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第ニ話・邦人救出:T+13min

【西暦2042年 11月4日 未明|日本国栃木県 国防省本庁舎地下2階 統合指令室】



<T+13min>



「了解しました。直ちに開始いたします」


 首相官邸からのコールに、二つ返事で受話器を戻す。


 必要最低限のやり取りで伝えられた指示を、斗座間 統合指令室長はすぐさま実行に移すべく口を開いた。


「総理から作戦実施を下命された。作戦開始。繰り返す、作戦開始」


 今回は重大な政治的判断が要されるとの想定で指揮系統上、現地司令部の上位には統合指令室、そして首相官邸が直列に並んでいる。


 首相官邸で発せられた指示は、統合指令室を通じてすぐさま、南西海域へと下達された。

__________


【西暦2042年 11月4日 未明|日本国南西海域】



<T+19min>



 統合指令室から作戦開始を指示され、作戦実施を開始した統合軍第428統合任務部隊。その司令部はここ、”強襲揚陸艦せき” に置かれていた。


『Anker、ロメオ01。LZ確保、現在位置を確保。おくれ』


 作戦開始から6分。着上陸の後に潜伏していた先行部隊が、ヘリボーン部隊の着陸地点を確保する。


「CIC、LSO。アメノトリフネ03から04は即時発艦。01から02は即時待機を維持」


 特殊作戦群の第2班並びに第3班は、残る一班に先だって目標へ向かう。輸送は、第39水陸機動飛行群の ”CH-62R大型輸送ヘリコプター”の2機が担当だ。


『AMENOTORIHUNE01, SEKI LSO. Wind 225 degrees at 27 knots, pressure 1018hPa. Rolling 4°, pitching 2°.over』


 少し風が強いものの許容範囲。艦の揺れも問題なし。エンジンを回して待機していた二基の大型輸送ヘリコプターは、伝達される動力が直列配置タンデムローターの回転数をじわじわと上げていく。


 特殊作戦群一班を一機で運搬する大型輸送ヘリコプターは、全通甲板にて航空管制とのやり取りを済ませると、揚力を上げ飛び立つべく甲高い唸りを発していた。


『all clear.』


 問題なく発艦し終えた二機を見送ると、今度はアメノトリフネ03と04の発艦準備だ。


 同じ水陸機動混成戦闘軍より拠出された部隊の ”HV−28S垂直離着陸ヘリコプター” 2機には、特殊作戦群第4班が分かれて乗り込んでいた。


 約329km/hで着陸地点に向かう特殊作戦群第1、第2両班は外周封鎖を担当。後発の第4班は、約500km/hで同所を目指す。


 確保された着陸地点はここより56km先の沿岸部、帝政国軍射撃場の緩衝林付近である。目標である収容所から480メートル離れた場所だ。



 <T+38min>



『AMENOTORIHUNE03, SEKI LSO. wind 225 degrees at 28 knots, pressure 1018hPa. Rolling 4°, pitching 2°. over』


__________


【新生歴1948年 11月4日 未明|フリト帝政国ヤクトン県テンクスレン郡 テンクスレン陸軍射撃場 テンクスレン収容所】


「おい、やるぞ」


 真夜中の収容所。囚人は勿論、看守陣も大半が寝静まっている時間にあって、廊下の照明以外に唯一明かりの灯された部屋。


 珈琲に煙草、菓子や本など、思い思いの嗜好品と娯楽物を持ち込み、来るかわからない電話を待ち続けながら定期的に夜の構内を徘徊する。


 まったくもって退屈な時間であるが、悪い事ばかりではない。


「懲りないやつだな」


 今夜の当直メンバーには、前回有り金を全て失った同僚がいた。彼の手にはトランプと共に、前回の痛手をまるで覚えていないかのような額が握りしめられていた。


「また飲み代出してくれるのか、優しい奴だな」


「バカ言うな、今度はお前が払うんだよ」


 この6回目の発言は、きっと7回目へ紡がれるのだろう。そんな事を考えたとき、見回りに出ていたもう二人の同僚が扉を開ける。


 扉を開けた瞬間、部屋にはトランプと掛け金を抱えた同僚、椅子を動かし場を作ろうと動く同僚。前回あれほど言っておいたはずなのに、まだ懲りないらしい。


「おい、お前いつか破産するぞ」


 そんな忠告など届くわけもなく、一同は開帳を前提にふるまい始める。


「当直長は?」


「士官室でデスクワーク。ちゃんと上納してきたぞ」


 コローゲル将軍が政権を掌握後、帝政国軍は個々人の質的低下が顕著となった。それは当然の帰結として、軍全体の秩序の乱れを誘発していた。


 長時間にわたる拘束時間と命という唯一無二の賜物を捧げる軍人という職種にあっては、大きな精神的負担は否めない。求める娯楽の刺激も、大きくなるというもの。


 勤務中の賭け事などは典型例で、古今東西いかなる軍事機構であっても横行する比較的軽い非行だ。それらは秩序を保たせるべき上位階級の頭を、いつも悩ませてきた。


 ただ現状の帝政国軍では、その風紀の乱れが取り締まるべき上位階級にも波及している事が問題なのだ。


 例に出せば、たった今部下から贈賄された煙草二本で、3ゲーム程回せる時間をデスクワークに集中する当直長などだろう。


 こうなれば、もう止める者など誰もいない。各々、その集中力は当直勤務から手元のカードへと注がれる。


 普段と違う些細な異変など、誰も気が付くわけがなかった。


「あれ?停電か?」


 誰かがそうつぶやいたと同時に、突如立ち上がったのは上座に座る胴元だった。


「おい何してる」


 明かりの失せた薄暗い当直室で突然壁に向かって立ち、両手を頭に添える同僚は、存在しない敵に降伏を示す。


 しかしカード手に囲む3人の疑問は、次の瞬間には解消されていた。


 扉をけ破り、ぞろぞろとなだれ込んで来る戦闘服の男たちは、状況を理解できずにいた彼らをあっという間に制圧せしめた。


「腹ばいになり手足を広げろ」


「おい、お前たちなんだ!」


 そう言い放った一人は腹部を銃床に強打され、床に項垂れ這いつくばる。


「腹ばいになり手足を広げろ」


 頭を目だし帽で覆い、全身黒の戦闘服に小銃を構える者たち。国籍を示す印章は無い。しかし、彼らの統一された装備と規律訓練された一糸乱れぬ動きは、どこかの軍事機構に帰属する人間であることは明らかだった。


「どこにある」


 制圧された部屋の奥に向かって、拳銃を掲げた男は問う。その射線は、ただ一人壁際に立ち尽くす男の心臓を後ろからしっかりと捉えていた。


「右の胸ポケットと、左の靴下に挟んでる」


 返答に対する相槌などあるはずもなく、隠し持つものを暴こうとその二か所へ乱暴に手が伸びる。


「確認しました」


「α3よりAnker。チップ確認、モグラと合流した。他は拘束している。おくれ」


『こちらAnker、α3了解。所定の行動を実施せよ。なお既にタイムラインを19分オーバーしている。急いでくれ』



<T+68min>


__________


【西暦2042年 11月4日 未明|日本国旧首都圏政府直轄開発地政令指定特別区域 首相官邸地階 国家危機管理中央対策室】



<T+71min>



「目標構内の当直室を制圧、セリトリム協力者と合流しました」


 今回の作戦で最も重要なセリトリム聖悠連合皇国の協力者保護は完了した。同国との外交上、重視されている事項というだけではなく、最も大きいのは彼が独房の鍵を持っているという点だ。


「はぁ…」


 矢賀 国防総軍統合参謀総長は安堵の溜息を零す。


 ただでさえ開始が20分弱遅れてしまったのだ。それに加えて独房の扉を一つ一つ、物理的手段で開錠していくとなれば、その時点で間に合わない事が確定する。石橋 総理には、作戦の中止を勧告することになっていたかもしれなかったのだ。


「ヤタガラスLOSまで29分」


 打ち上げた小型人工衛星は、後30分で通信可能範囲から脱し、その10分後には再突入する。


 当初の予定では、セリトリム協力者との合流は作戦開始から40分強で通過すべきステップだった。その後、25分をかけて邦人を回収、集合し、10分以内に300m離れたLZへ移動という手筈だった。全行程は80~90分での完了を想定していた。


「間に合うかしら…」


 矢賀 国防総軍統合参謀総長は、経過時間とタイムスケジュールを照らし合わせる。


 外周封鎖にあたる殿の部隊は、当初の予定でも人工衛星の再突入20分前に撤退を開始という、際どい計画だった。


 この時点で既に、ボーダーラインというべき基準は超えていることになる。

__________


【西暦2042年 11月4日 未明|フリト帝政国ヤクトン県テンクスレン郡 テンクスレン陸軍射撃場 テンクスレン収容所】



<T+87min>



「ここと、上の階の独房だ。全部で25人いる」


 セリトリム協力者と共に邦人の回収に着手して11分。数手に別れ、本人確認をしつつ進めると既に半分弱の保護に成功していた。


 とりあえず全ての鍵を開けていくセリトリム協力者。中に入って保護する隊員。


 流れ作業が順調に進んでいる時だった。


『Ankerより各隊。Redlineを超えた。作戦をC5号へ移行する、β隊は直ちにLZ F25を確保せよ。おくれ』

 

 どうやら時間的ボーダーラインを超えたらしい。


 ケースC5号。邦人並びに展開部隊の回収地点を変更するケースである。


 C5号で邦人を回収する地点は、当初の収容所から300m離れた地点より変わって、それは収容所の目の前となる。時間的猶予が潰えた際の、最悪の数手前での発動を想定して策定されたケースだった。



<T+93min>



『β09よりAnker、LZ F25に前進。現在位置を確保』


『α07よりα01』 


 次々と流れる無線に、今度は自分宛のものが入る。


 α07率いる部隊は、一つ上の階を担当していたはずだ。


『3階、VIP12を全て回収、本人確認も完了。おくれ』


『了解。一階にて合流、LZへ向かう、おわり。α01よりAnker、VIP25、全て回収。これより脱出するおくれ』


『α01了解。アメノトリフネをまわす。LZはF25。既にβ隊が確保している、300以内に現着せよ』



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― 新着の感想 ―
政治判断が遅れたしわ寄せが現場にきて、柔軟に対応して吸収するって、レベル高い現場だと感じました。
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