第二話・内部状況
【西暦2040年 7月4日 深夜−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定地区第1地区 中央合同庁舎三号館前】
東京都庁によって自治体警察、ここでの警視庁から国家公安捜査庁に法執行権限の移譲が決まった、多民族開放連盟を名乗る武装集団による中央合同庁舎三号館占拠事件。
東京都庁がそれを決定するより前、事件発生直後から国家公安捜査庁は既に捜査本部設置に向けた準備を進めていた。そのため、現場への出動から現場指揮本部の設置は、移譲が決定してからわずか30分の間に行われ、既にその優秀な指揮機能を発揮している。
東京都公安委員会と東京都庁からの許可も得て、先に出動し現場保全と野次馬への対処を行っていた警視庁新神田警察署の部隊と、デモ隊を規制するために出動した同じく警視庁の第一機動隊第2中隊及び同第4中隊を一時的に指揮下に置き、万全の体制で事件解決に臨もうとしていた。
「警備システムをハッキングするよう連絡しろ。念のため日警安保と情庁に確認とっておけ」
情庁とは、デジタル庁を示すスラングだ。
今回の[武装集団による中央合同庁舎三号館襲撃事件 現場指揮本部]の本部長。国家公安捜査庁の内部部局で、同庁の花形とも言える部署である犯罪捜査部、その第四課で課長を務める男、秋村 勇人 捜査官だ。
「あの本部長。そのことなんですが、お伝えしたいことが、」
一部の重要施設を除き、政府施設では基本的にデジタル庁によって開発、管理されているセキュリティーシステムが使用されており、それらは政府専用のネットワークでつながっている。
そして、実際に現場で、そのセキュリティーシステムを運用して施設の警備を担当しているのが、内閣府の外局である日本警備・安全保障局という組織だ。
「なんだ?」
秋村 本部長は、部下の何か言いたげな態度に報告を求める。
「はい。先ほどハッキングしようとデジタル庁に連絡したところ、施設内のコンソールは破壊されたようなのですが、システム自体はまだ正常に動いているそうで、」
「どういうことだ?」
前述の通り、デジタル庁が開発し、日本警備・安全保障局が運用しているセキュリティーシステムは、政府専用のネットワークによって繋がっている。
つまり、そのセキュリティーシステムは政府専用ネットワークを通してデジタル庁からアクセスすることができるのである。
「敵武装勢力がセキュリティーシステムに手をつけていないようで、」
多民族開放連盟は中央合同庁舎三号館を物理的に占拠しているが、セキュリティーシステムは掌握できていない、していないというのが正しいだろうか。
これはつまり、物理破壊されており今回は使えないが、内部の防犯カメラや、多民族開放連盟が手動操作で閉ざしている分厚い防災・防火扉、そして破壊されていなければ、配備されている各種センサーを搭載した警備ドローンなどを遠隔で操作できることを意味する。
「罠か?」
武装し襲撃、占拠などという大事を実行する連中だ。セキュリティーシステムのことを知らないということは考えにくい。
「とりあえず警備ドローンは動かせるか?」
「システムに入らないとどうにも。今情庁からシステム担当者を呼ぼうとしたんですが、海外旅行中だったようで、後任もちょうど選考中だったと、、、」
「なら情庁の上層部に直接話せ、」
そう言った直後、別の部下から報告が行われる。
「本部長、ネットに敵の声明が上がってます。」
「何?見せろ」
部下はデスクトップPCとは別に、横に置いて使っていた2in1のタブレットPCのキーボードをはずし、タブレット型となったその画面を秋村 本部長に見せる。
『日本政府は、我々にすべてを失わせただけでなく、唯一残った居場所からも追い出そうと画策し、さらには外国人をよそ者として北へ追いやろうとしている。我々は−−−』
前半は旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域、通称ゼロ区の計画的な復興開発を目的に、不法に住み着いた大量の浮浪者たちを追い出すための公権力行使に関する法案、[旧首都圏政府直轄開発地立入制限制限区域に関する特別措置法]に関するもの。
後半は、外国人材確保という名目で返還されたばかりの北方四島を、国家戦略特別区域法に基づいた総合特区へ指定するなどの、他にも[国家戦略特別区域法改正案]をはじめとした法的措置に関するものだと考えられる。
外国人特区とした北方四島へ、日本国籍や永住権を持たない外国人を集め、財政支援も含めた様々な支援を行い、外国人により多種多様な文化や伝統を反映させた、新たな経済活動圏を構築するというものだ。聞こえはいいのだが、要するに政府が管理しきれない外国人を追い払い、海を隔てた島で一括管理するというものだった。
[旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域に関する特別措置法]が打ち出された矢先に発生した[日本国転移等一連の特異的不明事案]によって浮浪者と化した大量の外国人が、ゼロ区へ流入することを防ぐために考えられたものである。
「なるほど、だから旧圏開発局と、出入国在留管理庁が入ってるここを襲ったということか、、、」
武装した多民族開放連盟が中央合同庁舎三号館を襲撃、占拠した理由が判明したところで、秋村 本部長は話を戻す。
「それで、情庁のシステム関係者は?」
「今から向かうと連絡がありました、。ですが路上のデモ行進のせいで40分以上かかると、、、」
緊急事態にあって、管理職が不在だったというデジタル庁の管理能力に対して不満を持っていたが、さらによりにもよって代わりの職員の到着が、急を要するこの状況で40分以上も待たねばならないということに、苛つきを隠せない。
「急ぐように伝えろ。他に中の状況を調べる手段はないのか?!」
秋村 本部長は、先ほど考えたことを実行しようと、一旦現場指揮本部の仮説テントから出て、本部の部下に電話をかける。
「私だ、今すぐ本部のAIでセキュリティーシステムをハックしろ」
『武装集団に掌握されていないならデジタル庁の管轄です。もしバレれば問題になりますよ。』
「うまく工作しろ」
デジタル庁が開発し管理している政府施設向けセキュリティーシステムは、いくら国家公安捜査庁の捜査用AIであっても、数時間から十数時間はかかるほどに強力な防壁で守られている。
それは性能を知る国家公安捜査庁の捜査官やデジタル庁の技術者をはじめ、機密に触れられない民間人でも、コンピューターに精通した人間であればわかることだ。
しかし秋村 本部長他数名と、国家公安捜査庁の長官を中心とした上層部は全くもって違う認識であり、そしてそれは嘘や勘違いなどではなかった。
その後、電話を済ませた秋村 本部長は現場指揮本部のテントに戻り、特殊部隊の突入準備をするように指示を出した。
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【西暦2040年 7月4日 深夜−−−日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定地区第1地区 中央合同庁舎三号館5階】
中央合同庁舎三号館の内部はかつて無いほどまでに荒らされ、ものが散乱し、ところどころには血が飛び散っている。飛び込んできた武装した集団は、銃をたかだかと脅すように掲げ、ときに耳を覆いたくなるような射撃音とともに実弾を発射して威嚇していた。
この施設内で唯一武装している日本警備・安全保障局の職員がいる警備事務所は襲われてしまったが、犯人たちは飛び込んできた後すぐに上層階を目指したため、そこ以外の1階から2階にいた職員らは他の階にいた人らに比べて多くが建物の外へ避難することができた。
しかし問題は3階以上の階層だ。犯人らは現在5階に多くの人質をとって籠城し、バリケードを築いている。内部の状況がわからない以上、人質の安全のため無闇に突入することができず、さらに施設の分厚い防犯・防災扉が固く閉ざされてしまっている。これはセキュリティーシステムにアクセスして操作するか、内部から直接手動で操作するか、工具又は爆発物によって破壊するか以外に開ける方法は無い。
これが、現在建物を包囲している捜査機関の実働部隊を足止めするに至っている原因のうちの一つだ。五階のさらに奥の部屋、そこを使用しているのは国土交通省の外局である、旧首都圏政府直轄開発地復興開発局。彼ら多民族開放連盟の標的と目される2つの組織のうちの一つであった。
「山田さん、完全に囲まれちまったぞ」
山田と呼ばれる男に、自らが置かれている状況を伝える男は、自動小銃を抱えている。彼だけでは無い。山田と呼ばれる男もそうであるが、あまり清潔ではない服装で人質の監視のために歩き回ってる13名が皆、銃火器で武装している。その中には、日本人だけでなく、他にも黒人や白人、アジア人だが日本人とは少しちがう顔立ちの者が見受けられる。日本人だとわかる者は、山田と呼ばれる男の他に8人ほど、残り4人は外国人だ。
「だからなんだ。どうせ餓死する身だ、ここで死んだって変わりないさ。」
彼らは旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域に広がるスラム、東京貧民街。そこでダンボールやブルーシートなどで作られた廃材の家と、今着ている服以外に財産を持たない者たち。
国に財産を奪われ、無人区画に追いやられ、毎日その日暮で生きながらえていた彼らは、自分たちをこんな状況にまで追い込んだ日本国政府に対して強い反対意識を持っていた。
そんな彼らにとって、旧首都圏政府直轄開発地立入制限区域に広がる東京貧民街というのは、どれだけ環境が悪くとも唯一の居場所なのだ。しかし日本国政府は非情なもので、[旧首都圏政府直轄開発地立入制限制限区域に関する特別措置法]などという法案を可決し公布。唯一の居場所さえ、公権力という名の抗いようもない力で奪おうとしているのだ。
そして彼らの目の前で、手足を結束バンドで縛られて、床に投げ捨てるかのように座らされた者たち。彼らこそが、政府の意向を実施し自分たちを滅ぼさんとする者たち。旧首都圏政府直轄開発地復興開発局の職員たちだ。
「上のせいで現場のお前らが割を食う。恨むなら国を恨め」
山田と呼ばれる男をはじめとした14名の武装した者たちとは対照的に、ケアの行き届いた体に清潔感ある服をまとう者らは、ひどく怯えた様子で目をそらす。
「何人捕まえた?」
「52人だ、」
それを聞いた山田と呼ばれる男は、仲間に三脚とカメラ、パソコンを用意させてライブ配信の準備をはじめた。