プロローグ・1
21世紀半ば。アメリカ合衆国は、今までの第一から第四世界に次ぐ言葉として「第五世界」という言葉を公に使い始めた。
その旨、「既知の文明とは完全に独立していながら、知的生命体によって形成された文明又は、共同体」である。
『...賀財閥の政府関係者との癒着による汚職事件は、新羽田贈収賄事件から始まり疑惑も含め今回で、4度目となります。
番組の途中ですがここで情報が入りました。総理官邸はたった今、我が国の通信インフラの全般でサイバー攻撃の可能性のある大規模な障害が発生していると発表しました。』
最初の異変は日付変更のちょうど、西暦2040年6月19日の事である。
夜空に浮かぶ見慣れた月が、突如として消滅する。
混乱の最中、人々の理解を待たずして代わりに大小の、それぞれ青白いものと薄赤色の星が新たに現れたのだ。
その後も立て続けに、既知の星々全てが未知のものへと置き換わる。星とその並びに関するこれまでの知識が意味をなさなくなったのだ。
顕著な変化はインターネットの世界にも現れた。
GooogleやYohoo!をはじめとする検索エンジンにサーバとの接続不良が発生し、Facenoteといった大手SNSにも読み込みにエラーが生じて、利用できなくなってしまった。
株取引やクレジットカード、電子マネー、海外の銀行口座等にもシステムに通信障害が生じ、一斉に取引が停止さた。
次に国家機関の目線で事態を見る。
まず日本の在外公館や、駐日外国公館とその本国の間で連絡が取れなくなる。
各情報機関では海外からの情報が一切途絶える等、海外との情報通信が一切絶たれたことで各省庁とも混乱が生じていた。
各省庁や宇宙航空研究開発機構、そして他民間企業らが運用する軌道衛星大小合わせた約190基にも、突如として全てが消えたかのように通信障害が発生する。
国防省ではこれを、安全保障上の最重要事案として、駐日合衆国軍からの苦情も踏まえ日本国政府からの要請を待たずして状況の調査に乗り出していた。
そして、これら事案にはある共通点が存在していた。それは、障害が発生したものは全て海外と繋がるものであるということだった。
そこで駐日合衆国軍は、韓国とグアム準州の自軍基地へ、日本国国防軍は自国領の離島や東・南シナ海の島々に向けて、それぞれ航空機による調査を行う事となった。
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【西暦2040年 6月20日 未明|日本国旧首都圏政府直轄開発地 政令指定特別区域 首相官邸地階 第二会議室】
事態発生から2時間弱。首相官邸地階の第2会議室。
国家危機管理中央対策室。そこにガラスで仕切られて隣接するこの部屋は、現在の一つ前の代にあたる3代目首相官邸における官邸危機管理センターの幹部会議室と同じ役割を果たす。
現在この部屋では、形態を緊急事態大臣会合の国家安全保障会議が開催され、ほとんどの閣僚が招集されている。
「始めようか」
長方形の第二会議室。長机の上座に座るのは内閣総理大臣だ。彼が見つめるテレビモニターは、国防省本庁舎地下二階の高官用執務室兼高官用会議室と、テレビ通話で繋がっている。映っているのは国防総軍統合参謀副総長だ。
「では副総長、報告を」
内閣総理大臣近くの席に座る国防大臣が、調査結果の報告を催促する。それに応じて、テレビモニターに映る軍服の男は話を始めた。
『ではまず我が国の離島に関してですが、これらは全て確認できており今のところは大丈夫です。ただ問題は他国なのですが、まず見ていただきたいものが、韓国の在韓米軍基地に向かった在日米軍の航空機による航空写真です』
するとテレビモニターには、ある写真が表示される。
「ただの海ではないか」
『海を映した写真ですが、地図上では朝鮮半島の上空です。GPSが使えないため、慣性航法で飛行しました』
報告の通りならば朝鮮半島が跡形もなく消えたと言うことになる。しかしそうそう信じられるような内容ではない。
続け様に、地図上ではグアムを映したことになっている航空写真が重ねて表示される。しかしこちらも同様である。
『台湾へ向かった我が軍の哨戒機からの報告ですが、やはり同様に確認できなかったとのことです』
「わかった、ありがとう」
「総理、国防レベルを引き上げるべきです」
国防レベルとは、日本版DEFCON Levelだ。正式名称を"段階別国家安全保障態勢"という。
現在の第4レベルでは、情報収集と防諜体制が強化されており、事態発生直後に内閣総理大臣が指示し国防大臣が発令していた。
そして国防大臣は今、このレベルをさらにもう一段階上へ引き上げようと提言している。
「そうですね、まだ状況が掴めていないなら安全を考え引き上げるべきです」
「私も、引き上げに賛成です」
「そうだな、、、レベル3への引き上げを指示する」
国防大臣の提言と、賛同する閣僚たちが後押しする。内閣総理大臣は少し考えた後で、引き上げを決断する旨を告げた。
レベル3とは、戦争状態の一歩手前の状況において発令されるものである。これが発令された場合、陸では "治安出動準備命令" と "防衛出動準備命令" が、海では "海上警備行動命令" が発動される。
「わかりました総理。副総長聞いたな?国防態勢をレベル3に引き上げる」
『わかりました大臣。では失礼します』
彼はそう言ってテレビ通話を切る。
内閣総理大臣の解散の一言で国家安全保障会議は終了すると、国防態勢の引き上げに関する記者会見の準備に向けての移動で、閣僚陣は部屋を出る。
先に部屋を出ていた内閣総理大臣補佐官の1人がエレベーターを待たせていたため、一行は待ち時間無く1階に上る。目指すは総理執務室がある北棟3階だ。
エレベーターはテロリズム対策として、地階から直接3階へ向かうことはできない。地階と1階を結ぶ1基、1階から北棟3階までを結ぶものが2基、1階から南棟3階までを結ぶ2基の計5基が存在している。
緊張感が滞留するエレベーターは1階に到着する。扉が開くと同時に、ぞろぞろと歩き始める内閣総理大臣一行は、大理石が敷き詰められた官邸メインホールを横切って、1階と北棟3階を結ぶエレベーターに乗り込む。
扉が閉まろうとした時、さっきまで後ろにいたはずの国防総軍統合参謀総長が、携帯電話を片手に小走りで向かってきた。
乗り口際の国防大臣が、ギリギリで手を挟んで安全装置が作動すると、乗り込んだ彼女は彼に耳打ちしている。
何があったのだろうか。箱詰め状態のエレベータ内をかき分けて向かってくる、国防大臣はとても狼狽しているように見えた。
着実に不安が重なっていく内閣総理大臣に彼が行った報告は、思わず声を上げてしまうものであった。昨日まで、およそ15年なかった状況が実は数分前に始まっていたというものであったのだ。
「あの総理。日本海上で戦闘が発生したとの報告が…」
「っな!どういうことだ!」
西暦2024年に勃発した日中軍事衝突以来、日本国における実に16年ぶりの戦闘状態である。




