第一話・G事案
今話は説明多めです。この章は本編から大きく脱線します。
【西暦2040年 7月4日 深夜|日本国旧首都圏政府直轄開発地東京地区 特別政令指定地区第1地区 中央合同庁舎三号館】
『警視庁から各局。現在第一方面管内、特政1区の中央合同庁舎三号館にて銃火器及び爆発物を使用したG事案が発生。23時41分現時刻をもって、11区及び東京地区に、対G体制の特別緊急配備を発令する。実施署については11区及び旧圏東京地区の全PBとする。続いて各所リモコン宛、対G体制に定められた所定の行動を実施すると共に、管内重要施設と警察施設の一斉点検を実施し、不審者、不審物の検索をおこなわれたい。回信については、各方面系で、回信を行うものとする。以上警視庁。』
旧首都圏政府直轄開発地は、東京地区と南横浜地区の大きく二つに分けられる。
そして東京地区を詳しく見ると、その中には国家機関等の庁舎が多く集まる特別政令指定地区というものがあり、これは第1〜第6地区まで存在する。
ちなみに首相官邸と皇居はこの特別政令指定地区とは別に、政令指定特別区域という場所に在している。
真夜中の官庁街のど真ん中に位置する中央合同庁舎三号館、そこは今赤く染まっていた。
赤色灯を焚いた何台もの警察車両が集まっている。緊急配備が発令され、おそらく管内の半数程度の警察車両が集まっているのではないだろうか。
そして別件、[日本国転移等一連の特異的不明事案]が発生した直後、政府は国家非常事態宣言を発令していた。そしてそれは現在も続いており、この国家非常事態宣言が発令された際には所轄署に勤める末端の警察官までもが、上官の判断によって小銃までの武装が法的根拠のもとに許可されているのだ。今発生しているG事案より以前から、ゼロ区周辺を管轄する所轄署の警察官はすでに小銃を携行しての勤務に当たっていた。
ゼロ区とは、旧首都圏政府直轄開発地の中で未だ復興開発が進まず、一時的に放棄され公的には無人となっている区画だ。
しかし実際には誰もいないというわけではなく、第二次関東大震災の後、その震災被害と、外国に土地を買い叩かれるのを避けたかった日本政府による一方的な土地の買収国有化によって財産を失った者たちが住み着き、スラム化。大量の浮浪者だけではなく国内の暴力団や外国のマフィアなど、他にも国際的なテログループをはじめ各国諜報機関の工作員たちの拠点になっているなどと言われている。
重大犯罪の温床となり果てた世界有数のスラムであり、この[東京貧民街]によってそこを中心に日本国の治安も悪化。これにより東京都は長年世界で5位を維持していた世界の安全な都市ランキングではその順位を大きく急落させて、現在では世界で最も危険な都市ランキングで69位に位置している。
無線にて[G事案]の符号とともに派遣を指示された彼らが目にしているのは、メインロビーがたくさんの物で散乱する中央合同庁舎三号館。警察無線における、[G事案]とはテロリズム事案を示す符号である。
旧首都圏政府直轄開発地東京地区、特別政令地区第1区、中央合同庁舎三号館。この5階建のビルには、国家公安法執行議院の外局である出入国在留管理庁、国土交通省の外局である観光庁、そして同じく国土交通省の外局である旧首都圏政府直轄開発地復興開発局が入庁していた。
「犯人は何がしたいんだと思うか?」
横に立つ部下にそう問うのは、現場指揮のために新神田警察署より出動した木村 祐一警部補だ。この特別政令地区の第1区をはじめ、同2区、同3区は新神田警察署の管轄である。
「そもそも多民族解放連盟なんて組織自体、日本特事によってできた最近のものです。どんな組織なのかもまだ、我々はよくわかっていません。」
彼らがパトカーを挟んで相対するのは、ところどころに銃痕が見られ、割れたガラスやものが散乱する中央合同庁舎三号館のメインロビーだ。
「封鎖はどれくらい進んだ?」
「1区の封鎖はほとんど完了しているそうです」
「わかった」
与えられた任務を問題なくこなすことができそうだと、木村 警部補が気を緩めたその瞬間、パトカーに設置された本部系通信用の無線機から、自分を呼び出す無線通信が入る。
本部系通信とは、東京都で例えると警視庁から東京に在する各警察署の間など、警察本部と警察署の間で連絡をとるための通信である。しかし緊急性の高い場合には、警察車両に搭載された本部系通信用の大型の無線機に直接警視庁が無線を入れる場合もある。
ちなみに、現場で任務に当たる警察官は基本的に警視庁と直接の無線通信をすることはできず、何か報告がある場合には自分が所属する警察署に無線連絡をし、警察署から本部系通信で警視庁に報告されるのが普通である。本部系通信に対して、警察官が所属する警察署へ行うこの無線通信を所轄系通信と呼ぶ。
『警視庁より新神田PC01』
木村 警部補はすかさず無線機に手をかける。
「警視庁、こちら新神田PC01どうぞ」
新神田PC01とは、『新神田警察署のPatrol Car、01号車』という意味だ。警視庁からの直接の無線に、木村 警部補は少々気を張って応答する。
『官邸前で活動中のデモ隊から分離した一部が現在そちらへ向かっている。機動隊に出動を命じ、2個中隊が現急中である。到着まで警戒されたし、新神田PC01どうぞ。』
物事はそううまくはいかない、悪いことが起きた時にはとことん重なるのである。
「新神田PC01より警視庁、えぇこのデモ隊の一部とありますが人数はどれほどなのでしょうか、また機動隊の到着にはどれほどの時間を要するのか、どうぞ。」
『こちら警視庁、そちらに向かっているデモ隊の人数に関しては不明。おそらく300人から400人程度だと思われる。機動隊の到着は20分以内、新神田PC01よろしいか?どうぞ』
「新神田PC01より警視庁、了解。」
今木村 警部補らは武装グループに対処している。そんな中で400名のデモ隊の足止めなどできるはずがない。テロが起きている場所にわざわざやってくる連中だ、暴徒化する可能性も高い。
「デモ隊はどれくらいでここにくる?」
「官邸からここまで、普通に歩いて45分ほどです。デモ行進ならもう少しかかるかと。」
「機動隊は間に合うな」
「しかし車なんて使われれば10分ほどです」
この情勢下で、現在旧首都圏政府直轄開発地や東京11区では全ての公共交通機関が完全に止まっている。その上、数百人から千数百人、下手をすれば数千人規模のデモ隊が東京の大通りのど真ん中で大行進しているのだ。車なんて使えたものではないのだが、万が一も考えて木村 警部補は指示を出す。
「封鎖線の100m先に警戒線を敷く、パトカー並べておけ。」
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【西暦2040年 7月4日 深夜−−−日本国東京都新宿区 東京都庁第一庁舎9階 東京都防災センター災害対策本部室】
第二次関東大震災を生き残った高層ビルの一つ、東京都庁舎。このビルの8階から10階にかけては、総合防災部と呼ばれる部署が入っている。地震災害やテロリズム事案などの人的災害及び自然災害に対する危機管理等の事務を担当する部署である。
そして総合防災部は、有事の際に被害拡大阻止や情報収集といった現場指揮等を行う二つの防災センターを管理している。その内の一つである東京防災センターが、この総合防災部と同じ東京都庁第一庁舎の9階に在している。
首相官邸の国家危機管理中央対策室や、国防省の統合司令室と同じように巨大なモニターを備えたオペレーションルーム、東京都防災センターの災害対策本部室。
今この部屋には[大田原 雅彦 東京都知事]と[網元 貴久 副知事]は勿論のこと、警視庁の[宇津原 靖典 警視総監]や東京消防庁の[上草 雅矢 長官]をはじめ、東京都公安委員会より数名の委員と、他にも国家公安法執行議院や国家公安捜査庁、国防省をはじめとした各省庁のリエゾン職員らが集まっていた。
「3号館の包囲と周辺の封鎖は完了していますが、官邸前のデモ隊の一部が進路を変えて向かっており、衝突は避けられないと予想されます。機動隊はデモ隊の対策に回しており、交通規制ではもう限界です。都知事、指揮権の移譲をお願いします。」
苦しそうな声でそう訴える宇津原 警視総監の要請、というよりは嘆願と言うべきか。それに対する大田原 都知事の言葉は、この状況においては非常に適切なものと言える。
「わかった。指揮権を公安庁へ移譲する。」
大田原 都知事が宇津原 警視総監に返したその言葉は、治安維持組織の管轄に関するものである。通常、事件等の事案が発生した場合には、その地域を管轄する自治体警察が対処にあたるものとされている。
しかし今回のように、その事案が自治体警察の能力を上回る規模の重大なものだと判断された場合には、当該事案が解決するまでの間、それに関する犯罪捜査や武力制圧といった全ての法執行権限が、法務省の外局である国家公安捜査庁に移譲されるものとされている。
また国家公安捜査庁は、法執行権限の移譲を受ける際、その地域における地方公安委員会及び自治体警察の合意の上で、自治体警察の一部の部隊を任意にその指揮下に置くことが許されている。
そしてその法執行権限移譲の判断を下すのが、都道府県の行政機関と市区町村の行政機関の2種類に分かれた普通地方公共団体のうち、より上位に位置する各都道府県の行政機関である普通地方公共団体だ。市区町村の行政機関である普通地方公共団体はこれに関する決定権を有していない。
余談であるが、東京11区の各行政機関などがこれに分類される特別地方公共団体は、都道府県規模の行政機関ではないにもかかわらず、これに関する決定権を有するなどの例外も存在する。
そして決定権を有する普通地方公共団体及び特別地方公共団体の判断によるもの以外でも、日本国政府が特に必要だと判断した場合には、その地域の地方公共団体の意思に関わらず、地方公安委員会及び自治体警察はその法執行権限を国家公安捜査庁へ速やかに移譲するものとされている。
先日、フリト帝政国の航空機が強制着陸措置を受けた後に、国防空軍小松基地にそのパイロットが幽閉された。この時に身柄を拘束し、地元警察の施設を借用し事情聴取を行っていた国家公安捜査庁の行動はこれに基づくもの、つまり政府が特に必要だと判断したためである。
「わかりました、本庁に伝えます。」
国家公安捜査庁より出向したリエゾン職員が大田原 都知事にそう伝えるとすぐに、供に出向しているもう一人の職員にその旨を伝える。
とその様子を見て、ひとまずはなんとかなるであろうと胸を撫で下ろす大田原 都知事であったが、ふとメインモニターの一角に並ぶ各局のニュース番組が目に入る。
「報道への対処、、、どうしたものか。」
そうつぶやいた直後、職員の一人が叫ぶように報告する。
「都知事!三号館上空のドローン映像がネット上に流れてます!」
渡されたタブレット端末に表示されているのは、中央合同庁舎三号館を上空から撮影したライブ映像だ。中央合同庁舎三号館が在する特別政令指定地区はその全域が飛行禁止区域に指定され、もちろん小型無人航空機の飛行も禁止されている。
「飛行禁止区域のはずだろ!すぐにやめさせろ!」
旧首都圏政府直轄開発地は、その名の通り日本国政府が直接的に行政を行う地域と定められているが、それは日本国政府による法令に則った指示が地方公共団体、ここでの東京都庁の意思に関係なく無条件で反映されるというだけであり、日本国政府は実際に全ての行政権を自らが行使し、この地域を運営しているわけではない。
日本国政府の保有するその地域を、実際に行政権を行使して運営しているのは、日本国政府からの監督を受けた東京都庁なのである。
旧首都圏政府直轄開発地が、東京都からは独立した地域であるにも関わらず、ここを管轄する自治体警察が東京都公安委員会によって運営される警視庁である理由がこれであり、伴って、たった今報告された小型無人航空機に関しては警視庁の管轄であるために、大田原 都知事は宇津原 警視総監に対応を求めたのだ。
「国交省に問い合わせます」
宇津原 警視総監の悠長な言葉に少し怒りを覚えたのか、大田原 都知事は言い捨てる。
「今すぐ墜とせ」
みなさまお久しぶりです、[虎石_こせき]です。
事前にお伝えした通り、第二章は治安維持組織を中心に国内の情勢を、特に東京の様子を描きます。