第十話・潰えぬ不穏
なんとか間に合わせました、
【西暦2040年 7月21日 深夜−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定区域第3地区 国家公安捜査庁本部地下1階 多目的会議室 武装集団による中央合同庁舎三号館襲撃事件捜査本部】
旧東京特別区部の中で最も開発が進んでいない地域、旧江戸川区。ここには第二次関東大震災以来、長らく日本を内側から近くから苦しめ続けた反政府組織の一つ、東京自治会の中枢が存在しているそうだ。
「配置は?」
「ほぼ完了です。今コンドルが離陸しました、10分後に現着予定です。」
今日ついに行われる、東京自治会の一斉検挙。法務省国家公安捜査庁が主体となり、国家公安法執行議院も協力しての大規模作戦である。
首都圏に存在する、東京自治会の拠点と判明している場所は全部で18地点。そのうち、今回同時襲撃を予定しているのは半分の9箇所だ。
今回、国家公安捜査庁が担当しているのは3箇所だ。旧東京特別区部で江戸川区とされた地域に位置する2箇所。そして、同じく旧東京特別区部で品川区とされた地域に位置する1箇所である。
他の地点は、4箇所が国家公安法執行議院が、残る2箇所は警視庁が担当することとなっている。国家公安方執行議院が担当する4箇所は、同院の特殊部隊、戦術行動局が、警視庁が担当する2箇所は、同庁の特殊重大事案対処専門部隊が制圧を行うそうだ。
「コンドルが現着次第、作戦を開始。戦行局と特戦部にも伝えろ」
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【西暦2040年 7月21日 深夜−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域 旧江戸川区エリア 上空230m地点】
『本部よりコンドル02。ポイントB3に到着次第、作戦を開始せよ。』
タイムスケジュール表では、強襲部隊を乗せた他の2機の回転翼機はすでにそれぞれのポイントの上空で待機しているはずだ。よって、この作戦の一番槍はこのコンドル02とコードが付けられた回転翼機に乗る、国家公安捜査庁保安執行部第1小隊第2分隊の11人が務めることとなっている。
「コンドル02、ポイントB3現着、これより降下を開始。」
ポイントB3は、旧江戸川区の中で東京自治会の中枢が存在していると思われている、雑居ビルに付けられたコードネームである。
「リペリング用意!降下!」
11人に与えられた任務は、雑居ビルの屋上に降下し、そこから下に降りつつ内部を制圧。地上から進入してくる後続の部隊に任せ、そのまま地階へと進み、東京自治会の幹部を確保という流れになっている。
また地階へと進む時、同時にそれまでその後続の部隊と共に行動していた別の分隊が、雑居ビルから目前の旧都営地下鉄新宿線篠崎駅に進入する手筈となっている。
この雑居ビルは、全8階建であり、地上部は7階分ある。屋上から部屋を一つ一つ開けて制圧を進めるのに、そう時間はかからないだろう。
すでにいくつかの部屋を見ているが、人のいる部屋はなかった。しかし、その形跡は見られ、生活用品の中には、銃や爆発物などの違法物品の姿もあった。
「こちら2分隊、地上部を制圧。これより1分隊に引き継ぎ、そのまま地下に入る。」
このビルは地下への階段が屋外にあるため、そこに向かうには、一度外に出なければならない。
ビルの前には既に2個分隊が展開しており、安全を確保している。第2分隊はそのままビルから出て、すぐ横の地階への階段を降りた。地下1階は、どちらかと言えば半地下のような作りで、階段を降りるとすぐに大きな窓ガラスがある。
「ブリーチングっ」
隊長格の男がそう言うと、すぐ後ろにいた別の隊員が、固く閉ざされ開けることのできない扉は諦め、その横。内側からベニヤ板が張られている大きなガラスの壁に対して、鈍器を叩きつけてガラスを破る。
ベニヤを思いっきり蹴り飛ばすと、ゾロゾロと中へ入る。おそらくは喫茶店かバーだったのだろう、机や椅子がならび、奥のカウンターを挟んだ壁には、まだワインボトルが数本残って置かれていた。
そんなものには目もくれずに、カウンター横のバックスペースへの入り口に足を進める。
その後もいくつかの部屋を制圧し、誰も人がいないことが確認された。しかし、ここは東京自治会幹部の出入りが確認されたこともあり、ここが東京自治会の中枢であることには間違いない。
それなのになぜ誰の姿もないのか、隊長格の男がカウンターの横で無線による指示を待ちながら考えていると、ふと床下収納口を発見する。
「こっちにきてくれ」
散って内部を捜索する部下たちを呼び集め、その床下収納口を開けた。どうやらさらに地下があったようだ。おそらくワインボトルや食料品を置いておく収納部屋だったようだ。
そして、コンクリートでできたその部屋の壁に、少し屈めば人一人が歩いて入れるほどの大きさの穴が空いているのを確認する。中は真っ暗であるが、その先には微かにではあるがオレンジ色の光が見える。向きから旧都営地下鉄新宿線の篠崎駅に通じていると考えられる。
「本部、こちら第2小隊。ポイントB2では犯人を確認できず、代わりに地下トンネルを発見した。方角から考えておそらく地下鉄に繋がっていると思われる。どうぞ、」
『了解、そのまま待機せよ。』
1分半ほどその場で、銃を構えて警戒しながら待機していると、そのトンネルの先の空間を照らしていたオレンジ色の光量の弱い光とは別に、青白く強い光の線が3本ほどうごめいているのが見えた。
それと同時に、本部から指示が出される。
『第3分隊が篠崎駅構内でトンネルの安全を確保、そこを通り第3分隊と合流せよ、どうぞ』
どうやら予想通り、そのトンネルはすぐ向かいの篠崎駅に通じていたようだ。第2分隊が地下へ入ると同時に、篠崎駅に進入した第3分隊によって、トンネルの向こう側の安全が確保された。
よって地上には出ず、そのトンネルを通って第3分隊と合流することとなった。
第3分隊のおかげで、安全に11人全員がトンネルを潜り抜けると、そこは本部からの無線にあった通り、旧都営地下鉄新宿線の篠崎駅であった。
第2分隊、第3分隊は、ホームから地下鉄の線路に降りて、ホーム傍の鉄の扉へと進む。ブリーチングは既に第3分隊が済ませている。
扉を潜ると3メートルほどの通路が伸びており、その先には下に10メートルほど深い穴があった。穴と言っても、先ほど第2分隊が潜ってきた穴ではなく、正方形で、コンクリートでコーティングされた穴だ。中心には錆きっている鉄製の螺旋階段が下へと伸びていた。
あまり広くはないため一人ずつ降りようとしていたその時、10m下の真っ暗な空間から一つの破裂音が響き渡り、同時にオレンジ色が一瞬だけ発光した。
「本部、発砲を確認!」
10m下の壁は、そこまでに続く壁よりも四方に少し広がっているようで、さらに大きな正方形となっているようだ。
「閃光弾投擲っ」
隊長格がそういった直後、先ほどの通路まで後退した一団は4つの閃光弾を投げ入れた。
まばゆい光と甲高い音が連続して4つ炸裂した。直後、何人かの隊員が前に出て、銃を構えると、敵が隠れていそうな場所に対して射撃を始め、敵が出てこれない隙に他の隊員らが銃を構えながら順番にその螺旋階段を降っていく。
最初の一人が螺旋階段を下り終えるかというところまで降りた時、連続した射撃音と共に、螺旋階段鉄からは鉄を弾くような音が聞こえた。
どうやら下の空間からさらに通路が伸びているようで、その先に東京自治会の者らがバリケードを築いて、それを盾に銃を撃ってきたようだ。
「下がれっ!」
後ろに続く隊員にそう怒鳴ると、螺旋階段を今度は逆に急いで登る。そしてその間にも、隊員による牽制射撃は続いていた。
螺旋階段を降りなければ、その先の通路にいる敵に射線は届かない。しかし、螺旋階段を降りればすぐに敵に撃たれてしまう。もちろん上からの牽制射撃も意味をなさない。
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【西暦2040年 7月22日 未明−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域 旧江戸川区エリア 旧都営地下鉄新宿線篠崎駅 作業用通路】
「これで最後だ!急げ!」
東京自治会の会長、吉田 信介は叫んでいた。彼の前にいるのは火炎瓶や手榴弾、小銃の弾倉などが入った木箱を持つ男たちだ。荷物をもって逃げるつもりなのであろう。男たちが走っていく通路は、下水道に繋がっているのだ。
あの螺旋階段の空間から続く通路の先には、いくつか部屋があり、そこにはこういった物資が置かれていた。
これがなければもう戦うことができない。せめてこれら物資を別の場所に運ばなければならないと、その時間を稼ぐためにバリケードを構築して銃撃戦を行っていた。
そしてついに、今いる人員で運び出せる最後の物資が下水道へと向かっていった。あとは、前でバリケードに身を潜めて銃を構える彼らにそのことを伝えて、共に逃げるだけだ。
そう考えながら自らも手に持っていた銃を構えて、螺旋階段の方へ向かおうと、体の向きを変えた。すると直後、下水道につながっている通路の奥から、いくつかの銃声が聞こえた。
耳をすませば送り出した仲間の叫び声も聞こえた気がする。挟み撃ちをされたのだ。
「まずいっ、」
小走りで近づいてくるいくつもの足音を察知し、すぐに後退しながら銃を放ち、何度か連射した後、背を向けて走る。
「奴らだ!」
前で銃撃戦を仕掛け、時間を稼いでくれていた仲間にそう叫ぶ。しかし返事はなく、代わりにあったのは耳をつんざくような大きな爆発音と共にやってきた、体を押すような爆風だった。
「ちくしょうっ!」
おそらく爆弾か何かでバリケードを突破したのであろう。すぐに横の部屋に入り、覚悟を決める。
これ以上は無理だと、運び出すことを諦めた木箱の中から、手榴弾を2つ手に取り、安全ピンを抜く。
聞こえていた何人もの分の足音が、やがて自分のいる部屋の前まで到達する。ドンッドンッと、扉を叩く音がする。
「公安だ!開けろ!」
鍵をかけた鉄の扉で、加えてそれがはまっている周りの壁は厚いコンクリートだ。人の手では簡単に開けることはできないだろうが、おそらく容易にそれが可能な道具を持ってきていることだろう。
絶対絶命だ。助かる術はないだろう。しかしここで降伏しても、自分は残りの一生を刑務所で過ごすことは確実だ。それならば一矢報いてやろうと、両手の手榴弾を強く握りしめる。
1発の射撃音と共に、扉の蝶番が弾け飛んだ。ブリーチングツールではなく、銃を使ったようだ。
直後、扉を蹴破りぞろぞろと戦闘服に身を包んだ者らが銃を構えて入ってきて、2発ほど腹部を撃たれ、体が後ろに傾いていく。同時に、脱力して手榴弾を手放した。
「手榴弾っ!」
「下がれ!」
後ろに倒れながら、朦朧とする意識の中頭に入ってくるそんな叫びに、少しでも復讐を果たせたという悦びを感じつつも、奴らに突進して起爆させればよかったと、後悔が生まれた。
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【西暦2040年 7月21日 深夜−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定区域第3地区 国家公安捜査庁本部地下1階 多目的会議室 武装集団による中央合同庁舎三号館襲撃事件捜査本部】
今回の東京自治会一斉検挙を目的とした特殊部隊の作戦本部はここ、武装集団による中央合同庁舎三号館襲撃事件捜査本部である。この部屋は元々、テロ対策本部室として使われていた多目的会議室である。
「本部長、地下鉄内で手榴弾が爆発し隊員5名が負傷、うち2名が重症です!」
「すぐにヘリを、」
「はい」
「それで間違いないな?」
秋村 本部長は、隊員のボディカメラに捉えられた、手榴弾で自爆した人物の録画映像を見る。
「顔認識でも一致率87です、東京自治会長、吉田 信介です。」
東京自治会という反政府組織の長が死んだにも関わらず、秋村 本部長は苦い顔を浮かべた。元々、東京自治会の構成員は全員、神格化させないように射殺ではなく逮捕するというのが理想であった。
しかし、東京自治会はただの反政府組織ではなく、銃で武装したゲリラ組織だ。そのため命をそのままに身柄の拘束だけで済ませるのは困難であったため、せめて幹部だけは、というのが一致した見解であった。
それなのに、よりにもよってその組織の長が手榴弾で隊員を巻き込んで自爆したのだ。相手からすれば神格化の対象でしかない。
「それで、他の場所は?」
「既に戦術行動局は制圧を完了し、警視庁と我々に現状引き継ぎの最中です。警視庁担当のほうは、無事に敵の武器弾薬倉庫を確保し、違法物品の押収が完了しました。現在、現場執行は確認18名。逮捕は47名。構成員が推定60名だったので、いい結果です。」
現場執行とは、法執行権限を有する者、つまり保安執行部や戦術行動局の隊員による、その場での射殺を示す言葉だ。
「しかし、意外とあっさりだったな」
秋村 本部長は誰に聞こえることもないような小さな声でそう呟く。すると部下の一人が大声で自分を呼んだ。何事かと思いすぐにそこへ視線を向ける。
「本部長!三浦捜査官が行方不明です!」
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【西暦2040年 7月22日 昼前−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定区域第3地区 公道上車内】
『−−−して国家公安捜査庁が一斉検挙を実施し、ゼロ区内の東京自治会の重要拠点を制圧することに成功したと話ました。』
「消してくれ。」
そう言い放ったのは、後部座席で書類を読み進める秋村 本部長であった。
「武器弾薬の4割行方不明、、、」
北海道を拠点に違法物品の取引を活発に行う指定暴力団、北海伊吉垣義友会。そこに潜伏中の内部協力者からの情報を元に、あの事件の前に北海吉垣義友会が東京自治会との取引で引き渡した銃火器類と、押収したものとを比べた結果、実にその4割の行方が不明となっていることが判明した。
「まったく、いつになったら終わるんだ。」
東京自治会は浮浪者たちが集まって創った組織であるために、推定が困難であり、東京貧民街にいるとされる浮浪者約11,000人の全員に息がかかっていると言っても差し支えない。
もしそんな者らが、行方のわかっていないその4割の武器弾薬を手にすれば、、、考えたくもない。そしてもう一つ、秋村本部長の頭を悩ませることがある。
「三浦さん、、、」
先日の一斉検挙の際、現場に赴いていた三浦捜査官が行方不明となったのだ。これだけであれば、東京自治会が人質にとったのかとも思うが、違うと言っていいだろう。
あの事件の後、東京貧民街である死体が発見された。長らく国家公安法執行議院が目をつけていた人物だったそうだ。紺色のスーツに赤いネクタイの男で、拳銃で頭を撃ち抜かれていたらしい。
問題なのは、司法解剖で摘出された銃弾を調べた結果、その旋条痕が三浦捜査官の拳銃のものと一致したことだ。
三浦 捜査官が何かの被害に遭い行方不明で、その際に盗まれた拳銃が犯行に使用されたとの仮説もあるが、目下捜査中で詳しいことはわかっていない。
「次から次へと、、、」
秋村 本部長は内閣府本庁舎へと向かう。
お久しぶりです、虎石です。
次からはついに、日本転移、国家転移というジャンルにふさわしく、異世界の国について書いていきます。しばらくは日本国の出番も少なくなるかもしれません。戦争を前提に言うのもおかしな話ですが、日本国国防軍の出番はまだまだ先になりそうです。