第三話・沖ノ鳥島緊張−1
【新生歴1948年 5月22日 夕方−−−西ナマール海 海中】
「艦長入られます」
暗く冷たい海の中。薄暗い鉄の部屋に1人の男が足を踏み入れる。身につける紺色の軍服には、勲章や階級章と共に所属する組織の印章が付けられていた。
一つは帝国海軍南部防衛軍第5艦隊。隣のものは帝国海軍において特殊部隊に分類される機密性の高い部隊、独立特殊水上軍のものであった。
所属は前述の第5艦隊であるが、指揮系統上その直上には第5艦隊の司令長官ではなく、南部防衛軍総司令部が直接位置している。
「皆、そろそろ帝政国の勢力圏だ、気を引き締めろ。−−−」
潜水艦。その名の通り海面下に身を潜め、敵性船舶の認知圏外から弾頭に炸薬を込めた航走体を発射するプラットフォームとして運用される艦種である。
未だ爆雷以外に効果的な対処方法が確立されていないため、その戦略的価値は非常に高いものと知られている。
敵性勢力が潜水艦を実用化しているという事実だけでも、艦隊運用においては可能性を考慮すべき重大な事項として対応策を強いられるという、まさに戦略兵器である。
そんな潜水艦は、いつの時代もその国の軍事力を象徴する最先端技術の塊である。
現状では潜水艦を二桁隻実戦配備していると言われる国は、レンツ帝国の帝国海軍、フリト帝政国の帝政国海軍、セリトリム聖悠連合皇国の皇命海軍だけである。
列強国ではないが海軍組織が列強軍として知られるルジェニスタ共和国のルジェニスタ国防軍海軍には、10隻弱ほどしか配備されていないと言われている。エルテリーゼ大公国に至っては3隻のみである。他にもペント・ゴール帝国やタール・ニ・バエアなどが10隻未満を配備している。
つまり潜水艦を実戦配備している国は7カ国のみであるが、エルテリーゼ大公国に関しては内戦によって現在、国としての体をなしていないため6カ国と言っていいだろう。
「−−−とは言っても、フリトの潜水艦は数だけだ。見つかりはしないだろう。−−−」
今回、このブレリッシュ級潜水艦2番艦アーバン・レーイに与えられた任務は、先行してのフリト帝政国海軍の捜索及び、フリト帝政国の西ナマール海沿岸に対する圧力である。
後方には同第5艦隊の巡洋戦隊が2個、巡洋艦10隻が横隊で航行しているはずだ。これだけでも中小国家における主力艦隊級の戦力に当たるほどのものだ。十分な効果が期待できる。
「−−−定刻だ。浮上深度6、アンテナ露頂。定時報告を、」
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【西暦2042年 5月22日 夜−−−日本国沖縄県 大東諸島より南東 700km地点 洋上】
時事的であるが、今西ナマール海で勃発した帝政国海軍と帝国海軍の緊張状態が始まるより数時間前、石橋 内閣総理大臣は国防軍に対して海上警備行動命令を発令していた。
「対潜、対水上警戒を厳となせ」
日本国国防海軍第二国防艦隊が麾下とする、編成種別1類3級艦隊の二桁護衛隊、第16護衛隊。
編成は以下の通り。護衛艦1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦3隻の計6隻からなる、国防海軍が常設する艦隊としては最も標準的な編成である。
→第16護衛隊
[ながら型ミサイル護衛艦−4番艦じんば|DDG−186]
[すずや型ミサイル巡洋艦−6番艦つくま|MCS−247]
[いつくしま型ミサイル巡洋艦−1番艦いつくしま|MCS−212]
[かみかぜ型ミサイル駆逐艦−2番艦あさかぜ|MD−335]
[さくら型ミサイル駆逐艦−2番艦たちばな|MD−344]
[まつ型ミサイル駆逐艦−8番艦いかずち|MD−358]
「隊司令、硫黄島からです」
国防海軍の水上艦艇群部隊は大きく分けると国防艦隊とそれを構成する護衛隊、地方支援艦隊や即応機動艦隊などがこれに含まれる地方艦隊の3つである。
地方艦隊を構成する諸艦艇群部隊は分類上では、国防艦隊を構成する護衛隊と同様の区分とされている。
そしてそれらを運用するにあたって、国防艦隊には艦隊司令長官を中心とした艦隊総司令部が、護衛隊には護衛隊司令官を中心とした護衛隊司令部が置かれている。
現在この第16護衛隊は、国防艦隊を構成する一部隊としてではなく単独で行動しているため、護衛隊司令官が最上位に位置する。
「巡洋艦が10隻か、隻数でいえば勝ってるな」
報告が印刷された用紙を手渡してきた、護衛隊司令部の幕僚の1人にそう冗談を投げかける。
国防海軍の水上艦隊では、水中水上を問わず無人航走体を追従させての艦隊運用が基本となっている。現在の第16護衛隊にも水上型の無人航走体が7艇ほど誘導制御を受けて追従している。
通常、国防軍海軍では水上艦艇の隻数を数える時には無人艇とは分けることが一般的だ。
「隊司令は1艇を1隻と数えるんですか?」
国防海軍が運用する無人航走体は通信の中継機能を備えており、敵性勢力による衛生攻撃によって衛星通信が不可能となった場合に備えられていた。
これにより、衛星が無い状況であっても電波の減衰や見通し線など気にすることなく、遠方からの情報通信や誘導制御が可能となっている。
だが日本国転移等一連の特異的不明事案によって、衛星の全てが一斉に失われるということは想定できたはずもない。そのため、国防海軍のみならず陸空特宇4軍でも無人航走体や無人航空機が不足してしまっているのが現状だ。
「このままじゃ、はまきりが追いつかれるな。−−−」
早期な潜水艦運用の再開を目指して、国防海軍は変化した海洋情報の収集に力を入れていた。
そんな中[はまきり型海洋観測母艦1番艦−はまきり/AGMS−5131]が、国籍不明の潜水艦を発見したのだ。
情報はすぐに国防省地下へ伝わり、国防海軍航空総隊司令部は国防海軍硫黄島航空基地に駐留する第3航空群所属の第23警戒隊隷下、第106哨戒隊へ指示を出し、捜索が行われた。
海洋観測母艦はまきりの位置を始点として、国籍不明の潜水艦の位置を中間点に地図上で線を引き、線上を幅27kmで捜索していった。
すると、海洋観測母艦はまきりから後方65km地点に、横陣で真っ直ぐ向かってくる艦艇群を発見した。潜水艦と同様に帰属国家は不明であり、その形状からして巡洋艦と判断される。
「−−−最大せんそーく」
護衛隊司令官が言い放ったのは、艦隊の速力を現在の原速と称される15ktn、時速にして27.8km/hから55.6km/h、30ktnへの増速を指示するものであった。
「はまきりがこちらに向かっているが、せいぜい16ノットだ。4時間もせずに追いつかれる。−−−」
20ktnで進む国籍不明の艦艇群が追いかけるのは、せいぜい16ktnが限度の鈍足な海洋観測母艦だ。
主任務が戦闘ではなく自然環境の情報収集であり、無駄な雑音の発生を避けることを目的として設計されたため、最大速度は全長が三桁mの民間船舶よりも遅い。
それに加えて非武装であり且つ、潜水艦の運用に大きく関わる艦艇として先端軍事技術が搭載された船である。
「−−−何がなんでも間に合わせろ」
海洋観測母艦はまきりは16ktnで逃げ、それを65km後ろから追いかける国籍不明の艦艇群は20ktnで航行している。これを元にすると3時間30分ほどで追いつかれる計算だ。
そしてお互いに向かって進む海洋観測母艦はまきりと第16護衛隊は170km離れており、前述の時間よりも早く16ktnで向かってくる海洋観測母艦はまきりに合流するには、最低でも30ktn以上を出さなければ間に合わない。
お久しぶりです、[虎石_こせき]です。
転移から2年間なかった出来事、日本国の軍隊が初めてこの惑星で他国の前に現れようとしています。これが最初、「はじめて」です(((公式上)))




