第八話・隠匿と改竄
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【西暦2041年 5月13日 未明 −−−アドレヌ大陸より南260km地点 洋上】
星空の下に広がるどこまでも広大な漆黒の海、そこに二つの月に反射する微かな光に照らされてその影を浮かべる、一つの鉄塊があった。
国防海軍籍のその艦は、単艦でひっそりと夜の海を征き、その時を待っていた。
第二即応機動艦隊隷下、第104即応戦隊所属
[いつくしま型ミサイル巡洋艦6番艦−かすが/MCS−217]
誘導弾及び、魚雷の投射力では国防海軍の艦艇の中で随一の性能を誇る艦型の6番艦である。
今回の航海には、艦の乗組員の他に2名ほど、国防省から派遣されてきた人間を乗せている。1名は中央特殊作戦軍参謀本部から、国防運用部特殊作戦課の課長。もう1人は統合軍特殊作戦軍団幕僚監部から、特殊戦略部計画課の課長補佐である。
各領域における特殊任務等を担当する、国防軍部隊の最精鋭たちが集まる中央特殊作戦軍、その参謀本部。そして国防軍における特殊任務の全般を所管する統合軍特殊作戦軍団、その幕僚監部。この両方から人員が派遣されてくるなどただ事ではない。
この艦で最高位の階級に位置し、加えてその2名の階級とはそれぞれ同等と、一つ上であるにも関わらず、艦長は緊張により精神をすり減らして任務に当たっていた。
階級上では同等か上であろうとも、指揮系統で見れば中央特殊作戦軍は所属する国防海軍と同列であり、統合軍特殊作戦軍団に至っては、統合参謀総長の直下で統合司令室と同列に置かれ、その権限は国防海軍参謀本部や場合によっては統合司令室にも意見できるほどのものだ。
そんな者らが見守る中、単艦での任務など緊張しない方がどうかしている。所属する第104即応戦隊を麾下とする第二即応機動艦隊の司令長官による、訓練査閲の時以上の精神的負荷だ。
「ニンジャより攻撃要請!」
「来たか」
艦の戦闘指揮所でモニターを眺める艦長は、そうつぶやくやいなや、今度は部屋の全員に聞こえるような声量で指示を発する。
「対地戦闘よーい」
艦長の一言で艦内は慌ただしく動き始め、緊張感が一気に充満しはじめた。アラームが鳴り響き、艦長の指示は艦内放送を通して何度も復唱される。
「対地戦闘よーいよし!」
すぐさま準備完了の報告が上がり、続けて艦長は指示を出す。
「対地戦闘、右誘導戦、CIC指示の目標。トマホーク、発射弾数3発。」
「トマホーク、発射弾数3発用意よし」
[トマホーク巡航ミサイル/ブロックⅣ]、日本特事の後に駐日合衆国軍から提供されたものである。
艦橋からみて前甲板の主砲手前に設置された、Mk.57 VLS/噴進弾垂直発射システムの蓋がゆっくりと開き、艦長の一言を待つ。
「トマホーク攻撃はじめ。トマホーク発射はじめ。」
「トマホーク発射はじめ!」
攻撃要員の1人は艦長の言葉を復唱し発射ボタンを押すと、ブザーが鳴り響き直後、ついにトマホーク巡航ミサイル/ブロックⅣが計3発、順に空へと消えていく。
「トマホーク発射完了!」
「トマホーク攻撃ひかえ、」
ロケットブースターを燃やし、約890km/hで飛翔するトマホーク巡航ミサイル/ブロックⅣは、慣性航法によって事前にプログラムされた経路を予定通りに進んでいた。
「シッピング10秒前、、、、、5秒前、、、3、2、1。マークシッピング」
今回の対地戦闘は非常に珍しいものであるためここでは省くが、基本的に国防海軍籍の戦闘艦艇が行う戦闘行為は、対水上戦闘、対潜戦闘、対空戦闘の3種類である。
そして無人航空機などが発展し誘導制御という行為、言葉が浸透した現在では、対水上戦闘と対空戦闘の2種類は、さらに細分化することができる。
それが誘導戦である。
誘導戦とは誘導弾を発射する者と、誘導し目標に命中させる者が別である戦闘を指す。
今回のものはかすが/MCS−217が誘導弾を発射し、ニンジャと呼ばれた地上部隊が誘導制御するというものである。
今回の発射試験では、この惑星上での誘導制御及び、その引き継ぎに関する項目を調べるものらしく、フリト帝政国の協力の元極秘で行われているらしい。おそらく試験とは言いつつ、フリト帝政国向けの外交に使われているのだろう。
無事にニンジャの誘導制御域にトマホーク巡航ミサイル/ブロックⅣを3発送り届けることができたようだ。
トマホーク攻撃ひかえ、すなわちトマホーク巡航ミサイル/ブロックⅣの攻撃準備状態を維持したままでの待機が命じられてから約30分ほど経過した。
『ニンジャよりコバルト、第一射3発は目標群αに命中。えぇ続き攻撃要請、目標群β、シッピング座標は同一座標、どうぞ』
ニンジャより第一射の命中と、続く目標群βへの攻撃に必要な新たな誘導弾の発射を要請してきた。
「ニンジャより入電、第一射の命中確認。続いて攻撃要請!」
「トマホーク発射弾数4発」
「トマホーク発射弾数4発用意よし!」
「トマホーク発射はじめ」
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【新生暦1947年 5月13日 未明−−−フリト帝政国エルトラード皇国占領地 シャロ県テンキル郊外 1km地点 観測所】
「弾着評価。命中弾3発、目標群αの滑走路機能及び管制機能を損失と判断。」
テンキルの郊外に設置された観測所、何重もの警戒線と歩哨に囲まれた厳重な警備の中にいるのは、中央特殊作戦軍の部隊である。
数張の大型天幕の中には、たくさんの長机が並べられている。所狭しと座る者たちは皆、中央特殊作戦軍の作業服装、暗い色の迷彩服を着込みノートパソコンを触っている。
「なるほど、これは、、」
ノートパソコンやモニターとその前に座る隊員たちが整然と並ぶ中、一角だけ雰囲気の違う区画があった。そこには他よりも飛び抜けて大きなモニターが3台ほど置かれ、正面の少し離れた場所に長机が置かれている。
長机には飲料水や菓子が置かれており、おそらく地位の高いもののために用意された場所なのだろう。しかしそこに座る者の姿はなく、代わりにモニターの前に張り付いて立つ男がいた。
「我が軍は日本特事で色々と設備が失われましてね、本来であれば我々がここへ来る必要もないんですよ。−−−」
ただ1人、全くデザインの異なる軍服を身につけた男に対してそう話しかけたのは、他の隊員と同じ格好をした男だ。
「−−−続いてポイントβへの攻撃を行います。どうぞご覧ください。」
「えぇ、しっかり見させていただきます。」
画面には目標群αとコード付された、エルトラード皇国のコッピージュ航空基地が、黒煙をあげているところが映し出されていた。
「引き続き目標群αの監視を、続いて目標群βへの攻撃を行う。コバルトへパッケージ要請を」
コバルトとは彼らがニンジャと名付けられたように、今回誘導弾の発射を担当する巡洋艦に名付けられたコードネームである。
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【新生暦1947年 5月13日 未明−−−エルトラード皇国タルタ県 テンキル平原西部 皇国陸軍コーピッジュ航空基地】
エルトラード皇国のテンキル平原戦線を維持する兵站拠点として整備されていた一台拠点、コーピッジュ航空基地。そこは今かつてないほどの混乱に陥っていた。
突如として滑走路が爆発し、管制塔も同様にオレンジ色の光に包まれると直後崩れ落ちその機能を失った。
「どこから攻撃された!?状況報告!」
そう叫ぶのはこの基地の最高責任者、コーピッジュ航空基地司令官だ。
「わかりません!突如滑走路が爆発して、」
どこからの攻撃かわからず、現場は混乱していた。フリト帝政国が運用する火砲の射程は知っている。敵砲兵がその圏内に侵入したとの報告はテンキル平原戦線からは入っていない。
では航空機による攻撃ということになるが、しかしコーピッジュ航空基地の防空体制は万全であり、24時間体制で人員を配置し、サーチライトや最新の電波探信儀を備えている。
これらに一切捉われることなく航空機が進入してくることはほぼ不可能だ。そもそもこのような高い精度で航空機による空中爆撃が可能なのだろうか。
そんなことを考えていると、下士官から報告が入る。
「司令!キールローブスも攻撃を受けていると報告が!」
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【新生暦1947年 5月13日 未明−−−フリト帝政国エルトラード皇国占領地 シャロ県テンキル郊外 1km地点 観測所】
「コーピッジュ、キールローブス、そして第2艦隊主力を、たった20分足らずで、」
「どうですか我が軍は?」
「驚きました。まさかこれほどとは思いませんでしたよ」
そう感嘆の意を示す男が着ているのは、ペント・ゴール帝国の帝国陸軍のものであった。
「我が国は貴国、日本国との強固な協力体制を目指して協力させていただきます。」
そう言って差し出した手を、中央特殊作戦軍の男は呼応し握り締めた。
お久しぶりです。[虎石_こせき]です。
第二章・ユトの動乱もそろそろ折り返しが近づいてきました。かなり大きく情勢が動くのでお楽しみを。




