プロローグ・1
おそらく、当作のあらすじ、ジャンルを見て読み始めてくださった皆様が最も求めているであろう内容に入りました。大変お待たせしました。
日本国転移等一連の特異的不明事案の発生よりも前に遡る。
【新生暦1945年 3月13日 朝−−−ペント・ゴール帝国 帝都シェイド 公道上】
この世界で最も広大で、それに伴い国家数も最多を誇る、この惑星の中心的な立ち位置に置かれる大陸がある。
国力序列第5位の地位に就く列強国、フリト帝政国。その本国が位置しているアドレヌ大陸から、ユト大陸を横目に約11,000kmを東に向かって進むと現れる大陸、ガランティルス大陸。
国力序列第2位のエルテリーゼ大公国、国力序列第3位のレンツ帝国等々、世界に名だたる強国の他、40以上もの独立国が存在している。
そんなガランティルス大陸に本国を置くこの国、ペント・ゴール帝国もまた、列強国と言われる国力序列第4位の大国である。
そんな国の帝都、シェイドの公道を走る車。秘書官が運転する黒塗りの公用車の後部座席から、左から右へと流れる市街風景を眺める初老の男にはある悩みがあった。
目線はそのままで目のピントを調節し、それまで見ていた窓の外ではなく窓に反射する自分の頭を見る。
薄い。やはりここ最近は特に、数年前と比較して薄毛がより顕著となっている。これもすべて外務省の省長に就任してからだ。過度な精神負荷のせいで老化が一層早まっている気がする。
さっきもそうだ。窓に反射した自分の頭を見るために、目のピントを調節しようとした時だって、なかなか合わせられずに、頭自体を少し動かしてようやく見れたのだ。
「全く…」
こういったストレスのすべては、アシュニスィ海峡係争に端を発した、大陸情勢の悪化に伴う仕事量の増加に起因している。
ペント・ゴール帝国のあるガランティルス大陸には、大陸を東西で二分するような形で、南から北に向かって中央を貫くような内海が存在する。
これをミュートル内海というが、ペント・ゴール帝国はこの内海に面した国であり、直接外洋に面しているわけではない。
ちなみにもっと厳密に言えば、ミュートル内海は途中まで進むと北と東に枝分かれしている。直進、すなわち北に進めば呼称は西ミュートル海なのだが、ここで東に進むと東ヨルシュ陸央内海と言う別の内海に繋がり、ミュートル内海はこのように細分化されている。
ペント・ゴール帝国はどちらかといえば、東ヨルシュ陸央内海に面している海岸のほうが長い。というよりほとんどそうだと言える。
ガランティルス大陸は、この内海によって西部、南部、北部の大きく3つに分けることができ、ペント・ゴール帝国の本国がある場所は大陸北部地域という区分となる。
話は戻るが、そのためこの内海に至るために必ず通ることとなる、アシュニスィ海峡という海峡は、ペント・ゴール帝国の生命線と言えるのだ。
そんなアシュニスィ海峡で、とある問題が発生した。というのも、大陸西部地域に本国を置く国力序列第3位の列強国、レンツ帝国がこのアシュニスィ海峡の主権を主張し始めたのだ。
正確にはレンツ帝国の衛星国であるアーシス共和国がそう主張し、レンツ帝国が代理で海峡を管理するという両国の共同宣言だ。
ペント・ゴール帝国は勿論これに反対した。理由は言うまでもないだろう。
そして本土の中でこの内海に面するもの以外に主要な港を持たない、大陸北部地域の国力序列第2位のエルテリーゼ大公国もペント・ゴール帝国と同じ立場でこの係争に参加している。
このアシュニスィ海峡係争は、国力序列5位から1位の5カ国の内、ガランティルス大陸に本国を置く3カ国すべてを巻き込むものとなった。
そして、アシュニスィ海峡係争による大陸情勢の悪化は、新たな国際問題を次々と呼んだ。
列強各国はそれぞれが、仮想敵国に対して地理的に近い位置にある自国の衛星国や植民地に軍隊を派兵し、軍事的な手段を取り始めた。
遅れをとるわけにもいかず、ペント・ゴール帝国も不本意ながら世界の軍拡の波に乗り、それが経済的に国家の首を絞めているのだ。
そして、そういった軍事的手段の行使はガランティルス大陸のみならず、その舞台は別の大陸へも広がっていった。
ユト大陸である。
「省長、もうすぐです」
秘書官の言葉を聞き再び窓の外を見ると、それまで見えていた市街ではなく、赤い煉瓦の壁が続いていた。中央行政機構庁舎群の外壁だ。
レンツ帝国の国家運営は現在、中央行政機構と呼ばれる組織が執り行っており、これは諸外国での内閣などに相当し、レンツ帝国におかれる各分野の専門機関長をもってそれらを所管している。
いつものように警備員に身分証明証を提示し、門を閉ざしていた鉄格子を開かせると、そのまま車は行政執行院と呼ばれる最も大きな、これまた赤い煉瓦で作られた建物の前へ向かう。
ロータリーに停車した車から降りると迎えてくれたのは、先に到着していた外務省の政務官3人のうちの1人だ。
今回緊急に開催される帝国執行会に参加するのは、外務省からはこの二人、ジョナサン・アラン・デニス 外務省長、そしてゲリー・ウェイン・モンク アルス及びユト両大陸対外政策統括担当外務政務官だ。
「おはようございます、長」
「あぁ、おはよう。ロブロセンの件は体に悪い、また抜けた気がするよ」
「そこまで気になりませんよ…」
「そうか」
「省長、こちらを」
そう言ってモンク アルス及びユト両大陸対外政策統括外務政務官が渡してきたのは、ステープラ留めされた分厚い資料だ。
デニス 外務省長はそれを受け取ると、自分の荷物を車に置いたまま、歩き出しペラペラとその資料をめくっていく。彼のカバンは、運転席にいた秘書官がそれを持ってモンク アルス及びユト両大陸対外政策統括担当外務政務官に手渡す。いつも通りの光景だ。
「共和国の戦況はどうだね?」
「順調だそうです。まだ不確定ですが、陸軍諜報部が、王国は3年以内に講和を打診するとの試算を出しました」
「そうか、勝ったな。後はレンツが想定通り動いてくれればいいんだが…」
ユト大陸にはロブロセン王国という国が存在し、これは近年まで同大陸にて覇権を確立していた、レンツ帝国の衛星国だ。
つい最近、そのロブロセン王国では王国軍の一部と反体制派が武装蜂起した。結果、これは内戦にまで発展し、現在までもロブロセン王国とレンツ帝国は対応に迫られている。
ペント・ゴール帝国はこの反体制派もといロブロセン共和国に対し、武装蜂起より以前から秘密裏に支援を続けてきたため、このロブロセン内戦はペント・ゴール帝国とレンツ帝国の代理戦争と言える。
このままロブロセン共和国の優勢が続けば、レンツ帝国はとうとうアシュニスィ海峡係争どころではなくなるという寸法だ。おそらく本国に駐留している部隊をユト大陸へ展開するだろう。
そうすればアシュニスィ海峡におけるレンツ帝国の優勢は崩れることとなる。これがデニス 外務省長が言った、ペント・ゴール帝国が想定しているレンツ帝国の行動を簡単に説明したものだ。
しかし、どれだけ精度の高い情報をもとに分析しようが、卓上で演習を繰り返そうが、人間の考えなどそう上手く行くことは滅多にない。
二人はそのまま、行政執行院の会議室へと向かう。
ペント・ゴール帝国は数年前から色々と画策していたみたいですね。果たしてうまく行くのでしょうか、