしてその上にある沖ノ鳥島と称される二つの露岩と沖ノ鳥島観測基盤という人工物は、すべてが西側に集中しており、環礁の東側から見ると環礁最東部から最も近い東小島まででも2km強はある。
東側から見た場合が最も構造物から遠いのだ。そして何度も言うが今は日は落ちており、加えて座礁を防ぐ灯台は故障中である。
おそらく彼らは上空を飛ぶP−1G哨戒機に注意を向けており、重ねて海図ではこの場所には環礁などは存在せず、大洋の真ん中で水深も深く安定していることになっているはずだ。
どうも[虎石_こせき]です。
海上保安局が管轄する沖ノ鳥島灯台が壊れていたらしいです。多分、日本特事の影響でしょう、きっと




