第三話・三号館テロ前闘争
【西暦2040年 7月4日 深夜−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定地区第1地区 中央合同庁舎三号館前】
中央合同庁舎三号館の前の道路は封鎖され、警察車両にかこまれた国家公安捜査庁の現場指揮本部のテントが並んでいる。
それらを背にして、囲むように並んでいるのは警視庁より出動した第一機動隊第二中隊及び同第四中隊だ。
他の警察官とは一風変わった格好の彼らは隊列をくみ、前から二列目までは大楯を前に構え、それより後ろに並ぶ隊員たちはゴム弾を装填した自動小銃や、催涙ガス筒投射器などの、強力な非致死性兵器を携えている。
『届出の無いデモ活動は禁止されている。直ちに解散しないさい。この場所でのデモ活動は法律で禁じられている。直ちに解散しなさい。』
すぐ隣で隊列を組み並んでいる機動隊員は、ヘルメットがなければ耳を覆いたくなるような大音量の拡声器で、解散を促す放送がされているが、相対する集団からはそれをかき消すほどの罵声が発せられている。
「うるせぇ!」
「おめぇらこそ帰れ!」
程なくして、ついに石や火炎瓶の投擲が始まった。機動隊とデモ隊、というよりは暴徒と表現する方が正しいだろう。
暴徒の侵入を防ぐべく待ち構える機動隊と、直接的な乱闘になれば負けることが目に見えているため、接近せずに飛び道具で攻撃を行う暴徒の間には、必然的に十数メートルほどの緩衝地帯が形成されていた。
暴徒が投擲した火炎瓶や石が絶えず着弾しており、完全防備の機動隊員ですら怪我をするような、一つ一つの威力は小さくとも、暴徒らの数的優位による圧倒的な投射力がそこにはあった。
「隊長、これはもう暴動ですよ。」
「くっそぉ!他の隊はまだこんのか?!」
前述の通り、ここには有事即応態勢で待機していた全ての部隊である2個中隊が派遣されている。他の隊は首相官邸前で行われているデモ行進に対し、日本警備・安全保障局と合同での警備に当たっている。
今は休暇中であった一個中隊を呼び戻してる最中なのだが、いかんせん時間がかかっている。それもあってか、警視庁第一機動隊第2中隊の隊長である小野田 優はかなり苛立っていた。
「さっきからどんどん数が増えてますね、」
「どっから湧いて出てくるんだ!」
デモ行進が暴動に変わってから30分、最初は300人弱であった暴徒は、時間が経つにつれてどんどんと数を増やし数千人にまで膨れ上がっていた。機動隊2個中隊規模の隊列の後ろに停車する現場指揮車両の、昇降型指揮台の上で暴徒らを眺め考えていると、ある結論にたどり着いた。
「まさか、ゼロ区のやつらか!」
多民族解放連盟の過激一派による中央合同庁舎三号館の武装占拠と、首相官邸前のデモ行進、そしてここ中央合同庁舎三号館前の暴動はすべて、旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域から浮浪者を追い払うことと、外国人を北方四島へおいやるという政策への反発によるものだ。
旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域で生活している当事者の浮浪者たちが、彼らに魅せられて、集まってきてしまったのだ。
「ゼロ区の人口は約1万です。全員がなだれ込んでくれば確実に崩れますよ、、、」
厚生労働省による調査では、路上生活者は年々減少傾向にあり、2030年では2421人であった。しかし第二次関東大震災と、旧首都圏政府直轄開発地の制定をはじめとした令和改革の実施によって、翌年から急激に増加し始め、現在の路上生活者は19,482人まで増えた。これは日本は勿論のこと、世界的にも経済が低迷していたあの2000年代初頭と同じ水準である。
そして、このうち旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域で生活しているものらは推定で10,000人から11,000人だとされている。
「ここまでくると東自の関与も疑われますよ」
東自もとい正式名称を東京自治会とは、旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域に住み着く浮浪者らが結成した自警団である。現在の日本国内に存在する反政府組織の一つであり、度々警察との小規模な衝突を繰り返している。
国内の混乱があるとはいえ、目の前に広がる光景は明らかに異常だ。浮浪者たちがここまで集団的に組織だって行動するというのはあまり考えられない。よって何者かによる組織的な関与があると考えられる。
そんなことを考えていると飛び道具が絶えず着弾する目の前の緩衝地帯に、こちらに走ってくる男が見えた。自陣である暴徒集団から投げられる石や火炎瓶に注意しながら、これまでに無いほど近づいたその男は大きく振りかぶると何かを投げる。
炎が見えないので火炎瓶ではない。遠目でみた限りでは石のようであるが、小野田 中隊長にはこれまでにない嫌な予感が脳裏に浮かんでいた。
次の瞬間、暴徒の訴えや機動隊側の解散を促す拡声器のものなど、現場の全ての音を掻き消すかの如く、一つの破裂音が響く。
「手榴弾?!」
目をやれば、大楯を構えて整然と隊列を組んでいた機動隊員の数名が倒れ込み、血を流している。
「応急処置急げ!!!」
だが、手榴弾による攻撃が彼らの精神的な後押しとなったらしく、暴徒らによる投擲は激しさを増す。石や、剥がしたアスファルトの破片、レンガなどはまだ大楯でなんとかなる。しかし火炎瓶を投げられればさすがの機動隊員ですら隊列を乱す。
火が乗り移りのたうち回る隊員に、別の隊員が消化器を向ける。手の回らない者に対しては、放水車が水圧を抑えて水をかける。
「ゴム弾で牽制しろ!!!撃て!!!」
現場は混沌と化していた。
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【西暦2040年 7月4日 深夜−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定地区第1地区 中央合同庁舎三号館前】
「執行部第1、第2小隊、配置完了です。」
国家公安捜査庁の内部部局、保安執行部。日本国において法執行権限を有する10の機関等組織の内、5つの機関等組織がそれぞれ保有する計7つある特殊部隊のうちの一つである。
母体となっている組織は創作物でもよく登場し、おそらく日本で最も知られた特殊部隊であろう、警視庁警備局警備運用部の特殊急襲部隊、通称SATである。
特殊急襲部隊は、法務省の公安審査委員会及び同じく法務省の公安調査庁の合併によって国家公安捜査庁が創設された際に、警察庁より移管されて、現在は国家公安捜査庁の特殊部隊として運用されている。
ちなみに、特殊急襲部隊が国家公安捜査庁へ移管された数年後、警察庁は再び対テロ戦力の整備にとりかかった。結果、元々機動隊の機能別部隊であった銃器対策部隊が機動隊から独立し、特殊重大事案対処専門部隊と改名され、新たな、そして警察庁で唯一の特殊部隊として現在運用されている。
「第二小隊は正面から、第一小隊は裏からそれぞれ進入。それぞれ3階までを制圧し、第二小隊は途中、隊を分けてシステムのコンソールを確保します。」
「生け捕りにしろ。神格化させるな」
「わかっています。」
現場前のデモ行進が暴動となったため、これ以上時間をかけるわけにもいかず、一層早期な解決が求められる事態となった。
どうやら犯人は人質らと共に5階に集中しているとわかった。よってまずは3階までを制圧し、掌握したセキュリティシステムを使い4階以上の2階層の状況を確認し、突入制圧という流れに決まった。
武装集団がセキュリティシステムを掌握していない以上、敵歩哨に直接見聞きされない限りはこちらの動きを悟られることはない。
秋村 本部長が神妙な面持ちで、保安執行部第一小隊及び同第二小隊の計72名のボディカメラが一覧で表示されているモニターを眺めている。
「突入させろ」
「本部より小隊本部。突入準備」
『第一小隊より本部こちら完了、どうぞ』
『第二小隊より本部、準備完了、どうぞ』
「突入、今っ。」