第十七話・ボルボ橋事件−1
【新生暦1948年 2月5日 夕方−−−マカルメニア民主国首都カムラ アルノルト・ベリーロンド=カムラ 記者会見室】
記者会見室に仕立て上げられた大宴会場には、国内外で有力な報道機関の中から選ばれた報道機関が19社。38名の報道関係者が見つめる先にいるのは、この世界を直接左右する超大国の代表たち5名と、寄託国代表の1名だ。
『−−−長きに渡る討議の末に実現した、このカムラ国際会議でありますが、ただいま各国全権代表5名の、署名がなされました。これをもって、カムラ国際会議軍縮条約は成立、いたしました。』
勝者は無く痛み分けで終結した大陸戦争から、現在まで続いていた列強国を中心とした大国たちによる軍事拡大。それに伴う緊張悪化によって、仮想敵国に対する優位性の確立又は維持を目的に、また新たな軍拡を誘発するという終わりのない愚行が繰り返されていた。
しかしそんな悪状況にも、ようやく光明が差し込んだ。これで終わるほど、収まるほどこの世界は単純ではないが、間違いなくそこに至る長い道のりの大きな一歩となるだろう。まさに歴史的瞬間と言える。
大きな拍手が渦巻く中、イルグク 外務大臣は順に5カ国の代表との握手をした後彼らを部屋の外へ誘導して記者会見は終了した。
「では報道関係者の皆様は後のドアから後退室ください」
マカルメニア民主国外務省の職員の誘導で、部屋にいた報道機関の38名はゆっくりとその人数を減らしていく。そんな中でも、未だに忘れぬうちにと記者会見の様子をまとめたり、取った写真を確認している報道関係者もちらほら見受けられた。
「ほら、早く行くぞ」
セリトリム聖悠連合皇国籍の世界的報道機関、そのマカルメニア支部に勤める彼もそんな1人である。今回共にやってきた先輩に急かされノートを閉じると、荷物をまとめて立ち上がりながら、待たせたことに対する軽い謝意を一言。
「そういえばお前、日本国って知ってるか?」
ラック グローバル メディア、通称RGM。セリトリム聖悠連合皇国に籍を置く大企業、ラック=ジェラルディー・フリットキャスティング・メディアグループの傘下企業であり、同じくセリトリム聖悠連合皇国に籍を置き世界中に支部を持つ世界的報道機関である。
「名前は知ってますけど、よくわかんないです」
日本国、名前以外に知っていることは無い。しかし仕事柄国際的な事象には敏感でなくてはならない。答えによって能力を判断されることだろう。
知らないと言うわけにはいかないと内心少しだけ焦りながら言ったのだが、続く先輩の言葉に胸を撫で下ろした。
「俺も最近知ったんだが、フリトが去年国交を結んだ新興国らしい。」
ここ近年で国際ニュースの見出しといえば、アドレヌ大陸ではナカルメニア共和国の独立戦争と、フリト帝政国エルトラード皇国によるコスロ戦争。そしてユト大陸でのロブロセン内戦。最後にエルテリーゼ大公国についてだ。
名の知れない新興国家の事など報道しても、視聴率や発行部数を稼ぐことはできないだろう。
「帝政国支部では結構大々的に報道してるらしいんだ。向こうじゃかなり有名な国らしい」
こっちではあまり聞かないが、確かに帝政国支部から送られてくる情報の中にかなりの頻度で登場していたことを思い出す。
「そうなんですね、」
興味がなさそうに力無く答えた彼は、先輩と共に部屋を出る。カムラ国際会議の件で取材が続き疲労が溜まっている。今日はすぐに支部に戻って早急に記事をまとめて日付が変わる前に帰宅したい。そんなことを考えていた。
「一回帰ったら日本の船を取材しにジピア港行くぞ。」
__________
【新生暦1948年 2月5日 深夜−−−マカルメニア民主国首都カムラ 公道上】
「船だとかなり時間がかかりますが、本当に良かったんですか?」
「どうせアエリルまでだ、それに帰りくらいゆっくりしたいだろ」
衛星国を経由し空輸された公用車に乗るのは3人。セリトリム聖悠連合皇国の代表、カムラ国際会議特命全権大臣のロバート・E・ホワイトローとその秘書。
そして今回の警護責任者であるマイケル・ヴィンセント。セリトリム聖悠連合皇国内務省の外局である高等警事庁の長官だ。
「そういえば、さっきデイビットさんが言っていた日本という国、知ってるか?」
ホテルを出た後、ホワイトロー カムラ国際会議特命全権大臣は一度在マカルメニア民主国セリトリム聖悠連合皇国大使館に立ち寄っていた。
「名前だけは知っていましたが、詳しくは、、、何か気になりますか?」
「いいや、ただ聞いただけだよ。」
しばらくの間、秘書の運転で交通規制が敷かれた公道を悠々と走り抜けていた。列強国には入り至らないが、さすがは大国と言われることはある経済大国だ。
住宅街の様子はセリトリムの地方都市のそれと大きな違いがあるわけではない。建築様式に差異があることは勿論だが、それは優劣をつけるものではないだろう。
物思いに耽っていると、滲み出る疲労感が充満する沈黙の中ヴィンセント 高等警事庁長官が口を開いた。
「乗船後、アエリルに着くまではルチニア駐留の皇命海軍駆逐艦が護衛に付くことになっています。」
「物騒だね。せっかく軍縮条約を結んだのだから、そんなことしなくてもいいだろうに」
少々呆れたように覇気の無い声でそう言い放つが、秘書は続ける。
「護衛無しは本国が認めませんでした。各国もミュートル内海を出たところで護衛の軍艦と合流するようですし、問題は無いでしょう。」
そんな話しをしているうちに、すでに出発してから20分は経っただろうか。遅めの速度で走行しているため時間はかかっているが、もうすぐ港までの折り返しだろう。
するとハンドル横の車載無線機から声が流れた。助手席に乗っていたヴィンセント 高等警事庁長官がすかさずマイクを取る。
「こちら一号車、どうした?」
ヘッドホンを耳に当てて報告を聞いているヴィンセント 高等警事庁長官の顔は、次第に険しさを増していく。すると先ほどの柔らかな声とは打って変わって、強張った声が発せられた。
「ホワイトロー大臣、申し訳ありません。今からマカルメニア軍のカムラ基地に向かいます。」
謝意を示す言葉を発してはいるものの、その表情や声色からは自責の念は一切感じ取れず、滲み出る緊張感は謝罪の際のそれとは違った雰囲気のものであった。
民主国陸軍カムラ航空基地。ここは行きの移動でホワイトロー カムラ国際会議特命全権大臣が使用した航空機の離発着上として、提供されている場所である。
ホワイトロー カムラ国際会議特命全権大臣が、帰りの移動に船を所望したが、念には念をとその船の出航までは、昨夜の本国からの報告もあり離陸を遅らせる手筈であった。
「どうしたんだ?」
ヴィンセント 高等警事庁長官に対して、不安の入り混じった頼りない声で尋ねると、返ってきたのはそれとは対照的に、冷静さと緊張感が合わさったような不安を増長させるものであった。
「SC9、−−−」
ステータスコード。それはセリトリム聖悠連合皇国の高等警事庁内部で使用されている、その時の状況を分類するものだ。例えば平事や問題無し、計画通りなどといった状況を示す場合にはSC4などと言われる。
ではSC9とはどんな状況を表すものなのか。
「−−−緊急事態です。」
__________
【新生暦1948年 2月5日 深夜−−−マカルメニア民主国首都カムラ 公道上】
少し時間を戻す。カムラ国際会議、レンツ帝国代表のロベルト・ルイス 外務大臣。彼は今、真夜中の住宅街を、マカルメニア民主国の警務庁の車両による誘導を受け車列を成して移動していた。
車窓から流れる夜の街を見つめていたルイス 外務大臣は、あることを思い出したのか、窓の外へ向けていた視線を戻し部下に問う。
「そういえば奴らはどうなんだ?場所は掴めたのか?」
「相変わらず尻尾を出しません。警務庁総出で捜査しているのですが、」
近年ロブロセン共和国の反王国体制派の過激派組織、キルガー革命隊がロブロセン王国での活動を活発化しており、その被害はロブロセン王国を支援しているレンツ帝国にまで広まっている。
カムラ国際会議の直前にもキルガー革命隊の一端が、レンツ帝国国内で武器の密輸を行なっているとして、内務省の外局である警務庁が国内の活動拠点を総出で捜査していたのだがなかなか進展がないようだ。
不確定な情報だが、レンツ帝国政府ではキルガー革命隊はロブロセン共和国暫定政府をはじめ、ペント・ゴール帝国とも繋がりがあるのでは無いかとの憶測が囁かれている。
「?」
直後、車を運転する運転手の頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。前を走る車が予定に無い場所で左折したのだ。見ればマカルメニア民主国警務庁の人間が左へ行くように誘導していた。
この場所で左折すると通ることになる道路は、ルートに問題が発生した場合に変更される第二ルートへ通じる道路だ。
事故でもあったのであろうか。第二ルートは事前に交通規制は敷かれておらず、第二ルートを使用することが決まってから、待機していた警務庁の隊員が交通規制を敷くことになっている。
車はしばらく、オレンジ色の街灯でうっすらと照らされた寝静まった夜の街を進む。交通規制が間に合っていないのだろうか、今まで見なかった対向車をちらほらと見るようになってきた。夜とはいえ一国の首都である、すれ違う車は少なくない。
__________
【新生暦1948年 2月5日 深夜−−−マカルメニア民主国首都カムラ 公道上 ボルボ橋前】
「こちら2班、橋の規制完了、」
ルート2が使用されると報告があってすぐに、待機していた部隊は橋の規制にかかった。規制は難なく完了し、後は車列を待つだけだ。
しばらくして、奥の方からいくつもの灯りが近づいてきた。
「こちら2班、車列が橋に進入した。」
『こちら3班了解』
3班は、同じ橋の反対側で警備に当たっている部隊だ。
車列は古い石造の橋へゆっくりと順に進入していく。ちょうど車列の真ん中に位置するルイス 外務大臣が乗った車が橋へ入った。
とそんな時だった。
地響きとともに腹に響くような爆音が響きわたり、直後一瞬橋の中心付近からオレンジ色の光が差した。
『敵襲!』
あまりの出来事に警備に当たっていたマカルメニア民主国警務庁の隊員たちは動揺を隠しきれず、混乱によって車列は停止していた。
「状況!爆発物!」
すぐさま報告が行われるがもはや遅い。古い石造の橋、その中心で爆発が起きたとあればどうなるかは簡単に予想がつく。しかしこの混乱の中にあっては、誰もが冷静な思考力を失っていた。
だがその答えはすぐさま全員の頭に入ってきた、予想ではなく現実として。
「橋が落ちるぞ逃げろ!」
「退避ーーー!」
お久しぶりです。[虎石_こせき]です。
年内最後の投稿です。今回もサブタイトル「カムラ国際会議−〇〇」を使おうと思ったのですが、当初の予定よりも先の内容まで書いて、それをタイトルにしました。
もしかしたら明日か明後日にもう一話投稿できるかもしれません。というかできるように頑張ります。




