第十九話・ロブロセンの分岐
【新生暦1948年 3月29日 朝−−−ロブロセン王国王都ラブロン 王城】
「1、 2月5日の事件において関与が認められるキルガー革命隊について、構成員並びにその関係者を即座に逮捕し、その身柄をレンツ帝国政府に引き渡すこと。
2、 2月5日の事件において関与が認められるキルガー革命隊並びに、それを掩蔽、支援する反王国体制派を即座に解体すること。
3、 反王国体制派が実効支配を続けるロブロセン王国領を含むロブロセン王国領内において、レンツ帝国並びにロブロセン王国政府に対する不信と反発を助長、扇動していると認められる団体や組織を即座に解体すること。
4、 反王国体制派が実効支配を続けるロブロセン王国領を含むロブロセン王国領内において、レンツ帝国並びにロブロセン王国政府に対する不信と反発を助長、扇動する個人に対して、その身柄を拘束し法廷尋問を実施すること。この時、レンツ帝国政府が派遣する機関の参加を認めること。
5、 反王国体制派が実効支配を続けるロブロセン王国領を直ちに奪還し、ロブロセン王国政府による正当で安定した統治を回復させること。
6、 2月5日の事件に類する事案の再発を防ぐことを目的に、ロブロセン王国の治安維持並びに司法及び、レンツ帝国政府が特に必要だと判断する所管業務において、今後レンツ帝国がこれに干渉できるものとすること。
7、 2月5日の事件に類する事案の再発を防ぐことを目的に、レンツ帝国並びにロブロセン王国政府に対する反発的な運動及び、破壊活動に対して有効な対策を講じること。
8、 これら全ての事項について、ロブロセン王国政府による実施が確認できない場合又は、ロブロセン王国政府が希望する場合には、ロブロセン王国政府に履行能力が無いと判断し、レンツ帝国がこれに代わって武力を含めたあらゆる方法を用いて本要望書を実施することとする。
9、 以上の事項を即座に認め、レンツ帝国に対して16日以内にこれを通知し、通知日から数えて60日以内に実施すること。
以上が、レンツ帝国より届いた要望書です。譲歩は、、、一切無いとのことです。」
ロブロセン王国。建国から数えて現在まで197年という世界的に見ても比較的長い歴史を紡ぐ国である。現在の国王はジャンフロンセル・ベクリアーノ=ラルツ・ラブロン。ジャンフロンセル9世だ。
先代のジャンフロンセル・ベリアノス=ラルツ・ラブロン。ジャンフロンセル8世と有力貴族であるラルツ家の令嬢、シュベリア・リムスラー・ラルツとの間に生まれ、現在38歳である。
歴史学においてはロブロセン王国第3君主政と表記され、ラブロン王国第1君主政を先行国家として成立したロブロセン王国第2君主政を更に継承して成立した国家であり、ロブロセン地域歴代国家としては3代目、ロブロセンの名を冠する国としては2代目である。
現在のロブロセン王国はレンツ帝国の衛星国と化していた。しかしガランティルス大陸の大陸戦争終結までは、ユト大陸の全土で植民地化、属国化がされている中でただ一国、ロブロセン王国第二君主政の時代から事実上の独立を維持し続けていた旧大国である。
ラブロン王国の時代に至っては、ユト大陸における絶対的な覇権を確立し、その勢いは海を渡り当時アドレヌ大陸の東部において影響力を有したビルカ王国とも戦争をし、有利的講和によってビリアムス島という島の割譲を受けた。
このような歴史を始め、各方面に勢力を拡大していた昔であるが、ガランティルス大陸に本国を置く国々が台頭し始めたことで、ユト大陸もといロブロセン地域国家の華々しい全盛の時代は幕を下すこととなる。
そして今日、他国を率いる立場から衛星国家へと転落していたこの国は、制限を受けているもののなんとか維持していた主権そのものが、ついに失われようとしていた。
「これは、、、あまりにも、ひ゛どすぎまs、、、」
涙を拭いながら放り出された声は、とても小さく掠れていた。しかしこのとても小さな嘆きは、広くとも失意による沈黙で満たされたこの謁見の間に響き渡るには十分だったようだ。
摂政として幼年時代の現国王ジャンフロンセル9世を支え、現在でもその厚い信頼によって宰相という大役を預かる老年の男の涙は、謁見の間に居並ぶ者たちを誘い、その感情の露出は次々に伝播していく。
しかし、しばらくの沈黙の後、この状況下にあっても堂々と腰をおろす男の雄々しくも冷静な態度は普段と変わらぬようで、絶望に支配された謁見の間を一蹴し語りかけるかのようにしてその声は響いた。
「悲しいが、、、認める他無いだろう。こうなるのも運命と割り切ろうではないか。落ち着いたなら皆で最善手を考えよう、今はゆっくり休みたまえ。」
「しかし陛下、、、」
「なにも国が滅びるというわけではないだろう。」
主権を失うことになる。しかし、だからといって国が滅亡するわけではない。勿論その可能性は十分に考えられるが、それを回避するのがここにいる我々の仕事であると、この時皆が一様にこう考えた。ジャンフロンセル9世は幸いにも臣下からの信頼は厚い。
「お待ちください陛下、停戦協定はどうするおつもりですか?」
そんな中、不安気な声でそのような発言が上がった。停戦協定とはロブロセン王国政府が反王国体制派の指導部と締結した、[ユト大陸でのロブロセン王国と反王国体制派における軍事活動に関する一方ロブロセン王国宰相及びロブロセン王国軍総司令官と他方ロブロセン革命軍総大将及び諸外国義勇軍総司令官との間の協定]のことであろう。
「寄託国はレンツ帝国です。ペンゴの反発は大きいでしょうが、流石にその対応はレンツが行うはずです。」
上記の協定は、レンツ帝国が寄受国として名乗りをあげて締結に至ったものだ。そしてこの協定にある諸外国義勇軍総司令官というのは、ペント・ゴール帝国陸軍の軍官である。
流石にこのペント・ゴール帝国の反発に対して対応しないのであれば、従属国と宗主国という関係を考慮してもあまりに無責任だと言える。
こればかりは国際社会の中で中立を示す者たちも黙ってはいないだろう。どちらをとってもペント・ゴール帝国を中心とした敵対勢力からは無論何かしらの攻撃はあるだろう。それを前提として、少なくとも中立国も批判するような愚行は控えるべきだ。
「皆、また明日集まってくれ。」
大国と呼ばれる国々の中でも特に優れた国力を有する列強国という地位はかつてのもので、滑り落ちた現在は列強国の衛星国であったが、この日ついに従属国へと堕落した。
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【新生暦1948年 4月11日 朝−−−フリト帝政国帝都エアセル ロームルス城 会議室】
「−−−おそらくレンツ帝国は、ロブロセン王国を完全に属国化すると思われます。その場合、ロブロセン情勢に対する介入を本格化する必要があります。」
ボルボ橋事件の後、レンツ帝国はその犯行がロブロセン王国の反王国体制派過激派集団、キルガー革命隊によるものだと断定した。
これを受け、レンツ帝国はロブロセン王国に対し、反王国体制派らによって実効支配を受ける地域を即座に奪還し、ボルボ橋事件に関与する組織の構成員を引き渡すように要求した。とレンツ帝国は発表している。
レンツ帝国の公式声明には、「身の程を知らぬ不届きものには必ずや報いを受けさせる。我々は武力行使を含めたあらゆる方法で反王国体制派に対し裁きを下す。」ともあった。
このようなことから、ロブロセン王国に対してロブロセン共和国の解体を迫り、最悪の場合レンツ帝国が直接軍事行動を取ることも考えられる。そうなればどうなるか、
「ロブロセン共和国に対する今までの支援だけではおそらく1週間と持たないでしょう。武器輸出も検討するべきです。」
しかし問題もある。フリト帝政国はエルトラード皇国との戦争が終わったばかりだ。加えてそれよりも前から現在まで続いてる、ナカルメニア共和国に対する支援や、日本国に対するそれもある。
「戦時明けで同時に3カ国に対する支援は、はっきり言いますが不可能です。」
日本国に対する支援ですら、彼の国の先端技術という莫大なリターンの提示を受けて、国家運営において決して小さくない支障を度外視して行っているのだ。
その上で新たに支援の対象を増やすなど困難を極める。せめてナカルメニア共和国に対する支援の緩和を考えるべきだろう。
「牽制どころか、撤退目前まで持って行けました。この際ナカルメニアへの支援をやめても良いのでは?」
ナカルメニア共和国に対する支援は元々、エルテリーゼ大公国によって強いられた哀れなナカルメニアを解放する、という名目で始まったことだ。
真意はエルテリーゼ大公国の影響力の低下を狙ってのことであった。そのため、エルトラード皇国からエルテリーゼ大公国の公国軍を撤退させ、ナカルメニア地域ではエルテリーゼ大公国のナカルメニア駐留統治軍とナカルメニア統治機構を西部海岸へ追いやることに成功した時点で目的は達成されていた。
そのためそれ以上にナカルメニア共和国に対する支援を続ける理由は無かったのだ。
ただでさえ経済的負担が大きく、そしてマカルメニア民主国との外相会談でもナカルメニア共和国の改名の要望を匂わせる談話があったりなど、外交的にも影響が出始めている。
「ナカルメニアへの支援を取りやめるとして、日本に対してはどのように?」
「それは今まで通り継続するべきだろう。」
日本国に対する支援は、食料や資源の提供が主である。無論それは貿易であるため、日本国からは金銭や精機類の加工品などを受け取っている。
しかしそれ以上に重要視しているものがある。それは日本国の各種先端技術だ。
「あの技術を我が国に取り入れれば、レンツやエルテリーゼなど簡単にだし抜ける。セリトリムにすら迫るのではないか?」
日本国がこの世界で名を挙げその実力が広まれば、セリトリムが1位を維持し続ける国力序列でその座を一瞬にして奪うことになるだろう。
その時に備え、日本国とは友好な関係を続けなければならないだろう。国内には日本国をよく思わない人間も多いが、それについては対策を講じていくことが必要だろう。
「日本に対しての支援はそのままで行きましょう。ロブロセン共和国に対してどの程度支援を行うか、考えるべきです。」
「経済的なもの以外にできるものはありません。なんたって戦時明けですから、」
だからと言ってここでロブロセン地域における対応が後手に回れば、それはユト大陸においてレンツ帝国が影響力を強めることを許すことになる。
「ペンゴとは協議するとして、テンキルの時みたく日本を巻き込んでみれば状況も変わるのでは?」
お久しぶりです。[虎石_こせき]です。
第三章も目前です。各国共に国軍を使い直接的な行動に出ようとしています。流動的な世界情勢の中で日本はどう渡り歩くべきか。ちなみに国府田氏率いる第41年次職務執行内閣は消滅しています。その辺りは章間で詳しく書きますが、次の第二章完結後の章間は[章間・国内情勢]の時ほど長くはしないつもりですのでご安心を。




