第二話・海上封鎖−2(おまけマップ付)
【新生歴1948年 5月22日 夕方−−−西ナマール海 洋上】
「レンツ海軍の艦隊を前方20マイルで発見。戦艦4、空母2、巡洋7を確認、その他駆逐輸送多数!」
フリト帝政国、帝政国海軍第1艦隊旗艦、ソラ級戦艦1番艦ソラ・エノリアの艦橋で叫ばれた報告が艦隊全体に緊迫した空気をもたらした。
「おそらくヨルドにいた西部第9艦隊でしょう。陸軍部隊を擁しているものと思われます。」
レンツ帝国の帝国海軍西部防衛軍第9艦隊。通常ヨルド諸島やレンツ帝国の西部海岸に位置する海軍基地を拠点に、アシュニスィ海峡から南北ナマール海にかけて活動する部隊だ。
西ナマール海でこれほどの大規模な艦隊が姿を見せるということは、ユト大陸へ向かっているものと想像に難くない。
「せめて陸軍が上陸するまで時間を稼ぐぞ。警戒を厳に、」
現在、フリト帝政国は陸軍をロブロセン共和国に対して派兵しており、予定では今日の夜に揚陸が始まる。
このフリト帝政国の輸送艦隊には、護衛と呼ぶにはいささか心細い戦力しか有していない。前方に展開する帝国海軍の部隊と相対することは避けたいという判断の下、帝政国海軍の第1艦隊はこの場所の海上封鎖を試みているというわけだ。
日本の海軍戦力が加わっていることに関しては、フリト帝政国との連帯を示すという政治的な配慮であり、戦力として期待されているわけではない。
「後方の日本艦隊はどうしますか?」
参謀として艦橋に立つ者が、第一艦隊司令長官に判断を仰ぐ。
「動かす必要はないだろう。豆鉄砲しかないようなフリゲートで何ができる」
お荷物とでも言いたげな態度で不満を漏らすが、この判断はあながち間違いではない。
主だった武装が誘導弾であり且つ装甲の薄い現代艦であれば、通常戦闘となれば敵の探知圏外にいることが好まれる。目視圏内などもっての他だ。
それに今回の目的は戦闘では無く海上封鎖と牽制である。この場合、より心理的効果の期待できる帝政国海軍の大艦巨砲主義に則った艦艇群の方が理にかなっている。
しかし長官の正しい判断は、こういった知識に基づくものではなく、単に目障りというだけの話だ。
統制がなされているものの、すでに日本国が帝政国海軍の航空機を撃墜して公式な謝罪が無いことは軍内では広く知れ渡っている。
「気に入りません、なぜ上が協調路線を選んだのかわかりません。」
ちなみに対エルトラード皇国戦争でのテンキルにおける日本国の行動は、前述の撃墜事件とは比べものにならないほどに厳しい情報統制が行われている。
「君はシャンロスに現れた日本の艦隊を見たか?」
この戦艦、ソラ・エノリアはオール・シャンロス海軍基地を母港としている。
「いえ。その時私はまだ3航戦の2分隊にいたもので、」
帝政国海軍の第3航空戦隊第2分隊は、第2機動艦隊とも呼ばれる第2地方遠征艦隊の麾下部隊である。当時この部隊は、ユト洋で哨戒の任についていた。
「日本の空母を見た。戦艦はいなかったが、あの艦隊は我が軍の第2艦隊にも引けをとらないだろうな、−−−」
帝政国海軍には第1、第2地方遠征艦隊に加え、彼が率いる第1艦隊、通称砲艦艦隊に次いで4つの主力艦隊の内の一つとされる部隊、第2艦隊が存在する。
第1艦隊に対してこの第2艦隊は洋上における航空機展開能力に重点を置き、航空母艦を基幹として構成される部隊である。第1艦隊が砲艦艦隊と呼ばれているようにこちらは航空艦隊などと呼ばれる。
とはいえ、今回やってきたフリゲート艦3隻と駆逐艦1隻という小規模部隊については、司令長官も戦力や日本国の態度について疑念を捨てきれない。
「−−−しかしだからこそ気にいらん。出張られて迷惑だというのに、重ねてあんな小型艦4隻だけとは、」
帝政国陸軍でもそうであったが、フリト帝政国の軍隊では日本国の評価はあまりいいものではないらしい。
とそんな話をしていると、ついに目視圏内に帝国海軍の部隊が入ったようだ。夕方という自然光が比較的少ない時間帯であり、加えて当たり前であるが当該の艦隊が灯火管制を行なっていたため報告が遅れた。
すでに帝政国海軍と帝国海軍の相対距離は7kmに迫ろうとしていた。
「レンツ艦隊より入電、『こちらは帝国海軍西部防衛軍第9艦隊である。国籍を明らかにし、進路上からの速やかな撤退を求める。』」
同じ列強国であろうとも、列強海軍に区分されるものとそうでないものとでは、決して小さくない差がある。
加えて、列強海軍であるレンツ帝国の帝国海軍と相対そうとしているフリト帝政国の帝政国海軍は、海軍と並んで国軍を構成する片翼に列強陸軍を有している。
これは必然的に、海軍力への注力が疎かになるということを示している。
「打電を、『帝政国海軍第1艦隊である。現在我々は当海域において帝政国海軍の作戦を展開中である。これいより先への進行は許可できない。』」
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【新生歴1948年 5月22日 夕方−−−西ナマール海 洋上】
「帝政国艦隊動きなし。」
報告を聞いて考え込むそぶりを見せたのは、帝国海軍西部防衛軍第9艦隊を基幹として、南部防衛軍第5艦隊の2個戦隊と、臨時に編成された輸送艦隊を加えた大艦隊を率いる男である。
「警告を続けろ、進路そのまま。速力落とせ、」
現在臨時に改編された西部防衛軍第9艦隊は通常の戦艦3隻、巡洋艦10隻、駆逐艦16隻、護衛航空母艦1隻に加えて、南部防衛軍第5艦隊の巡洋戦隊が2つと潜水艦1隻、臨時に編成された輸送艦隊を擁している。
そして、この輸送艦隊には輸送艦7隻と、護衛のために西部防衛軍7艦隊の巡洋戦隊が1個と駆逐戦隊2個の、計巡洋艦5隻と駆逐艦計8隻が所属している。
つまり現在の西部防衛軍第9艦隊は戦艦3隻、護衛航空母艦1隻、巡洋艦25隻、駆逐艦24隻、潜水艦1隻、輸送艦7隻、総数61隻という文字通りの大艦隊だ。
戦艦や巡洋艦の隻数に関しては、太平洋戦争終結間近の合衆国海軍第7艦隊に近い数字である。
流石、世界に4つしかない列強海軍に名を連ねる海軍である。レンツ帝国は加えて陸軍も列強軍に数えられる、陸海軍の両方が列強軍という世界でただ一つの国だ、単独で他の列強国をはじめとした大国らと対立できるのも頷ける。
「攻撃は絶対にするな」
夕日を背に西進する艦隊を阻む帝政国海軍。相対距離は先頭の駆逐艦から数えて6kmほどに接近した。
「フリト艦隊から入電、『こちらは帝政国海軍第1艦隊、現在当海域では我が軍が作戦行動を行なっている。これ以上の接近を止め、直ちに当海域から離脱せよ』」
相対する帝政国海軍の戦艦を主とした21隻の艦隊。すでに主砲にとって十分な必中距離にある。
加えて帝国海軍西部防衛軍第9艦隊は61隻からなる大艦隊であるが、帝政国海軍と今相見えるのはその中の3分の1、22隻である。この場にいれば足手纏いとなるだろう、大した武装を持たない輸送艦隊を後方に配置したことは正しかった。
帝政国に対する圧力と牽制を目的に別働隊を編成し、先行させたことが裏目に出た。
この別働隊は元々、オール・シャンロス海軍基地に向かって先行して第一艦隊を捜索し、その情報を元に迂回してロブロセン王国へ進む予定だった。
しかし今、目の前には帝政国海軍の第一艦隊が立ちはだかっている。先行した別働隊からは何の報告もなかった。
「ただ戦力を削っただけだったな。」
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【西暦2042年 5月22日 夕方−−−日本国東京都小笠原諸島 沖ノ鳥島より東15km地点 洋上】
暗い海の中、深く冥冥な世界でスクリューを回す鉄の塊がいた。等間隔で横一直線上に並び、列を崩す事なく進むそれらは、前部に一つの大きな眼を備えていた。
UR−S/27無人偵察潜水短艇。国防海軍が運用する無人航走体の一種である。
UR−S/27無人偵察潜水短艇の後部からは一本のケーブルが海面に向かって伸びており、それを辿るとそこには大きな鉄の艦が、これまたゆっくりと海を進んでいた。
情報収集艦隊隷下、第1海洋観測隊所属、
[はまきり型海洋観測母艦1番艦−はまきり/AGMS−5131]
各種無人航走体を運用しての海洋観測を目的とした艦艇である。艦尾には無人航走体を収容するヴェルドッグも備えており、艇種にもよるが30艇程を収容できるとされている。
「L5の短艇を揚げて、L6エリアに回せ」
海洋観測母艦や音響観測母艦には、観測管制室という戦闘艦艇における戦闘指揮所に相当する部屋がある。ここには、艦艇に搭載された各種海洋観測装置、そして運用する潜水艇からの情報が集約される。
「スクリュー音聴知!」
「潜水艦か?」
「わかりません」
観測管制室を持ち場とし、その中で最も地位の高い役職である管制長。観測管制室を掌握する彼は、戦闘艦艇における砲雷長に相当する役職である。
「場所は?」
「本艦前方、12マイル。深度20、」
「音紋照会は?国防軍のか?」
現在はまきり/AFMS−5131がいる地点は、日本国転移等一連の特異的不明事案の影響を受けて地球から移動してきた範囲内である。
潮の流れや塩分濃度など様々な環境が変化しており、その情報は不足しているため安全な運用はできないものの、海底地形に変化はないため、国防海軍の潜水艦が潜水航行すること自体は不可能というわけではない。
よって国防海軍の潜水艦という可能性もある。
「いえ、データーベースに該当無し。雑音が多すぎて、潜水艦かも疑わしいです。」
これは海上自衛隊時代からそうであるが、潜水艦に関しては飛び抜けてその機密性は高く、他の水上艦艇と任務を行う海域が重複していたとしても、国防海軍参謀本部や潜水艦隊総司令部が特に必要だと判断しない限り、その情報が伝えられることは無い。
同じ潜水艦隊総体に所属する潜水艦同士でもそういった情報の共有は状況によりけりなのだ。
「音響は何艇あったか?」
ここで言う音響とは、UR−BPT無人音響測定短艇のことである。
海洋観測艦母艦や音響測定母艦は、UR−S/27無人偵察潜水短艇やUR−BPT無人音響測定短艇を収容しており、その比率は艦種によって異なる。
音響測定母艦では潜水艦や海底地形の情報収集を目的とした、UR−BPT無人音響測定短艇を主として収容している。
しかし海洋環境の情報収集を主目的としている海洋観測母艦の場合には、それを目的に開発されたUR−S/27無人偵察潜水短艇をより多く収容しているため、UR−BPT無人音響測定短艇にはどうしても限りがある。
「航走中が1艇と、収容中の2艇、計3艇です」
「その2艇も潜航させて重点探測、潜水艦か調べろ」
こんばんは、[虎石_こせき]です。
今回の部は最近の他と比べてちょっと頑張りました。文字数が直近の約2倍ということに加えて、おまけマップもつくりました。




