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プロローグ

たいっっっへんお待たせしました

【新生歴1948年 10月29日 夜|フリト帝政国ヤクトン県テンクスレン郡 某酒場】


 フリト帝政国南東部の田舎町は、この数年で急速に雇用が創出された。


 テンクスレンにあった軍務省管轄の広大な国有地は、長らく射撃場として運用されていた。変わったのは数年前だ。


 エルトラード皇国との戦争によって西部の捕虜収容所が許容量に迫りつつあったのだが、コローゲル政権になってからはエルトラード兵だけでなく、反政府勢力、政治犯、思想犯、スパイ活動の容疑者が大量に発生した。


 司法管轄の刑務所を流用する程に切羽詰まっているわけでもないが、近い将来に備え、軍内では既に新たな捕虜収容所の建設と軍事刑務所の流用や機能拡張が始まっていた。


 ここテンクスレンにある軍射撃場でも同様に、その広大で持て余し気味だった土地を活用している。

 

「お疲れぇい」


 カウンター席に腰を降ろし、手にしたウィスキーロックのグラスを回す。カランと、透き通るような冷たい響きを楽しんでいた時だった。親しげに声をかけてきた男が、隣の席へずけずけと座る。


「同じのを」


 注文を聞きに近づいてきたバーテンダーの声掛けなど、無遠慮な彼が待つはずが無かった。いつもの光景だ。


 17席あるカウンター席の、入口から最も奥まった角席。店内を照らす間接照明の淡い赤色光は力及ばず、温雅な雰囲気の店内にあっても、その隅には純粋な薄暗さがあった。


「どうだ最近?」


 言葉を投げかけながら、おもむろに取り出したライターの火を口元に近づける。帝政国陸軍の制服と共に纏う紫煙は、自らにも絡みつくものと同じ匂い。


「元気にやってる。と言いたいところだが…だいぶ無理をした、これ以上はダメだな。二日から8人づつらしい」


「そうか、俺もそろそろ限界だからな。さっさと帰らせてもらうよ」


 羨ましいとばかりに目配せし、手に下げるグラスを口元へ運ぶ。


 お待たせしました。その一言と共に、グラスを置いて離れるバーテンダー。背中を確認すると、放置された無精ひげに飾られる口が本題を切り出した。


「俺は帰れるがな、お前はしばらく居続けだ。安心しろ、海の向こうの友人が、迎えに来てくれるらしい」


 すると彼は、ポケットに押し込んでいた紙箱から、二本目を取り出して口に咥える。自分もそれに呼応するように、紙箱を手に取って底を叩いて見せる。


「どうやって見分ける?名乗るわけには行かないだろう」


 あぁ、それは…。想定済みの質問だったのだろう。得意げに語る彼は、まるで秘密を隠しつつも、秘密を知っていることを友人に自慢する子供のように、含みを持たせた訳知り顔で続ける。


「右上の一本と、一番上の左から二本目は、友人が来るまでとっとけ」


「覚えとくよ。あぁそれから、最低限、できるだけ調べた。ちょっと多くなっちまった。吸えるのは左の二本だけだな」


 それを聞いた男は苦笑し、グラスを煽ると立ち上がる。紙箱とライターをポケットへ乱雑に突っ込むと、彼は店を出ていった。それを見送りながら、自分もグラスを傾ける。


 あの紙箱は、あと何時間でくしゃくしゃにしおれるのだろうか。そんなことを考えながら、彼は手元の紙箱からはみ出す一本を手に取って、火を灯す。

__________


【西暦2042年 11月3日 深夜|日本国旧首都圏政府直轄開発地政令指定特別区域 首相官邸北棟4階 総理執務室】


 この二週間弱、国防省が寝ずの姿勢で詰めた一大作戦、在フリト帝政国邦人等救出作戦は日付変更と共に決行の予定である。その開始時刻は既に一時間を切っていた。


「総理、そろそろお時間です」


 明日の作戦行動に向けた総理レクリエーションはつつがなく。


 存立危機事態の認定は、フリト帝政国がセリトリム領へ侵攻した際に行っていた。

 

 今回の邦人救出における方針も閣議決定を行っている。


 国会の承認は、邦人の生命が急迫の危機にあり即時行動の要有と認め、法的根拠に基づき事後とする。


「総理、モニターを運ばせましょうか?」


 執務席に体を預けて天井を仰ぐ、石橋 内閣総理大臣に機転を利かすも、不要な配慮だったようだ。内堀 内閣総理大臣補佐官の提示した代案は遠慮される。


「いいえ。行きましょうか、もう始まってるものね」


 これから強行される作戦行動は、その準備が既に完了している。先遣部隊が着上陸にて浸透し、現地協力者と合流したとの知らせは、1時間前に報告されていた。当然ながら決断は石橋 総理の判断に拠るものである。


 しかし、実際に戦闘を前提とした作戦行動を指示するとなれば、心に迷いも生まれるというもの。事前に国会を通さない作戦行動とは、法的根拠に基づくものとは言え、牽強付会と罵られればそれまでだ。


「不安ですか?」


 地階、国家危機管理中央対策室を目指すエレベータ内はさながら、嵐の前の静けさといったところか。技術力が成す静粛性も、不穏な予兆と感じざるを得ない程に、精神には大きな負担を乗せていた。


「えぇ、ちょっとね」


 ぽつりと漏らすその一言は、心を許す内堀と二人きりの密室であるが故。他のものがいれば、国家の首長として、見せてはいけない瑕疵であった。


「朝比奈さんも、国防軍も、セリトリムの協力者も、皆よく働いてくれています。ダメなら、誰であってもダメですよ」


 内堀の懸命なフォローも功を成すことは無い。石橋に空いた心の穴は締まるどころか、その破孔は拡大するばかりであった。


「女だからと言われるのよ、失敗すれば。ガラスの天井を壊した、なんて言われたけど、一枚目だったってだけ…」


 液晶の階数表示は1階を通過した。


「これがダメなら、一枚目を嵌めなおすことになる。絶対に失敗できないのよ」


毎度のごとく、次話更新については活動報告にて。

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