第二十九話・発見
【西暦2042年 10月8日 昼過ぎ|日本国栃木県八千代町 国防省本庁舎中央棟 エレベーター内】
「邦人の件どうだ?」
22階を目指して上るエレベーター。首相官邸に向かう朝比奈 国防大臣と、補佐の矢賀 国防総軍統合参謀総長は、静寂に包まれる箱の中で二人きりだ。そこには若干の緊張感が充満する。
「順調です。最後のC3が今日の夜、小松に着く予定です」
フリト帝政国の政変を受けて邦人に帰国を指示した日本国はついに、希望者全員の帰国を叶える。しかしそれは、約30人の人質を残してだ。
「でんでんの33人、外務省が失敗すれば国防省の管轄だ。今の内にいろいろ準備しておけ」
「えぇ勿論、指示してあります。ただ衛星が無いのはやはり不便です。予算の方どうですか?」
「無理に決まってる。最短でも5、いや10年かもな」
人工衛星。日本国が日本特事で失った軍事的財産のうち、原子力潜水艦1隻と並ぶものが人工衛星だった。
近代戦での前提となる、人工衛星を用いた偵察や通信は、そのすべてを航空機や小型無人航空機で補う事となっている。その労力は計り知れない。
元々、海軍力による洋上での防衛と、敵性勢力圏内の中枢機能に対する局所的な精密打撃という戦略でもって国防にあたる彼らである。ただでさえ苦手な遠征に、それはさらなる制約として喉元に突き立てられていた。
「ただでさえ稼働率が低い国海をこれ以上酷使するのは厳しいですよ、特に航空集団。それでいて、宙戦は軍種規模で遊兵状態です。せめて使い捨ての衛星投射くらいはやらないと…」
朝比奈 国防大臣は、その悲痛な訴えには応答しない。
階数表示は17階。二人は口を閉じたまま、日本のエレベーターの技術は静粛性という能力においてその高さを存分に発揮していた。
「昨日総理から電話がかかってきた。セリトリムがフリトの収容所を調べてるらしくてな、情報を寄こしてくれるらしい」
「そうですか」
エレベーターは21階を過ぎる。
「特選軍とB21、動かせるようにしておいてくれ」
「大臣、本気ですか?」
「外務省次第だ、ただ準備するに越したことは無いだろ」
不幸にも、この準備は一か月後に功を奏すことになる。
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【西暦2042年 10月8日 朝|日本国より南南西 日本海上空11,000m】
『DS、エリア49に進入』
セリトリム政府より共有された、フリト帝政国内で日本人が収容されている可能性のある収容所18ヶ所。その中から今回の調査対象となったのはポイント49と呼称された場所だった。
ここはフリト帝政国の南部にある半島地域である。
遠く2,000㎞先を飛ぶ ”DS−01警戒偵察機” を操るのは、国防空軍西南方面航空団第一飛行群の第602飛行隊より、C−DU/29誘導制御機が1機だ。
中継地点の乏しい領域外において、敵制空圏内での作戦行動において、複数の無人航空機を近隣の空域から誘導制御する事を目的とした航空機である。
『目標視認』
DS−01警戒偵察機を操縦する隊員が、モニター越しに今回の目標である収容所を確認する。
今回もまた、接近し、撮影し、離脱する。この3つを行うだけ。継続的なものでもなく、ただ一度きりの断片的な写真撮影で、特に判明することも無いのだろう。
そう思っていた今回6度目は、全く期待を裏切る結果となる。
『え、あの、何かGPS信号が出てます』
『ほんとに?』
全地球測位衛星システムは、アメリカ合衆国が開発した人工衛星による測位システムである。ここ惑星ナダムにおいて、そして人工衛星が存在しない現在において、あり得ない事象だった。
しかし現に、DS−01警戒偵察機はGPS信号を受信している。
『衛星からじゃなくGPX形式のビーコン信号です、発信元、目標N49構内と思われます』
あまりの驚きでほおけた呟きを口にした隊員も、数秒で状況を飲み込むと、語気を強く報告をし直す。
ここで言うビーコン、それはGPS受信機に対して、GPS用の信号形式であるGPX信号を発信するものだ。
元々は犯罪で執行猶予が付いた者、常習犯や前歴者に着用を義務づける、いわゆる足輪の改良版だった。
これは次第に、犯罪者だけでなく取り締まる側にも用いられ始めた。アメリカ合衆国の連邦捜査局や国土安全保障省などがその例だ。
日本国でも同様の形式のものを、国家公安捜査庁の潜入捜査員などが使用している。
アメリカ合衆国ではさらに、中央情報局が発信側で受信できるGPS機器を事前に設定できるタイプを開発した。これは紛争地帯で回収役の合衆国軍部隊に対して、潜入した工作員が自己の位置を知らせるなどといった連携に用いられていた。
『高度下げて、強行偵察しよう』
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【西暦2042年 10月9日 昼過ぎ|日本国旧首都圏政府直轄開発地政令指定特別区域 首相官邸北棟4階 総理執務室】
「この星ではGPS受信機が我が国にしか存在しないので、受信機器を絞らず垂れ流しに設定して、持たせました。FGE9-12というタイプの送信機で、これは全長13ミリ、太さ2.5ミリのマイクロチップ型です。イメージとしては、犬用のマイクロチップですね。体内に埋め込むタイプなので、まずバレてはいないと思います」
特務情報局の局長から説明を受ける石橋 総理以下、閣僚たちは笑みを浮かべる。
「何はともあれ、収容所の所在はわかりました。場所も悪くはありません、総理、移送される前に救出しましょう」
力強く主張する朝比奈 国防大臣であるが、赤城 外務大臣は気乗りしないようだ。
「しかし33名全員がここにいるとも限りません」
その意見には、特務情報局長も同意のようだった。
「セリトリム政府に頼んで、現地の諜報員に調べてもらいましょう」
この施設に当たりをつけたのも、セリトリム聖悠連合皇国の諜報機関である。彼らに頼み、この施設について調べてもらう他、方法は無いだろう。
次で第五章完結です
(今回、FGE9-12を体内に入れた諜報員は拿捕直前に自分で入れてます。注射針は10ゲージ、、、考えただけで身悶えしますね