プロローグ・3
【西暦2040年 6月20日 朝|日本国栃木県 国防省本庁舎地下2階 統合司令室】
栃木県の八千代町に位置する国防軍の総本山、国防省本庁舎。その地下に広がる、統合司令室と呼ばれる大規模なオペレーションルームは、熱核兵器の直撃にも耐えうると言われている。
前面壁には800インチのメインモニターが埋め込まれ、床全体が後ろに向かって徐々に高くなるような階段状になっている。その踏段は一段一段が広く、それぞれにオペレーター用のデスクが横一列に複数並べられている、映画館に似た空間だ。
「総長、撃墜した3機の乗組員1名を救助したとのことです」
「本当?」
統合司令室の奥。それを一望できるような高所に、ガラスで仕切られた国防総軍統合参謀総長執務室兼高官用会議室がある。
そこで国防総軍統合参謀総長が知らされたのは、撃墜した3機から唯一救助された、1名の容態についてだ。
「無事なの?」
「はい。一応は無事なのですが、現場からの報告によると英語を話せるようでして…」
「どういうことなの?」
「わかりません。関東拘置所にて国防情報局が取り調べを行う予定です。その報告を待たない限りはなんとも。あと対外調査についてですが部隊の選定が終わりました」
「確か当該3機の出どころ調査だったわね」
「はい、国防海軍の水上部隊を動員して、上空からの調査ということで」
「海防隊あたりか?」
海防隊とは、多用途護衛艦3隻からなる小規模部隊である。
「これで進めてちょうだい」
「わかりました。では私はこれで」
「総長!失礼します」
国防軍のトップ2が話し合っているところに割って入るのは気が引けたのだろうか。先ほどから話が終わるのを待っていた統合司令室長が声を上げた。
「先程、今朝の当該3機と同じ方向から国籍不明機が向かってきているのをレーダーで捉え、現在対領空侵犯措置を実施中との報告が入りました」
「わかった。それで?」
「今回はADIZの圏外で探知できました。機数は2、時速460kmで高度4000mを飛行中です。真っ直ぐこちらに向かってきていると」
「今回は監視を続けるだけで絶対に警告射撃はするなと伝えて、フレアも無しよ」
「すでに通達しました」
「フレアもですか…」
示威行為のすべてを禁じて、果たして効果的な警告行動足り得るのだろうか。国防総軍統合参謀副総長は疑問に思うが、それでも納得できる理由は思い浮かぶ。
「これ以上戦闘が起これば戦争になる。仲介国家はおろか対話の窓口すらもいないのよ。」
すると執務席の内線電話が鳴り、国防総軍統合参謀総長はすかさず受話器を手に取る。
「私よ…」
『国防情報局の石崎局長よりお電話です。取り急ぎとのことで、』
「副総長、一緒に聞いて。繋いで」
国防総軍統合参謀副総長にこの部屋に残って一緒に電話を聞くように言うと、スピーカーボタンを押す。
『ピー………石崎です。実は今朝の撃墜の際にシギント中のうちの職員が出どころ不明の英語の無線を傍受していまして』
「本当?」
『たった今救助された当該機の乗員が英語を話すと聞き、無線の言語も英語でしたのでもしかしてと思い電話した次第です。』
「わかった、ありがとう。副総長聞いたわね?その周波数で呼びかけるよう現場に伝えて」
「わかりました。」
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【西暦2040年 6月20日 朝|日本国より北西 上空】
『ジャガー09より管制、横についた。戦闘機2機、これより通告を開始する
Attention Attention,This is Japan Air Force.
(こちらは日本国国防空軍です。)
If it continues to do so,it will violate Japanese airspace.
(このままでは我が国の領空を侵犯することになります。)
Please Change the flight path.
(進路を変更してください。)』
国防空軍中部方面航空団、その第1飛行群第204飛行隊に所属する "F−UC/31誘導制御戦闘機" が2機、コールサインはそれぞれジャガー09とジャガー10だ。
今回は本日未明のスクランブルとは違って、 "FU−32無人戦闘機" も6機が離陸している。2機の国籍不明戦闘機を囲むようにして "FU−32無人戦闘機" が並び、離れた位置に "F−UC/31誘導制御戦闘機" が飛行している。
(はぁ、エルマー14と15の二の舞いだけは避けたいが、、、)
ジャガー09の操縦士が心の中で不安を漏らすと、僚機のジャガー10でも、管制からでもない通信が流れた。
『can't obey. Please identify yourself.』
『?!、、、管制、当該機より無線通信があったover』
どうやら報告にあった通り、英語を話すというのは本当のようだ。
『ジャガー09、こちらでも確認した。現時刻を持って当該機を領空侵犯機と断定する。警告を実施せよover』
『管制、了解した。
Attention Attention,This is Japan Air Force.
(こちらは日本国国防空軍である。)
You are violating Japanese airspace. Leave immediately.
(貴機は我が国の領空を侵犯している。直ちに退去せよ。)』
『ジャガー09、警告に従っている様子は見られるかover』
『管制、目標に変化は見られない』
『ジャガー09、了解。警告射撃は行わずに強制着陸措置を実施せよover』
『管制、了解。強制着陸措置を実施する。
Attention Attention. Do a Forced landing, Follow my guidance.
(強制着陸措置を行う。こちらの指示に従え。)
Do a Forced landing, Follow my guidance.
If Disobey, shoot down. If Disobey, shoot down. If Disobey, shoot down.
(従わない場合には撃墜も辞さない。)』
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【西暦2040年 6月20日 昼前|日本国石川県 国防空軍小松基地】
強制着陸措置に応じた国籍不明の戦闘機2機。彼らはジャガー09とジャガー10に従って、小松基地の第二番滑走路へ着陸した。
強制着陸措置によって着陸した軍用機の操縦士は、通常その空港がある地域を管轄する警察署にて、自治体警察が取り調べを行うものだ。しかし、今回は状況が特殊であるため、法務省の国家公安捜査庁が取り調べを行うこととなった。
法務省の外局である国家公安捜査庁とは、通常の警察力のみでは対処できないテロ行為や国際犯罪、指定暴力団、警察庁の未解決重大事件等を対象とした警察活動を行う国家機関である。法務省の公安審査委員会と公安調査庁が統合され創設された捜査機関だ。
強制着陸から約30分後。同基地に着陸した国家公安捜査庁の "UH−2R−多用途ヘリコプター" 2機から降りてきた6名の捜査員は、基地の隊員に案内されて、操縦士たちが幽閉されている応接室の前に案内される。
「この部屋です」
「身体検査はしましたか?」
「はい、銃とナイフを所持していたので没収しました。」
「わかりました、それは後ほどこちらで預からせてもらいますね。では2人は部屋の前で待機だ」
その6名の中心人物らしき男はそう言うなり、残りの3名を引き連れ部屋に入る。部屋に入るとソファに座っていたのは2名、これまで見たことない服を着ているが、その色やデザインから軍用機に乗る軍人だと瞬時に理解できた。
「早速だがまず、名前と国籍を教えていただきたい。」
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【西暦2040年 6月20日 昼過ぎ|日本国旧首都圏政府直轄開発地 政令指定特別区域 首相官邸北棟3階 総理執務室】
総理執務室では、形態を緊急事態大臣会合の国家安全保障会議が開催されていた。参加者は以下の通り。
・内閣総理大臣
・内閣官房長官
・国家公安法執行議院長
・総務大臣
・法務大臣
・外務大臣
・国防大臣
議題は言うまでもなく、領空侵犯の後に強制着陸措置を講じられて、現在は国家公安捜査庁の管理下にある2人。英語を話すという国籍不明の人間たちに対する今後の対応についてだ。
「きっとすぐに再度、航空機や船舶による接触があるでしょう。明日までに、できれば今日中にも2名を解放し情報を持って帰ってもらわないと」
「しかし事情聴取には最低でもあと2日はほしいです、今日中になんてとても」
すると国防大臣と法務大臣に割って入るように、それまで気難しい顔で無言を貫いていた内閣総理大臣が意見する。
「また戦闘なんて始まれば、次こそ戦争になるだろう。国防大臣の言うように、我が国の情報を持たせてすぐに帰したほうがいいと、私は思うがね。」
未明に戦闘が発生し、その数時間後に同じことが起ころうとしたのだ。彼の国とは国交は勿論のこと第三国すらも存在せず、これ以上緊張状態が続けば泥沼の戦争へ突入する可能性だってある。
ただでさえ経済が停滞し疲弊しきっている日本国に、そんなことが起これば亡国という未来は避けられない。それは88年の国史と2700年の歴史に幕を閉じることを意味する。
「総理、報告をよろしいですか?」
法務大臣が後ろに座る補佐官から手渡された書類をそのまま総理に渡し、報告を始める。
「身柄確保した2名の事情聴取の結果です。」
渡された書類には、まず2名の個人情報が書かれていた。だがあまり興味はないようで、内閣総理大臣はめくってから二枚目に目を通し始める。
「この2名の国籍はフリト帝政国という国だそうで、アドレヌという名の大陸の東一帯を領有する国だそうです。この大陸は我が国から北西に位置しているとのことで、こちらは国防省のほうへ」
「計画の立案が完了しました、詳細は後ほど報告させていただきますが、総理のご命令があれば今夜にでも実行できます。」
その国を見つけて終わりではない。本日未明の撃墜事件と、今回の強制着陸措置の件、そして今後のためにも国家として公式な接触が必要だ。そのためにも、強制着陸措置をとり逮捕した2名には外務省から話を通して早急に情報を持って帰国してもらわなければならない。
「撃墜した機に、生き残りがいるのだろう?情報はそいつから聞けばいい、二人は返すべきだ」
結果、拘束した2名の操縦士は、国家公安捜査庁による事情聴取を現時点で打ち切る。外務省から、日本国が外交を求めている旨を話し、進上品と共に情報を本国へ持ち帰ってもらうこととなった。
そして名前が判明したフリト帝政国に関して、その詳しい情報については今日未明の戦闘の後に救出された唯一の生き残りから、話を聞くこととなった。彼は今、国防軍の富士病院にて入院中だ。
そして議題は次へ移る。まずは自分達から行くのか、それとも彼らからきてもらうのかということだ。だがこれに関しては決まっている。
「我が国はとても外国貴賓を招ける状況ではありません。」
前述の通り、日本国は現在壊滅的な状況である。とてももてなしができるような余裕は無いのだ。よって使節団を派遣し、自分達から赴くほか無く、これは外務省はもとより全官僚の総意である。
「では輸送に関してですが」
いうまでもなく担当するのは国防海軍だ。
「安全が保障できないため民間船舶では無理です。一個護衛隊を基幹に、海防隊や輸送艦等、補助艦艇を加えた臨時艦隊を編成します。」
現在の国防海軍は、保有する総艦艇数240隻の内、138隻が戦闘艦艇である。航空母艦を基幹とした、6隻の戦闘艦艇からなる一桁護衛隊が4つ、その部隊から航空母艦を除いた編成の二桁護衛隊も4つが常設されている。
「明日の早朝、拘束した2名を帰国させてから1週間後を目安に外交団を派遣いたします。外交団の団長は全権大使という位置付けで構いませんね総理?」
「あぁ、頼んだ」