第六話・この世界
【西暦2040年 7月4日 夜|日本国旧首都圏政府直轄開発地 政令指定特別区域 首相官邸北棟3階 総理執務室】
「フリト帝政国があるアドレヌ大陸には他に三カ国、エルトラード皇国とルロード共和国、そしてナカルメニア共和国という国があるそうです」
総理執務室に集まった大臣たち。首席宰相の国府田 晃行 第129代内閣総理大臣をはじめ、内閣官房長官の綾野 三樹夫、国家公安法執行議院長の池辺 博俊、総務大臣の左崎 淳裕、法務大臣の御法川 辰雄、外務大臣の赤城 勝馬、財務大臣の大蔵 総一朗、教育文化大臣の伊佐地 雄司、技術研究大臣の塚原 学、厚生労働大臣の竹 研二、農林水産大臣の松村 拓水、経済産業大臣の鈴木 通孝、国土交通大臣の陣野 真規、環境大臣の白砂 然、国防大臣の則田 恭兵など、国務大臣のほとんどが集まっている。
「と言ってもナカルメニア共和国はフリト帝政国の他に成立を認めている国がいないそうで、独立戦争だそうです」
「こことはまだ接触しない方がいいな」
「えぇ。そして次にエルトラード皇国、この国はフリト帝政国とかなり関係が悪いそうですね。ナカルメニア内戦ではフリト帝政国に対抗するため、ナカルメニア共和国が戦っている別大陸の列強国、エルテリーゼ大公国のナカルメニア駐留統治軍を支援しており、ナカルメニア内戦は現在フリト帝政国とエルトラード皇国の代理戦争となっているそうです」
現在の日本国にとってフリト帝政国はまさに命綱、この国との関係を失えば日本国はこの世界で生き抜くことができない。
フリト帝政国とこのまま順調に外交が進めば、食糧や資源の輸入がギリギリ間に合うと言った段階であり、フリト帝政国を捨てて他の国と外交をやり直す時間は無い。
「エルトラード皇国との接触は絶対に避けるべきだろうな」
「そうですね。そして最後の国、ルロード共和国です。この国はフリトエルトラード両国とも良好な関係を築き、ナカルメニア内戦の件でも比較的中立的な立場をとっているそうです。別大陸の列強国との関係を重視しているそうです」
と簡単にフリト帝政国の情勢について説明がなされた。がこれは全てフリト帝政国から受け取った情報をもとにした報告である。よってこの情報を鵜呑みにするという訳にもいかない。
「やはりフリト帝政国とだけ関係を作るのは危険かもしれないな」
「そうですね。すでに省内で、現在エルトラード、ルロード2カ国それぞれとの外交に関する検討を始めています」
「現状ではルロード共和国との接触が最善でしょう。フリト帝政国にはそれとなく伝えた方がいいでしょうね」
フリト帝政国とだけ関係を作っていては、情報が偏ってしまう。そして2カ国との外交を同時に進めるには他にもメリットがある。
日本国が優位なものであれば情報でも技術でもなんでも良いが、ある国との取引などでの条件の際に、別の取引先を暗示することでそれを避けたい相手国が自らが不利なものであっても、日本が有利な条件を呑む他無い状況を作り上げることができる。
本来これが目的であればエルトラード皇国と接触するべきだろうが、万が一失敗し、その上でフリト帝政国との関係も悪化すれば最悪が訪れる。よって現段階ではルロード共和国との接触が最善であるというのが、赤城 外務大臣をはじめとした閣僚全員の総意である。
「では、ルロード共和国との接触を視野に入れ、フリト帝政国との外交を検討します」
そして次に、アドレヌ大陸以外の説明も行われる。
「アドレヌ大陸より東に進むと、大洋を挟んでガランティルス大陸と呼ばれる世界一大きいという大陸があるそうです」
アドレヌ大陸の東側は世界一広いと言われている海が存在し、それを挟んで位置するアドレヌ大陸とガランティルス大陸は直線距離で約11,000kmも離れている。
これは地球で例えると日本国東京都からアメリカ合衆国アラスカ州、カナダを飛び越えてアメリカ合衆国ワシントンD.Cに至るまでの距離と等しい。
「このガランティルス大陸には列強国も多く、ここで最大の領土を誇る国が、現在フリト帝政国がナカルメニアで戦争している列強国、エルテリーゼ大公国だそうです」
資料によるとエルテリーゼ大公国は国力軍事力ともに世界で二番目の実力を誇る正真正銘の列強国だ。植民地での代理戦争とはいえ、そんな国とフリト帝政国は戦争しているのである。
フリト帝政国がこの世界でどのような立場にあるのかはまだわかっていないが、そうなるとやはり、日本国はフリト帝政国以外の国家とも友好的な関係を築き、強固な生命線を構築できた日には、国際社会への参入に先立ちフリト帝政国との関係を改める必要があるかもしれない。
「この辺りは未だ不確定要素が多いため、情報収集に徹しましょう。ルロード共和国との接触も早急に行うべきです」
前述の通り、やはりルロード共和国との接触は必要だ。
「エルテリーゼ大公国の他にも同大陸には列強国と言われる国が二カ国、レンツ帝国とペント・ゴール帝国があるそうです。ですが、この二カ国に関してはまだ情報が少なく不確かなものも多いため現在報告できることはありません」
それを聞いて内閣総理大臣は少し考える。
今思えば、ルロード共和国は他大陸の列強国との関係を重視しているそうではないか。そうなればガランティルス大陸の国家やその情報、情勢に関して、その窓口たりえるのではないか、そうなるとルロード共和国の重要性を改めて実感する。
「次に3つ目の大陸、ユトと呼ばれる大陸です。これはアドレヌ大陸からガランティルスと同じ東側、正確には東北東へ900kmほど進んだところに位置する大陸です」
ガランティルス大陸の説明を聞いた後だからだろうか、日本国からほど近いように感じるこの大陸は、世界で三番目に大きい大陸だ。
「この大陸には列強国はおらず、ガランティルス大陸の列強国の植民地や衛星国が多く存在しているようです」
その説明を聞いて、部屋にいる閣僚らは皆そこまで気にする必要はないだろうと考える。しかし、外務大臣は続ける。
「この大陸でも現在、アドレヌ大陸と同様に内戦、列強国の代理戦争が行われているようで、近海ではそれらの宗主国の海軍が近年活動を活発化させているようです。フリト帝政国も警戒を強めており、つい先日も近くの公海上でフリト帝政国海軍の艦艇が急接近されたとのことです」
アドレヌ大陸、そして近隣のユト大陸でも列強国が発端となって内戦が繰り広げられており、世界情勢は世辞にも良いとはいえない。全く嫌な時代にきたものだ。
「そして最後に、アドレヌ大陸から西に行ったところにあるのがユー・リトラム大陸と呼ばれている大陸です」
このユー・リトラム大陸は世界で最も小さい大陸で、国家数も二カ国しか存在しない。
「この大陸に本土を置くのが、各所でよく話に上がるセリトリムという国とその衛星国のロルド王国です。あと国ではありませんがセリトリム領内にはセリトリム=クリアミルルという独立行政自治区があるそうです」
正式名称を "セリトリム聖悠連合皇国"。この国は地球でのかつての大英帝国と同様に、世界中に植民地をもっていたそうだ。近年では多数に独立承認などを行っているらしい。
直接的な海外領土が減ったとはいえ、現在も尚その影響力は健在で軍事力や国力も飛び抜けた実力を誇っている。
「この国は他の国家と海を隔てていることもあってか、現在の世界情勢には中立的だそうです。旧植民地国と、他に友好的な国家数カ国以外との貿易には高額租税を………まぁ要するにブロック経済を実施しているそうで、世界情勢への介入にも否定的な立場をとっているそうです」
「セリトリムとかいう国は地球でいうところのアメリカやイギリスと同じ立ち位置の国なんだろう。だったら外交窓口を設置しておいて損はないのでは?」
武器弾薬等を調達できない現状では、他に抑止力となる国家が欲しいところ。則田 国防大臣は国防軍の体制が盤石なものとなるまで、強力な後ろ盾が必要だと考えていた。そんな意見に、赤城 外務大臣が反論する。
「この国は外交政策を孤立主義へと転換しています。今接触したところで手応えは薄いと思います。それにフリト帝政国との関係も不確かなまま不用意に接触するのは危険です」
合間を縫って、鈴木 経済産業大臣が発言する。
「フリト帝政国の技術体系や産業をみると、一部の精密火器を除き弾薬等の消耗品であれば十分に製造委託が可能との結論に至っています」
「とにかくフリト帝政国との関係は最重要案件として慎重に行きましょう」
これ以上続くのは無駄だと判断した綾野 内閣官房長官が割って入り、続ける。
「総理、フリト帝政国を失えば我が国は終わりです。あまり気乗りはしませんが日本の先端技術の一部も輸出することを念頭に、万全に外交を進めるべきです」
「技術輸出をどの程度行うかどうかは、省内で検討し報告いたします」
塚原 技術研究大臣がそう言い、今後の外交に関する基本的な方針が決まったところで内閣総理大臣はふと視線を窓の外へ向ける。目に入ったのは数万人規模の民衆による官邸前でのデモ活動だ。
機関銃の掃射にも数秒間耐え得る窓ガラスによって、拡声された国民の叫びは完全に遮断されているが、やはり何を言いたいかは伝わってくるものだ。
日本国内に取り残された日本国籍や永住権を持たない外国人は約140万人、かつてないほどにアジア情勢が悪化し、武力衝突も十分に懸念され、加えて世界的な不況が重なったために来国者数が激減していた。
だがそう言ってもこの人数は多い。そこで考えられた解決案が今、外国人をはじめ日本国民からもさまざまな反響を呼んでいる。
返還されたばかりの北方四島を外国人特区とし、永住権や日本国籍を持たない外国人をそこへ集めるというものだ。要するに厄介払いである。
「我々は日本政府だ、自国民を優先するのは当たり前だろう」
そんな国府田 内閣総理大臣の呟きの直後、部屋に鳴り響いたのは内線電話の着信音。受話器をとったのは綾野 内閣官房長官だ。
「はい執務室。え?…………わかった---」
電話が終わったのか受話器を置いた綾野 内閣官房長官は、そのまま険しい表情で電話の内容を告げる。
「---総理、三号庁舎が武装集団に占拠されました。テロです……」
「誰が?!」
「多民族解放連盟です」
読んでいただきありがとうございます、[虎石_こせき]です。
今話にて第一章は完結です。正直すぐに折れてしまうかと思っていましたが、皆さまが読んでくださったおかげでモチベも上がり、ここまで続けることができました。
第二章も同じ調子で更新頻度も特に変えるつもりは無く、このまま活動を続ける予定ですが、第二章第一話までは少し時間をいただきたいです。第二章は治安維持組織を中心に国内の様子を描いていきます。
追記。続く第二章は「間章」とし、第二章はその次に書きます