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第一話・邦人救出:T-15min

【西暦2042年 11月3日 深夜|日本国旧首都圏政府直轄開発地政令指定特別区域 首相官邸地階 国家危機管理中央対策室】


 普段は閣僚が腰を降ろす第二会議室。巨大なオペレーションルームにガラスを隔てて隣接するこの部屋は、珍しくスーツ姿の者が少数派だ。


 持ち込まれたPCにモニターや通信機器を扱うのは、国防省からやってきた軍官である。


「作戦実施時刻マイナス15分です」


 着々と進む作戦実施に向けた準備は、その段階を最終確認へと移しつつあった。その報告は国防省から直接、ここへ転送されている。


「トライホーク、予定位置に滞空中」


「ヤタガラスの再突入は明日0150を予定」


「先行部隊より定時連絡受信しました」


 15分後に始まる作戦の前段階として実施された、先行部隊の着上陸、現地協力者との接触、人工衛星の投射は成功を収めて終了している。


「朝比奈大臣。衛星位置は予定通り、哨戒機とドローンは予定位置に滞空中、揚陸艦と回転翼機も問題ありません」


 積み上げられる報告を整理し、直上の上司に報告するのは国防軍の制服組トップ。矢賀 国防総軍統合参謀総長である。


「これが終われば、俺も君も退陣だな」


 実務的な報告に私的な会話を返す朝比奈 国防大臣は、緊張を隠さない矢賀 総長へ自嘲気味に言う。張りつめた空気は、引き締まっていようともやりすぎは厳禁だ。適度に緊張をほぐす必要がある。


「私はわかりませんよ?次の国防相は続投を選ぶかもしれません」


 国防軍トップの人事権とは、国防大臣の指名と内閣の認証を経て天皇よりの任命となる。石橋 総理が続投を決めた彼女は、国府田 内閣にて初めて抜擢された女性初の軍官トップであった。


「しかし、私の時代に特選群の実戦があるとは思いませんでした」


「史上初か…」


「いいえ、記録上は8回ですね。今回は9回目です」


 その会話は、血相を変えた部下によって遮られる。


 統合軍特殊作戦軍団。中央特殊作戦軍隷下の特殊部隊を中核とした作戦を担う、軍種を横断した運用を行う枠組みである。


 血相を変えた彼の所属は、そこであった。本来は統合指令室にて報告される情報を集約し、分析等を行う情報参謀だ。


 彼が本省でなく官邸にいる理由はただ一つ、総理と国防相、統合参謀総長が座しているが故。


 そんな彼がおどろおどろしく言葉を発すとは、何か重大な不幸であろう。と不安とならざるを得なかった。


 そしてそれは、矢賀と朝比奈両名の予想を遥かに凌ぐ、重大な問題であった。


「収容所内の救出対象者8名が、昨日移送されていました!」


「昨日?!どういうこと!」


「ま、まさか作戦が露呈していたんじゃ…」


 驚愕のあまり聞き返す矢賀 国防総軍統合参謀総長。


 事前に否定されていた状況が現実となり、情報漏洩を疑う朝比奈 国防大臣。


 しかし、いくらわめいていたって状況は変わらない。起きてしまったことはどうしようもないのだ。


「えぇ、現地協力者によると、今月2日から8人づつ、内地の収容所へ移送する予定が一ヶ月ほど前から決まっていたようです。先ほど無線封鎖を解除した現地部隊から、最後の定時連絡の際に報告されました」


 一時間前に、現地協力者との接触を報告する定時連絡があったはずだ。なぜその時に言わなかったのか。そのような怒りが矢賀の中に生まれるが、今失敗を正してもどうしようもない。


 緊急の課題は、問題の再発防止策ではなく、発生した問題のリカバーだ。


「総長、作戦実施-10分です」


「どうするんだ矢賀君、このままやるのか?」


 と問われようにも、既に事案の範疇は、矢賀の持つ裁量権を逸脱していた。


 移送された8人を残して救出作戦を実行するとなれば、総理が示した目的達成は成し得ない。そして、8人の所在も処遇もわからぬまま作戦を実施すれば、たとえ作戦が成功したとて、その8人はどうなることか。


 元々スパイ容疑で拘束され、重罪として扱われている。日本に対する報復の刃がその8人に向くことも考えなくてはならない。


「申し訳ありませんが大臣。私の判断すべきことではありません。こうなっては総理の判断を仰がねば…」


 部屋に消沈気味の空気が充満しはじめた部屋は次の瞬間、換気せよとでもいうように扉が開く。


「総理はいります」


 入室したのはこの部屋の、この建物の、この国の首長であった。


「あと5分ね…準備はできてるの?」


 まだ彼女は知らないのだ、救出対象者33名の内、8人が所在不明ということに。


 石橋 総理の問いに対し、意気揚々と答えられるものはもういなかった。


 朝比奈 国防大臣は、なんとも形容しがたい顔つきで、しぶしぶというように答える。石橋 総理に判断を仰がねばと。


「総理。大変、申し訳ありません…」


 事前に伝えられた、邦人33名の所在確認が不足であったと。情報の鮮度が低下していたが故、8人を失ってしまったと。


 無論、総理以下閣僚らはこの事態を恐れて、できるだけ早期の作戦実施を指示していた。これでも、万全を尽くしたつもりだ。ただ、不幸にもセリトリムからの情報が届ききらなかった。


 運が悪かったと言えばそうだ、日本政府に誤りは無い。ただもう少しばかりの最善を尽くしていればと、皆が内省するのだ。


 報告を耳にした石橋 総理は、文字通り言葉を失い、頭を抱え始める。皆彼女の判断を待っているのだ。しかし、視線の集まる彼女は決めかねていた。


 どのみち、ここまで来てはもう決断する以外に選択肢は無い。だが、自分が8人を見殺しにするも同然の判断を下すとなれば、心には大いに迷いが生まれた。


 日本政府のミスではない。運が悪いと言わざるを得ないが、しかしその責任は多大なものとなって彼女らの背に責任として降りかかる。責任を追われる立場であるということはつまり、最終的には彼女たちのミスということに帰結するのだ。


『作戦実施ゼロタイム経過』


『各部隊、ORを維持。待機中』


『ヤタガラスLOS予定まで100分です』


 国防省統合指令室とつながるPCからは、マイクが拾った向こう側の報告がかすかに聞こえている。それは、沈黙が包む会議室にあっては、よく響いた。


「総理、時間がありません。既に開始予定を3分過ぎています。ご決断を…」


 そんな忠告も、今の石橋 総理には届かない。


「8人はどうなるの?」


 幸いなことに今回の相手はテロリストではなく、曲がりなりにも国家である。すぐさま処刑などといった蛮行に走る事は考えにくい。しかし、処刑されないというだけで、それだけだ。救出は絶望的だろう。


「長期間の拘束は、余儀なくされると思われます…」


「フリトは、こっちの動きを知ってるの?」


「情報漏洩の可能性はきわめて低いかと…」


 今から中止する。その選択肢が、石橋 総理の脳裏をよぎる。だがそれはすぐさま否定された。


「もし、救出を断念するとしても我々は既に一部の部隊を上陸させています。彼らの回収を行えば、我が国の介入は露呈する可能性が高いです。であれば、残る人質の救出に全力を注ぐ他ありません総理」


 時間は既に0時9分。作戦実施予定時刻の10分近くも過ぎている。


『作戦実施時刻プラス10分』


『ヤタガラスLOS地点まで、残り91分です』


 着々と時間の進みを告げるのは、国防省公用パソコンのスピーカー。動員部隊は既に準備を終え、10分間の待機を経て今か今かとその時を待ち望んでいる。


 彼らの行動開始は全て、首相官邸の地下にて頭を抱える一人の女性に委ねられている。


「総理、時間がありません。ご決断を、」


 もし24人の民間人を救出できなかったとあれば、日本国はその信用を失墜させる。それは、進みつつあるセリトリム聖悠連合皇国との、軍事分野に重点を置いた包括的な協力体制に暗雲をもたらす。


「わかったわ。絶対に残りの人質だけは、救出してちょうだい…」


「わかりました総理。室長につないで、」


 斯くして、当初の予定より13分の遅れで、作戦実施を迎える。


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― 新着の感想 ―
現場で起こる想定外と、ギリギリの判断、緊迫感が感じられてよかったです。
行方の分からない人質を国交の無い国で探す難しさは日本もよく分かってるでしょうから暗雲立ち込めてますね。
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