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第七話・出向

【西暦2040年 7月10日 朝−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定区域第3地区 国家公安捜査庁本部地下1階 多目的会議室 武装集団による中央合同庁舎三号館襲撃事件捜査本部】


「国公院より出向してきました、三浦 彩です。よろしく」


「久しぶりですね、三浦先輩」


笑顔で握手を交わす二人はとても親しげであった。


「先輩はよしてください秋村さん、もう公安庁籍じゃないので、」


一方はこの部屋では見慣れた顔、秋村 本部長だ。もう一方の五十代前半の女は、きちっとスーツを着こなし、そのフラワーホールには国家公安法執行議院の徽章を模ったピンバッジがつけられていた。


ちなみに179cmの身長を持つ秋村 本部長と並んで立つ彼女の頭は、秋村本部長のそれとほぼ同じ位置にある。


「ではこちらに、」


秋村 本部長は、三浦 捜査官との短い握手を終えると、次に本部室を案内しようと彼女を誘導し部屋の奥へと足を進める。すると奥の方から、彼女にとって聞き覚えのある声が耳に入る。


「お久しぶりです三浦さん、」


「圭君、あなたも四課にいたのね」


「えぇ、また先輩と仕事できて嬉しいです」


握手を交わし、吉柄 捜査官は続ける。


「三浦さんがいれば、東自なんて一捻りですね。頼もしいです」


吉柄 捜査官の、畏敬を混ぜた完全な嘘とも言えない世辞に、秋村 本部長もその真意を理解し、肯定するように便乗する。かつての部下たちからの賞賛に対しては、自身を卑下し否定していながらも、その顔にははにかんだ笑顔を浮かべていた。


三浦 捜査官は、元々同じ第三課で共に仕事をしていた吉柄 捜査官と秋村 本部長の3人で、少しばかり思い出話に花を咲かせ、感傷に浸る。しばらくして、


「さて、もう少し話していたいがそろそろ仕事の話をしよう」


そう切り出したのは秋村 本部長だ。先ほどまでとは打って変わって、彼の言動とその面持ちは、たった今まで歓談を繰り広げた元同僚に向ける柔らかで楽しげでなものではなく、組織的重大犯罪捜査のプロフェッショナルである犯罪捜査部第四課の長としてのそれであった。


「全員ッ、集まってくれッ」


秋村 本部長が加齢による濁声を部屋に響かせると、吉柄 捜査官をはじめとして犯罪捜査部第四課から選出された本部員、55名の注意が一斉にこちらへ向けられる。


「彼女は国交院から出向してきた捜査官だ、」


「三浦 彩です。みなさんよろしくおねがいします。」


秋村 本部長が設けた自己紹介の機会に、足を一歩踏み出してから口を開く彼女の態度も、秋村 本部長のように急変していた。確かな自信をその身に宿し、声量と滑舌、そして身振りなど、聞き取りやすくと配慮され、内容も非常に熱心な心構えをひしひしと感じさせるその姿勢は、彼女の優秀な職歴を物語っていた。


年々改善されてきてはいるものの、未だ日本国は女性の社会進出度ランキングで、G7の中では最低位にある。本来先陣を切って改善に取り組むべき国家機関という区分の組織で、それを許さない官僚主義的思想が、ランキング結果の基点となっているといえよう。


少子化の影響により、役職が全体的に若年化しているとはいえ男性であっても、官民問わず組織において46歳で課長に任命とは、十分に優秀だと賞賛される。そんな中、女性でそれを為すというその異例さが、彼女の優秀さを十分に物語っていた。


「では、仕事に戻ってくれ。」


「秋村本部長、こちらが我々国公院からの共有情報になります。」


USBメモリーを受け取った秋村 本部長は、メインモニターの管理等を行う部下に渡してメインモニターに表示させるように指示を出す。


「A−1を開いてください。地図上の赤丸が、我々が押さえている東京自治会の拠点。緑色のアイコンが、裏どりできていない不確定地点です。」


表示された東京のデジタルには、小さな赤い丸が4つ、緑色のアイコンで示されている地点は18箇所ある。言わずもがな、赤丸は全てが、緑色のアイコンで示された地点は15箇所が、東京貧民街の中に位置している。


「三浦さん。あそことそこ、そしてここの三箇所の緑アイコンの地点は、公安庁で確認を取れています。後で捜査資料を回しますよ、」


「本当ですか、ありがとうございます。」


「しかし赤丸が7つですか。予想はしていましたがこれは、、、」


「同時強襲を要される地点の最低7つが、すべてが我々が動きにくいゼロ区内。しかもこれほど広域に分散している、、、」


デジタル地図に表示されている4つの小さな赤い丸と、たった今裏が取れた、反映されていない緑アイコンで示された3つの地点。計7つの、拠点と確認されている場所。


東京貧民街の各地にマーキングされた場所のうち、二つは旧江戸川区江戸川地域に、一つは旧品川区勝島地域に、そして残る4つは現在南横浜地区として旧首都圏政府直轄開発地に編入された元神奈川県の、旧鶴見区末広町に一つ、そして旧川崎区の浮島町に二つ、最後に旧神奈川区の反町に一つ。


「おたくの保安執行部には期待しています、私は信用してますよ。我々の戦行局だけでも流石にこの数では対応できませんしね、」


戦術行動局。国家公安法執行議院の内部部局である。創設にあたっては、国防省の国防陸軍、国防海軍、国防空軍、国防宇宙作戦隊、自衛隊の6軍と共に数えられる7つ目の軍種、中央特殊作戦軍。その隷下であり、自衛隊時代から存在する特殊部隊、特殊作戦群からその出身者と、当時の現任者らが関わっているらしい。


「ただ問題は不法侵入者らですね。」


そう切り出すのは三浦 捜査官だ。国家公安捜査庁保安執行部が人質の救出と犯人の身柄確保を主任務としていることに対して、国家公安法執行議院戦術行動局は、障害の早期排除を主目的とした作戦行動が多い。


「しかし、追い払おうにも絶望的なまでの人員不足です。」


「都庁から国防軍に治安出動要請は出せないのですかね、」


「旧圏における都庁の行政権は、政府から委任されたもので、政府の監督を受けて行使されています。間違いなく止めが入るでしょうね。」


旧首都圏政府直轄開発地は、東京都の他11の東京都特別区部と同様に、東京都庁によって運営されている。しかしそれは、日本国政府から委任され、その監督の元に行われるのであって、旧首都圏政府直轄開発地において最終的な意思決定権は日本国政府に拠る。


「今日の朝に連絡があって、東京都公安委員会が、各都道府県の公安委員会に援助要求を提出しました。8月までに全国から2000人の派遣を目指して、警視庁や各都道府県の公安委員会、警察庁にも計らってもらっています。今はそれをまつほかありません。」


「月替わりまで20日ちょっと、それで2000人ですか、かなり無理がありますね。」


人数だけを見れば心許ないが、1000人を超える規模の警察官の特別派遣を3週間程度で実行しようとは、ますます実現性に対して懐疑的な目を向けずにはいられない。


各都道府県の地方公安委員会は、他都道府県の地方公安委員会及び自治体警察本部に対して、人員の派遣を求める援助の要求というものを提出することができる。これが提出された場合、各都道府県の地方公安委員会及び自治体警察本部はその要求に応じ、協議の元で必要に応じて人員を派遣できるものとしている。


過去の例を挙げると、第24回先進国首脳会議での三重県警察及び愛知県警察に対する約15,000人、合衆国大統領来日での広島県警察に対する約1,900人、第49回先進国首脳会議での広島県警察に対する16,700人、2025年日本国際博覧会での大阪府警察に対する約42,400人の特別派遣などが有名であろう。


「他都道府県からの派遣とは、自治体警察にそのような余裕があるんですか?」


現在、旧首都圏政府直轄開発地や東京都を含む関東圏では、東京自治会によるものを中心として治安が悪化の一途を辿っているが、それは何も関東圏だけの話ではない。


「北海道ではロシアンルートがなくなったとはいえ、北加伊吉垣義友会はまだまだ巨大な組織です。九州でもシンジケートの尻尾をつかめていません。奴らこの混乱に乗じて活発に動いてくると予想されています。」


「国公院でも、それに対しては急務としています。しかし、絶望的に人員が足りない。一つ一つ潰していく他ないでしょう。まずは我が国の中枢たる東京の東自から、というのが上の考えです。混乱の最中にあるというのは奴らとて同じです。すぐに大きく動いてくる事はない、というのが我々の結論です。」


余談であるが、ロシア連邦はそれまで数十年にわたって最高権力を握り続けていた強きリーダーの亡き後、統率を失った側近らや、政界、財界の有力者らによる権力闘争、多民族国家では通例となった弊害である主義思想の相違などから、国家経済が崩壊し、中央集権体制の瓦解と、複数の連邦構成共和国の独立を持って、その国史に幕を閉じた。


ロシアンルートとは、連邦政府を失ったことによる混乱に伴い、分裂を繰り返して、現在100個前後(計数不明)の国家又は共同体、若しくは軍閥に分裂した旧ロシア連邦領からの密輸出入経路を総称したものである。


このロシアンルートは、国際的な問題となっており、ロシア連邦崩壊後、国際刑事警察機構には、これに対処する専門の部門が設置され、国家公安捜査庁からも人員が派遣されていた。


「とにかく、今は東京自治会です。表示された地点全てに対して同時襲撃は現実的ではないので、赤丸の地点は絶対に、そのほか緑アイコンの地点について情報を集めましょう。」

本日は2話連続投稿です。

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