第一話・日本なる国
【新生歴1946年 6月21日 昼前|フリト帝政国帝都エアセル ロームルス城】
ガランティルス大陸の次に大きいと言われるアドレヌ大陸。その東部全域を領土に持つ列強国の一つが、フリト帝政国だ。
30年前から貿易によって急速に国力を伸ばし、ここ20年で列強国と言われる地位を確立するまでに成長した。
そんな大国の首都エアセルに建つ旧城ロームルス城は現在、帝政国の政府首脳陣が官邸として使用しており、会議室に改装された謁見の間には国の首脳陣が集まっていた。
「そもそもこんなところに陸地など、聞いたことがないぞ」
「各国ともに関与を否定しています。最新の地図を精査しましたがどこにもそのような国の記載はありませんでした」
事の発端は2日前、軍事機密を輸送中であった戦略爆撃機とその護衛機2機が行方不明となった。すぐに捜索のため戦闘機が離陸したのだが、こちらも消息を断った。
国際情勢を鑑みて敵性国家による工作の可能性があるとし、大規模な捜索隊の編成を指示した。
だが編成された艦隊の出航準備が整ったその時、先に捜索に出て消息を絶った戦闘機が帰還したのである。その戦闘機パイロットは日本国なる国家と接触したこと、その国は外交を求めていること、我が国への進上品を預かったことなどが報告されたのだ。
「3機を撃墜したことを認めているなら、賠償のためにも接触すべきだ」
「して日本国とはどれほどの国なのだ?進上品があったろう」
「皇帝陛下への進上品として渡された品を精査しましたが、その全てが伝統工芸品のようでして、国力を測る物差しにはならないかと。ですが進上品とともに写真がありました」
フリト帝政国は世襲の最高権力の座に空位が続いている。知っていてそう告げたのであれば常識を疑うが、そもそもこの状況が常識的ではなかった。
「写真?」
「はい、どうやら日本国という国の首都を写したもののようなのですが、こちらです」
写真に写るのは地面が見えないほどに所狭しと建てられた高層建築物群に、大規模な土木建造物だ。これには驚かざるを得ない。
「みたところかなりの技術力を持っているようだな。セリトリムと同じくらいなのではないか?まぁその写真が本物であればの話だが…」
世界で最も進んでいる国でも、見れる場所が限られるほどに発展した大都市を見せられて、驚きはするものの同時に疑念がさらに強まる。
「とにかく、もしも本当に国が存在するのであれば、危険な位置です」
東には世界で最も広い大洋が広がり、その先には世界で最も大きな大陸が存在する。このガランティルス大陸は、前述の通り広大で、伴って国家数も多い。フリト帝政国と対立する国ももちろん存在する。
「もしも本当に島があって、ここを敵に占位されれば厄介なことになります」
フリト帝政国と対立するガランティルス大陸の列強国が、日本なる国を勢力圏とした場合にはフリト帝政国は刃を首元に突きつけられることとなるのだ。
「それはなんとしても避けねばならん。書簡によれば1週間後に向こうから出向くとのことですが…」
「日本なる国の真意を確かめようではないか。軍務相、確か捜索のための艦隊を編成したと言ったな?外交官を乗せてそのまま日本国へ派遣できるかね?」
消息を絶った戦闘機が日本国の情報を持って帰還したために中断された捜索作戦、そのために編成された部隊。タイミングよく元から訓練が予定されており、その準備のおかげで今すぐにでも出航が可能な空母機動部隊の一部である。
「この距離であれば数日とかからない距離です。しかしそう急がなくても良いと思います」
軍務相が早急な接触を拒む。
「向こうもそのはずですが、我々は日本なる国が何なのか全く知りません。情報が不足しているのです。ここは帰還したパイロットの事情聴取が終わり報告に上がるまで待つべきです」
戦闘機が帰還したのは昨日の未明、未だ事情聴取は完全とは言えない。事情聴取による有益な情報によって今後の交渉が大きく有利に働くことも十分に考えられる。
「向こうにも準備があるでしょうし、やはり待つべきでは?」
結果、軍務相の提言により日本国との初接触に関しては迎え入れるという形で、それまでに戦闘機パイロットからの事情聴取で日本国について詳しい情報をまとめるという方向性に定まった。
「しかし本当に日本なる国が存在しているのかは、早急に調べるべきではないのですか?」
だが日本国の存在を疑う者も当然に存在する。そのため折衷案が提唱される。
「空母機動部隊による捜索作戦は中止し、元々予定されていた訓練はその通りに実施する。その際に日本国の捜索を行うというのはどうですか?」
空母機動部隊が予定していた訓練は2日後の6月23日からだ。念のために外交官と情報将校を同乗させるということにしても、人員の選定には時間に余裕がある。
「ではその案で進めてくれ」
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【新生歴1946年 6月21日 夜|フリト帝政国帝都エアセル 軍務省本庁舎】
フリト帝政国軍の軍種は二つ、帝政国陸軍と帝政国海軍だ。この二軍はそれぞれ陸軍局と海軍局によって運用される。そしてこの2つの局の管理を行うのが軍務省である。
さらにフリト帝政国の軍務省は、他国において陸軍が管轄する憲兵や帝都防衛軍などといった治安維持部隊や重要部隊を管理運用しており、憲兵の司令部も軍務省の庁舎内に置かれている。
「ルーリッヒ・H・ゼンゲル海軍大尉。君の精神鑑定の結果だが、どこにも異常はなかったよ」
「はい」
命令に従い帝都の軍務省へ出頭した彼は、もう何枚目かわからない報告書を書かされ、精神鑑定を受けさせられた挙句、今は自分よりも階級の高い威圧的な軍人二人に詰められていた。
憲兵を示す襟章と、それぞれ中佐と大佐の階級章をつけた二人の軍人は日本なる国に関して説明を求めてくる。
「これより事情聴取を始めるが、まず君の報告書を読ませてもらったよ。重複するだろうが、君の見たものを君の口から聞きたい」
「はい」
「ではまず日本という国の軍隊は、戦闘機にプロペラが無かったというのは間違いないんだな?」
「はい、間違いありません」
フリト帝政国も長い苦労の末にジェット戦闘機の開発に成功し、現在配備に向けた量産型を開発中だ。
「強制着陸措置を取られ、指示に従い飛行した結果行き着いた場所は、さっき地図に記入した場所で間違いないな?」
「はい」
「その陸地は大陸か?島か?」
「日本国の人間は北から南まで3,000kmの細長く連なる列島だと言いました。上空から目視して、私も小さな島国という印象は受けませんでした」
「君が着陸した空港は日本なる国の軍事航空基地だったな?そこに並んでいた航空機にも、プロペラがなかったというのは本当だな?」
「はい」
憲兵の中佐は報告書を読んで曖昧だと感じた部分、気になる部分をピックアップして質問していく。
「君は一時拘束されたそうだが、その時の勾留場所はわかるか?」
「確証はありませんが、地元警察の警察署ではと思っております」
「君は車で移送されたそうだが、街の様子はどうだった?」
「はい。帝都のように、道路は全てがアスファルトでとても先進的だと思いました。低い建物ばかりで閑静だったので、恐らくは住宅街だったのかと、交通量は多いと感じました」
「なるほど、では次に…」
その後も事情聴取は続き、他にも会話した日本なる国の人間の人相など様々なことが聞かれ、気がつけば真夜中になっていた。
「では今日はここまでにしよう。用意した部屋で別命あるまで待機するように」
「はい。失礼しました。」
彼が扉を閉めるのを確認すると、事情聴取を行った少佐と大佐は顔を見合わせる。彼が言った日本なる国の町の様子が正しければ、それなりの力を持つ国ということになる。しかしそうであれば、今まで聞いたことがないというのはあり得ない。
「大佐殿、本当にあの場所に、日本という国があるんでしょうか?」
「俺にはわからんよ。だが精神鑑定の結果は正常だ。嘘を言っているとも思えなかった」