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第九話・エルトラードの友人

【西暦2042年 11月26日 深夜|ナンバ湾】


 10日程前に国防海軍が獲得した制海権を、セリトリム聖悠連合皇国の皇命海軍が保持する海域。ユト洋とナンバ湾。


 作戦において、本格的な整備に先駆けて試験運用された疑似人工衛星測位システムは、改善の余地はあれど十分に機能していた。これによって運用されたのが、クイックシンクである。水上目標に対し、直撃を狙わず喫水線下にて爆発し、船舶の脆弱部である船底を狙うものだ。


 これによって帝政国海軍の当該海域における海軍力を喪失せしめた日本は、海上封鎖の解除という目的を達成した今も、疑似人工衛星測位システムを成立させる成層圏ドローンを留まらせていた。


「Beachまで400メートルです」


「了解、5メートルまで浮上しろ。GPSつながるな?」


「電波受信。大丈夫です」


 10日前にクイックシンクを誘導した成層圏ドローンは今日、5人が乗り込む潜水艇を誘導する。


 国防海軍の ”潜水艦いず” より分離した特殊作戦向けの小型潜水艇。乗り込むのは中央特殊作戦軍の選抜コマンド4人と、特務情報局の諜報員1人だ。


「浮上。5メートルです」


 事は先日、セリトリム諜報員とフリト帝政国領エルトラード帝国で活動するパルチザンとの接触から始まった。


 日本国とセリトリム聖悠連合皇国の合同作戦に先駆けた最後の情報共有・調整の場にて、パルチザン側が日本との顔合わせを要請してきたのだ。


 曰く、『共に戦う者として、一度会わねば連携にも不安が残る』、と。


 5人を乗せた潜水艇が目指すのは、ランデブーポイント付近の岩場である。時速10kmで泳ぐ潜水艇は、数分で目的の地点に達していた。


 4人の選抜コマンドと諜報員は武装こそすれど、服装はパルチザンと馴染むよう、各々が持参した私服に装備を重ねていた。


 街中に馴染むラフな服装に、防弾チョッキと小火器というアンバランスな組み合わせ。知らぬものからすれば間違いなく、一国の正規軍とは思わないだろう。


「まず我々が出ますので、タグチさんは後からお願いします」


 選抜コマンド4人と諜報員は、装備の最終確認を済ませ、順番に梯子を伝って上部ハッチをくぐっていく。


 私服の上から防弾チョッキを纏い、小銃を構えて上陸していく集団は識別標章を持たぬ非正規戦闘員だ。地球での国際法上、そして批准していないナダムの国際慣習法上でも、アウトラインなど走り幅跳びで豪快に飛び越えた行為だった。


 タグチ諜報員を真ん中に置き、一列で前進する5人は間もなくして合流地点に到達する。テンキルの郊外であるそこは、フリト帝政国の統治部隊の力が及びきっていない集落だった。


 最近まで人が住んでいた痕跡がいたるところに残されたままだ。


 干されたままの洗濯物。

 

 半開きの扉。


 倒れたままの屋台。そこに転がるバスケットには、値札と共にかびたパンが残されている。


 集落は時を止めたように褪せ、そこにある人の痕跡はどれも土埃をかぶっていた。


 どこからか聞こえる、ぽつぽつという水の音は、水道の蛇口を閉めきることも忘れて逃げ惑った証だろうか。


 生活感は感じるが、ただの深夜とはまた違った、人の気配を感じない家屋が並ぶ元集落。不気味な通りを進んでいくと、すぐに目的地が現れる。


 空爆によって屋根が崩れ落ちた教会だった。外壁には銃痕が残され、美しいステンドグラスは割れたまま。


 半開きの大きな扉を躱すように、縫って中に入ると、瓦礫と埃で覆われた礼拝堂には月明かりが差し込み、女神像を照らしていた。


「誰もいませんね」


 不意に呟かれたタグチの言葉は、他4人の思う事でもあった。


「時間も場所も合っているはずなんですが…」


 5人は警戒を解かずに、教会内を見回していた。すると、どこからか足音が聞こえてくる。


「3、いや5人くらいか?」


 足音の発信源を見やれば、礼拝堂から続く通路の入口。ほのかに明かりがこぼれ、その光量を少しづつ増していく。


「来ましたね」


 扉の無いドア枠をくぐり、礼拝堂に現れたのは5人。みな町で見るような普通の服を着ていた。


 その服は山で遭難したかのように汚れ、破れている。肩には半自動と思しき小銃をかけている。服装とその状態のつり合いが取れないアンバランスさは、彼らが一般市民ではない事を示している。


 銃口を向けこそしないが、手をかけ、警戒している事は簡単に見て取れた。


「はじめまして。私たちは日本政府の人間です」


 手を差し出すも、相手はその歩み寄りに応じる様子は無い。それどころか、ただ一言呟くとすぐに踵を返して、ドア枠をくぐりはじめた。


「彼らは何と?」


「”ついてこい” と」


 5人は言われた通り、瓦礫の散乱する礼拝堂を通り、ドア枠をくぐる。


 先行する現地協力者たちに案内されたのは、薄暗い廊下を十数歩進んだところにある一室。


 扉は開けっ放し。揺らめくオレンジ色の光で照らされた部屋には、何かを書き込んでいる一帯の地図。立てかけられた小銃や、積み重ねられた木箱、乱雑に並ぶ携帯糧食。


 人の住んでいない集落で、その一室には痕跡ではない、今も営まれる生活感が詰め込まれていた。


「日本人を見たのは初めてだ」


 タグチを見て声をかけたのは、おそらくこの抵抗勢力の首脳だろうか。椅子に座ったままの彼は、小さな机を挟んで、自分の正面にある椅子に目をやる。


 小銃を担ぐ護衛の特殊部隊員4人とは違い、拳銃を持つタグチを担当者だと察知したのだろう。


 タグチは応接の意を汲み、失礼と呟きながら腰を掛ける。


「レオンと呼んでくれ」


 そう言って見つめてくる視線には、何やら警戒以外のものが宿っているとタグチは感じていた。思えば、さっき「ついてこい」 と案内した彼らもそうだ。


 今も、レオンと名乗った男の後ろで壁によりかかり、あるいは木箱に腰掛ける5人は睨みといっていいような視線を向けてきていた。


「早速だが、セリトリムから話は聞いてる。だがあんたたちの口から聞きたい」


 エルトラード解放作戦の概要という顔合わせの本旨は、最低限の…というよりほぼ無いと言っていい社交辞令を経て始まった。


 日本とセリトリムが共同で実施する。

 

 セリトリムが着上陸を実施する。


 日本側は限定的な特殊作戦を実施する。


 レオンが広げた地図を使い、場所を指差しながらの詳細な説明は、セリトリム側が既に彼らにしているはずのもの。


 特に質問なども無く、順調に進んだ作戦内容の共有はものの十分程度で終了する。


「わかった。ありがとうタグチ」


 レオンが謝辞を述べても、相変わらず後ろの5人からは刺すような視線が止まらずにいた。はっきり言って、タグチは居心地が悪い。


 彼らがなぜ自分たちを呼んだのか。作戦の実施直前になって顔合わせを求めた理由を図りかねていた。


「それで成功した後、日本はエルトラードをどうするつもりなんだ?ー」


 態勢を変えて椅子に座りなおすと、天板についていた肘を降ろして手を組み、まっすぐな視線を向けてくる。


「―どうなんだ?」


 これまで薄い相槌を重ねてきたレオンの語気が変わるのを感じた。おそらく彼らにとっての本旨はこれだったのだろう。


 すかさず、タグチは周囲を一瞥する。やはり後ろの5人も雰囲気を変えて、その視線は睨みを利かせた完全な敵意へと変わっていた。


 タグチは、ここで下手を打てば現地協力者との協力関係が崩れかねないと理解する。


「日本政府は、フリトという共通の敵対勢力を持つ隣人として協力していきたいと考えている―」


 これが日本政府の公式な考え。表向きのその文言は、断言を避けて角の立たないような言い回し。いかにも政治的なもの。


 しかし、現地協力者たちはこの言葉では満足しないとタグチはわかっていた。故に続ける。


「―というのが、日本の公式な文言だ。だが、我々はエルトラードを占領したいわけではないし、日本には海外領土を占領統治するだけの能力は持っていないよ―」


 少しは警戒も解けただろうか。こちらを凝視しながら、黙って聞き手に徹するレオンたちの反応を観察する。


「―それに、協力したいというのは本心だ」


 その言葉を聞いたレオンは、少し表情がほぐれただろうか。少し口角を上げ、安心したとばかりに口を開く。


「そうか、その言葉を聞けて安心したよ」


 タグチは、レオンたちの反応に安堵しつつ、愛想のいい相槌を打っていた。


「そういえば、一週間くらい前か。キールローブスをロケット弾で壊滅させたらしいじゃないか。あれは日本の技術なのか?」


 こちらに興味を持ってくれたらしい。ここぞとばかりに、タグチは笑顔で応じて見せる。


「あぁ、我々の誇る技術だ。フリトを相手に戦列を同じくする者だ。君たちにも我々の兵器を供与できるかもしれない。実は作戦が成功してエルトラードが独立できれば、日本はそのつもりだ。今日はそれも伝えに来たんだ」


「それは頼もしいな」


 嬉しそうに頷くレオンは、思い出したように、おもむろにシャツを脱ぎ始める。露わになったその体には、肩から脇腹にかけて、痛々しいケロイドがあった。


「俺は昔海軍だったんだ。キールローブスにいたよ。これはそん時の火傷だ。フリトが攻めてきて、俺は陸上勤務だった。倉庫で砲弾の数を数えてたんだ―」


 その時レオンの声色は、元に戻っていた。初めて会った瞬間の、作戦概要の説明を受けながら軽い相槌を繰り返していた時の、敵意を抱いた冷たい声色だ。


「―二年前だよ。ロケット弾が飛んできたんだ、物凄い速さで。今思えばフリトのロケット弾じゃないよな。一週間前に、海から飛んできてキールローブスに落ちるのを見た―」


 二年前、キールローブス、フリトエルトラード戦争、ミサイル。


 タグチの緊張は、かつてない程にまで高まっていた。否定すべきか、頭を回転させても最良の答えはわからない。彼らがどこまで知っているのかわからない今、下手に否定すれば足元をすくわれかねない。


「二年前?―」


 タグチはしらを切る事を選んだ。


「―我々が、海外で武力を行使した事は無いよ」


 2040年5月。国防海軍の行った、トマホーク巡航ミサイルによるキールローブス海軍基地並びにコーピッジュ航空基地に対する攻撃。


「少なくとも、俺は知らない」


 その作戦は、今でも政府・国防軍の一部しか知らぬ機密事項である。


「そうか、知らないか」


 せっかく歩み寄れたと思ったが、最初から不可能だったようだ。タグチはレオンの言葉に備える。


「今ここで、約束してくれ。作戦が終わったら、エルトラードの内政に関わらず、俺たちに攻撃もしないでくれ。でなきゃ協力はできない」


 タグチは、エルトラードに対する占領計画など知らない。事実そんなものは存在していない。だが、しないという方針があるだけだ。この方針を維持する確証など存在しない。


 しかし、わかることもあった。


「さっきも言った通り、我々には海外で植民地統治できる余力もノウハウも無い。できない事はしないさ。それに、可能であってもそうはしない」


「根拠は?」


「我々は力で強いるより、話し合いによる協調の方が利益を生むという事を知ってる。でなきゃ、今君たちと話してはいないよ」


「綺麗ごとだ」


 レオンは想像していた通りの返しに鼻で笑いつつも、現実的な落としどころを探る。彼は端から、一介の担当者に判断する権限があるなど、考えてはいない。


「はっきり言うが俺たちはお前らを信用してないが…フリトを追い出すまでは協力しようと考えてる―」


 日本がいなくても、二年前にエルトラードはフリトに敗北しただろう。それは理解している。


 しかし、フリトの側から自分たちを害したという事実は、敵対するに十分な理由だ。そんな日本が協力を求めてきた事に、心底から怒り、憎悪していた。


 それがフリトの排除という目的のためであっても、不服とならざるを得ないのだ。しかし、現実的に考えれば協力するべきだ。その背反が、レオンたちに葛藤を生む。


 そして、その矛盾を飲み込む事が、レオンたちに残された、ただ一つの道であった。


―ふざけるな。


 そう吐き捨てたい気持ちをレオンは押し殺す。


「―だが終わったら、手を出さないでほしい。お前らの政府に伝えてくれ、俺たちの土地に手を出すなと…」


 過去のことはどうにもならない。ならば、今度は日本を利用してやろう。日本を利用してフリトを排除するのだ。


―利用してやる。


 そう思う事で、レオンは感情の発露を抑制していた。


「わかった。確実に伝える」


「頼んだよ、タグチ」


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