第五話・制圧と手がかり
【西暦2040年 7月4日 深夜−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定地区第1地区 中央合同庁舎三号館5階】
「山田さん、公安庁が入ってきてます」
銃を携えた男の言葉を聞いた山田は、黄ばんだ歯をむき出し苦い顔を浮かべる。
「人質がいるんだぞ、早く配信の準備をしろっ」
「無理だ、回線が繋がらない」
それもそのはずである。事件発生後、中央合同庁舎三号館を占拠した彼らはすぐにインターネット上で配信を始めたのだが、直後にデジタル庁を中心としたインターネットに関する業務を所管する関係省庁によってアカウントやIPは凍結されている。
また同時に国家公安捜査庁や国家公安法執行議院が電波妨害を実施、インターネット上での配信が不可能となっていた。
山田は自らの失態を呪った。日本国政府を憎むあまり、先に人質の扱いについて話さなかったのだ。これでは人質をとった意味が無い。
「二人、そいつとそいつだ。立たせて連れてこい」
山田がそう言って指を指した二人の男性職員は、旧首都圏政府直轄開発地復興開発推進本部の所属を示す職員証を首から下げたスーツ姿の男と、警察官のものに似た制服を身につける日本警備・安全保障局の職員だ。
二人が目隠しをされて連行された先は、この庁舎の4階と5階を結ぶ階段の、5階側の階段ホールだ。
しばらく待っていると、小走りにこちらへ向かってくる複数の足音が聞こえてくる。それらは次第に大きくなり、すぐそこまで迫った時、山田は口を開き大きな声を出す。
「それ以上近づくな!!!」
足音はピタリと止み、直後山田の発言に答えるように一つの声が発せられる。
「保安執行部だ、名乗れ」
「それ以上進むなよ、人質がいる。」
一階層分の階段をはさんだ会話が始まった。
「投降しろ。」
すると山田は階段から、天井の監視カメラへと目線を変える。
「見えてるんだろ?」
監視カメラは多くが破壊されていたが、それでも10人程度で全てを破壊できるほど少なくはないし、意図的に破壊されなかったものもある。今、山田が人質を見せびらかしている5階階段ホールの監視カメラもその一つだ。
「一つ、ゼロ区への一切の不干渉。一つ、我々の身柄の保証。以上二つが我々の要求だ。すぐに総理へ伝えてもらいたい。」
ここでの状況は全て、隊員の無線による報告や、隊員のボディカメラなどで逐次屋外の現場指揮本部へと集約されている。そして、それらは同時に、首相官邸地階の国家危機管理中央対策室をはじめ、警視庁本庁舎のオペレーションルームや、国家公安捜査庁のテロ対策本部室へと転送されている。
『指示あるまで待機。外が時間かかってる、時間を稼いで欲しい』
無線を通した秋村 本部長からの指示に、階段を挟んで山田らとあいたいする班の隊長格の隊員はどうしたものかと考えを巡らせる。
「おいっ、なんとかいえ」
「今、無線で要求を伝えてる。返信まで待ってくれ」
前述の通り、情報はリアルタイムで関係各所へ共有されている。そのため、今更要求を無線で伝えることはないし、そもそも交渉などするつもりは毛頭無い。しばらくして痺れを切らしたのか、山田が荒げた声で質問する。
「おいっ、まだか何してる」
そろそろ何か進展がなければ、人質の命が危ない。そう思った時、別行動をとっていた部隊からの無線がはいった。
『屋上の配置完了。』
その直後、秋村 本部長からついに突入の指示がなされる。
『階段突入班は屋上からの突入に合わせて閃光弾を投擲し突入せよ。』
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【西暦2040年 7月5日 未明−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定地区第1地区 中央合同庁舎三号館屋上】
「屋上の配置完了」
第二小隊から分離した別働隊は屋上からロープを垂らして懸垂降下し、人質が囚われている5階の窓ガラスのすぐ横で、中からは見えない位置に待機している。
回転翼機では音でばれてしまうため、国防軍でも運用されている空飛ぶバイクこと、電動小型垂直離着陸航空機で屋上に上がっていた。
『本部了解。突入せよ』
通常は、翼が金属製でガードが装着されていないドローンを突撃させて窓ガラスを割る。そしてドローンの機種によっては専用の閃光弾や催涙弾を搭載できるものもある。
しかし今回突入経路として想定された5枚の窓ガラスの付近には人質がいるため、当たりどころが悪ければ最悪死亡ということも考えられる。そしてなにより国家機関の施設だ。
窓ガラスの強度が高く、運用するドローンではそもそもガラスを割りきれない可能性があった。確認してみると、可能ではあるものの確実ではないとの試算結果が出たため、隊員の手による鈍器型のブリーチングツールによる破壊を試みることとなった。
隊員らは無線を通じてタイミングを合わせ、手に持ったブリーチングツールを思いっきり振り下ろす。そして間髪入れずに、待機していた別の隊員が閃光弾を投げ入れる。
次の瞬間、ヘルメットで耳を保護していなければ目眩を催すであろうほどの甲高い不快な音と共に、思わず下を向いてしまうような青白く眩い光で、部屋が包まれた。
「突入!!」
ロープを伝い、懸垂降下で待機していた隊員たちが一人づつ、ぞろぞろと破られた窓ガラスから室内に飛び込んでいく。こうして、中央合同庁舎三号館占拠事件は、犯人を全員逮捕し、また人質も無傷で救出されて幕を閉じた。
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【西暦2040年 7月9日 朝−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定地区第3地区 国家公安捜査庁本部地下1階 多目的会議室 武装集団による中央合同庁舎三号館襲撃事件捜査本部】
先日の[武装集団による中央合同庁舎三号館襲撃事件]から5日が経った。国家公安捜査庁本部の地下1階に設置された前述の事案に関するテロ対策本部室は、捜査本部へと改組されていた。
日本の治安維持の拠点とも言われるここ特別政令指定指定地区第3区には、他にも国家公安法執行議院庁舎や、同組織の施設等機関である国民情報保護管理局。海上保安局が入庁する国防省分庁舎などが在している。
「本部長、国公院から資料が届きました」
部下から[機密]という文字が印されたファイルを受け取るのは、あの日現場で指揮を執っていた犯罪捜査部第四課長、秋村 勇人 捜査官だ。
そのファイルには、[機密]と言う文字の他に、国家公安方執行議議院の印章がプリントされていた。
現在の日本には法執行権限と捜査権限を有し犯罪捜査を基本的な業務とする組織は、各都道府県の自治体警察と国家公安捜査庁、そして国家公安法執行議院の大きく分けて1種類(全47機関)と、2つの機関が存在する。
限定的な法執行権限や捜査権限を有する組織を含めるとその数は10の機関(1種類と9機関)にも及ぶ。
そんな中で特にこの国家公安捜査庁と国家公安法執行議院の2つが捜査対象とする犯罪は、重大犯罪が中心であり、日本国の治安を守る重要な機関なのだ。
そして通称ゼロ区、正式名称を旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域の内部事情に関しては、国家公安法執行議院のほうが精通しているため、こういった犯罪捜査に当たる際には情報共有を密にし、協力して早期解決を目指す場合も多い。
アメリカの映画やドラマにおける連邦捜査局や中央情報局、国家安全保障局のように、創作物などでは、管轄が被ったり追っている犯人が同じだったり、機密保護の観点から情報共有を拒んだりと、不仲に描かれるといったことが多い。
しかし、上層部の極一部には当てはまるかもしれないが、少なくともこの2機関の現場単位ではそのようなことは全くなく、協力して事にあたっている。
だが前述の10機関の中には、情報共有に頑なに応じず、自らの管轄に踏み込まれるのを嫌い、あまり協力的ではない組織も存在する。
例を挙げると、国防省中央憲警本部の国防軍中央憲警隊憲警捜査局や、宮内庁皇室警護本部の皇室御親挺衛隊だ。この2機関が特に、その典型例だろう。
「その写真、山田ですね、」
ファイルに挟まれたそれは、ゼロ区内の放棄された地下鉄の駅へ降りていく山田を捉えた写真だった。場所は、旧都営地下鉄新宿線の篠崎駅だ。
「江戸川地域というと、東自ですか、」
東京自治会。旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域にて自治会を名乗り、政府に対し不干渉と自治権を要求する左翼系反政府組織の一つだ。
「あの辺はまだ開発が進んでないからな。奴らが活発な地域だ。」
荒川及び中川と、江戸川及び旧江戸川に挟まれた江戸川区。約半分がいまだに立入制限区域指定の解除がされていない。
新中川と旧江戸川、そして江戸川に囲まれた区の東半分はその全てが、首都圏に点在するスラム街を総称した東京貧民街のひとつとなっている。
そしてここには、東京自治会の拠点と目されている場所が複数ある。国家公安法執行議院は、捜査員を送り込んだり、東京貧民街の住民と取引し情報提供者になってもらったりと、様々な手で日々監視を続けていた。
ちなみに、江戸川区は、前述の区東部以外は、概ね立入制限区域指定が解除されており、現在建造物の解体と整地が進められている。そして西葛西や東葛西などの沿岸部ではすでに新たな建物が建ちはじめている。
「奴ら、三号館事件の多民族解放連盟を支援していたんだろうな、」
国家公安法執行議院は、第二次関東大震災後の令和改革で前身組織が設置されて以来、同時期に浮浪者たちが集まり名乗り始めた東京自治会を今日まで監視対象として、他にも立入制限区域に関係する犯罪活動への対処を数おおくこなしている。
そのため国家公安法執行議院はいわば対ゼロ区のプロであり、強力な捜査網、監視網を構築している。国家公安捜査庁も、こういったゼロ区がらみの事件ではかなり世話になっている。
「国交省から、旧都営新宿線と、この一帯の地下施設の青写真をもらってきてくれ、」
「あぁそれ、国公院に聞いた方がいいですよ」
秋村 本部長はそう言う部下に理由を尋ねる。部下である吉柄 圭 捜査員。かれは元々第四課ではなく、解体された第三課から籍を移してきた人間である。
「前に担当した事件で、国交省に似たようなことで連絡取ったんですけど、旧圏制定の時、『近いうちにどうせ更地にするし、そもそも全部倒壊してるから』と制限区域のものものは電子化前にほとんど破棄したそうです。」
その点、長年の捜査で国公院こと国家公安法執行議院は、独自に立入制限区域のデジタル地図を、それも第二次関東大震災後の、現在の様子をまとめたものを作成しており、また捜査官には現場に詳しい者も多い。
「国公院といえば、言い忘れてたが明日、国公院から捜査官がくるぞ。」
「国公院から、、、ってことは合同本部ですか?」
「いいや、一人だけ出向してくる。それもここ出身の捜査官だ」
そう言いながら、秋元 本部長は人差し指を床に向け、国家公安捜査庁本部を指す。
「もしかして元三課長の?」
人員不足で解体された第三課。課長ただ一人を除き、残った者らは皆自己退職もしくは第一、第二、第四課へ移籍している。質問した吉柄 捜査官も前述の通り、後者を選んだ者である。
「あの人が来るんですか?」
「そうだ。私はこの後委員会に呼ばれてるから少し空ける。」
そう言って秋元 本部長は部屋を出てエレベーターに乗ると、長官室がある最上階へと向かう。
犯罪捜査や諜報活動をテーマにした商業作品を最も広く展開している国について考えた結果、それはアメリカ合衆国だという結論に至りました。なので、この小説の日本国の治安維持組織や諜報機関をわかりやすくアメリカ合衆国の機関で例えてみました。
自治体警察は言わずもがな州警察。
国家公安捜査庁は連邦捜査局(FBI)に、
国家公安法執行議院は国土安全保障省(DHS)と国家安全保障局(NSA)を掛け合わせたものに、
日本警備・安全保障局は現在のシークレット・サービスに、
以降は現状ではまだ登場していませんが、日本特務情報局は現在の中央情報局(CIA)に、
内閣情報局はCIAの前身組織である情報調整局(OCOI)に、
国防情報局は、国防情報局(DIA)に、
それぞれ似ている組織です。